92 召喚

 油断していたわけではない。ただ、予想していなかったのは確かだ。

 話し合いもなく、名乗ることさえなく、一方的に先制攻撃をかけてくるなどとは。

 セイたちは土魔法で作り出した簡易要塞の中で、明らかに敵となった勇者の戦力分析をしていた。



 レールガン。男なら一度は撃ってみたい武器である。

 地球でも理論的には完成していたが、実戦で投入されたという話は、セイもマコも知らない。

「レールガンだ! レールガンを撃て!」という台詞はなぜか頭の中に残っているのだが。

 簡易要塞と言っても土魔法でコンクリートや鋼鉄をはるかに上回る硬度で作られた壁である。先ほどの先制の一撃の威力を考えても、これでどうにか防げるはずだ。

「だけどレールガン? レールガンで神様を倒せるのかな?」

 いまだ悪神打倒の詳細を聞いていないマコが、当然の疑問を呈する。

 ククリやライラも興味津々という顔だが、レールガンの知識自体を持っていないので説明を聞くのに徹する。

「それなんだけど……あ……」

「どうしたの?」

「勇者の魔力が全回復してる」

「普通にMPポーション飲んだんじゃない?」

 マコはあまり魔法を使わないので忘れているが、MPポーションの連続服用はポーション酔いを引き起こす。

 だからリアとカーラはセイが超高速魔力回復の祝福を得るまで、徹底的に鍛え上げたのだ。

 なんでも大昔、カーラは魔力切れで格下の相手に不覚を取ったらしい。それでセイには超高速魔力回復の祝福を得るように修行させたのだが。



 しかし魔法創造の勇者は、違う視点から魔力の回復方法をアプローチしていた。

 そして特大の致死感知。その反応する方向は、真上。

 セイの使える最大の破壊魔法、流星雨が、一行を襲った。







 ラヴィが神竜の姿になり、一行を守る。

 セイの魔法障壁とラヴィの防御力があれば、流星雨を無効化することは可能だ。

 おまけにラヴィはブレスを吐きまくって、直撃する隕石を破壊している。

 轟音と閃光の中、それでも一行は無事に三度の流星雨を乗り切った。

「りゅ……流星雨三回分って、どういう魔力よ……」

 ライラが引きつりながらも声を出す。一方セイはそれどころではなかった。

 流星雨三回分。それは自分やカーラでも可能な魔力量だ。

 しかし問題はそこではない。

 マップで見た勇者の魔力は、また完全に回復している。



 リアから伝えられた情報に、間違いはなかった。

 魔力高速回復という祝福は、確かに勇者の祝福の中にある。だがこれは、超々高速魔力回復とでも呼ぶべき回復速度だ。あるいは瞬間全回復とでも言うべきか。

 実際に超高速魔力回復の祝福を持つセイだからこそ分かる。

「タネは分かってるんだけどな……」

 あるいは霊薬や神酒と呼ばれる、生命力や魔力を回復し、状態異常さえ治癒するアイテムを使うなら、この回復速度も納得出来る。実際、セイのフォルダの中には万が一のために霊薬が一つ入っている。リアが他の神竜にもらった物をくれたのだ。

 それだけに霊薬や神酒と呼ばれる回復アイテムは貴重で、そうそう量が用意できるものではないはずだ。

(教えられた通りなら、瞬間回復にも限度はあるはずだけど、どれだけ準備をしてあるか……)

 現状、相手に先手先手を打たれている。下手に動くのはまずいが、得体の知れないところのある相手に、防御一辺倒はさらにまずい気がする。

「流星雨、使うぞ」

 セイは宣言する。彼我の距離を考えれば、こちらにまでその衝撃は襲ってくるだろう。だが要塞並のこの防壁なら、一行の身を守ってくれるはずだ。



 セイの魔法が発動し、3キロ先の勇者へと隕石が降り注ぐ。

 レベルの高さや魔法による防御力を考えると、これでも倒せないかもしれない。いや、倒せないだろう。倒せるはずがない。

 だがそもそもは生きて地球に帰還させるのが目的なのだ。せめて牽制ぐらいにはなってほしい。



 そんなセイの考えは、あっさりと破綻した。

 勇者は転移し、安全な場所へと移動した。

 即ちセイたちのこもる要塞を盾にするように、流星雨の有効範囲から脱出したのだ。

 衝撃波が要塞を襲い、砂や石や岩がその上を飛んで行く。

 それが一段落した後、すぐにセイはラヴィの巨体の陰から飛び出し、要塞の外の勇者と対峙した。



 魔法創造の勇者、蒼井空。

 DQNネームに後一歩という少年は、どちらかというと小柄で、肉付きもうっすらとした体型だった。

「いきなりやってくれたな……」

 セイは刀を抜く。それでも一応話をしようとはしたのだが。

 ソラの方が、それを拒否した。

『英霊召喚』

 魔方陣が立体的に宙に展開する。それは召喚魔法であり――同時に死霊魔法の術式も組み込まれていた。

『武帝リュクレイアーナ』

 空の言葉と共に、魔方陣から人影が現れる。

「え……」

 事前の知識があったとはいえ、セイは驚きを隠せなかった。



 召喚されたそれは、魂のないこの世界に残る残存思念を物質化したものだという。

 だがその召喚された死霊は、あまりにも似すぎていた。

 即ち、セイの師匠であるリアに。

 良く見れば細部は違う。全く違う。身長も体格も違うが、身にまとった雰囲気がどこか似ている。

 黒髪黒瞳の女性は、腰に佩いた長剣を抜く。得物もリアとは違う。

 ただ発する雰囲気はよく似ていた。



 武帝リュクレイアーナ。

 第一次千年紀の英雄の一人にして、当時竜骨大陸の中心を治めていた帝国の、中興の祖とも呼ばれる女帝。

 当時の暗黒竜の眠る暗黒迷宮を、勇者と共に踏破した、史上最初の人間。

 その本質は、天性の戦士であったという。

 歴史に残る英雄が、今目の前にいる。

 自分の敵として。



 セイは刀を構える。魂のない存在とは言え、鑑定した脅威度は高い。

 剣術技能がレベル10というのは、人類の限界に達しているということだ。

(くっそ! とんでもない前衛を呼び出しやがって!)

 セイの隣にマコが降り立つ。槍を構えて武帝に対する。本来ならば、おそらく二人がかりで、この敵とは互角だろう。

『英霊召喚』

 セイたちを絶望させるがごとく、ソラはまた魔法を発動させていた。

『魔王ルゼリア』

 魔方陣から現れたのは、漆黒の羽を背に持つ魔族の女。かつてアルスとその仲間が倒した、第二次千年紀において魔族を率いた天翼族の魔王。

 銀色の髪に赤い瞳という、魔法使いでもある魔王。

 接近戦も魔法戦もこなす、オールラウンダーな存在であったという。



「ね、ねえセイ、あの二人、ものすごく強そうじゃない?」

 隣に立つマコの鑑定では看破しきれていないようだが、確かにこの召喚された二人のレベルは高い。それこそジークフェッドを超えるほどに。

「問題は、死霊魔法と召喚魔法で作り出したあれが、どの程度本物を再現してるかなんだけど……」



 勇者ソラは、実は一度悪神と戦い、敗れている。そしてその折に、全ての仲間を失った。

 竜爪大陸で揃えられる、ほぼ限界まで強力なパーティーであったが、最上位の神の前にはまるで歯が立たなかった。

 自分の力では勝てない。ならば、勝てる者を用意すればいい。

 それが彼の、死霊魔法と召喚魔法を組み合わせて創った術式であった。

 そしてもう一つ、切り札を切るために開発した魔法が一つ。

 時空収納の中から取り出した魔結晶。それに込められた魔力を吸い取る。

 強大な存在を召喚したために失われた魔力を補給する。そのために時空収納を使える時空魔法を鍛えた。

 転移と時空収納に限ってはいたが、そもそも転移魔法が難度の高い魔法であるため、自然と時空魔法のレベルも上がっていたのだ。







『骸骨騎士召喚』

 武帝と魔王を召喚し、さらに魔力を回復したソラは、今度は数を揃えてきた。

 無数の魔方陣から武装した骸骨が現れ、簡易要塞の方へと向かう。

 セイたちの気を逸らすためかもしれないが、確かに意識がそちらに向かってしまう。

「セイ! こちらは何とかするから!」

 風に声を乗せてライラが叫ぶ。確かに目の前の二人を相手に、他に気を向けている余裕はないだろう。

「任せた!」

 セイが相手とするのは武帝。マコが相手とするのは魔王。

 共に高レベルの存在で、本来ならセイたちが敵う相手ではない。

 だが、それは本物ではない。どこかしら本物には劣る部分があるはずだ。

 そしてそれは、一合剣と刀を打ち合った時点で分かった。



 この召喚された存在の剣は、軽い。

 正確に表現するのは難しいが、セイはそう感じた。

 剣技は洗練され、ステータスも高いが、戦いにおいて必要な、獰猛な精神力を感じない。

(これなら勝てる!)

 むしろ心配なのはマコの方である。魔王はその翼によって空を飛び、遠距離から魔法でマコを攻撃している。

 相手を交代すべきかもしれないが、そのような隙はない。セイはとにかく目の前の相手を早く片付けることにした。



 素早い剣の回転が、振り下ろされたと同時に振り上げられる。

 まるで重さを感じられないその攻撃を、セイは刀で受け流しながら避けた。

 急所を狙いながらも、戦闘力を奪うために指先や足も狙ってくる。

 その動きは華麗で、まるで舞を舞っているようでもあった。



 セイの待つ攻撃は、それではない。

 待つ。待つ。待つ。ひたすら回避し、受け流し、必殺の一撃を待つ。

 武帝はプログラムされたように、効果のない攻撃を続けた後、突如として動きを変えた。

 全力を込めた、一撃必殺の突き。

 そしてそれが、セイの待っていた一撃だった。



 胸を貫く武帝の剣。だがそれは計算通り。

 一瞬動きが止まった武帝に、セイの攻撃が通る。剣を持った両手首を切断した。

 不死身でなければ採れない戦法である。戦闘力の激減した武帝は、それでも足技で攻撃をしてくる。

 胸を貫かれたセイは当然素早く動けるはずもなく、そのまま数メートル吹き飛ばされた。

「ぐげっ」

 胸を貫いた剣が、セイの内臓を掻き回す。なんとか剣を抜けば、そこから高速で治癒が始まる。

 武帝の両手も、再生がされている。元々の能力ではなく、ソラの治癒魔法の効果である。

 だがセイの方が早い。



 半ばまで再生した肉体に鞭を打ち、刀で突き込んだ。

 武帝の投げたナイフは、そのまま避けもせずに受け止める。リア特製の鎧を、その刃は突き抜けなかった。

 無手の武帝はそのまま素手でセイと渡り合ったが、さすがに武器の有無は大きかった。

 しばしの後、刀が肩口から入り、背骨にまで達した。

 生命力をなくした武帝の肉体は、塵となって消えた。







 マコは魔王相手に苦戦していたが、その間に新たにソラが何かを召喚するということはなかった。

 ここで追加で武帝レベルの存在を召喚していたら詰んでいたので、おそらくソラの持つ魔力回復用の魔結晶は残り少ないのだろう。

 そう考えたら、持久戦で相手の魔力切れを狙うということも考えられる。悪神を倒したアレを使われなければ、どうにかなりそうにも思えてきた。

『英霊召喚』

 だがソラはあっさりとこちらの希望を打ち砕いてくる。

『勇者トール』

 魔方陣の中から、漆黒の鎧に身を包んだ巨漢の戦士が現れた。



 第一次千年紀において召喚され、武帝たちと共に魔王を倒したという勇者。

 比較的最近まで生きていたという話をセイは聞いていた。

 巨漢の勇者はマコの手助けに行こうとしたセイの進路を防ぐ。

 その巨体に相応しい大剣を構え、セイと相対した。



「勘弁してくれ……」

 思わずセイは愚痴をこぼす。

 トールの剣は重く、鋭く、そして速かった。

 それだけでなく、そこには技がある。セイの感覚としてはリアにも匹敵するだろうか。かろうじて刀で受け流し致命傷は避けているが、鎧を切り裂いて細かいダメージは重なってくる。

 再生能力と回復能力で防戦一方であればどうにかなるのだが、こちらから攻撃する隙が全くない。

 武帝を相手にした手段は、この勇者には通用しない。一撃食らえば、そのまま体を両断されてしまうだろう。



 魔法で攻撃しても、勇者の鎧に傷もつけることが出来ない。

 勇者トールはほとんど魔法は使えなかったと聞いているが、魔法に対する対抗手段と、圧倒的な剣技を持っている。

 なんだかんだ言って接近戦に持ち込まれた時点で、セイがこの相手に勝つ可能性は低くなっていた。

 だが、勝負はまだ決まっていない。



 圧倒的な致死感知の反応。それは背後からきた。

 セイがぎりぎりでかわしたのは、背後から放たれたラヴィのブレスであった。

 ラヴィの力は出来るだけ、ソラが切り札を切る時まで温存しておくはずだったのだが、ここで使用するのはやむをえない。

 ブレスは勇者を包み――そしてその後、防具にダメージを負いながらも佇む姿が見えた。



 セイはそこへ向けて、全力で踏み込む。勇者はそれに対応して動くが、わずかに動きが鈍い。

 胴を薙ぐようにしてセイは駆け抜け、振り向き様に喉を突く。

 勇者はそれを超反応でかわそうとするが、完全には間に合わない。鎧の隙間から刃が入り、頚動脈を切断する。

 致命傷である。勇者の肉体も、塵となって消えた。







 ソラはここで、誤りを犯した。

 接近戦の達人として知られる英雄が二人連続で倒されたと言っても、自分の方に相手の戦士が向かって来ているわけではない。足止めとしての役割は完全に果たしていたのだ。

 時空収納のなかの魔結晶はまだ潤沢にある。あと何度かは英霊を召喚できるし、そもそもさらに多数の英霊を召喚すれば戦況は逆転する。

 だが実は、一度に召喚した英霊の制御には限界がある。ソラの限界は、一度に三人まで。それでもセイたちの戦力を上回るのだが。そしてマコの方は、空中から攻撃をしてくる魔王に翻弄されている。

 大きかったのは、神竜の存在なのだろう。



 彼の頭の中に浮かんだのは、戦力の逐次投入の愚かさである。

 もっともそれは戦記物の小説などで得た知識であって、この場合は消耗戦で相手を削り取ることが可能だった。

 戦闘は電光石火。そうであると同時に、我慢比べである。

 よって彼の判断は、彼我の戦力とその運用を考えると、やはり過ちであったのだ。



『英霊召喚』

 まだまだ続く召喚に、セイはもはや開き直っていた。不死身と回復速度を武器にすれば、格上の戦士とは戦える。問題は一撃でこちらを塵としてしまうような魔法使いだが、流星雨を防いだことにより、ソラはセイの魔法に対する防御力を過剰に評価していた。

『聖帝シファカ』

 ネアース世界に人間を連れて、滅びた世界から来訪した指導者。

 武術と剣技に通じ、長き年月に渡ってこの世界を調整してきた大英雄である。

 セイは半ばヤケクソになりながらも、開き直っていた。

 これまでの二人と同じなら、なんとかいい勝負にはなる。ソラの魔力が切れるか、セイが下手を打つか、我慢比べである。



 しかしそう思ったのはセイだけであった。



『神霊召喚』

 ソラの頭上に巨大な立体魔方陣が浮かぶ。それを構成するにはソラの魔力だけでは足りない。生命力も体力も、全てをぎりぎりまで捧げる必要がある。文字通りの切り札だ。

『黄金竜クラリス』

 巨大な魔方陣から、山ほどもある竜の頭部が現れた。

 その場に崩れ落ちながらも、ソラは英霊や骸骨騎士の操作を手放し、黄金竜だけを制御する。



 これが、悪神を倒したソラの最後の手段。

 世界を守護する神竜。世界に残ったその残滓を、一瞬、一部だけでも召喚するという力技。

「薙ぎ払え」

 クラリスの口の中が光り、黄金の破壊のブレスが放たれた。

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