94 刀と槍
マコの姿が四つに分身した。
分身の勇者の祝福だ。しかし四つまでしか分身しないということは、祝福の熟練度が高い訳ではないはずだ。
三人の前衛に一人ずつが当たり、残る一人は後衛のライラに向かって行く。
(こいつ、弱いぞ)
一合打ち合っただけで、セイはマコの能力が弱体化しているのに気付いた。
おそらく分身の祝福が完全には発動していないのだろう。ガンツとブンゴルも最初の一撃を受け止め、ラヴィはその爪で分身をぽいと放り投げた。
「う~む、この祝福は役に立たないか」
分身が消え、セイの前のマコだけが残る。
「多少は痛くても、我慢してくれよ!」
セイはマコの身動きを封じるべく、その四肢へと刀を振り下ろす。だがその攻撃は、簡単に槍で防がれた。
マコの筋力が上がっている。これは能力操作か。
素早く後退したセイは、火槍を無数に放った。しかしそれはマコの前で、完全に消失する。
万能結界か。いや、マコの魔力が減ってないことを考えると、絶対魔法防御の方であろうか。
「くそチートだな……。邪神さん、いくらなんでも大人げないというか、神様げないぞ」
セイは呻くが、マコはにっこりと無邪気に笑った。
「そうは言うけどね、実のところ、祝福で使えないものも多いんだよ。たとえば万能治癒は、祝福を与えた神と私の相性が悪いので、全く使えない」
「完全復元使えたら同じじゃねえか……」
「うん、確かにね。それと……ちょっと他の皆には退場してもらおうか」
マコを包囲するようにブンゴルとガンツが武器を構えていたのだが、マコが風の魔法でその場の空気を乱すと、二人が倒れこむ。
毒。
「心配しなくても、しばらく麻痺する程度の毒だよ。やはり最後は一対一で勝負してみたいからね」
余裕ぶって肩をすくめるマコだが、その足元を土の手が拘束した。
ライラの精霊術だ。魔法破壊の祝福も、精霊術には効果の範囲外だ。
だがその束縛も一瞬。素のステータスだけで、マコを拘束する土は吹き飛ばされた。
一瞬の隙にセイはマコに接近し、刀を振るう。その斬撃はすさまじく、槍ごとマコを両断するほどの力を込めていた。
だがそれは当たらない。わずかな身動きでマコはセイの攻撃をかわし、まるで先読みしたように、槍を突きこんで来る。
かろうじてかわしたセイは、また間合いを空けてしまう。
「予知か?」
「その通り。だが、これもあまり役に立たないね。相手の動きを先読みするのは、戦闘での基本だからね」
そう言ったマコの周囲には氷の槍が何十本も浮かぶ。氷槍の魔法だが、マコの魔法技能ではそれほどの数は作れないはずだ。
おそらくは無限魔力で、余剰に魔力を注ぎ込んで作ったものだろう。発動までにかかる時間が短いのは、術式不要の祝福か。
「ふむ、これはそこそこ使えるか。本人の魔法技能が高ければ、もっと効果が出たのだろうが」
放たれる氷の槍を、セイは魔法障壁と刀の両方で迎撃した。
最初にセイが思ったよりも、善戦出来ている。いやむしろ、こちらの方が優位かもしれない。
勇者たちの祝福をどれだけ取り込んだのかは知らないが、マコのスペック自体がそれを引き出しきれていない。
それでも憤怒や破滅を使えるなら、戦いが長引くのは不利になるだろう。
そして元々持っていた不死身や高速再生の祝福が、憤怒の祝福とは相性が良すぎる。
一撃で殺すしかない。それからイリーナとの約束である、蘇生魔法を使ってもらうのがいいだろう。あるいはカーラでもいい。
ずっと旅に同行してきた仲間に対しても、生き返ることが可能だと分かれば、躊躇する理由はない。
「邪神さん、マコを殺したら、あんたはマコから出て行くのか?」
確認するセイに対して、マコは余裕のある笑みを浮かべている。
「そうだね。一度完全に死んでしまえば、蘇生する時に祝福をはがすことは可能だ。思う存分に戦いを楽しもうじゃないか」
戦闘狂か、それとも趣味が悪いのか。とにかく不快にさせる邪神に対して、セイは本気で戦うことを決めた。
本気でなければマコを殺すことも出来ない。
「ラヴィ! ライラ! 援護を頼むぞ!」
そう叫んだセイは、再びマコと切り結んだ。
セイとマコの激突は、凄まじいものになった。
日常から戦闘訓練で遣り合ってはいたのだが、どちらも本気になったらまるで様相が違う。
ライラの精霊術ではなかなか介入する隙がなく、ラヴィは倒れているガンツとブンゴルを回収する。
ラヴィは肉体能力こそ優れているものの、接近戦の技能が優れているわけではないので、人間形態で二人の戦いに介入することは出来ない。竜の姿では相手が小さくて速いので、狙いがつかない。
それでも時々間合いが離れた間に魔力の矢を放ったりするのだが、マコは万能結界でそれを防ぐ。
今は変身の祝福で腕を伸ばしたりして、その間合いも定かではない。
元々、槍というのは刀よりも強い武器である。軍隊の歩兵の主装備は、かつてほとんど槍であった。
それがなぜ刀や剣が物語の主流武器になるかと言えば、単にその携帯性の良さにあるからだ。そして物語の冒険者たちは、迷宮や魔境を歩くことが多く、携帯性はかなり重要な要素になる。
そしてなぜ槍が強いかと言えば、単純に間合いが広いからだと言える。
剣で槍と戦うなら、実は盾が有用になる。
盾で槍の間合いに入り、超接近戦で小剣か短剣を使う。
事実地球での過去の戦争では、接近戦では槍を使い、乱戦になれば小回りの利く短剣を使うことが多かったりする。鎧の性能の変遷によって、武器の主流も変わっていくのだが。
だが、この世界での常識は違う。
魔法があるため間合いの取り方が地球とは違うし、剣は鍛造された刃の部分が、槍の柄を切断することも多い。
それでも戦争では、かつては弓と魔法、そして槍が接近戦での主役だった。
剣が多く使われるのは、冒険者が迷宮探索での取り扱いがしやすいのと、遠征での携帯性に優れるからだ。また普通の槍ではとても対応出来ない魔物も多く、その場合は武器の大型化がなされる。
だから剣の方が、槍より優位である場合も多い。
しかしマコが自由自在に体を変化させ槍の間合いをつかめなくさせれば、セイの不利は補えない。
元々対人戦闘においては、長柄の武器の方が強いのは当たり前なのだ。
だがセイの場合は、まず剣術の技能レベルがマコの槍術レベルよりも高い。
そしてセイの槍術レベルがマコのそれに匹敵する。
よって武器によって存在するはずの不利が、この場合は相殺されている。
それでもやはり、セイとマコの対決は、マコの方が有利になってきた。
邪神がマコの肉体の性能を把握しだしたのと、祝福の効果的な使い方に慣れてきたからだ。
一番大きいのは、牽制のための攻撃魔法が全く効果がなくなったことだろう。
万能結界と絶対魔法防御で、セイの使う対人レベルの魔法は全て無効化される。
せいぜいが目くらましや、身体強化や魔法防御にリソースを割くぐらいである。
マコはセイの魔法を無効化していることから、武器戦闘に完全に専念出来る。
彼女もまた、リアからかなりの槍術を伝授されている。もっともリアの槍術は、極めて単純なものであるのだが。
突く。叩く。薙ぐ。捻る。全てはこの四つの基本からなる。
型は色々あるが、基本的にはこの四つだけで全てが足りるとリアは教えた。
実際に素振りはその四つだけしかしないし、あとは足運びや間合いの取り方に時間を割いて教えられた。
そもそもこの四つを極めるとまで言えるほど鍛錬するのが難しいのだが。
邪神もまた、マコの教えられた基本を守っている。
突いて、叩いて、薙ぐ。捻るのは刀の攻撃を防御する時だけだ。
そもそも間合いを詰められなければ、防御する必要がない。
槍は刀よりも長いのだ。これが重量と長さのある大剣相手なら、また話は変わるのだが。
だがそれでも、リアがセイに最も時間を割いて教えたのは剣術、つまり刀の扱いである。
それは元々彼女が刀の扱いに最も長けていたということもあるが、リアの作った刀には槍以上のギミックが付与されているからだ。
リアはぎりぎりのところで、マコを完全には信用していなかった。
彼女自身を、というわけではなく、彼女が巧妙に誘導されている可能性を勘案していたのだ。
そしてその読みは完全に当たった。
暴食の祝福が邪神によるものであるとは知らなかった。
だがあえてあの場所で、危険性のない勇者を拾ったのかに不信感があったのだ。
祝福を与えられる前、この世界に召喚される前。
その時点で邪神はマコの精神の奥底に潜んだ。
そして今、最後の壁となってセイと戦っている。
「くそっ! マコ! 正気に戻れないのか!?」
マコを傷つけたくない、というだけでなく、実際にマコは強い。勝算が立てられない。
今まではほとんどの戦いで、計画を事前に立てて戦闘を行ってきた。しかしこのマコは、暴食の祝福でこれまでのマコとは全く違う存在になっている。
率直に言って、負けるかもしれない。
「彼女の意識は眠っているよ。元々入念に、魂に付随してかけた呪縛だからね。物語のように都合よく目が覚めたりはしないよ」
セイの必死の呼びかけにも、邪神は微笑みながら希望を打ち砕く。
いや。
マコの表情が弛緩して、きょとんとセイを見る。
「……セイ?」
マコの瞳に映る色を見て、セイは戦意を削がれ――。
そして次の瞬間には、胸を槍で貫かれていた。
「甘いなあ。こんな簡単な手に引っかかるなんて、よくもまあ、他の勇者を倒せたものだ」
邪悪な笑みを浮かべてマコが言う。だが胸を貫かれたままの、セイも笑った。
「甘いのはお前だよ」
心臓かその付近の大動脈か、致命傷をセイは受けていた。だがそれは、普通の人間の話。
セイは槍をさらに強く押しこめるようにして、一歩進む。
それは刀の間合い。
セイは刀を振るい、マコの両腕を両断した。
「無茶をする」
両断されたマコの腕は、その切断面からすぐに手が生えてくる。
しかもその爪は猛獣のように鋭く、人間を殺すには充分な殺傷力を持っていそうだ。
対するセイは胸に刺さった槍を引き抜くと、背後に向かって投げ捨てた。
ごぼごぼと口からも胸からも血が流れるが、それでも不敵に笑っている。
「それほど……無茶でもないんだけどな」
口内の血を吐き捨てると、かすれるような声で語る。
「俺の再生力はマコ以上だ。このダメージもすぐに治癒する。それとお前は、最大の武器の槍を手放した」
「槍ねえ。この子が持っていたから使っていただけで、私自身には他にも色々と手札はあるのだよ?」
刃と化した両手もそうだろう。だがあの槍は、ただの槍ではない。
神竜にして名工である、リアが丹精込めて作った槍なのだ。
ふらつきながらも、セイが仕掛ける。
マコは両手の刃でそれを受け止めようとして――そのまま刃ごと肩口から斜めに切断された。
「ごほっ!」
「だから言っただろ? 多少のダメージを受けてもいいぐらい、あの槍は俺にとって厄介なものだったんだよ」
セイの刀と打ち合うほどの武器は、ほとんどこの世界には存在しない。
槍は武器であると同時に、防具でもあったのだ。
確実な致命傷を与えながらも、まだセイは油断しなかった。
高速で再生しようとするマコの、四肢を切断する。
その後に切断面を焼き、再生能力を遅らせる。完全復元を使えるのでどうかとも思ったが、どうやらこの対処法はそこそこ効果があったらしい。
刀をその喉元に突きつけて、セイは己の肉体とマコの肉体の再生力を比べる。
肉体の再生には体力や魔力が必要となるが、魔力の容量ははるかにセイの方が多い。しかしそれも、無限魔力のせいでアドバンテージとはならない。
「ラヴィ」
呼ばれたラヴィは、どしどしと地面を揺らしながら二人の傍に寄ってきた。
「多分、体のどこかか魂に、邪神の影響があるはずだ。排除できるか?」
そう言われたラヴィはしばらくマコの体を見て、やがてその太すぎる爪で体の中心を貫いた。
抜かれた爪の先にあったのは、紫色の腫瘍のようなものに絡みつかれた心臓。
それをラヴィはあっさりとブレスで焼き尽くした。
「さてと……」
まだ自分の傷も完全には再生していないのだが、それよりもマコの方が重傷である。
完全に心臓を抜き取られ、肩口からはセイの斬り傷が残り、四肢はない。
普通の吸血鬼でも死ぬほどのダメージだが、暴食の勇者の力は、まだ彼女の命の炎を支えていた。
治癒魔法で心臓を再生させ、傷を癒し、四肢も再生させる。
マコの口から喉を詰まらせていた血がどぼどぼと出て、呼吸が再開される。
それを確認してからようやく、セイはその場に座り込み、己の治療を開始した。
「ともかくこれで……」
今度こそ本当に。
「終わった……」
大の字になって、セイは地面に横たわった。
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