89 圧倒

 セイとマコを目の前にした首脳陣は、その若さと容姿に数瞬苦笑いをし、それからリョウの存在を思い出して、規格外という言葉で自分を納得させた。

 十代半ばの、特に強くも見えなさそうな少女二人を相手に、こんな最初の反応は当然だろう。

 だが首脳陣の中でも軍事に携わるものは、二人の脅威に気付く。身のこなしや細かい動作が、熟練の戦士を思わせるのだ。

 またこの場にはいないものの、ハイオークやドワーフの戦士、エルフの精霊使いも仲間だという。ふらふらしている謎の少女と、ハーフリングはともかく。

 決して軽く見てはいけない戦力だと、戦士を率いる者たちは感じた。

 実際はふらふらしている謎の美少女が最も危険なのだが。



「それで、リョウを帰還させる代わりに、古竜が守護者としてこの都市を守ってくれるということかね」

 そう確認するのはまだ30代後半の男だった。武人ではない。だがその視線には鋭いものがあり、この都市の元首としての風格に満ちている。

「私の師である神竜、暗黒竜レイアナが約束してくれました。それに実際問題として、悪しき神々の脅威は、この周辺ではもうあまりないはずです」

 セイの言葉に即座に反論が出る。

「四柱の最上位神はまだ二柱残っている。その力は人種の戦力をはるかに上回るぞ」

「確かに力はそうです。けれど自身の力で相手を蹂躙するのは、残る二柱の傾向ではないんですよ」

 セイは悪しき神々について、リアを通じて他の神竜からも聞いている。

 凶神は明らかに人種を殺戮することを楽しんでいた。悪神もまた、その悪逆の限りを尽くしていた。



 では、残る邪神と魔神はどうなのか。

 実はこの二柱は、直接人種との戦いに参加したことはない。

 魔神はそもそも復活する前から、人種に働きかけその欲望を増幅させ、破滅に至る道を楽しんでいた。なかなかいい趣味である。

 邪神は眷属をまとめ、反抗するものは皆殺しにするが、人種自体は統治している。支配と言ったほうがいいかもしれないが、バランス感に優れた精神の神だ。

 そして軍団を作り、人種の軍勢と戦わせている。ゲームのように、戦争を起こしているのだ。これも粋な趣味である。



 両者ともいい趣味をしているが、人種を絶滅させる意図はない神であると、ラナやテルーは断言していた。

 そして実際にこの二柱が、勇者と直接戦った場合どうなるか。

 まず確実に、勇者は敗北するだろうと、元勇者のアルスまでが言っていた。

 竜牙大陸での神々との戦いを考えても、勇者は確かに強大な戦力だが、何者にも優る存在というわけではない。七人もいながら、結局は強欲の神を倒したのは、神竜であるイリーナであった。

 もっとも悪神を倒した勇者がいるので、確かに勇者は神をも倒す存在ではあるのだろうが。

「古竜なら……確かに俺より強いだろうな」

 肝心のリョウ自身が、そう判断した。







「それで、どうなったのだ?」

 草原にぐてんと寝転んだ古竜は、セイに問いかける。

 人間の姿にもなれるはずだが、草原の柔らかさがその巨体には心地いいらしい。

「うん、実際に戦ってみて、その戦力を確かめたいって言ってきたんだけど」

 セイの言葉に、古竜は口を開けて笑った。そのまま食われるかとセイは恐怖した。

「笑止。勇者と言えどアルスならばともかく、人の寿命の半分も生きていない者が、我に敵うわけもなし。むしろ殺さないように加減をするのが難しいだろう」

「ああ、古竜さんは咆哮で、その他大勢を戦闘不能にしてくれればいいですよ。中心メンバーは、俺たちが相手するんで」

 それも首脳部と話し合って決めたことだ。

 あちらは都市の兵力を軍として運用する。そしてそれに対抗するのは、セイたち七人と古竜である。

 戦力の数を考えれば、セイたちの勝てる道理はない。しかしこちらには古竜がいる。

 竜の戦闘力というのは、あまりにも理不尽なものだ。



 セイは古竜と戦闘の手順を話し合う。その横にはちょこんと置物のようにラヴィが座っている。

 話に加わるわけでもないが、なぜか自然とそこにいる。

「そういえばラヴェルナはそろそろ……」

 話が一段落したところで、古竜がラヴィの方を向く。

 ラヴェルナはそれに対して首を傾けるが、特に何かを言う訳でもない。

「……もう少しだな」

 何がもう少しなのか聞きたいセイだったが、重要なことなら古竜も口にするだろう。

 竜に対しては畏怖を感じるセイとしては、積極的に話を振ることもなかった。目の前の問題の解決が先である。



 さて、都市の軍団とセイのパーティーの対決である。

 これは今古竜が寝転んでいる平原を舞台に設定してある。

 軍として機能する一万近くの集団と、10人にも満たない小集団。常識的に考えれば、セイたちが勝つのはおかしい。

 そもそも今回は古竜の戦闘力を見せるのが目的なのだから、セイたちが活躍してもあまり意味がないのだ。

 それでもやはり最後は、セイたちが戦うことになるだろう。

 勇者を相手にしても、古竜は勝てるであろうと予想した。だが、手加減が難しいとも言った。

 最大の攻撃であるブレスの直撃は、概念武装で防げるのか不安である。しかし相手の祝福を考えれば、接近戦は避けたい。

 ならばその他大勢を古竜に担当してもらって、人間サイズのセイたちが勇者と戦うのが安全だろう。



 さて、実際の戦闘の推移を予想しよう。

 まず相手となる軍団だが、これはおそらく古竜の咆哮で大半が脱落するだろう。

 ひょっとしたらリョウが対策をしているかもしれないが、その場合も古竜の羽ばたきで大半が吹き飛ばされ、陣形は組めないはずだ。

 残るのはレベル50以上、100ぐらいまでのおよそ10人。そして肝心の勇者リョウ。

 勇者以外をセイのパーティーが担当するとして、どこまでをそちらに割くかが問題だ。

 ちなみにククリは古竜の下で、やってもらいたいことを指示する予定。

 残り六人のうち、セイとあと誰か一人は勇者対策にいてほしい。



「接近戦は危険だな」

 概念武装と言うだけあって、リョウの祝福は武器や防具に概念を付与することが多いらしい。

 するとガンツやブンゴルは相手をせず、他の強者の抑えに回って欲しい。

 ライラの精霊術も、相手の魔法使いに対抗するためにそちらに回したい。魔法使いの数からいって、ラヴィもそちらに回したほうがいいだろうか。

 するとマコと一緒に勇者一人を相手にすることになる。レベル的に考えてまず勝てるだろうが、二対一で勝って、あちらから文句は出ないだろうか。

 そんなことを考えながら、模擬戦への準備は進んでいった。







 雨天延期の条件下、明るく晴れたその日の午前中、マラーナの城壁を遠くに見る丘陵地帯に、軍勢が集結している。

 大人気ない、と言ってもいいのだろうか、古竜を相手にするからには攻城兵器まで準備している。まあバリスタや投石器程度で、どうにかなる古竜ではないのだが。

 軍勢が陣形を整えた頃、丁度太陽は南天を示した。合図のラッパがマラーナ軍から鳴り、全面に展開された歩兵が前進してくる。

 普通ならあるであろう弓や銃での遠距離攻撃は、今回はない。その代わりに投石器やバリスタから、巨大な岩や槍のような矢が飛んでくる。

「ふん」

 岩も槍も、古竜の鼻息で吹き飛ばされた。



 全長一キロにも及ぶ古竜の巨体を前に、前進するだけでもマラーナの兵士の練度は高い。だが訓練や士気などではどうにもならないものはあるのだ。

 基本的に歴史に残る竜殺しの伝説では、全て少数精鋭で竜を倒している。

 大軍での竜との対決は、むしろ足手まといでしかない。マラーナ軍は直後、それを思い知らされることになる。



 古竜が咆哮した。



 一撃は、それでも兵士たちは耐えた。おそらくリョウの付与があったからであろう。魔法使いによる精神への耐性魔法もあったのかもしれない。

 だが二撃目。古竜の放ったブレスが兵士たちの直前の大地に放たれる。

 一瞬で地面が溶解し、爆裂した。

「うわ~、焼き払え! って感じだね」

 マコが呑気にそう言っている。古竜は巨神兵か何かなのだろうか。

「まあ、確かに七日間で世界を滅ぼせそうな感じだけどな」

 神竜が本気になれば、一柱で世界を崩壊させられる。それを知るセイは苦笑いである。

 それより心配なのは、今の攻撃で死者が出ていないかということなのだが、祝福や魔法の効果もあって、なんとか余波だけなら防げたようだ。

 だが、精神的なダメージは大きかったようだ。

 古竜の再びの咆哮に、もはや軍団は耐えることが出来なかった。



 兵士たちが我先に逃げ出すのを、咆哮の威圧に耐えた指揮官たちが必死で抑えようとする。

 だがそれは早々に無理だと判断したらしい。兵士たちとは逆走するように、こちらに向けて馬を駆る。

 徒歩の戦士の中にも心が折れていない者はいる。おそらく冒険者だろう。

 おおよそ20名の集団が、まだ灼熱している境界線を越えて、セイたちの方へ向かってきた。

「じゃあ予定通りに」

 セイの短い指示に、仲間たちは頷いた。







 20人という数は、予想よりも多かった。

 純粋に前衛を務める人数だけでも10人はいるし、その内容も徒歩の戦士もいれば、騎乗の戦士もいる。どうして馬が咆哮に耐えたのかは知らないが、それだけ魔法の加護があったのだろうか。

 ブンゴルとガンツが前衛に出て戦士たちを足止めし、ライラの精霊術が向こうの魔法使いを無力化する。それが当初の予定である。

 それにラヴィが加わった。

 ラヴィはとてもその細腕では持てそうもない大盾を片手に持ち、もう片方の手は空けてある。

 そしてそのラヴィの攻撃が、セイたちからの第一撃となった。



 投石。

 もっとも原始的とさえ思える方法が、ラヴィの行った攻撃である。

 最初は武器の投石器を使うことも考えたのだが、そもそもラヴィは不器用である。それに武器で威力を加えれば、オーバーキルになりかねない。

 怪力から生み出される運動エネルギーは戦士たちの鎧の上からダメージを与え、魔法障壁を破壊して魔法使いにまで届く。

(死んでくれるなよ)

 相手の心配をしながら、セイは駆け抜け様に戦士を二人片付けていた。峰打ちなどという甘いものではない。腕か足を切断する。後から治療すればいい。

 マコも同じように、二人を無力化していた。相手の戦士がリョウからどのような概念を与えられていたか知れないが、あっさりと片付いた。

 前衛のやや後ろにいたリョウに接近する。そこへ後衛の魔法使いが各種の魔法で攻撃を行う。

 セイを盾にして、マコは後ろを走る。魔法に対する耐性ではマコよりはるかにセイの方が上だからだ。

 まさに盾職である。



「非常識だぞ!」

 リョウが魔法攻撃を全く無視して突っ込んできたセイにわめく。そう言われても、これが作戦なのだから仕方がない。

 セイの刀をリョウの槍が防ぐ。十文字槍なので、上手くセイの刀を止めた。

「どうして壊れないんだ!」

 どうやら武器に特殊な概念を付与していたらしいが、セイの刀は神竜リアが全力作成したものである。神の祝福を神竜の力が上回るのは当然である。

 その二人の横を、マコが通り抜けていく。彼女の役割は後衛の魔法使いの無力化だ。



 一瞬マコを目で追ったリョウだが、セイの前ではそれは致命的な隙だ。片腕を切り落とすべくセイの刀が振るわれる。

 だがそれは、彼の手甲で弾かれた。

 おそらくは、概念の効果だ。

「残念だな。この手甲には鉄壁の概念が与えられてるんだ。そんな刀で斬れるものじゃないぞ!」

「鉄壁ねえ……」

 わずかな間合いを空けて、セイはリョウと対決する。

「鉄壁って良く聞くけど、どれだけの防御力だと思う?」

 その質問に、リョウは訝しげな顔をする。

「……そりゃ鉄壁って言うんだから、どんな攻撃にも耐えられるだろうが……」

「へえ、日本では鉄壁の防御網なんて言葉、突破されるためにあるようなものだったけど」

 マンガでもアニメでも、戦闘だけでなくスポーツなどの分野でも、乱発されているものだ。

「本当に鉄程度の硬さなら、俺の刀は防げないよ」



 セイが動いた。

 しかしリョウはそれを、感知できなかった。できないままに、懐に入られていた。

 リョウの武器は短槍。それでも間合いは刀よりも長い。そして加速の概念で、反応速度も上がっている。

 それにも関わらず、リョウはセイの刀をかわしきれなかった。そしてセイは、リョウの鎧を浅く切った。

 意図的に、浅く。

「鉄壁程度の概念じゃ、オリハルコンも切断する、俺の刀は防げないなあ」

 セイはにたりと笑い、リョウの顔は引きつっていた。







 これは模擬戦のはずだった。

 過去形で言うのもおかしい。実際にまだ死人は出ていないし、怪我人も魔法で治癒出来る範囲のものだ。

 しかしこの圧倒的な差はなんだろう。

 冒険者の枠でこの戦闘に参加していたベギルは、長年の勘から発する違和感を覚えていた。

 まず、古竜の存在だ。竜は当然相手の最大戦力と思っていたが、最初に水増しの兵士を逃走させた後は、じっと戦場を見ているだけだ。

 こちらの前衛の戦士の相手をするハイオークは凄腕。その隣のドワーフと共に、エルフの精霊使いを完全に守っている。

 こちらに攻めかかっているのは、あの時に会った地球人と、勇者の二人だけ。

 勇者が後衛に襲い掛かるのを、護衛に残していた戦士は食い止めている。だがかなり劣勢である。

 こちらの最大戦力であるリョウは少女と一対一で戦い、すぐに勝負が尽きそうにはない。

 そして、あの白い髪の少女だ。



 最初は魔法使いだと思っていた。特に、治癒に特化した。

 竜爪大陸を少数でここまでやってくるには、戦力のバランスの取れたパーティーである必要がある。まあ、ハーフリングの男は別として。

 しかし白髪の少女は、とにかく投石を行い、こちらの連携を阻んでいる。

 それでいて近づいて攻撃しても、その体躯からは考えられないような重装甲でダメージが与えられない。

(あれがイレギュラーなやつか)

 身のこなしは素人だ。ステータスは高いのだろうが、接近戦に習熟しているとは思えない。

 まずは不安因子を叩く。そう決めたベギルは仲間と共に戦場を迂回し、ラヴィに接近戦を仕掛けた。



 巨人とオーガとドワーフがこちらに向かってくる。

 ラヴィはそれを察知していながらも、何の危機感もおぼえていなかった。

 自分の役割は、予備戦力。ガンツとブンゴルの盾を抜けてくる戦士がいたら、それがライラに達するまでに叩くのが仕事。

 だが三人は明らかにラヴィを狙ってきた。どう対処していいか、正直迷っていた。

 だから巨人が戦鎚を振り下ろしてきた時も、特に何も考えず、他の二人の様子を見ながら盾で防いだ。







(馬鹿な!?)

 ベギルは驚愕していた。三メートルを超える巨人種の巨体から振り下ろされた攻撃が、盾で防がれている。

 ラヴィの左右から攻撃した仲間の二人。一人はラヴィの素手でそれを防がれ、最後の攻撃は胴に入ったものの、その場から動かすこともなかった。

 いずれもドワーフとオーガ、膂力に優れた人種の戦士による攻撃である。もちろん手加減はしたが、その場からぴくりとも動いていない。

 レベル80を超えている重戦士の攻撃を、可憐な少女が無抵抗で耐える。いくら見た目と能力が一致しない冒険者でも、これは異常と言えた。

(見た目は人間だ。いや、吸血鬼なのか? 真祖なら……いや、今は昼だぞ?)

 ベギルの困惑をよそに、ラヴィは素手で武器と殴り合っていた。



 リョウもまた、焦っていた。

 まず、目の前の敵が強い。見た目で判断出来ないのは自分の例からも分かっているが、勇者でもないのにこの戦闘力は何なのだ。

 思わず助けを求めようとして『把握』の概念で戦場を敷衍する。そして愕然とした。

 まず後衛が壊滅しかかっている。

 魔法使いの護衛の戦士たちは、本来なら斥候職にある者だ。純粋な戦闘力では劣るそれを、マコがゆっくり確実に無力化していく。さすがに模擬戦なので、斥候の戦闘手段の一つである毒などの手段は使わないと言っても、あまりに一方的だ。把握している間に、ついに魔法使いの一人が倒されていた。

 そして前衛の戦士であるが、オークとドワーフの戦士に後衛への攻撃を阻まれている。何より異常なのは、リョウもよく知る仲間たちが、一人の少女に足を止められていることだ。

 いや、むしろ少女はベギルたちを蹂躙している。素手で鍛えられた業物の武器と殴りあうなど、人種ではありえない。



 ありえない事態が、自分にも、後衛にも、前衛にも起こっている。

 このままでは負ける。リョウはそう判断した。とにかく目の前の少女一人でさえ、単純に戦闘の技術が自分より上だ。

 よってリョウは賭けに出る。概念を操る彼には、漠然としたイメージを持つ言葉を力に変えることが出来る。

 それは『最強』『無敵』『不敗』の概念の重ね掛け。

 これで一刻も早く目の前の敵を倒し、他の戦線をへ向かう。

 それしかこの戦況を覆す手段はなかった。少なくともリョウはそう思った。

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