91 魔を司るもの
悪神を勇者が倒したというのは、実のところリアやアルスをさえ驚かせるものであった。
倒した勇者の祝福は、魔法創造。現在この世界にない魔法を創造したり、もしくはあるにしても全く違う構成で発動させるというものだ。
強力かどうかは別として、面白い祝福ではある。それが当初の評価であった。
ネオシス王国においても、微妙な扱いを受けていたとマコは言った。
しかしその勇者が、本来の目的である悪しき神を倒したのである。
正直なところ、神竜たちでさえ予想外の展開であった。
泥縄的に、その祝福を改めて検証することになる。
もっとも直接接触するのは危険だ。なにしろ相手は、最上位の神を倒しているのだから。
リアが暗黒竜として倒した神でさえ、そこまでの格ではなかったことを考えると、この勇者はセイたちよりも強いことになる。
そして勇者以外の問題として、時空神トラドの語った問題もある。
頭をガシガシと掻いたリアは、とりあえず勇者の監視をサージに頼んだ。
大賢者と呼ばれるサージは、時空魔法の使い手である。他の魔法もいくつか禁呪レベルまで使えるが、やはり得意とするところは時空魔法なのだ。
そしてこの魔法は、対象を監視するという点では非常に便利であった。
空間を曲げて、対象を観察する。まるでストーカーのような行為だが、ネアースにはそのような言葉はない。犯罪でもない。
加えてサージは、勇者がどうやって神を倒したのか、その秘密を探ろうとした。
時空魔法で、時を遡る。実際に時間を移動するのはともかく、過去にあったことを知るのは難しくない。
そして悪神を倒したその光景を見た時、思わずサージは呻いた。
「うわあ……」
「こんな手段もあるのね……」
賢者の塔の最奥で、サージと共に勇者の監視をしていたクリスも呻いた。
大賢者サジタリウスと、大魔女クリスティーナ。
共にネアース世界では、五指に入るほどの魔法の使い手である。もっとも、人種の範疇での話だが。
しかし二人が確認したものは、想像を上回るものだった。
勇者は搦め手や奇襲や、この世界のシステムの穴を突いたわけではなく、自力での対決で神を倒していたのだ。
単純に総合的な魔法使いとしては、間違いなくサージよりも強い。それどころか魔法に関しては、神竜なのに刀ばかり振るっているリアや、神竜としてはまだ若いイリーナよりも強いかもしれない。
「まあ、魔法というものがどういうものかを考えれば、人が神を殺すのもありえなくはないよ。まして彼は勇者として、ある程度の力を最初から持っていたわけだし」
塔の最奥には、二人以外にも人がいた。
否、人の姿をしたモノがいた。
金色の髪は腰まで長く、穏やかな翠色の瞳は深い知性を感じさせる。
中性的な印象を与えるが、彼は自分を男だと言う。即ち、竜ではない。
だが、その存在は古竜をも超える。
魔神ルキエル。
世界を震撼させているはずの存在は、まるで血の匂いを感じさせず、その場にいた。
「魔法というものが、どういうものか?」
サージは冷や汗が出そうになるのを感じながら問う。
目の前の神は静かな雰囲気をたたえつつも、圧倒的な威圧感を同時に与える。
無理はない。この目の前の神は、サージのレベルを超越している。
あえて偽装も隠蔽もしていない。時空魔法でさえレベル10、あるいはそれ以上の、魔法使いである神。
「この世界の魔法は、私が作ったものだからね」
ルキエルは世界の神秘の一つを、こともなげに披露した。
かつて世界には、魔法はなかった。
神竜たちは魔法ではなく、純粋な力を使って、世界を管理していた。
そこへ異世界から渡ってきた善悪両者の神々が世界を変質させ、眷属を創り、そしてその中の一柱である魔神が魔法を作り出した。
その後は彼の手から離れて魔法は発展していったが、それでも魔を司る者としての魔神の存在は一歩抜きん出たものである。
「さすがに私が祝福を与えただけはある」
優美な笑みを浮かべた魔神は、心の底から嬉しそうだった。
勇者たちは、36人が召喚された。
その全てが、何らかの祝福を与えられていた。その祝福を与えたのは何者であるのか。
それはもちろん神である。
だが、全ての勇者が善き神から祝福を与えられたわけではない。
誰も言及していなかったが、悪しき神を倒すために召喚された勇者の中には、悪しき神から祝福を受けてこの世界に降り立った者もいる。
破滅の勇者。彼女は凶神の祝福を受けていた。
暴食の勇者。彼女は邪神の祝福を受けていた。
そして魔法創造の勇者は、魔神の祝福を受けていたのだ。
三人が悪人であるとか、そういうことではない。悪しき神は勇者召喚の気配を感じ取り、自分の力が適合する相手を見つけ、こっそりと祝福を授けたのだ。
理由はない。ただ、面白そうだったから。
三柱の神だけでなく、いまだ世界の裏に潜む悪しき神や、善き神、中立の神はもちろん加護を与えていた。
無理やり異世界に召喚された勇者たちが、果たして悪しき神だけを倒すのか、興味があったのだ。
そして魔神ルキエルにとって、自分が祝福を与えた勇者が、趣味の合わない悪神を倒してくれたというのは、興味深い結果であった。
ネオシス王国から転移されるとき、干渉して最も危険な地域に送らせただけの価値はあった。
魔法創造の勇者、蒼井空。
彼自身は最強ではない。
だが彼の使う魔法は最強だ。莫大な魔力に加え、必要に迫られて創造した魔法の数々。そして純粋な魔法では対処できない相手、つまり悪神をも倒した手段。
ルキエルはそれに非常に満足していた。
「彼を力尽くで帰還させるなら、一番最初に始末するべきだったね。彼がまだ己の祝福の真価に気付かず、ここまで成長するまでに」
「それはお前が誘導したからだろう? 一番危険で、一番成長が見込める場所へ」
ルキエルの言葉に応えるものが、もう一人いた。
茶色い髪に、茶色い瞳。美形で体型もすらりとしたものだが、それほど珍しくも思われない特徴。
だが彼は、悪しき神々の中で最強を誇る神。
邪神バグ。
悪しき神々の筆頭である二柱が、ここにいるのだ。
ルキエルはバグの言葉に笑みを浮かべた。
「そして一番結果を出した。と言っても、あなたの加護を得た勇者もまだ残っているけれど」
「凶神は自分の勇者どころか、自分自身も倒されたからな」
その間抜けさに、バグは小さな笑い声を上げる。
邪神が加護を与えた、暴食の勇者、椿真子。彼女は最も安全な場所に転移し、神竜に保護され強化され、残り二人の勇者の中の一人になっている。
どちらの勇者が最後まで残るか、二柱の神は勝負しているのだ。
サージとクリスは神々の会話を聞きながらも、勇者の戦闘の経歴を調べていた。
最初はたしかにそれほどの強さでもなかった。既成の魔法を使い、着実に平凡にレベルと技能を上げていった。
しかし死闘を繰り返すうちに、彼は発想を転換したのだ。
「これは……セイたちじゃ勝てないんじゃないか?」
やはり呻くサージである。その分析に、クリスも同意した。
セイたちがここまで勇者と戦い、そして勝ってきたのには明確な理由がある。
単純な話だ。相手よりも強大な戦力を用意し、相手の祝福や戦法を研究し、純粋に正当に、力と戦術の差で勝ってきたのだ。
勝てない相手には、リアやアルスの援護があった。破滅の勇者のパーティーとの戦いは、アルスがジークフェッドを抑えてくれたから勝てたものだし、そもそも一番最初にリアがセイを鍛えたのが大きい。
しかしこの勇者を相手にして、どういった援軍が必要になるのか。
実際のところ、時空魔法に特化したサージが参加すれば、ほぼ確実に勝利できるだろう。むしろサージ単独で戦った方が、犠牲が出ないかもしれない。
だが不死身ではないサージが、この魔法使いと戦うのは危険性が高い。そして相手を殺してしまうことはまず間違いない。
手加減など出来ないほど、この勇者は強く賢くなってしまっている。
「心配なら、神竜に助けを求めればいい」
バグが当然のように言うが、今動ける神竜はラヴィの他にはリーゼロッテしかいない。しかしリーゼロッテが星の神殿から動くわけにもいかないだろう。
そしてリーゼロッテの力があっても、まだ成竜にもならず、実戦経験もない彼女では、さほどの戦力の増強にならないだろう。
ラヴィがここで進化してくれたのはありがたいが、成竜にまで進化した神竜の力は、古竜程度だ。
果たして最上位の神を倒す勇者相手に、犠牲を出さずに勝てるものか。
サージとクリス、そしてアルスに、彼の配下である大魔王や魔王を総動員して。
「……それでも、犠牲が出るかもしれない……」
神竜は動かないとリアは言っていた。それでも彼女自身は必要に迫られれば動くだろうし、そうなればカーラも動いてくれる。
リアが本格的に戦闘に参加すれば、さすがに勝てるだろう。だが周囲への被害がどれほどのものになるか。
それを考えると、単純に戦力を集めればいいというわけでもない。
「単に勇者を殺すだけなら、確実な方法があるぞ」
サージにそんな言葉をかけてきたのは、なんと邪神バグであった。
「暗殺すればいい」
暗殺。奇襲や搦め手どころでなく、率直な命の強奪。
勇者を帰還させるという目的には反するが、世界から勇者を排除するという目的には合致している。
「それはまた、無粋なことだね」
ルキエルがわざとらしく眉をしかめる。バグは薄い笑みをたたえながら、その意見に賛同した。
「そう、無粋な手段だ。ならばどうすればいいかね?」
バグが問いかけているのはサージとクリスに対してだ。
「……彼の戦闘を分析していると、明確な弱点……というほどでもないですが、一つの傾向が見えてきます」
クリスは実戦経験が少ないが、それでも魔法使いがどういう戦法を嫌うかが分かっている。
「接近戦には弱い」
サージが言葉を引き継ぐように言った。
「彼自身の、だけど」
召喚魔法で巨大な魔物を召喚し盾とする。それがこの勇者の戦い方の基本だ。
彼自身の接近戦能力はそれほど高くない。弱点と言ってしまってもいいのだが、その欠点を埋める手段を既に確立している。
だが確かに、勇者自身が接近戦でセイかマコと戦えば、負けるのは彼の方だろう。
「接近戦にまで持ち込めるか……」
サージは勇者の姿を眺めながら、セイの持っている能力を頭の中で分析し始めるのだが、彼の作り出した映像の中で、勇者がこちらを見た。
一方的にこちらが監視しているだけのはずなのに、勇者はこちらを見たのだ。
そして一瞬の後、映像が途切れた。
「……魔法破壊? それとも時空魔法?」
「魔法破壊だね」
クリスの問いにサージは答える。
魔法破壊は他の勇者の持っていた祝福の一つだ。だが魔法創造の勇者は、それを魔法として扱っている。
そしてこちらの監視を感知した魔法。気配感知系の魔法にまで長けている。
暗殺という手段さえ、難しいかもしれない。
とりあえずサージは、リアとアルスに相談することにする。彼一人では判断がつかない。純粋に総合的な魔法使いとして、この勇者に負けている。
長生きして知識も豊富な二人なら、打開策が見つかるかもしれない。それにリアは剣士だし、アルスも接近戦には強い。
魔法で遠距離攻撃をしてくる相手とも、戦闘経験は多い。特にアルスは人間の力で、魔法に長けた魔族を統治してきたという実績がある。
転移して二人の元に向かうサージとクリス。残されたのは、悪しき神々が二柱。
「さて、どちらが生き残るだろうね」
ルキエルが面白そうに言うと、バグも同質の笑みを浮かべた。
勇者たちの生き残りを賭けたゲーム。
その最後の局面が訪れようとしていた。
魔法創造という祝福。
魔法使いが相手である場合、セイは圧倒的に有利である。
なぜなら彼には神竜からもらった、各種魔法への耐性がある。
悪神を倒したというのは看過してはいけない事実だが、魔法使い相手なら、セイは強い。
竜爪大陸最南端へと、そのセイ一行は馬車を進めていた。
悪神を倒した勇者はその進路を南へ向けた。
まず背後の地域を平定してから、改めて北に向かって進路を変えた。それは地図によっても確実に分かっている。
それにしても気になるのは、どうやったら神を倒せるというのかということだ。
魔境で倒した下位の神や、リアが倒した上位神とも違う。
最上位の神を相手に、どうやって戦い勝ったのか。
セイの最大の破壊力を持つ魔法は流星雨だが、あれでも下位の神を一撃で倒すことは出来なかった。
禁呪とまで言われる魔法の破壊力でも、神を一撃では倒せなかったのだ。そしてどうやって悪神を倒したかの詳細を聞いた時、セイは頭を抱えた。
流星雨以外にも、暗黒熱核爆裂地獄や、天地崩壊、破滅、時空断裂といった禁呪はある。あることは知っているが、セイは使えない。
流星雨は単純に広範囲の攻撃魔法がほしいということで、カーラに習ったものだ。
接近戦や対人戦で使うなら、魔法よりも刀の方が使い勝手がいい。
だから単体の相手に対する禁呪は習わなかったのだ。そもそも習っている時間もなかった。
「そもそも、どうやって神様に勝ったんだろ?」
詳細を聞かされていないマコは不思議そうに呟く。魔法の祝福で言うなら、無限魔力の祝福の方が強力に思える。魔力切れを起こすことのない祝福は、ネオシス王国では高い評価を得ていた。
魔力切れを起こさないということは、魔法の訓練をいくらでも出来るということでもある。だから無限魔力の勇者は、魔法使い系の勇者の中では一番戦闘力が高いと思われていた。
しかし魔法創造の勇者は、この悪しき神々の支配する地で生き残り、そして当初の目的である悪神を倒している。
リアはセイに対して、サージから得た情報の全てを伝えていた。
そしてそれを分析した結果、勝利するのは難しいという結論に達した。
もちろんリアとアルスが全力で援軍として戦ってくれるのなら勝てるだろう。
だがそれは当初の基本方針と反する。そもそも勇者の特殊な祝福を危険と見て、神竜は前面に立たないのだから。
最上位の神でさえ倒せたなら、神竜も倒せるかもしれない。
可能性の話だが、よってリアに前線に立ってもらうことは出来ない。
だがそれでも、セイが勝つとしたら方法は絞られてくる。
接近戦だ。クリスの言った通りである。
消耗戦というのも選択肢の一つにはあった。セイの魔力は莫大で、しかも回復する速度が並ではない。
しかし魔力量の差というのも、相手の勇者はとある手段で解決している。
「突進して殴ったらいいんじゃないかな」
ブンゴルが単純なことを言うが、実はその単純なことが出来れば、一番いいのだろう。
リアとカーラ、そしてアルスが考えた末に出した結論もそれである。
ステータスを上げて物理で攻撃。ゲームであれば王道中の王道だ。
接近戦。
勇者の住む地へと残り二日ばかりの行程を残して、セイは接近戦の訓練をしていた。
それはセイだけでなく、マコやガンツ、ブンゴルの訓練でもある。
ちなみにラヴィには竜の姿に戻ってもらって、遠距離からブレスを吐いてもらうことになっている。
勇者相手には接近しない。神竜である彼女を危険に晒すわけにはいかない。
本音を言えば肉体能力に優れたラヴィが前線に出てくれれば、近接戦の技能が低いであろう勇者相手には、かなりの戦力になるのであるが。
そして二日後。
セイのマップに、勇者の反応が現れた。
偽装隠蔽の魔法でステータスを隠している勇者だが、セイの万能鑑定の前には全てお見通しである。
レベルは278。魔力が異常に高い。
そして魔法の技能だが、召喚魔法と死霊魔法がカンストしている。
一般的な火魔法や水魔法も高いレベルだが、それより難易度の高いはずの時空魔法もレベル9まで上げてある。
そしてアルスやラビリンスが持つ、無限魔法をレベル5まで所得している。
「明日には接触するか……」
セイは考え込みながら呟く。まずは説得から入るとして、相手の戦力をどう見るか。
レベルだけを見るならば、勝てないものではない。ただ、相手がどういう戦法を取ってくるのか。
彼我の距離が10キロまで狭まる。
なんとなしにマップを見ていたセイは、次の瞬間、勇者がわずか3キロの距離にまで転移したのに気がついた。
「! 戦闘配置!」
叫び声を上げたのは、致死感知が反応したからだ。魔力障壁を張ったその上に、ラヴィが結界を上書きする。
次の瞬間、その結界が砕かれていた。
斜めに角度をつけていたセイの魔力障壁は、かろうじてその先制攻撃を防いだ。
「くそっ! 時空魔法かよ……」
馬車から飛び出した全員が、セイの背後に隠れる。セイは強固な魔法障壁を作り出したが、次の一撃でそれも破壊された。
「な……なんなんだよ!」
訳の分からない攻撃に、地に伏せたククリがわめく。セイがマップで確認する限り、その攻撃は魔法ではなかった。
いや、魔法で科学を再現していた。
「……多分、レールガンだ」
マッハ20を超える速度による、遠距離からの攻撃。
先制したのは魔法創造の勇者であった。
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