90 概念の限界
セイたちにとってこの戦場で、特に勇者との対決において有利なことは、確実に一つあった。
それはリョウが、即死系の概念を使わないであろうということだ。
約束したわけではないが、あくまでこれは模擬戦。戦闘力の確認だ。それで死者を出していたら、本末転倒であろう。
逆にセイたちが相手を殺してしまっても、一度だけは蘇生が使える。イリーナとの約束だ。
もちろんその一度の切り札をここで使うつもりはないし、リョウ以外の相手なら手加減をして無力化することも出来るだろう。
(それにしても、強い!)
突然動きを変えたリョウに対して、セイは防戦一方になっていた。
単純に、能力値を格上げしたのか、それとも他の概念なのか。偽装のせいで相手の正確な魔力や体力の残量が分からないというのは、やはり厄介なものだった。
とにかく技術を力で圧倒しようと、リョウの動きが俊敏に、そして力強くなっている。
何よりも、セイは自分が勝てる気がしなかった。
異常なことだ。相手の戦闘方法から見て、こちらがどう動くかどうとかではなく、単純に相手の方が自分よりも強いと思えるのだ。
(概念武装……どういう祝福なんだ……)
切断や貫通などといった概念は、字面としては理解出来る。だがそれがどのような効果を表すのか。
セイはとにかく相手の攻撃を回避し続けていた。しかしリョウの槍が、ありえない軌道でセイを襲う。
それまで一撃も攻撃を受けていなかったセイだが、上腕の鎧を切り裂き、かすかな傷を負ってしまった。
後方に跳躍して、リョウとの距離を取る。だがセイが目にしたのは、愕然としたリョウの表情だった。
「必中の概念はともかく……気絶の概念を……どうして防いだ?」
ああ、なるほど。
セイは納得する。おそらく今のリョウの槍には、必中と相手を気絶させる概念が付与されていたのだろう。
だがセイには通用していない。何が原因なのかは、セイにもはっきり分からない。単にステータスが高かったからか、それとも耐性が働いてくれたのか。
(気絶耐性の方だろうな。まったく神竜様様だ)
リョウの呆然とした一瞬に、セイは攻撃しようとした。だが思い直す。
セイの刀はリョウの鉄壁を突破した。つまり、攻撃は通用する。
そしてここで、リョウの攻撃がセイに通用しないとしたら。
リョウの心は折れる。諦めて試合終了である。
異常だった。
リョウの槍は概念武装により、その鋭さを伝説級の武器のレベルにまで上げている。
その槍の攻撃は、セイの鎧を切り刻み、かすかながら肌にまで傷を負わせている。
わずかな傷。だがそれで充分なはずなのだ。
気絶だけでなく、麻痺や激痛、幻惑や眠りなどの概念を加えているのに、セイには全く効果が出ていない。
増幅しまくったリョウの攻撃にセイは防戦一方だが、戦闘力を奪うことが出来ていない。
そしてリョウが焦る理由は、周囲にもある。
まず、自軍の後衛がほぼ壊滅した。
マコは槍の石突の方で手加減したので、死者は出ていない。だが悶絶するほどのダメージを与えられた魔法使いが、この戦線に復帰することは不可能だろう。
そして前衛も、その役割を果たせていなかった。
前衛同士の激突。オークとドワーフを侮っていたわけではないが、あの白髪の少女が予想外だった。
鑑定不能。それはリョウの概念の『把握』でも見通すことが出来ないものだった。
筋骨隆々たる戦士が装着すべき重装甲でありながら、軽々とこちらの戦士の攻撃を受け止め、反撃しては削っていく。
何より古竜が問題だった。
最初の咆哮とブレスの後は身をもてあましていた古竜が、ハーフリングの指示に合わせて、ちょいちょいとその腕で前衛の戦士たちを撫でていったのだ。
古竜の腕は、下手な家より巨大である。
鋭い爪を使うまでもなく、その衝撃にはほとんどの人種が耐えられるものではない。リョウの概念の恩恵を受けてようやく、数人が戦闘力を失わずに立ち上がれる。
「セイ!」
自分の役割を果たしたマコが、セイに加勢しようと駆けて来る。
「来るな!」
だがセイはそれを止めた。マコも状態異常の耐性を持っているが、それは最大レベルではない。リョウの概念を防げるかどうかは、やってみないと分からない。
「こいつには俺が合ってる。ガンツたちに加勢してくれ」
マコは逡巡を見せず、その指示に従った。
リョウはそのやり取りを見ても、舐められているとは思わなかった。
実際、自分は概念で強化しているにも関わらず、相手の少女を攻め切れない。そして予定していた概念が、相手に通用していない。
何よりも、この概念の重ね掛けは、リョウの体力と魔力をどんどんと奪っていく。
このままなら、おそらく消耗して自分が敗北する。相手の状態が分からないというのは、これほども嫌なものなのか。
(そうか、相手の戦力を把握していなかったからだ)
把握の概念で、ある程度の戦力は分かる。だが把握しているはずの少女の戦闘力は、実際に戦ってみると明らかに違う。
(看破だ)
偽装してあるステータスを看破する。リョウはそれに思い至って、そして実行し、絶望した。
本当のレベルが自分よりも高い。それはいい。
だが、魔力の差が自分と隔絶している。そしてありとあらゆる耐性が、限界であるレベル10に達している。
ありえない、と思った。何かの間違い、それこそ偽装の祝福でも持っているのではないかと思った。
しかし脳裏に映るステータスは、今までの戦闘の推移を裏付けるものだ。
リョウは思った。手加減して勝てる相手ではないと。
それはあるいは、焦燥感に駆られた行動であったろう。
必中の概念、それよりも上の、さらに敵の中心を穿つ概念とは何か。
的中。
的に当てる。必中は当てるだけだが、的中は狙ったところに当てる概念だろう。
そして貫通。相手の体を貫くことを強くイメージする。
その瞬間、リョウは手加減とか模擬戦とかいうことを忘れ、純粋に目の前の相手の打倒を願った。
避けられない。
神速とまで思えるリョウの槍。セイの致死感知が、全力でその危険を訴えてくる。
今までとは違う攻撃。こちらの命を奪うための、本気の刺突。
避けられないならば、避けなければいい。セイも腹をくくった。
リョウの短槍が、セイの胸を貫いた。
(しまった!)
勝たなければいけない、とリョウは考えていた。ありとあらゆる手段の中から、最も相手の戦闘力を奪う攻撃を考え、実行した。
そして、槍は相手の胸を貫いていた。致命傷だ。おそらく心臓を貫いている。これはあくまで模擬戦なのに。
その瞬間、リョウの頭の中は真っ白になっていた。
そしてセイは笑った。
自分の胸を貫く槍を、セイの刀が斬り飛ばす。
愕然としたリョウに向けて、セイはにやりと笑ってやった。
「悪いな、俺は不死身なんだよ」
不死身。
セイの持つ祝福や技能の多さに目を奪われて、その三文字を見ていなかった。
「不死身……」
そんな祝福を持ったクラスメイトもいた。だから祝福自体は理解出来る。
だが死なないからといって、普通なら致命傷の状態で、刀を振れるのか。
この瞬間、リョウの心は折れた。
まだしばらく、戦闘は続いた。
セイは自分の胸を貫く槍を抜くと、無造作に投げ捨てる。
肉体の損傷も、防具の損傷も、目に見える速度で修復されていく。それでも多少は気分が悪く、セイはこみあげてきた血液を吐き出した。
「まったく、心臓と肺と、食道あたりまでやられたかな? 普通なら無敵に近い祝福だよ」
だが不死身であり、超高速再生の祝福を持つセイには、単純に急所を狙って殺すという手段が通用しない。
死の概念で攻撃されても、おそらくは即死耐性で無効化出来るだろう。そもそも模擬戦という場で、リョウがそこまで出来るとも思っていない。
この戦闘で出る死者は、犬死だ。だからリョウも思わず使ってしまった即死級の概念の後、自分の行動の意味を悟って体が硬直してしまったのだ。
「さて、まだやるかい?」
リョウは予備の武器である剣を抜く。心は折れても、この世界で経験で体は動く。
目の前の脅威に対して、座して死を待つということはありえない。模擬戦などという言葉も頭の中から消えている。
ただひたすら、限界まで戦う。それがこの世界に来た、勇者としての意地、あるいは生物としての本能のようなものであった。
セイの刀が、リョウの剣と打ち合う。
セイの攻撃をリョウは防ぎ、リョウの攻撃をセイは避ける。
空振りは体力を消耗するものだ。ましてほとんど反射だけで体を動かしているリョウは、空白の意識のまま精神的にも披露している。
構えも崩れ、セイの致死感知に反応する攻撃はもはやない。
そのセイの肩に、ぽんと手が置かれる。
「終わった」
ラヴィの言葉通り、前衛の戦士たちは全員が無力化されていた。
全身で息をしていたリョウは、その場に座り込む。
セイの仲間に被害はない。ガンツやブンゴルが多少の負傷をしていたが、すぐに治癒できる程度のものだ。
終わってみれば、セイたちの完勝であった。
「どうしたら勝てたのかな……」
帰還の前に、リョウは釈然としない表情でそう呟いた。
「まあ、古竜がこっちにいた時点で、そもそも勝てる可能性はなかったんだろうけどな。それでも……」
セイは考える。自分たちならどうしただろうか。
兵士の集団は、やはり役に立たなかったかもしれない。小数になってからの攻撃の優先順位も、おそらくは間違っていた。最大戦力であるリョウが完封されたことも大きい。
だがそれ以前の前提として。
「情報収集が不完全だったんじゃないか?」
「それは……確かに、そうかも……」
セイだけでなく、マコも持つ不死身の祝福。これを看破していれば、単純に戦闘して無力化出来るなど考えなかっただろう。
「データ不足か……」
「看破ってのを、まず最初に会った時点で使っておくべきだったな。そうすれば俺に対しての対策はもっと立てられたはずだ」
不死身であっても、戦闘力を奪う手段はいくらでもある。むしろ不死身であるからこそ、即死級の攻撃で動きを止めることが出来ただろう。
それでも古竜の戦闘力を侮っていた時点で、敗北は決定していたとも思うが。
「耐性スキルが高すぎるよな…。万能耐性。それが君の持っている祝福? いや、不死身もあるのか……」
「あと、万能鑑定もな。もっともお前の偽装は完全には見破れなかったけど、こちらはマコがいたから、ある程度の予想は立てられたし」
情報を収集し、それを分析して、勝つべくして勝った、ということだろう。
そして勇者は帰還した。
約束通り、古竜はこの都市を守る。もっとも単に寝転がっているのもなんなので、自分専用の迷宮を作ることにしたらしい。
竜は穴倉が割と好きな存在である。それに迷宮を上手く活用すれば、魔石の安定供給も出来るし、戦士たちの育成にも使えるだろう。
100年ほど過ぎれば、この都市の新たな売りとなっているかもしれない。
もっともそれは、神々が倒された後のことを前提としているのだが。
数日休みをとって、セイたちはマラーナを後にする予定であった。
だがそれは変更された。原因はラヴィであった。
朝目を覚ますと、ラヴィの姿が白いもので覆われていた。
まるで卵のような、硬質の物に。
慌ててリアに連絡をすると、安心したような声で返答があった。
「それは、進化だな」
竜は、幼竜から成竜、成竜から古竜に成長する。
だがその過程は、ゆっくりと成長するというものだけではない。一段飛びに、ぐんと成長するのだ。
それこそリアの言う、進化とさえ呼べるほどに。
「ラヴェルナの年齢からして、もう少し後だと思っていたが、旅の経験が進化を促したんだろうな。最後の勇者を前に、戦力の増強になっていいことじゃないか」
そう言われてみればそうなのかもしれないが、もう少し早ければ旅はさらに楽になっただろう。
ラスボスの直前の宝箱で、最強の武器を手に入れたようなものだ。
だが勇者との対決の直前にこうなったら、逆に戦力が減って大変なことになっていた。やはりタイミング的には良かったのだ。
そして一週間。
卵が割れ、ラヴィが姿を現した。
白い髪は変わらないが、その長さが腰まで達している。
容貌は、やや大人びただろうか。それでも少女の範疇に入っている。
「おはよう」
全身から静かな闘気を発しながら、ラヴィは呑気な挨拶をした。
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