86 決闘

 都市の広場に空間が出来て、少年と少女が向かい合っている。

 野次馬どもは充分な距離を取っているが、正直セイは都市外の荒野で対決したかった。大規模な攻撃魔法を使うには、ここはあまりにも狭い。

 だがアキラはここで充分と決めた。何か作戦があるとかではなく、単に都市の外まで足を伸ばすのが面倒なために。セイはあえてそれに異議は唱えない。広範囲の攻撃魔法は彼の祝福に対する一つの手段だが、それだけしかないという訳でもない。

 観衆は、本来ならアキラを応援するところなのだろう。だがほとんど声援がないという現実が、彼の人格の一面を表している。

「さてと、まあ女相手にムキになるのもなんだが、一応手加減はしてやるよ」

 アキラは余裕ぶってそう言うが、審判役のマコは全くセイの心配をしていなかった。

 リアとカーラもまじえ、四人は絶対反射の祝福の弱点を解明してある。

「俺が負けたら、素直に地球に帰ってやるよ。だが俺が勝ったら……そうだな……」

 好色そうな視線をセイに向け、アキラは言った。

「一晩付き合ってもらおうか。大人のハードコースで」

 マコが嫌そうな顔をしたが、セイは無表情だった。



 勇者アキラの能力。その全てをセイは鑑定していた。

 戦闘系の技能を5レベル前後まで。そして魔法系の技能も攻撃に向いたものを、おおよそ5レベル前後持っている。

 だが、この大陸で強者として生きていくには、そのレベルはあまりに低い。

 ベースレベルは200オーバーだが、技能レベルだけを言うなら、配下らしき戦士と魔法使いの方が上である。

 それでもアキラがレベルを伸ばし、彼らの頂点に立っているのは、全て絶対反射の祝福のおかげである。



 アキラ自身も、それは理解している。

 だからこの祝福に関しては、相当の実験をして性能を検証しているし、弱点になりそうな攻撃も考えてはいる。

 たとえば、自分が祝福を発動していない時に受ける攻撃がそれだ。

 眠っている時がそうだし、完全に油断している時もそうだ。

 毒を盛られた時も、気付けば体外へ反射で放出出来るが、そもそも毒を盛られたと気付いた時点で、かなり消耗していたりする。

 実際、転移してからこっち、味方だと思っていた輩に毒を盛られたこともある。即死性の毒でなかったのが幸いだった。



 だから、仲間の選定にだけは注意深かった。

 騎士道精神の権化のような元騎士の戦士。アキラの狩る魔物の素材を必要とする魔法使い。

 この二人は人格の気高さと、利害関係があるので信頼している。

 あとの取り巻きは単純で、純粋で、素直にアキラに憧れている連中を集めた。

 アキラに取って代わろうとするような高レベルの者が周囲にいないのは、それが理由だ。







 話は、セイが旅に出る前にまで遡る。



「地球の有名なラノベに、絶対反射みたいな能力を使うキャラがいたんですよ」

 マコと共に、リアとカーラと勇者対策をしていた時の話だ。

 マコは知らなかったし、セイも漫画化したものを軽く読んだだけなので、誤りがあるかもしれない。

「ほう、そのキャラは負けなかったのか? 話としては、どうにか対抗手段を見つけられて負けるのがセオリーだが」

 興味深い、といった口調でリアは問うた。彼女も地球出身だが、セイとは年代の差があるので、あの有名な作品を知らなかった。彼女が読む小説は剣豪物や、せいぜいが山田○太郎までなので。

 ひょっとしたらリアの地球には、作品そのものが存在しなかったのかもしれない。

「負けました。主人公に」

「どうやって?」

「その、主人公は基本的にどんな魔法も特殊能力もないんですけど、どんな魔法や特殊能力も消してしまえるという、ある意味チートな能力を持ってたんで、最後はステゴロで倒してました」

 もちろんセイにそんな特殊な能力はない。

「技能や祝福をある程度無効化するという魔法や祝福はありますが、どんなものでもとなると聞いたことがありませんね」

 物知りのカーラだけでなく、暗黒竜の知識を持つリアにも、心当たりはなかった。

「祝福を上書きするか、取り上げることは出来るが、正直難しい」

 神から与えられた祝福であるから、神竜の力で上書きなり消去するなりは、出来なくもない。

 ただコーヒーにミルクを混ぜるのは簡単だが分離するのは難しいように、一度個人に定着してしまった祝福を無効化するのは、必要な力が何倍も何十倍も必要だ。



 それでも神竜には不可能ではないのだが、程度問題というものがある。

 リアの話によると、彼女の力でも相当の負担がかかり、対象の協力も必要らしい。おまけに面倒くさい。

 そこまでやって祝福を剥ぎ取って、消耗したところを強大な敵に襲われたら、普段の力では戦えない。

 リアルで一騎当千の力を持つ戦士たちが複数いるこの世界の戦争でも、数を揃える事が必要なのはそのあたりに理由がある。

 両軍の誇る戦士が一騎打ちをするという、どこかの三国志であるパターンは、この世界ではけっこう多いのだ。

 もっともリアの場合は全体の総司令官として、そんな趣味に走った真似は許されなかったようだが。







 舞台は現在に戻る。

 現在セイはアキラと向かい合って立っている。彼我の距離は10メートルほどか。

 一応審判役としてマコがいるが、彼女は開始の合図以外は何もする予定はない。

 これはなんでもありの決闘であり、決着は相手の無力化をもってするのだ。

「それじゃあ、始め!」

 マコが大声で開始を告げる。セイはすらりと刀を抜くが、アキラは腰の長剣を握ることすらしない。

「最初に言っておくが、俺の祝福は絶対反射と言ってな。どんな攻撃でも相手に、もしくは周囲に反射することが出来る。竜に襲われた時は未熟だったが、今なら俺一人で竜にでも勝てる」

 ぺらぺらと都合よく自分の能力を喋ってくれるが、その内容にはセイも頷く。



 おそらく成竜でも、この祝福を持つアキラには勝てないだろう。だが、負けることもないはずだ。

 よほど頭の悪い竜でない限り、相手の能力が防御に特化していることは分かるであろうから、逃げてしまえばいい。

 古竜であれば、おそらく勝てる。なにせ彼女たちは、流星雨レベルの魔法を普通に使えるのだから。正直セイとマコの二人がかりでも、古竜には勝てないだろう。

 ましてや神竜をや。

「口数の多い男は、器が小さく見えるぞ」

 そう声をかけながら、セイは音もなくアキラに接近していた。



 まずは軽く様子見。驚愕の表情のアキラを、軽く突いてみた。

 衝撃が刀から腕に戻ってくる。なるほど、物理的に運動エネルギーが反射されている。

「危ねえ。どういう理屈だ?」

 セイの挙動を見切れなかったアキラだが、これはリアから教わった古武術の特殊な歩法である。

 縮地とか言われることも多いが、実際は体重移動と足運びに特徴があり、相手との間合いを予備動作なく縮めるのが特徴だ。

「普通の攻撃は無理、と。じゃあ魔法はどうかな?」

 セイは最も攻撃力の弱い火の矢をアキラに向ける。正直、勇者のレベルなら火傷も出来ないほどだろう。

 アキラの体表面に当たった矢は、セイの方に正確に跳ね返ってきた。



 セイの攻撃は、アキラの祝福を検証するような威力の弱いものだった。

 各種の魔法に加え、四方八方からの乱れ撃ち、光速の光線の魔法さえ、アキラの祝福は反射する。

 四方八方からの攻撃は周囲に乱反射し、観客たちが慌てて逃げていく。戦闘するための空間が広くなると、ラヴィが結界を張って攻撃で被害者が出ないようにした。

「あっちの女の方が強えぇんじゃないのか?」

「どうかな? 確かに本気で戦われたら、負けるかもしれないけど」

 セイとラヴィでは、近接戦の技能レベルが違いすぎるが、竜に戻ればその限りではない。

 どうでもいいことを脳裏から追い払い、セイは攻撃を続けた。



 十数分ほどの後。

 真っ当な攻撃方法は全て試した。そしてその全てが無力化された。

 計算通りである。

「おいおい、もう終わりか? こっちは何もしてないぞ?」

 確かに何もしていない。セイが一方的に、舞台を準備をしていただけだ。

 そう準備。倒そうとしていたわけではない。

「まあ、あんたの祝福は確かに強力で、知能の低い魔物や昆虫人相手なら、そりゃ無敵だったろうけどね」

 セイは完全無詠唱で魔法を使う。普段は使わない、凄惨な魔法を。

 毒の魔法だ。



 相手の体内の毒素を活性化させる、暗殺向けの魔法である。だが攻撃に使えないわけではない。

 実際小型の魔物相手には、良く効くのだ。

「てめえ……」

 アキラは一瞬顔を歪めたが、次の瞬間には余裕の表情を浮かべていた。

 毒の魔法が返された。

 そしてセイの体内の毒素が活性化する。だがセイにはレベル10の毒耐性がある。

「これも駄目か」

 平然としたセイにアキラの視線が鋭くなるが、まだまだ計算通りである。

「毒の魔法か。反射したはずだが、どうしてダメージがない?」

「それは秘密です」

 そしてセイはアキラの周辺に、酸の霧、眠りの霧、刺激の霧を発生させる。

 一瞬の間もなくそれは返されて、セイの周囲が霧に覆われ、そしてすぐに霧散する。



 どちらもまだ、わずかなダメージも受けていない。だが心理的には、アキラの方が追い詰められていた。

 これまでの敵は、自らの力を反射され、次第に焦燥感に駆られ、訳も分からずに倒れていった。その中には充分な知性のある悪魔もいた。

 しかしどのような敵も、アキラの祝福の前には無力だった。正面から戦えば、アキラは無敵なのだ。そのはずだ。

「……まあ、ちったあこっちから仕掛けるか」

 そう言ったアキラは能力任せの瞬発力で、セイに襲い掛かった。







 攻防が始まった。

 セイの攻撃は全く意味をなさず、アキラの攻撃は全くセイに当たらない。

 それでも淡々とセイは攻撃を続け、アキラも当たらない攻撃を続ける。

 いくら祝福があろうと、技能の差が大きすぎる。セイは軽々と回避し続けるが、試しに一度だけアキラの剣を受け止めてみた。



 セイの体は吹き飛ばされた。

 アキラの攻撃に加え、自分自身がアキラの攻撃に抵抗した威力を加えられて。

「はっはあ! どうだ? 反射はこんな使い方も出来るんだぜ!?」

「うんまあ、予測の範囲内かな。つまり攻撃は、かわし続けるしかないってことだろ」

 吹き飛ばされたセイは軽く勢いをつけて起き上がる。両手の骨や筋肉にかすかなダメージがあったが、それは自動で治癒される。

「気に入らねえ。その余裕ぶった態度、泣き顔に変えてやるぜ!」

 そしてまたアキラの一方的な攻撃が始まった。



 防御するだけでもダメージがある。つまりセイはかわし続けるしかない。

 しかし攻撃を続けるアキラの方も、かわされ続けることに苛立ってくる。こちらの攻撃を見切られるというのは、精神的な疲労が蓄積していく。

「この! 攻撃してこないのかよ!」

「してるじゃないか」

 セイは魔法で四方からアキラに攻撃する。だがそれは反射され、ラヴィの作った結界で弾かれるだけだ。

 相手の底が知れない。アキラは今まで対してきた敵のように、今度は自分が焦燥感に駆られていた。こちらの使える手は少なく、相手はまだまだ余裕を残していそうだ。

 そもそも四方八方から襲い掛かる魔法はなんなのだ。並大抵の魔力の持ち主なら、とっくの昔に魔力切れを起こしているはずだ。



 だがそんなアキラの思考とは別に、セイはそろそろ仕掛けてみることにした。



 アキラの足元から、地面が消えた。



 落とし穴の魔法である。一瞬で足場を失ったアキラは20メートル以上ある穴の底に、頭から落ちた。

「くそったれ!」

 魔法で増幅した筋力で飛び出してくる。どうやら落下のダメージはないらしい。

 息切れしてきたアキラは、怒りに目を充血させてこちらを睨みつける。

 勢いをつけてセイに斬りかかろうとした時、その地面が突然柔らかくなった。

 泥沼の魔法である。相手の動きを封じる、地味だが効果的な魔法だ。しかしアキラは足首まで泥に埋まったところで、反射を使って体を斜めに打ち出したらしい。

 跳躍からの斬撃を、セイは予想通りにかわした。



 次にセイが使ったのは、やはり土系の魔法である。

 泥になった土から、成分を抽出する。それは粉状になって、アキラの周囲に漂った。

 火矢の魔法で、その物質が激しく発火する。驚いたアキラだが、炎の攻撃はやはり反射される。しかしそれもセイの予想の内。

 本命は視界を奪った状態でフォルダから取り出した、小麦粉の袋である。

 その中身を風の魔法で、結界内に充満させる。もちろん自分の周辺だけは除いた上で。

 そして小さな火種が、粉塵爆発を起こした。







「くそ……何が……」

 結界を揺るがせもしない程度の爆発。アキラはもちろんダメージを負っていない。

 だが、体力の消耗が激しい。ほとんどは剣を振り回してかわされ続けたことが原因だが、いつも以上に息が荒くなっている。

 何か反射出来ていない攻撃があるのか。アキラは目の前の敵を不気味に感じながらも、冷静になろうと呼吸を整える。

 だが駄目だ。考えがまとまらない。精神魔法? いや、それすらもアキラの祝福は反射するはずだ。

「何をしやがった……」

「分からないかな?」

 セイはアキラの思考を中断させるべく、また四方八方から、火球の魔法を打ち続ける。



 それは全て、アキラの祝福の前には無意味。

 だが全て計算づくだった。



 アキラは急速に低下していく自分の肉体能力を感じていた。

 意識が朦朧とし、体に力が入らない。

「く……そ……。何がどうなってんだ……」

 全くの無傷のアキラが、剣を杖にして必死に立ち続ける。

 それに対してセイは、とどめとばかりに火炎嵐の魔法を使う。

 これもまた、アキラの祝福には反射される。



 だがアキラは片膝をついていた。

 全くダメージはないにも関わらず、全身が、思考が、己のものでないような違和感。

 何かの攻撃を受けているのか、それさえも分からない。圧倒的な恐怖。

 それに対してセイは全く余裕の態度を崩していないが、油断しているわけでもない。

 気づきさえすれば、まだここから状況は変化する可能性がある。

「う……あ……」

 だが、思考力の低下したアキラは、結局それには思い当たらなかったのだろう。

 荒い息を数度した後、彼は気絶し、その場に倒れた。

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