12 迷宮突入
ちなみに、マネーシャとシャシミールの間には、列車以外に飛空挺という交通手段がある。
最初セリナは、プリムラの伝手でそちらの便を準備してもらおうと思ったのだが、プリムラは首を縦には振らなかった。
飛空挺は列車よりも本数が少ないが、かかる時間は格段に少ない。大型の飛行する魔物に襲われる危険があったのは遠い昔、辺境にでも行かない限りはその危険はない。
主に高位の貴族が移動に利用するので、かかる金も高いものだが、プリムラの立場からすれば準備することは出来たはずである。
問題は、プリムラ自身にあった。
「……高いところ、怖いねん」
「……おい、あんた、飛べるだろ?」
プリムラの説明した彼女の魔法技能レベルを考えると、飛行はもちろん飛翔まで使えて当たり前である。
「いやな、母上が飛ぶ魔法を教えてくれたんだがな、その教え方がな……」
獅子が己の子を千尋の谷底に落とすべく、上空から投げ出されたそうだ。
幸いもう片方の母が受け止めてくれたので大事には至らなかったが、それはプリムラの中でトラウマになっているようだ。
今では雲の上まで飛ぶことも出来るはずなのだが、極力高い所は避けたいらしい。
最強人型決戦兵器の意外な弱点であった。
そして転移門はさすがに許可が下りなかった。
とりあえずお互い自己紹介した六人は、シャシミール行きの列車に乗った。途中で乗り換えて、二日の行程だ。
ちょうど六人が乗れるボックス席なのだが、プリムラの両脇には美少女が侍り、セリナの両脇にはごつい騎士が侍る。
正直プリムラがうらやましいセリナであったが、下手につついて取り巻きの少女たちの反感を買いたくはない。
そこで六人の能力を考えて、パーティーとして機能するように話を始めた。
騎士の名前はアーロとダルカス。二人とも若いが、ちゃんと肉弾戦を行える、正規の騎士である。
アーロのほうは、どちらかというと剣技や魔法具の利用に長け、魔法的火力が高い。
それに対してダルカスは大きな魔法具の盾を持ち、味方を守り敵の突進を防ぐのが役割だと答えた。彼はオーガスでは珍しくない、オーガ族である。
少女二人の名前は、ミリエラとパンドラ。
ミリエラは珍しい治癒系魔法の使い手で、パンドラは雷撃系の魔法を使うとのこと。
二人とも魔法の専門学校から帝立大学に入学した俊才だが、わざわざプリムラに付いて来たところに執念が覗える。
プリムラはオールラウンダーだ。剣も魔法も使えるし、そもそもその戦力が四人を合わせたよりも高い。
こう考えるとバランスが良いように思えるのだが、欠点が一つある。
「斥候役がいませんね……」
渋い低音の声で、ダルカスが指摘した。
迷宮に挑むパーティーに必要なのは、斥候、盾、火力、荷役の四つの要素を持っていることである。
これに回復役がいれば万全なのだが、それはポーションでも代用できる。
そして荷役はプリムラの持つ魔法の道具に入れられるので、やはり必要なのは斥候役なのである。
シャシミールで探すという案もあるのだが、あの迷宮は最大で六人組のパーティーでしか侵入出来ないという特徴を持っている。魔法具で補うにしても、機械的な罠などは、熟練の斥候の勘の方が物を言う。
誰かを外すとなると、これまた議論が紛糾するところであるのだが、セリナとプリムラには問題ないことが分かっている。
「セリナに任せていいんだろう?」
セリナは無言で頷く。他の四人は怪訝な眼差しで彼女を見つめるが。
「私の持つ祝福に、地図というものがある。これは迷宮の中でも有効で、罠や敵の気配も全て察知出来る」
「なんと……」
声に出したのはアーロだが、他の三人も激しく驚いている。こんな便利な祝福があれば、迷宮の罠や敵の攻撃も恐れるに足らないだろう。
「それはどのぐらいの範囲を調べられるのですか?」
ダルカスの問いに、セリナは苦笑した。
「少なくとも半径100メートルは問題ない」
かなり過小に申告すると、ダルカスも頷いた。いくらパーティーの仲間とは言え、個人の祝福をそうそう喋るものではない。
それよりも。
「それよりも、本当に彼女たちでいいんですか?」
ごつい身なりに似合わず、どうやら慎重派らしいダルカスが、セリナの耳元で囁く。
セリナにも分かっている。このパーティーの構成は、かなりバランスがいいように思える。だがそれは、役割分担のみを見れば、である。
騎士の二人はともかく、プリムラの取り巻き二人は、レベルが10しかない。
冒険者や軍人でもない、学生であるのだから一般人の平均よりは高いレベルだ。
だがそれでも冒険者としては、初心者に毛が生えた程度だろう。
しかしやはり問題はないのだ。
「今から行くのは試練の迷宮でしょう? 死んでも生き返る」
シャシミールの迷宮は、不死の迷宮である。探索者が死んでも、最低限の衣服をまとった状態で、丘の上に転移させられる。その折には負った怪我も完治している。
体力は回復していないので、すぐまた迷宮に突入するというわけにはいかないが、死の危険性がないので、冒険者には人気の高い迷宮であった。
それが現在はオーガス軍が訓練のために利用している。当初は冒険者や探索者から盛大な抗議があったらしいが、それでも政府はこれを進め、シャシミールでは冒険者主導の反乱が起こったという。
しかしそれも遠い昔。結局個の力では優る冒険者も、国家を背後にした軍の力には勝てなかった。
竜まで出てきた鎮圧により、迷宮は完全に国家の統制下にある。普通なら騎士の二人はともかく、未成年のセリナや学生の少女が入れるはずもない。
だがそこは人型最終決戦兵器様の威光が物を言う。たった一日で、プリムラは迷宮の使用許可を得ていた。
また迷宮内部でも、やはり魔法使い二人の危険は低いだろう。
プリムラという過剰戦力が、彼女たちを守ってくれる。
セリナが聞いたところによると、彼女のレベルは255。
成竜とガチンコ勝負しても勝てるレベルであるし、あの迷宮なら一人でも踏破出来るだろう。
「そういえば実際、プルの戦闘力はどれぐらいなんだい?」
帝国最強の魔法戦士に対して、セリナが対等の口をきく。これに他の四人はギョッとしていた。
対するプリムラは全く気にせず答える。
「ああ、私のステータスは分からないのか。そうだな…魔法戦士というが、どちらかというと魔法の方が得意だ。精神集中をさせてくれる時間があれば、一撃で結界ごと帝都を消滅させられるぞ。かなり戦闘に特化した魔法使いだな。対して接近戦は、剣術のレベル7が一番高いぐらいかな?」
うすうす分かってはいたが、存在意義的に戦術級と言うよりは、ほとんど戦略級の魔法使いである。
ちなみに剣術が比較して不得意なのは、その胸が大きくて邪魔であることも関係する。
「時空魔法や無限魔法は使えないのかな?」
「時空魔法はレベル7で止まってるな。5キロの転移を連続で三回までは使用可能だ。時空収納も使えるんだが、魔宝具で代用した方が楽なんだ」
「……すると接近戦にしぼったら、私の方が強いのかな?」
「そうだな。だが一瞬でも魔法を使う間があったら、転移で逃げる。そこから遠距離で攻撃して私の勝ちだ。確実に私を殺るなら、気配を消して後ろから首を落とすべきだな」
穏やかな二人の物騒な会話に、他の四人は硬直している。
セリナが帝国においてはプリムラに次ぐ魔力の持ち主だとは、自己紹介で話した。しかしその近接戦の能力は話していない。
プリムラが竜眼で見たセリナの接近戦の技能は、ほとんどが10であった。
おそらく剣術や体術、歩法といったところは実際には10オーバーであるのだろう。
200年たってもまだ、技能レベルのシステムはアップグレードされていないらしい。
パーティーの陣形は決まった。
騎士二人が前を歩き、最後尾をプリムラが警戒する。実際にはセリナの地図があるので、どうとでも対処が出来るのだが。
魔法使いの少女二人には、最初にレベルを上げてもらえばいいだろう。
踏破するだけなら一度で充分なのだが、セリナはこちらの世界での戦闘経験を積みたかった。
故郷の近くの魔境では、正直物足りなかった。シャシミールの迷宮の最下層レベルなら、さすがにいい訓練になるだろう。
そういえばセリナの影の中のエクリプスは、一緒に入れるのだろうか。帝都の結界は突破できたので、そのあたりは上手くいってほしいが。
最悪宿の厩につないでおくことになるかもしれない。
厩につながれる悪魔。シュールである。
列車の窓の外を、のどかな風景が流れていく。
オーガスのこの辺りの地方は、農業と牧畜業が主な産業となっている。
路線を決めた者がどう意図したのかは分からないが、その光景に魔法少女二人は目を輝かせ、プリムラに身を預けてきゃぴきゃぴと会話をしている。
「可愛い牛さんだね」
「ああ、あれは食用の種だな」
「……」
ミリエラの言葉をアーロが一刀両断するなどということもあったが、帝都から遠く離れたことのない少女二人は、途中の街や風景を見ては、感想を洩らしていた。
それに対して騎士の二人は、セリナの質問に答えるので精一杯だった。
各都市、街の産業や人口、失業率や平均収入など、騎士でも答えられないようなことを尋ねている。
その都度端末を操作し、数値的な情報を頭に入れては、町並みを眺めている。
「何を考えているんだ?」
思わず尋ねたプリムラだが、答えは予想外のものだった。
「レムドリアとの戦端が開かれた場合、どういう戦況を辿るのか考えていた」
絶句するのは騎士たちも同様である。オーガスは周辺国の内紛に軍を動かすことはあるが、大規模な戦力ではない。
随伴する二人の騎士も、まだ実戦には出たことがなかった。
セリナの前世の地球では、各地で紛争が続き、たった一人の最後のきっかけで、第三次世界大戦が起きた。
この時、アジア諸国の保有する多くの核兵器は自爆し、三度目の大戦の舞台は東から南のアジアで主に行われることになった。
日本はロシアと共に大陸を南下し、暴走した軍を鎮圧していった。片付いた後に今度はロシアとの冷戦が始まったのはご愛嬌である。
その中に前世のセリナは参加していた。
軍人ではなく、民間軍事会社の社員として。
「お前の目から見ると、オーガスとレムドリアが戦う可能性は高いのか?」
セリナは軽く首を振る。
「オーガスは基本的に先制攻撃をしない。レムドリアは帝位継承の内乱が収まってない。体勢を整えるまで、あと二年は安全だと思う。いっそのことプルと私でレムドリアを占領してしまうのが、一番犠牲は少ないんだろうけど」
前世で愚かな指導者を暗殺した経験のあるセリナは、レムドリアの統治システムから考えて、皇族を皆殺しにしたらレムドリアは崩壊するだろうと予想している。
そしてプリムラと自分が力を合わせれば、それはそれほど難しくはないとも思っている。
「さすがに無茶な手段だと思うけどな。下手にレムドリアを崩壊させると、あのでかい帝国が戦国時代に突入だ」
プリムラはレムドリアの各地方に配備された軍隊を思うと、セリナほどの楽観は持てない。
「頭を全部潰しておいて、オーガスが電撃的に進駐して占領するのが一番だと思う」
「それはなあ……。オーガスだけでも領土は広大なのに、レムドリアまで統治するとなると、皇帝陛下が倒れるぞ」
苦笑と共にプリムラはそう言って、セリナの判断に待ったをかけた。
二日目の晩、一行はシャシミールの街に到着した。
軍の宿舎を利用することも考えたのだが、プリムラは普段使わない財力を使って、最高級のホテルを予約していてくれていた。
ちなみに部屋割りは、プリムラと少女二人、騎士二人、セリナ一人である。
「……あんまに夜の運動をして、明日に響かないようにしてよ」
セリナの小声の注意に、プリムラは笑って応えた。
翌朝ほどよくつやつやしたプリムラと二人の少女を見て、セリナは少し頭を抱えた。
ゴシップを全て信じるわけではないが、プリムラの女癖は本当に悪いらしい。
可愛らしい少女を二人同時に相手するとは、ある意味尊敬に値する。
兵士たちの宿営地に囲まれた丘に、地下への通路がある。
そこに隣接された建物に許可を貰い、プリムラを先頭に一行は迷宮へ入った。
「なんだか変わったな」
小さな声で呟く。セリナが前世で訪れた時は、探索者で溢れていた迷宮である。しかし今は国家が完全に管理し、迷宮に転移する鏡の周囲にも、兵士が立ち番をしている。
「難易度は低いが、訓練にはちょうどいいからな。騎士二人はともかく、あの子たちのレベル上げにはちょうどいい」
セリナと並んだプリムラが、鏡の前で応じる。
「さて、準備はいいかな?」
騎士二人は落ち着いた様子で頷くが、少女二人は持った杖をきつく握り締めている。
「安心しろ。お前たち二人は、私が守ってやる」
そう言ったプリムラは少女たちそれぞれの肩を抱いた。
砂糖を吐きそうな顔でそれを眺める周囲の兵士たち。騎士二人はここ数日でもう慣れた。
「さっさと行こう」
セリナが促して、六人の手が鏡に触れる。
「さあ、私たち探索はこれからだ!」
プリムラの声は楽しげであった。
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