87 不審な祝福

 アキラが気絶したと同時に、ラヴィの結界が消える。

 そしてセイも、自らを覆っていた結界を解除した。

「はあ、空気が美味い」

 酸素をたっぷりと含んだ空気を、セイは思う存分味わった。

 そう、粉塵爆発や度重なる火魔法の攻撃は、アキラにダメージを与えることが目的だったわけではない。

 結界内の酸素濃度を低くする。それが目的だったのだ。



 セイは自分の結界内に、ある程度の空間を確保していたので、酸欠にはならなかった。

 そもそもセイには酸欠耐性もあるのだが、それでも苦しくないわけではないのだ。

 深呼吸したセイは、周囲の観衆を眺める。

 圧倒的な強者として君臨していたアキラの、明らかな敗北。しかも原因がいま一つ分かっていない。

 動揺する周囲に向かって、セイは大声を出した。

「まだ相手になる者はいるか!?」

 それに応える者は、もちろんいなかった。







 鎖でぐるぐる巻きにしたアキラが、釈然としない顔で地面に座っている。

「酸欠かよ……」

「そう、いくら絶対反射でも、単に酸素がない状態になったら、どうにもならないだろ?」

 他にもえげつない方法はあったのだが、戦場が広場だったので、割と穏当な手段を選んだ。

 そして気を失ったアキラを鎖で拘束し、やっと覚醒の魔法で意識を取り戻させたのだ。

「くそ、もう一度やれば……」

「他にもいくつか手段はあったけどな。それとも、本当にもう一回やるか?」

 セイの言葉に、アキラは動揺した。

 結局のところ、アキラは完敗したのである。相手の実力の底も見えないまま。

「約束は守る」

 それがアキラのプライドを、最低限に保つための選択だった。



 絶対反射の勇者が帰還した。

 アキラの側近のような立場の戦士と魔法使いが、これからこのメフィルナを守っていくのだろう。



「ラヴィは、ここに残りたいか?」

 半ばで崩れた天空回廊を前に、セイはラヴィと二人きりでいた。

 メフィルナはラヴィにとっても故郷である。数百年をこの都市で、天空回廊で過ごした。

「今の私がいても、あまり役に立たない」

「そんなことはないと思うけど……」

 セイの言葉の通り、以前のラヴィとはレベルが違う。

 悪魔はおろか、中位程度の神でさえ、今なら倒せるだろう。

 だがラヴィが選んだのは、セイたちへの同行。

「それとも、迷惑?」

 もちろんセイはそれを否定した。



 一行は数日をメフィルナで過ごした。

 アキラという戦力を失った都市がどうなるか、それを確認したかったことが一つ。

 そしてもう一つの理由としては、ラヴィに故郷で過ごす時間を与えたかったのだ。

 だがそれは、ラヴィの心を癒すものではなかった。

 顔見知りは一人としていない、崩壊した巨大な塔。

 元々の街の住人もいたのだが、象徴として君臨していたラヴィが、その顔を知るはずもない。

 都市の管理者である貴族たちは、全て神々の攻撃で死に絶えていたのだ。



 アキラの腹心であった戦士と魔法使いは、メフィルナの住人ではなかった。

 それでも今は、この都市の防衛力の要となっている。

 セイは二人と話して、城壁の修繕や作り直しをしたり、兵士たちの訓練をしたりした。

「そろそろ行こう」

 そう言ったのは、意外にもラヴィであった。

 破壊され、面影が失われたかつての住居を見て、彼女は初めて憎しみという感情を知ったらしい。

 魔法の結界を張り、魔物よけの効果を確認すると、一行はメフィルナを後にした。

 今度この都市を訪れるのは、ラヴィ自身だけになるだろう。

 遠くに見えるメフィルナの都市を、ラヴィはずっと見つめていた。







 旅は予定通りに進んだ。

 つまり困難なものであったということだ。

 魔物や神々の眷属はひっきりなしに襲い掛かり、交通の要である道は、各所が破壊されている。

 そもそも道がなく、荒野を行くこともあった。

「RPGならいいかげん飛空艇が手に入っている頃なんだろうけどな」

「この世界じゃ、列車が一番速いんだよね」

 セイとマコは地球のRPGの感覚で話している。

 一応竜骨大陸で使った飛行船はフォルダの中に入っている。

 だがこの竜爪大陸では飛行種の魔物も多く、下手にそれで移動すれば、襲撃を受けるかもしれない。

 道がなくどうしようもない時は使うが、それ以外は馬車を使った方が安全だ。



 そんな道のりは、およそ一ヶ月も続いた。

 途中で人種の隠れ里を訪れたり、魔物に襲われる行商人を助けるという定番のイベントもこなした。

 だがその過程でセイたちは、予想外の情報を得ることになる。

 残る勇者は、マコを除けばあと二人。概念武装と魔法創造だ。

 悪神を倒したという勇者は南にいる。そしてその勇者の祝福は、おそらく概念武装であるとセイは思っていた。

 破滅の概念を、やや劣化するとはいえ使える。その祝福を持つ勇者が、悪神を倒した勇者だと考えていたのだ。

 魔法創造も確かにいろいろ出来そうな祝福であるが、悪神ほどの最上位の神を倒すには、禁呪である流星雨でも足りないだろうとリアも言っていたのだ。実際、大森林で戦った神はそれほどの戦闘力を持たないにも関わらず、流星雨では倒しきれなかった。



 だが話を聞くと、これから行く方角の都市にいる勇者が、概念武装の勇者らしいのだ。

 どのような敵も切断し、破壊し、貫通する。

 そして傷を受けた敵は死ぬ。おそらく武器に死の概念を付与しているのだろう。

 逆に切った人間を治癒させてしまうという不思議な話もあった。治癒の概念を武器に付与すれば、そういうことも出来るのかもしれない。

「付与魔法かな?……」

 それでもまだ、セイは悪神を倒したのが概念武装の勇者だと思っている。

 魔法創造でも同じようなことが出来るのかもしれないが、なんとなく概念武装の方が強そうに思えるのだ。

 ある意味勇者らしい祝福であると言える。

「ん~、あたしはやっぱり、悪神を倒したのは魔法創造で間違いないと思う」

 マコの判断は、地球にいた頃の級友に対する印象からきたものだ。

 概念武装の勇者と魔法創造の勇者を比べた場合、後者の方が悪神を倒すような不気味さというか、得体の知れなさがあると言う。

「まあどちらにしろ、神を倒してレベルが上がっているから、大変な相手になるかもしれないけどな」

 セイはもはや戦闘に及ぶことを前提に、対処法を考えていた。







 マップの端に勇者の反応が現れた。

「……概念武装か……」

 マコの予想した通り、魔法創造の勇者ではなかった。

 遠くからでも見えるほどの巨大な都市は、天空回廊のあったメフィルナより、さらに人口が多い。

 メフィルナが半ば神竜を崇める宗教都市にあたるのに対し、この都市はこの大陸の政治や軍事を統率する魔王が本拠としていたのだ。

 その魔王も神々との戦いで戦死したが、都市自体はまだ一度も陥落してはいない。

 竜爪大陸で唯一、完全に人種が優勢な都市なのである。

 おそらく悪しき神々はあえて見逃していたのだろう。

 最後の拠り所が失われる人種の絶望の顔を想像して。

 そういう悪趣味なものなのだ。悪しき神々とは。



 マラーナというその都は、周辺の街や村から逃れてきた人種であふれていた。人口も10万を超える。

 もちろんその人数を食べさせるだけの食料はなく、男手は周辺の森や平原に、獲物を求めに行く。

 わずかな農地を耕すのは、女と子供の手だ。

 だがそれでも食料は足らず、力なきものは餓死するしかない。

 それが数ヶ月前までのマラーナの状況だった。

 しかしここのところ、マラーナの食糧事情は改善されている。

 収穫物の土地に対する収穫量が上がっただけでなく、採取や狩猟も効率が良くなっているのだ。



 そんな話を聞いてマップで検索したセイは、その理由が分かった。

 勇者の周辺にいる戦士や魔法使いは、そのほとんどがレベル100を超えている。

 竜骨大陸の超大国オーガスの騎士団長でも100には及ばなかったことを考えると、驚異的な強さである。

 そうでなければ生き残れなかったということでもあろうが。

 ここまでレベルが上がれば狩猟の危険性も少なくなるだろうし、採取にかける者の護衛にも手が回るだろう。

「概念武装の勇者が先頭に立って、他の戦士や魔法使いのレベルを上げたのかな」

「いやあ、リョウ君はそんな無茶な真似はしない男の子だったよ?」

 セイの呟きにマコが反応するが、男の子というのは変わるものなのだ。

 勇者リョウのレベルは当然のごとく、200を超えていた。



 さて、どうするか。

 セイは考える。まず会って話してみないと分からないが、会えるかどうかも分からないし、会っても説得できるような気がしない。

 この大陸の勇者は四人いたが、二人とも理由は別にして、地球に帰ることを拒否した。

 マラーナも勇者が欠けては大きく戦力を落とすことになるだろう。

(そうは言っても、魔神と邪神が本気になれば、この大都市でも落とすことは簡単なんだろうな)

 穏健派で趣味の良い魔神と邪神には感謝である。







 さて、概念武装の勇者、菅原良太の情報である。

 過去にもマコは述べたが、ネアカなオタクということである。

 マンガ、アニメ、ゲーム、ラノベと多方面のサブカルチャーに詳しく、所謂ギャル系の生徒とも会話を行う、コミュ力の高い人物であったらしい。

 馴れ馴れしいとも言う。なんでも所謂不良方面の生徒とも、ヤンキーマンガで会話が成立していたとか。

 一応マコとは小学校の頃から一緒らしく、それなりに情報量は多い。

 小学生のときに太宰治の人間失格で読書感想文を書き、何やら賞をもらっていたのが印象的だという。

「人間失格って……小学生の読むようなもんか?」

 セイは両親に付き合ってドラマを見ていたが、なんというか辛気臭い自己中毒の主人公だと思ったものだ。

「アニメの登場人物の愛読書だから読んでみた、って言ってたよ」

「どういう理由だよ……。どういうアニメだよ……」



 人格面での特徴は分かった。おそらく一対一の決闘になどはならないだろう。

 集団戦になれば、向こうの方が人数は多い。だがこちらはセイ、マコ、ラヴィの三人のレベルが突出している。

 戦力的には互角と考えていいだろう。勇者を除いては。

「高いな……」

 マップから改めてリョウのステータスを調べたセイは、その祝福や技能の高さに正直驚いた。



 レベルから換算しても平均よりは高い能力値。そして戦闘技能や耐性技能、魔法技能によく分からない技能まで、高レベルで獲得している。

 接近戦ではセイはともかく、マコよりも強いだろう。

 さすがに遠距離から魔法を撃ち合ったらセイが勝つだろうが、治癒魔法や術理魔法、物理魔法の技能も高い。時空魔法まで取得している。

 何より不確定要素であるのは、概念武装の祝福だ。

 おそらくこれを使って仲間のレベルを上げたのだろうが、いったいどこまでのことが出来るのかが不明である。

 戦闘機会の多い竜爪大陸の勇者はどいつもこいつも強かったが、今までの二人と比べても、地力が違う。

「正直、戦いたくないなあ……」

 思わず弱気な発言をするセイであった。







 都市マラーナは、暴力的な活気にあふれた街だった。

 神々との戦いで人々は刹那的になり、そして力を信奉する。

 もちろん統治されている以上は法は整備され、警察のような兵士たちがあちこちに配置されている。

 そのレベルも高く、おそらくこの都市の戦力だけで、オーガスの一個軍団以上と戦えるだけの力はあるだろう。

 セイたちは勇者と接触する前に、作戦を立てることにした。

 行商人用に用意された宿に腰を落ち着ける間もなく、情報収集に数人に分かれて散っていく。

 セイはライラと組んで、冒険者ギルドに向かった。



 そう、冒険者ギルドがマラーナにはあった。

 基本的にマラーナの戦力は集団として運用される。そのため騎士や兵士といった戦士たちが多い。公務員のようなものである。

 だが戦力的には貴重でも、集団戦が苦手だったり、性格に難のある者たちを戦力化するために、冒険者ギルドが存在していたのだ。

 その冒険者ギルドの前に、セイとライラは立った。

「定番だと、お嬢ちゃん扱いされて絡まれると思うな」

 セイは呟く。この死が蔓延した大陸では、人間も凶暴になる。他の大陸の冒険者よりも、よほど荒くれ者が多いだろう。そして己の外見。

 エルフのライラの方が、まだ強く見られるかもしれない。そう思いながらも、セイはギルドの中に入って行った。



 視線が向けられる。

 その視線はセイではなく、やはりエルフのライラに向けられていた。

 エルフはそもそも森の中に住む種族であるし、変わり者の街を訪れるエルフも、さすがにこの大陸にはいないだろう。

 かつてはこの大陸にもエルフの住む森はあったそうだが、竜骨大陸以外の人種は一度絶滅しているので、エルフの希少さは他の大陸の比ではない。

「エルフじゃねえか……」「初めて見たぜ……」「ダークエルフじゃねえよな」

 そんな呟きが聞こえるものの、絡んでくる者はいない。エルフという存在が、どれだけこの大陸では特異か分かるというものだ。

 セイはあらかじめ、二つの手段で勇者のことを調べようとしていた。



 ギルドの受付には、真面目そうな女性や筋骨隆々とした老人がいる。後者はおそらく引退した冒険者なのだろう。

 セイが目指したのは、老人の方であった。

「見ない顔だな?」

 老人は呟くが、それに反応せずセイは要求する。

「依頼を頼みたい。リョウ、もしくはリョウタという名前の人間を探している。黒髪黒目、恐ろしく腕が立ち、不思議な戦い方をする。彼の捜索と、その戦い方を調べて欲しい」

 セイの言葉に老人は目を鋭く細めた。

「リョウのことを知らん人間なぞ、この街にはいない。詳しく知りたいと言うなら、あそこのテーブルの男たちにでも聞いてみることだ」

 老人の視線の向けられた先には、殺伐とした雰囲気を醸し出す4人組の男たちがいた。



 セイは躊躇いもなく歩み寄る。その背中に老人の視線を感じ、またギルド内の視線を集めながらも。

「聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 顔に傷のある、身長は3メートルではあろう巨人族の男に問いかける。レベル的に、その四人の中で一番高かったので。

「……そいつは対価次第だな、お嬢ちゃん」

「この都市の人間じゃないな。雰囲気が真っ当すぎる」

 白髭のドワーフがぎょろりと睨み、オーガの男がこちらを値踏みしてくる。

「まあ、見た目通りの強さじゃねえことは分かるがな」

 他の三人に比べて線が細い、片耳が半ばで千切れた狐獣人が観察してくる。



 狐獣人は狸獣人と並んで、魔力の少ない傾向にある獣人の中では例外的に、魔法に向いた資質を持っている。

 彼の魔力のわずかな動きで、セイは鑑定系の魔法を使われたと察した。

「ふん……」

 巨人族の男が息を吐き、そしてその拳がセイに向けられて放たれた。



 後方でライラが息を飲むが、セイはぴくりとも動かなかった。

 ただじっと、巨人族の男を見る。その視線も動かない。

「酒でも奢ればいいか?」

 セイの言葉に男は鼻から息を吐き、大きく頷いた。

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