第二部 最終話 勇者の帰還

 目が覚めるとそこは異世界だった。

(うん、異世界だ。いつも通り……)

 異世界ではあるが、なぜに自分は空を見て、地面に横たわっているのか。

 起き上がろうとしたマコは、胸部に異物感を感じ、盛大に咳き込んだ。黒色の混じった血液が、地面に吐き出される。

「えっと……」

 周囲を見渡すと、仲間たちが横たわり、セイはラヴィに膝枕されていて、立っているのはライラとククリだけであった。

「あ、目が覚めた?」

 そのライラの問いに頷いたマコだが、記憶が断絶している。確かソラを帰還させたところまでは覚えているのだが……。

「あんた、邪神に乗っ取られて、セイと戦ったのよ?」

「へ?」

 理解出来ないマコに対して、ククリが要領よく説明してくれた。



 話を聞き終えたマコは、盛大に頭を抱えた。

「ま、まあ悪いのは全部邪神だからね」

 ライラがそうフォローしてくれるが、ククリは最後の戦いを盛り上げるために、血みどろの戦いを臨場感豊かに詩にしている。

 マコがガンツとブンゴルを無力化し、セイの体に風穴を開けたところまで精細に、だ。

 麻痺していただけのガンツとブンゴルは、それでもしばらくして起き上がり、言葉少なにマコを慰めた。

「邪神かあ……。そういえばこの世界に飛ばされた時、何か体の中に入ってきたような気はしてたんだけど……」

 他の勇者の仲間も同じ感覚を覚えていたため、それが祝福のことだろうと思っていたのだが。

 まさか祝福と一緒にそんなトラップまで仕掛けられていたとは思わなかった。



 それはそうとセイである。

 魔法創造の勇者と戦い、マコとの連戦となった彼女は、魔力や体力ではなく、精神力をすり減らして気を失っていた。

 ラヴィはそれを膝枕して髪を撫で、時々頬をつついたりする。

 とりあえず怪我は治癒しているので、命に問題はなかろう。

「となると……お腹すいた……」

 暴食の勇者は、相変わらず暴食のようであった。







 馬車に積んであった荷物から食料を取り出し、ククリが料理をしてくれる。

 その匂いが周囲に漂った頃、ようやくセイは目を覚ました。

 マコの土下座タイムも終わり、一行は食事を始める。

 転移石でドワーフの里に戻っても良かったのだが、旅の野営で食べる食事はこれが最後だ。

 そう思うと自然と、和気藹々としながらも、寂寥感を感じさせる食事になった。



 話はこれまでの旅の思い出話になった。

「ケイオスは今頃どうしてるかなあ……」

 もう一度会ってみたい気もするが、あの大湿原を案内なしで歩くのは不可能だろう。

「先に帰った皆はどうしてるんだろ……」

 マコはそれが気になっている。こちらの世界の時間と、地球の世界の時間の流れがどうなっているか、セイはともかくマコたち勇者は分からないのだ。



 食器を片付け、全員が集まって転移石を使う。

 目の前に広がるのは、懐かしいドワーフの里であった。

「なんていうか……帰ってきた気がするね」

 ネアースでの拠点はここだったので、マコの言葉は間違っていない。

 店番をしていたカーラが微笑み、一行を迎えてくれた。

 そして二階に上がると……なぜか見知らぬ青年を四つん這いにして椅子にしていたリアが迎えてくれた。



「えと……何してるんですか? それと、その人誰ですか?」

「ああ、こいつが邪神バグだ」

 いい笑顔でそう言ったリアは、自重を増やしてバグの背骨をきしませる。

 美女に椅子にされたバグは、なぜかこちらもいい笑顔をしていた。

「本当なら半殺しで封印なんだが、こいつはマゾだからな。なかなか効果的なお仕置きの方法が見つからなくてなあ」

「……はあ……。それなら、悪しき神々はもう、制圧したということでいいんですか?」

 リアの椅子になっている邪神を除けば、残る最上位の神は魔神だけのはずだ。

「あいつは逃げた。いや、それはもう見事な逃げっぷりだったらしい」

 ソラが敗北し、マコが邪神に操られた混乱の時点で、魔神は逃走した。

 何段階にも及ぶ転移の末に、サージの追跡を振り切ったのだ。

 マコを操っていた邪神は、その余裕がなくてサージから連絡を受けたリアとカーラの手によって捕縛されたということだ。



 ともかく、これで悪しき神々の勢力は組織的には消滅したと言っていい。

 そもそもセイの任務は勇者を地球に帰すことだったのだが、勇者の役割まで一部代行したことになる。

 終わったのだ。この冒険の旅が。

「さて、一晩泊まって、それから帰るか?」

「あの、あたしのこちらで暮らしていた時間はどうなるんでしょうか?」

 マコの問いに、リアは簡単に答えた。

「召喚時に接続するように戻すことも出来るし、実際の時間が経過した後に戻すことも出来るぞ。前者の場合は、肉体の年齢を戻す必要があるな。どちらにしろ簡単だ」

 帰還石の説明に、ちゃんと書いてあったのだが。

 マコは読んでいなかったらしい。



 とりあえず一行は、ドワーフの里の食堂に場所を移した。

 一行が食事できるスペースが家にはないので仕方がない。

 邪神バグは拘束した上で神聖なる時の間に放り込んでおいた。

 放置プレイである。







「さて、お前たちもこれから地球に帰るわけだが――」

 食事の最中、リアは軽い口調で語り出した。

「まず、祝福の類は全て外しておく。地球にあったらまずいものだけな」

 簡単に言っているが、魂に直結して存在する祝福を外すのは、神竜ぐらいにしか出来ない。

 そしてこの言葉は、セイの持つ異常に多い耐性の祝福がそのままであることを指す。

「ただ、技能のいくつかとステータスは、持っておいてもいい」

 魔法を筆頭に地球には存在しない技能は外せるか、外さなくても地球では使えない。

 しかし地球でも使える技能はそのままだし、人外レベルとなったステータスも生物の限界までにしか落ちないらしい。

 つまるところオリンピックで金メダルを取ることが可能なレベルまで落とされるということだ。

「致死感知はそのままなんですか?」

「それは……そのままだな。地球で言う第六感みたいなもんだ」

 旅の最中や戦闘で、ある意味最も有効だった技能である。

 これがあれば今後は、事故で死ぬことはないだろう。地味に嬉しい。



 それからも、一行はこれからの話をした。

 リアとカーラは状況の不安定な世界のために、また表舞台に出ることになるそうだ。

 もっともプリムラの世話があるので、カーラはそちらもこなさないといけないので大変だろう。

 仲間たち五人は、まだしばらく旅を続けるらしい。

 前衛の戦士が二人に斥候が一人、精霊使いが一人に無敵の神竜が一人。なかなかにバランスの取れたメンバーだろう。

 ラヴィはもうしばらくしたら天空回廊に帰還する必要があるだろうが、竜爪大陸に残った神々の眷属との戦いには、他の皆も協力するだろう。



 セイとマコは帰る。

 遣り残したと思えることは色々とあるが、最大の目的は達成したのだ。これ以上の世界への干渉は、逆に不自然である。

 ついでに最初に殺した勇者は、生き返らせて地球に戻すことにした。多少は記憶をいじる必要があるだろうが。

「まあ、地球で死んだらこっちの世界にやってくるのも一つの手だな」

 リアは半ば以上本気の目でそう言った。

「あ~、死んだら……でもその時、記憶が残ってるか分かりませんよ」

 転生という思想は地球にもある。だが記憶を残したままの転生というのは、テレビの中の世界か、痛い中二病以外にはない。

「そちらの地球の神がどういうかはともかく、私の場合は竜の血脈という祝福で、前世の記憶を保持することが出来た。まあ、これは大量のポイントが必要だったが、他にも記憶を保持する祝福はあったな」

 へ~、と感心するセイとマコだが、二人の地球の神が同じシステムを駆使しているかは分からない。そもそもネアースにおける転生者は、この3000年は発見されていない。

 なぜなら、もっとも近くにあった、魂の往来の簡単な地球が消滅したからだ。

 しかし現在の神竜たちは、強い魂を求めている。

 リアは全てを知らされているわけではないが、地球からの転生者が来てくれたら嬉しい。

 それがたとえ、自分の生まれた地球とは似て非なるものであっても。



 食事を終えた一行は、浴場を経由してリアの家に戻った。

 深夜まで穏やかな会話が続き、実家に顔を出すガンツを除いて床に就く。

 これがこの世界における最後の夜だ。

 そう思ったセイとマコは、小声で旅の思い出話をする。

「あんたたち、チキュウで死んだら、こっちに来なさいよ。他の皆はともかく、私とラヴィはまず確実に生きてるだろうからさ」

 ライラは本気の口調でそう言うが、ラヴィは既に夢の中。この神竜は寝つきがいいのだ。

「そうだなあ……って、あちらの世界の人生も、まだまだこれからなんだけどな」

 もう一生分の冒険をした、とセイは思う。

 だが地球に戻れば、セイは日本から出たことのない一人の人間に戻る。

 将来は世界を巡る職業にでも就きたいな、とセイは思った。







 早朝。

 まだ眠気の残る一行だが、出発は朝がいいと古来から決まっている。

「……お世話になりました」

 セイがリアとカーラに頭を下げると、リアはその頭をくしゃりと撫でる。

「お前はいい弟子だったよ。……というか、今のところ唯一、免許皆伝まで伝えた弟子だな。地球に戻ったら、古武術に手を出してみるのもいいかもしれないぞ。基礎は徹底的に叩き込んだからな」

 カーラは抱っこしたプリムラと一緒に手を振っている。お母さんの表情だ。

 それからククリ、ガンツ、ラヴィ、ライラ、ブンゴルと別れを惜しむ。ククリは早口で長々と思い出話をするが、ガンツはこんな時でも寡黙だ。ラヴィは眠そうで、ライラをきっつと眦を吊り上げている。

 ブンゴルは滂沱の涙を流しながら、姉弟子であるセイの手を取っていた。



 さて、別れを惜しめばキリがない。

 だからこそ、思い切ってそれを断ち切らないといけない。

「じゃあ、マコから」

「うん……」

 帰還石を額に当てる。マコは最後の瞬間まで、仲間たちから目を離さなかった。

 そして最後の勇者が帰還した。



「それじゃあ、俺も」

 手を振る皆へ手を振り返し、セイは己の額に帰還石を当てる。

 帰ろう。地球へ。

 そう思った瞬間、セイの意識は暗転した。







 目が覚めるとそこは、白い天井だった。

 匂いからそこが、病院なのだと察する。そしてベッドに横になった自分の右側には、懐かしい母の姿があった。

 帰ってきた。

 セイの目覚めに気付いた母が、医者を呼ぶ。説明によると、セイは軽い打撲だけで済んだようだ。トラックに跳ねられたことを考えると、奇跡的な軽傷だと医者は説明した。

 頭を打っていた可能性があるため入院はしたものの、すぐに退院が出来た。セイがかばった子供も、擦り傷程度の軽傷だったらしい。



 だがベッドから起き上がったセイは、自分の体の重さに驚く。

(こりゃ……身体能力が本当に地球基準になってるんだな)

 それでもおそらく、同じような年齢では世界最高レベルの身体能力なのだろうが。

 そしてもう一つ、きわめて大事なことだが、体は男に戻っていた。



 ふう、と吐息をついて、セイはぼんやりと視線を宙に向ける。

 これから何をしようか。一つの世界を救ってきたわけだが、セイの人生はこれからもまだまだ続く。むしろ、これからの方が長い。

 そんなセイの様子に母は心配そうな目を向けるが、穏やかに笑って手を振る。大丈夫だと口にも出す。

(マコたちに会ってみたいな)

 マコたちの学校は、隣の県にある。充分に一日で往復出来る距離だ。

 ケータやソラとはちゃんとまた話してみたい。ちょっと会うのが怖い人もいるが、それも含めて楽しみだ。向こうに記憶が残っているといいのだが。



 それからどうしよう。

 目の前には未来が広がっている。物語は終わり、ここからは自分の人生が再開する。

「とりあえず……道場とか探して……あとは……自衛隊? いや、アメリカにでも行くかな?」

 そんな呟きをする息子を、母は困惑気味に見守っていた。

 これからの日常は、ネアースに召喚される前の自分には戻れない。

 決意と覚悟をもって、セイは人生を楽しむことを望んだ。







  ※小島聖(1999~2107)

 日本出身の武術家、傭兵、著述家。20代前半から中東の紛争地域において活躍。第三次世界大戦での数々の逸話で有名。

 大戦後は戦場報道記者として活動。日本軍の武技教官としても有名。関口新心流小島派の創始者。

 晩年は在野の政治活動家としても活動し、また護身術の道場も経営した。2107年老衰にて死去。自分が予言した日に死んだのが最後の逸話である。




   勇者を殺せ!? ~神竜の騎士~    了

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