85 都市メフィルナ

 竜爪大陸には、人種の秩序が及ばない。

 いや、正確には秩序の一つの形はあるのだ。

 それは、強い者が偉いということ。

 悪しき神々の眷属を相手にするのに、単純な戦闘力というのは、確かに分かりやすい基準であった。

 もちろん戦闘がある以上、知恵に優れた者も必要ではあるが。

 そして勇者とは、分かりやすい戦闘力の象徴でもあった。







 セイたちは意外と各所に点在している、人種の隠れ里を訪問していた。

 馬や自分たちの食料はともかく、馬車の耐久力が、この不毛の大陸では問題となる。

 車軸や車輪など、自分で取替えの利く部品は無限収納に入れてあるが、細かい部品が必要になったりもする。また専門的なメンテナンスは、ドワーフであるガンツも専門外だった。

 消耗品は問題なかった。

 なにしろ補給がこの先出来ないと分かっていたので、竜翼大陸で数年分の量を確保しておいたからだ。

 それでも人種の集落を訪れるのは、情報を得るためである。



「今度の勇者は、どうも『絶対反射』みたいだな」

 竜爪大陸をまさしく命がけで往来する行商人から、手に入れた情報である。

 こんな状況でも、否、こんな状況だからこそ、情報というのは拡散していく。特に、必要な情報は。

 絶対反射の勇者はここから南方、歩いたら一ヶ月ほどもかかる距離にいるらしい。

 それも直線距離なら、という話であって、実際には道を迂回したり、逆に転移が使えたりして、どのぐらいの時間がかかるかは分からない。

 その間にセイのマップで人種の隠れ里を見つけたらそこに、見つからなかったら野営をして、一行は進んでいく。



 滅ぼされた町や村が、道中ではいくつも見られた。

 前線近くに拠点を置く邪神や魔神は人種を奴隷のように使うが、それは逆に言えば、無用な殺戮はしないということでもある。

 むしろ傘下にさえ入れば、手下として命や生活は保障される。

 だが悪神は違った。

 かの神の支配した地域は徹底的に蹂躙され、人種はことごとく滅ぼされるか、眷属として生きながらえるしかない。街や村も当然破壊されつくす。

 竜爪大陸の南部が悪神の支配地域で、そこにはもう、ほとんど人種はいないそうだ。

 もっとも諸悪の根源である悪神が倒されたので、今後は人種の巻き返しがあるかもしれない。



 勇者の反応は、誓約の勇者が北部に、二人の勇者が中部にあり、そして悪神を倒したと思われる勇者が、南部に一人いた。誓約の勇者が帰ったので、今はマコの反応しかない。

「位置的にも経験的にも、たぶんラストがこいつだよなあ」

 セイは呟いて、残りの勇者たちの祝福についてマコと話をする。

 マコの話によると、その三人はどれも一癖ある人物のようだ。

 ちなみに全員が男であるそうな。



「概念武装の子はね、なんていうか……オタク?」

 ネクラなオタクではなく、ネアカなオタクだったらしい。夏と冬にはイベントに必ず参加し、学校でも同行の士と楽しく過ごしていたそうだ。

 切断や貫通といったありふれた祝福の他に、他の勇者の祝福すらある程度模倣できたという。

 破滅の概念を武器に持たせれば、それはやはり破滅の力を持つ。

 即死の概念を武器に持たせれば、それはやはり即死の力を持つ。

 ある意味一人で他の勇者のほとんどの役割を果たせる存在だった。

 もっとも再現性はそれほど高くなく、実際本職の破滅の祝福には遠く及ばなかったそうだが。



「絶対反射の子は、ちょっと性格に問題があったなあ」

 地球ではケータとよく連れ立っていた、いわゆる不良であったらしい。どちらかというと、ケータにくっついていた感じだったようだが。

 オネシス王国でも、問題視されていたようだ。

 普通に戦えば、どんな魔物であっても彼には太刀打ちできない。

 勇者たちであっても、武器の攻撃も魔法の攻撃も反射されるため、倒すことは非常に難しいのだ。

 しかし破滅の能力と比べあうと、絶対反射能力自体が破壊されるので、美夏とは相性は悪かったらしい。即死眼の能力を試すのは危険すぎるので、どちらが優位かは分からなかったらしいが。

 もっともセイはこの勇者に関しては、打開策を既に持たされている。



「魔法創造の子は……ちょっと変わった子だったね」

 頭は良かったらしい。パソコンをいじるのが好きで、そのくせスマホで他人と交流することは少なかった。

 本格的にプログラミングを組んだり、ゲーム会社でアルバイトをしたりして、収入を得ていたそうだ。

「プログラミングか……。魔法の術式構成に似た部分があるよな」

 ネアースの魔法というのは、術式によって魔素から魔力を引き出し、魔法として発現させる。自らの魔力を使う場合も、術式は必要だ。

 それは確かにプログラムと似たようなところがあるのだろう。

 実際カーラは、3000年前の大崩壊で地球の科学技術がネアースに入ってから、魔法の体系が大きく変わったとも言っていた。



 魔法創造。今までになかった魔法を、想像して創造する祝福。

「ブラックホールとかビッグバンとかを想像して創造したら、すごく強い気もするけどな」

「それ、地上で使っちゃ駄目だよ」

 さすがにそれは、神竜でも殺せそうな魔法である。

 マコが苦笑して、セイもさすがに無理だろうと頷いた。







 南下するセイたちは、様々な人種の拠点を訪問することになった。

 その多くの拠点は、老若男女関係なく、この暗黒の時代で上に立つ者に支配されていた。

 ある時はおおいに歓迎され、神々の軍勢相手に共に戦うこともあった。

 またある時は逆に、こちらを戦力に組み込もうと、力づくで迫ってきたこともあった。

 もちろんその場合は返り討ちにしたが、戦力を失って途方に暮れる集団が出来てしまったりもした。

 そういった集団にはこれまでの道のりを教え、他の拠点に合流するように促した。

 確実に合流出来るかまでは、セイの知る限りではない。

 自分たちを襲ってきた集団にそこまで配慮するほど、時間に余裕があるわけではないのだ。



 一行は南下する。そして勇者を示す点は、ある一点に留まると、そこから動かなくなった。

「ここを拠点にしたわけか」

 野営中、ラビリンスの地図と精密地図を見比べて、セイは勇者の位置を確認する。

 いくつか候補の街はあるのだが、ほとんどが都市と呼べるほどのものではない。

 そして珍しく、ラヴィが自分から発言した。

「多分、ここ」

 それはほぼ確信に近い。セイたちも異論を挟まない。



 天空回廊を擁する都市、メフィルナ。



 かつては天まで届くような塔が建っていたという、ラヴィが失った己の拠点である。







 メフィルナの城壁は修復され、その周囲には畑など作られてはいず、堀や更なる柵が作られていた。

 城内に畑や果樹園があり、ある程度の人数はその収穫で賄えていたそうだ。

 ラヴィの話によると、上下水道完備の住みやすい都市だったそうだが、一度は神々の軍勢に破壊されている。

 おそらくはその時に、ラヴィを信仰する人種は全滅しているだろうとのことだ。

 その話をする時には、いつも無表情なラヴィも、少し沈鬱な表情を浮かべていた。

 念のため彼女には馬車の中に隠れてもらって、城門へと接近する。門の前だけでなく城壁の上にも、弓兵や魔法使いが配備されていた。



 そしてマップにある勇者の反応は、予想通り絶対反射の祝福を持っていた。

「止まれ」

 門番に言われて馬車を止める。門番は二人だが、どちらもレベル30はある戦士だ。

「知らない顔だな。どこから来た?」

「外から誰かが来ることはあるんですか?」

「近くの隠れ里を巡回する武装商団がある。それより質問に答えろ」

「はい、竜翼大陸から来ました。北の勇者の都市に寄って、それからこちらに」

 セイの言葉に門番は驚いたようだった。

「北の都市にも勇者様がいたのか!?」

「ええ、もっとも役割を果たして、元の世界に帰還しましたけど」

 その言葉の内容を吟味するのか、しばし門番は考え込む。もう片方の門番が、問いを重ねてきた。

「それで、お前たちは何をしに来たのだ?」

「ええ、こちらにも勇者様がいまして」

 幌から顔を出したマコが、手をひらひらさせて応えた。

「どうも~。暴食の勇者、マコ・ツバキです」

 竜爪大陸でも、名前が先になるのが通例らしい。



 片方の門番が都市の中に駆けて行く。そしてセイがマップで見る限り、彼は途中の路上で勇者の反応と接触した。

 勇者は都市の中央の、天空回廊の廃墟には住んでいないらしい。というか、半壊した塔など危険すぎて、住居としては使えないだろう。

 絶対反射の勇者は数名の取り巻きを連れて、門へと向かってくる。それぞれレベル100前後の戦士と魔法使いがいて、他は20から30といったところだ。

「椿かよ」

 派手な革鎧を変に着崩した勇者の、第一声であった。



 マコは言っていた。

 絶対反射の勇者、扇アキラには、模擬戦で一度も勝ったことがないと。

 もっとも彼に確実に勝てるのは、破滅の勇者である美夏ぐらいであった。封印や即死眼、時間停止は時々により結果が違ったそうだ。

 そもそも即死眼は危険すぎて、模擬戦では使えない。どちらの祝福が優先されるかさえ、試すことも出来なかった。

 時間停止なら勝てそうな気もするが、停止した時間の中でも反射の祝福は有効だったので、祝福が使われる前に時を止められるかどうかで、勝敗は決まっていたそうだ。

 封印も同じで、絶対反射を封印するのには祝福の力を全て注ぐ必要があるので、結局は素の力の勝負となったそうだ。

 多数を相手とした戦闘においては即死眼と同じく、絶対反射は他の祝福よりはるかに有効だった。

 なにせどんな攻撃も反射してしまうのだから、一方的に攻撃が出来る。自分の体力や魔力が尽きるまで戦い続け、あとは敵の攻撃を反射し続けることになる。



 ここまで強い祝福なら、何かデメリットがありそうなのだが、調べる限りでは見つからなかった。

 魔力を使うわけでもなく、体力が関係するわけでもなく、ただ使うとさえ意識していれば発動するのだ。

 もっともこの祝福にもレベルはあり、反射をどのぐらいの割合で、どの方向に向けるかなどが、レベルによって向上したらしい。

 ちなみに今のアキラは祝福を発動していない。そしてレベルは200オーバー。祝福のレベルも10となっている。

 竜爪大陸は生き残るには過酷だが、己を鍛えるにはもってこいの場所であるのだ。







 アキラはどこか斜に構えた少年だったが、さすがに無闇に敵対的なわけでもなかった。

「ま、どうしてここまで来たのかも聞きたいし、来いよ」

 アキラが先導して集団がそれに追随する。マコは徒歩でアキラに並び、それに馬車が続く形になる。

 集団が向かったのは、半壊した塔の近くにある巨大な屋敷だった。

「ジェイドの家……」

 ラヴィが呟く。ほんのかすかな動揺も、長く深い付き合いになったセイには分かる。おそらく身近な者の屋敷だったのだろう。

 まだどこか壊れた部分のあるその屋敷を、アキラは無造作に使っているようだった。



 インフラの破壊された屋敷は、多くのことが人の手によってなされている。

 使用人の姿が多く、その者たちはアキラを見ると、畏怖の念を顔に出して頭を下げる。

「前はもっと綺麗だった……」

 ラヴィの呟きは、隣を歩くセイにしか聞こえないほど小さい。

 廊下を飾る芸術品も、ほとんどが撤去されて、台しか残っていない。

 扉が開けたままの部屋の中には、半裸の男女が眠っているのが見えたりもした。



 おそらく応接室だろう、一際豪華な部屋に一行を招き入れて、アキラは鷹揚な態度で言った。

「ま、座れや。積もる話もあるんだろう?」

 明らかな上から目線で促すと、マコは話を始めた。



 オネシスから転移してから、セイたちに保護されるまで。

 勇者の存在がこの世界と地球に悪影響を与えること。

 勇者を帰還させるため、世界中を回っていること。

 既に32人が帰還し、残りはマコを含めて四人であること。

 凶神を大魔王が倒し、悪神を勇者が倒し、残る二柱の神々も、竜が討伐に動き出したこと。

 そしてもはや、勇者という存在は必要ないということ。







 全てを聞き終えたアキラは、馬鹿にしたような溜め息をついた。

「ば~っかじゃねえの!?」

 明らかに見下した視線で、マコをにやにやとした表情で見つめる。

「敵もいなくなって、時代は戦国。自分一つの才覚で、いくらでも成り上がれる世界じゃねえか。なんでわざわざ平凡な人間に戻る必要があるんだ?」



 実のところ、彼の言い分もセイは分かるのだ。

 地球から転移してきて、強大な祝福を持たされたものの、王国が壊滅してまた転移。

 そしてその転移先が悪しき神々の支配する竜爪大陸で、困難に見舞われても祝福のおかげもあってレベルも上がり、相対的に贅沢な暮らしも出来るようになってきた。

 力によって畏怖され、畏敬される。地球での境遇とは全く違うだろう。

 日本との文明度の違いによって帰りたがったり、帰るのが当然と思っていた者もいたが、ここまで成り上がれば普通の人間には戻りたくないだろう。

 欲深いとは言わない。むしろ普通の人間の考えである。



「でもあたしたちが帰らないと、世界に迷惑がかかるんだよ?」

 マコの説得にも、アキラは鼻で笑った。

「壊されるのは地球の方なんだろう? じゃあこっちの世界の方が安全じゃねえか」

 神竜の力は世界をも破壊する。

 実際3000年前にはリアの先代の暗黒竜が、衝突しようとした世界を消滅させているのだ。

 しかしここで勇者を放置して、数千年先の危機を招くわけにもいかない。



「どうしても帰りたくないなら、力ずくで帰還させるけど」

 マコの説得には応じそうもないので、セイは挑発してみた。

 アキラは顔をしかめたが、背後に佇む魔法使いの老人に目を遣る。魔法使いはセイを見て、ゆっくりと頷いた。

「神竜の部下らしいが、俺に勝てると思ってるのか?」

 馬鹿にしたようにアキラは言う。魔法使いの鑑定のレベルでは、どうやらセイの偽装隠蔽を看破できなかったらしい。

「まあ、その程度の祝福なら、幾つか攻略法はあるからね」

 気負いなく言ったセイに、アキラの表情が歪む。

「おもしれえ」

 立ち上がったアキラは、嗜虐の笑みを浮かべながら、セイに向かって言った。

「表に出な」

 セイは微笑を隠して立ち上がった。

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