2 誕生
セリナリア・ウノ・レーン・ハーヴェイはハーヴェイ男爵家の第四子、長女として祝福されて生まれた。
近くに魔境が存在するレーンの街を領有するハーヴェイ男爵家は豊かであり、その家族も賢く恵まれた者たちであったが、男爵夫婦には一つだけ不満があったのだ。
それは、子供が全て男子であったということである。
女子であれば政略結婚の道具に使いやすいし、そんな意図をなしにしても、夫婦は一人ぐらい女の子が欲しかったのだ。
そこで頑張った結果生まれたのが、第三子から四つ年下のセリナリアであった。
胎児の段階で性別は判明していたので、あとは無事に産まれてくれるかどうかだけが心配だった。
しかし出産のベテランである男爵夫人は、見事にその困難を突破した。
だが産まれたばかりの赤子を目にした夫婦は、お互いの顔を見合わせることとなった。
産まれた子供のうっすらした髪は銀髪であり、右目は金色、左目は青という、珍しい特徴を持っていたからだ。
男爵夫婦は黒から茶の色合いで、髪の色も目の色も揃っている。三人の息子たちもそうである。
胎児の段階の遺伝子チェックで、先天性の病気を持っていないことや、両親との血縁の有無は完全に証明されている。
遺伝的に考えて、この赤子の特徴はありえないのでは。そう考えた夫婦は、少し男爵家の血統を遡って調べてみた。
その結果分かったというか、改めて確認出来たのが、ハーヴェイ家がウスラン公爵家からの分家であるということである。
ウスラン公爵といえば帝国内でも大きな勢力を持つ家であり、分家の数も多い。そしてウスラン公爵家の人間は、銀髪が多い。
そしてウスラン公爵家に降嫁した帝室の中に、金色の瞳を持っていた皇女がいたことは有名である。
「これは見事な先祖返りだな」
男爵夫婦はそれで満足し、娘を普通に育てることに熱心になった。
セリナリア、愛称セリナと呼ばれる女子は、極めて手のかからない子供であった。
赤子のように泣き叫ぶことは当たり前だが、無意味にむずがることもなく、乳母の手さえほとんどいらず、両親の愛情を上の兄たちから奪うということもなかった。
その目鼻立ちは将来の美貌を感じさせたが、今はまだただの赤ん坊。兄たちの愛もまた、一身に受けて育つことになった。
だが、微妙な転機は生後一ヶ月に表れた。
神聖オーガス帝国の法によると、国内の赤子はよほどの理由がない限り、生後一ヶ月以内に神殿で登録をしなければいけない。
レーンの街は中規模だが、神殿は存在する。そこで改めて生誕登録をし、生来の能力値を計測される。
全ての人種は、生まれながらにして個体の能力に差がある。これは差別とかどうとかではない、どうしようもない事実なのだ。
赤子の時点でそれが分かっていれば、その能力に適した育成がなされることを考えれば、むしろ良いことかもしれない。
そしてこの時点の鑑定では、赤子が何らかの神の祝福を持っているかも判別される。
祝福とは、生来の固有能力である。稀に成長過程において発現することもあるが、多いことではない。
夫妻はなんとなくではあるが、セリナには祝福があるのではないかと思っていた。この先祖返りの不思議な容姿の赤子には、そう思わせるものがあった。
しかし夫妻の期待は、不思議な方向に裏切られた。
「お嬢様の能力は、鑑定不能です」
鑑定不能。
能力が、測定できないということだ。つまり鑑定を阻害する祝福を持っているということなのだろう。
夫妻はより高いレベルの鑑定が使える魔法使いや、高性能の鑑定機械を取り寄せたが、それでも結果は同じであった。
鑑定不能。
それは己の才能が、どの道に適しているかが分からないということ。
進むべき道が分からないというのは、この世界においては恐怖である。ましてや帝国のような先進国においては。
夫妻は初めて娘を不憫に思ったが、それで愛情が薄れるというわけではない。まして招聘した魔法使いは、セリナの魔力が突出していることまでは感知できたからだ。
「お嬢様は、研究者として一流の人間になるかもしれません」
そう言った魔法使いは、謝礼を貰って帝都へと戻っていった。
夫妻の懸念は、間もなく晴れた。
セリナは発育も良く、言葉も早く覚え、活発でありながらも慎むべき時には慎むという、大人びた幼女に成長した。
三歳になった頃には読む本も絵本から大人向けの冒険譚や、魔法の理論書へと変わって、ひょっとしてうちの子は天才なのではないだろうかと、親バカの夫妻に期待を持たせた。
テレビを見ても子供向けの体操を真似したり、政治討論の番組をじっと見ていたりするが、これはさすがに理解していないのだろうと夫妻は思った。
何も問題はなかった。
だが、問題ではないことは起こった。
ある日のことである。母が着替える寝室で、セリナは大きな姿見に、自分の全身を映していた。
鏡に映る自分の姿が珍しいのだろうと、母は微笑みながら髪を櫛といていた。その母へ、セリナは振り返って言った。
「お母様、私って美しいですよね?」
おもわず母は櫛を取り落とした。
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