88 接触
勇者リョウは、当初この四人に都市の外で拾われたらしい。
空腹でふらふら、装備も魔物相手に半壊し、今にも倒れそうだったようだ。
顔に似合わず面倒見の良い四人は、リョウを暫定的にパーティーに入れたそうだ。
最初はレベル的にも、そうそうたいした役割を果たしていたわけでもないリョウだが、やがて四人は気付いた。
リョウと共に戦うと、戦闘が楽になっているのだ。
「それでまあ詳しいことを聞いたら、勇者だってことが分かってな。付与魔法みたいな祝福が使えるって説明されたんだ」
そこで少しセイは疑問に思う。
「鑑定したら勇者ってすぐに分かったと思ったんですけど?」
「ああ、なんでも祝福でステータスを偽装出来るらしい」
偽装という概念を操ったということだろうか。概念武装という祝福だが、実際に出来ることは想像するよりはるかに多そうだ。
「それで、お前さんも勇者なのか?」
巨人族の男は威圧的にセイを睨みつける。
おそらくセイとリョウに共通する人種的な特徴により、そう当たりをつけたのだろう。ニアミスである。
「出身は同じですけど、俺は勇者じゃないですよ。俺の仲間に勇者はいますけど」
「ほう……」
やや剣呑な目付きになり、巨人族の男は続けた。
リョウの祝福が明らかになっても、しばらく五人のパーティーは続いた。
しかしやがて一つの出来事が、彼を冒険者から正規の兵士へと変えることとなった。
地竜の出現である。
地竜とは、本物の竜ではない。だが竜に間違われるほど、その脅威度は高いと思われている。
その地竜が採取や狩猟のための森に移動してきたため、都市の兵団は討伐を決定した。
冒険者のパーティーも何組か雇われ、遊撃任務に就くことになった。
さて、地竜という魔物はどういうものであるか。
まずその巨大さが上げられる。成長したものは全長100メートルを超える巨体となる。成竜と同じぐらいである。
『ホリン王子の地竜退治』という3000年前のベストセラー『レムドリア戦記』の一節によると、大国の騎士団が一個大隊いても討伐は難しい魔物だった。
だがそれは過去形である。
魔法と科学の発達した現在では、熟練の戦士や魔法使いに一個小隊の戦力があれば、討伐は難しくない。
実際にオーガスやレムドリアの生息地では、地竜は絶滅危惧種にまでなっている。
常人の住む村や街にとっては天災レベルに危険でありながら、既に大国の装備の前には敵ではない。
それが竜骨大陸の地竜の現状である。
だがこの竜爪大陸ではどうか。
まず、兵器の問題がある。
旧式の投石器や、旧式の工場で作られる銃は用意できる。だが、それでは地竜を討伐は出来ない。そもそも威力が足りない上、投石器などを森の中で展開することは難しいのだ。
よって中世よろしく兵の数を集め、旧式兵器を集め、個人の武力に頼ることになる。
「その時に、リョウの祝福が大活躍したわけだ」
狐獣人の男が補足する。
兵士たちの剣に切断、槍に貫通、鎚には破壊と、単純だが強力な力を付与する。
痛めつけられた地竜の止めをさしたのは、リョウの使う槍であった。
それには『死』の概念が付与されていたという。
力を見せ付けたリョウは、この都市の指導部直々に、大隊長の副官として抜擢された。
仲間たちは寂しく思いながらも、リョウの脱退を祝福した。
そして現在リョウは、マラーナの兵団で副官を務めている。
さすがに指揮能力や実戦経験が少ないのでトップではないが、その祝福を活用できる立場にあるのだ。
そして高位の悪魔が侵攻して来た時には、個人の武力でこれを倒したこともある。
最大の戦力にして、戦力増強の要でもある。これを地球に帰還させるのは、当然周囲の反対が大きいだろう。
「勇者に会えませんかね?」
セイは巨人族の男に問いかける。都市の重要人物に会うことはただでさえ難しいが、勇者の立場を考えると、突然に行って会えるものではないだろう。
だが元々面識のあるこの男たちなら、多少の便宜は図ってくれそうだ。
「会ってどうするつもりだ?」
狐獣人の男に対して、セイは偽りを述べなかった。
「地球……本来の世界に帰ってもらいます」
その瞬間、周囲の冒険者たちが殺気を発した。
勇者であり、英雄でもある仲間。
それを連れ去ろうとする人間に、好意が寄せられるはずはない。
殺意に包まれながらもセイは平然とし、それに合わせてライラも無表情を保っている。
「もちろんこの都市を危険に晒すことになるからには、代替案があります」
セイは巨人族の男の目を正面からはっきりと見る。
「竜に来てもらいます」
その言葉は、この空間に静寂をもたらした。
空気の洩れたような笑い声が聞こえた。
やがてそれはさざなみのように伝わり、ごく一部の例外を除いて、爆笑に転化した。
「竜! 竜だって!? そんな御伽噺、誰も信じちゃいないぞ!」
竜とは記録にも残っている存在だが、その実在を疑う人間は多い。特にこの竜爪大陸では。
なぜなら他の大陸の神竜と違って、この大陸の神竜であるはずの天竜は神々に敗北し、セイたちの仲間となったのだから。
近場である竜翼大陸の神竜であるリーゼロッテも、まだ眷属を持っていない。
よってこの大陸では、竜とは御伽噺の存在か、既に絶滅したものだとさえ思われている。
実際のところ竜は基本、神竜の神域に生息し、ごくわずかな例外が迷宮の主になどなっている。その迷宮の主も、竜爪大陸では神々や精霊であり、竜は存在しないのだ。
幼竜から成竜に成長し、はっちゃけた個体が神域を飛び出し、時に竜骨大陸で散見されるにしても、人間と関わることはあまりない。そもそも神竜から無意味な接触は禁止されているからだ。
よって彼らの反応はごく真っ当なものだ。セイもそれには納得する。
怒って口を出そうとしたライラを制し、セイは言葉を続けた。
「では約束してもらいましょう。竜に来てもらったら、あなたの口利きで勇者に会わせてもらうと」
全く笑っていなかった巨人族の男に、セイは会話を続ける。
男はセイを睨み続けている。その様子に、ギルドの喧騒も収まっていく。
「……いいだろう。最も俺の出来ることは、話を伝えることだけだがな」
「それで充分です」
にっこりと笑って、セイは踵を返した。
憤慨しているライラをなだめながら、セイは宿に戻る。
「というわけで、竜の派遣をお願いします」
「竜をか……」
通信機の先のリアは、歯切れの悪い口調で呟いた。
「? 何か問題がありましたか?」
「いや、こちらの話だ。眷属の古竜を一人、そちらに向かわせよう」
成竜ではなく古竜である。たいがいの上位の神でさえ圧倒する戦力を提供するというのは、リアも思い切ったものである。
だがセイは少し不思議だった。
「水竜や風竜の方が近くありませんか?」
「……あいつらは今、ちょっと別のことで動いているからな。私の眷属に行ってもらう」
何かを隠しているようではあるが、それを問い詰めても答えられる可能性は低い。
セイはとりあえず、そこで満足しておいた。
手分けして情報収集をしてきた仲間たちが集まり、それを整理する。
まず、敵――というのはあれだが、勇者リョウの戦力である。
個人的な戦闘力は圧倒的なものである。概念武装というのは『死』すらも操るように、破滅にも匹敵する祝福の可能性が高い。
もっとも、高度な概念は使えないらしい。緻密な術式構成を必要とする魔法の再現などは、上手くいかないらしいのだ。何よりその概念を与えた物質や魔法に、相手が接触する必要がある。
地竜退治の場合は、鱗に傷をつけても死の効果が表れることはなく、肉体まで槍先が届いてようやく発動したようだ。
あと、他人に与える概念武装は、自分自身に作用するものよりも簡潔なものらしい。もっともこれは現実の戦闘結果から判断したもので、あえてリョウが他人に過大な力を与えていない可能性もある。
だがマコの言によるとネオシス王国でもその傾向はあったようで、突出する戦力は勇者だけと考えてもいいだろう。
そして重要なことだが、この祝福を使うには生命力や魔力、体力を消費する。
何を消費するか、どれだけ消費するかはそれぞれの概念により違うようだが、相手のエネルギーが無限でないことはありがたい。
万能治癒の勇者などと組めば恐ろしい敵となったろうが、その点は幸運だった。
さて、竜の手配も済んだし、数日中にはリョウと面会が出来るだろう。
説得して帰ってもらう、というのはなんとなく諦めている。性格や言動、振る舞いの話を聞くに、この世界で調子に乗っていることは間違いない。
もっとも絶対反射の勇者とは違って、畏れられているということはないらしい。良くも悪くもマイペースで、市民の支持は高い。
問題の都市の上層部や兵士たちとも上手くやっているらしい。野心より虚栄心が高く、ちやほやされていると機嫌がよく、それでいて無茶な要求もしないらしい。
マンガやライトノベルの主人公を地で行っている感じだ。
「たぶん、この世界で勇者になった時点で、満足してるんだと思うよ」
ネアカなオタクと言ったマコが説明する。まさにファンタジーの世界で、自分の力で悪しき神々と戦うという時点で、彼の欲望は満たされているのだろう。
しかしつまりそれは、おとなしく地球に帰還してくれる可能性が低いことを示している。
物語の決着、つまり悪しき神々を打倒するまで、彼の中の御伽噺は終わらない。
また力ずくでこちらの要求を通すしかないだろうが、今回はそれが難しい。
絶対反射の勇者と違って、彼には仲間がいる。あるいは部下がいる。都市全体が味方と言ってもいい。
彼を帰還させるのには絶対反対するだろうし、武器を持ってこちらと敵対する可能性さえ、ほぼ確実である。
そんな彼を帰還させるにはどうすべきか。
「まず鼻っ柱を折って、周囲の人間も納得させないといけないだろうな」
セイはそう言って、リョウの周辺の戦力を分析し始めた。
大空を覆う、巨大な生物。
全長100メートルの地竜など及びもつかない、その威圧感。
巨大な翼に長い首、そして全身を覆う漆黒の鱗。
神々すらも滅ぼすという伝説の古竜。
その姿がマラーナの上空を旋回していた。
人々は跪いた。
そして祈った。何に? それは神ではなく、勇者にだ。
現実の脅威である悪しき神々。そしてそれに対抗することもない善き神々。そんなものより確かな信仰が、マラーナには存在する。
勇者。
古竜が都市の近くに舞い降りた時、既に都市の首脳陣は竜に対する会議を開いていた。
その中には概念武装の勇者リョウもいる。
報告によれば古竜は都市から少し離れた草地に寝転がって、こちらを覗う様子もない。
勇者を召喚した国は竜に滅ぼされるという伝承はあるが、勇者がいるから国が滅ぼされたという伝承はない。
ではなぜ、伝説の存在とまで思われていた竜――しかも大きさからいって古竜が訪れたのか。ただの気まぐれか、それとも意図があるのか。
そもそも竜とは本当に意志の疎通が可能なのか。
答えが出るはずもなく、長い会議が続く。
そこへ伝令の兵士が訪れた。
かつての仲間が、勇者を呼んでいると。
それだけならばこの非常事態を優先させるところだが、彼らは古竜の来訪した理由を知っているともいう。
また新たな会話の材料が放り込まれたわけだが、リョウは機先を制して言った。
「分かった。会おう」
巨人族の男一人が、城の中の応接室で、居心地悪そうに座っていた。
「ベギルさん」
一人で部屋を訪れたリョウは、親愛の笑みを浮かべて歩み寄る。
「っはは、元気そうだな」
精悍さを増したリョウの肩を、その巨大な手で叩く。普通の人間なら骨折していることだろう。
二人は軽く近況を語り合って、すぐに本題に入った。
そしてリョウはベギルの持ってきた情報に、少なからず驚いた。
「地球に帰る……」
正直なところ、リョウはマコが思っているほど、この世界に執着していない。
確かに物語のような世界の中で、彼は充足した日々を送っていた。だがフィクションと現実とは違う。
神々の眷属と戦う日々には、本や画面からは感じられない生臭さがあった。
具体的に言うなら、共に生活を送り、親しくなった仲間たちの死である。
勇者であり、チートがあっても全てが上手くいくわけではない。蘇生という概念で死者の復活ができないかも試したが、それは無理だった。
この世界では、人間の力では死を覆すことは出来ないらしい。
もちろんこの世界に来て、ネオシスから転移した後には、もう二度と地球には帰れないと覚悟もした。
それが、帰れるという。
心残りはこの都市の防衛であるが、古竜という戦力がやってきた。
リョウ自身の心は帰還に大きく傾いていた。
しかしこの都市の人間はどうだろう。古竜という存在がどれだけのものか、その巨大さに比例した力を持っているのか、本当に自分たちを守ってくれるのか不安は尽きないだろう。
そしてベギルはリョウに、地球に帰還させるための役割の少女の話をする。
その仲間にはこの周辺では見かけないエルフがいて、しかも他の勇者までいるという。
リョウは考える。信用できるのか。信用できたとして、信頼できるのか。
「俺一人の判断で決められることじゃないですね……」
ベギルにはまた少し待ってもらって、リョウは都市首脳部へと話を持っていった。
彼らの結論は、言葉を濁すが決まっている。
リョウには帰ってほしくはない。当然だ。古竜という伝説の存在があるとは言え、勇者という現実の戦力は実戦で証明されている。
だが目の前の古竜を放置するわけにもいかない。あわよくば勇者と共に、こちらの戦力として取り込めないか。
思考は巡り、会議は踊る。
それでも結論は一つ出た。
セイたちと会見してみる、ということだ。
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