83 昆虫人

 リンクスの動きは素早かった。伝令の男に指示を出し、自分の武装を手にする。

 そして忘れかけていたセイたちの方を見た。ある程度は確実な戦力を。

「……強制するわけではないが、手助けしてくれるとありがたい」

 その言葉に、セイは頷く。セイが頷いたので、皆も頷いた。



 ここでリンクスたちの手助けをするというのは、セイたちにとってそれほど利益のあることではない。このまま去って、そして拠点が壊滅しても、セイの目的にほとんど支障はないだろう。

 だがあえて言うなら、追っていた軍勢から助けてもらった恩があるということと、あとは単なるお節介であろう。

 それに悪魔や昆虫人を相手にする人種の味方を、無条件でしてもいいのではないか。

 そういった助け合いがなければ、この大陸で人種は生き残れないだろう。

 そんな理由をつけてはみたが、結局のところは勢いである。



 一行がテントから出て森の中の獣道を向かう途中で、リンクスは新しい情報を得て、矢継ぎ早に指示を出していく。

「俺たちは何をすればいい?」

 セイが声をかける。下手に魔法や精霊術を使えば、敵と相対している戦士たちを巻き込むかもしれない。

「現場に行ってからだな。広範囲の森を消失させるような魔法は使えないが。ていうかドワーフやハイオークはともかく、お嬢ちゃんたちも戦えるのか?」

「武装してるんだから、そりゃ戦えるよ」

 そんなちょっと間抜けな会話があったりもした。



 リンクスたちの戦い方から言って、地形を味方にして姿を出来るだけ隠さなくては神々の軍勢には敵わない。

 しかしかといって森の中でバラバラに戦っていては、戦闘力の高い敵にはやはり敵わない。

 つまり狭い範囲で少ない人数で連携しなければいけない。

 なかなか難しい環境で、リンクスたちは戦っているのだ。







 戦場は森の外辺で行われていた。樹木を盾にする人種と、それに攻めかける軍勢の戦いである。

 森の入り口付近には罠が仕掛けられていて、魔物や昆虫人たちがそれに捕まっている。凶悪な罠で殺されたものもある。

 だが罠が足止めになっているかというと、それほどでもない。魔物や昆虫人は死を恐れずに森の中に入ってくる。

 そして森の中に入れば、昆虫人は樹木を駆け上がって特殊な戦い方をしてくる。

 人種ではまずありえない動き。魔物ですらも、そこまで立体的な動きをするものは少ない。



「敵の数は!?」

「100ぐらいだな。森の中に入ったのは20ぐらいか」

 リンクスは周囲の仲間に情報を求めたのだが、応えたのはセイだった。

「分かるのか?」

「そういう祝福を持ってるんだ」

 疑問は後にしとりあえず納得し、リンクスは頷いた。そして指示を飛ばしていく。



 一方セイも仲間に対して指示を出していた。リンクスにこちらに指示を出す余裕がないと見たからである。正確な戦力を知らなければ、活用も出来ないであろう。

「ライラとククリは遠距離から破壊力の少ない方法で森の外の敵を攻撃。ブンゴルとガンツは二人を守って、マコは上から来る敵に対処。ラヴィは…味方の攻撃の射線に入らないように、適当に攻撃」

 セイ自身はマップで周囲の状況を確認しながら、前方の木に向かって跳躍した。

「改めて近くで見ると、気持ち悪いな。『じょうじ』とか言わないよな?」

 黒い甲殻を持つ昆虫人。おそらくはゴキブリをベースとしたそれが、木にへばりついている。ちなみに昆虫人は基本、手足は四本。二足歩行型の生物となっている。

 時々四本腕や四本足の昆虫人もいるから、いちがいには言えないが。

 セイに向かって飛びかかろうとしたが、セイもまた空中で適当な枝を蹴り、進行方向を修正する。

 あとはすれ違い様に頭部を切断する、簡単なお仕事です。



 木と木の間を動き回りつつ、とりあえずセイは森に侵入した昆虫人を始末していく。

 昆虫人は基本的に、昆虫を基にした運動能力、甲殻による防御力、胸を貫かれたぐらいでは死なない生命力、そして由来となった昆虫の特殊能力が厄介なのだが、言うなればそれだけだ。

 なにしろ昆虫人は魔法を使えない。そして武器を使うこともまずなければ、技を使ってくることもない。仮面○イダーの怪人どものようなものか。

 厄介なのは四肢を破壊したぐらいでは止まらない生命力ぐらいで、あとはセイの敵ではない。一定以上の強者に対するには、基礎能力以上の上積みがないのだ。

 そうやって縦横無尽に飛び回るセイを見て、味方の人種までもあんぐりと口を開けている。







 数分も経ずに森の中の駆除は完了した。味方は森の外の敵を、魔法や矢で足止めしている。

 しかしこの敵を率いている悪魔は、悪魔だけにあくまでも指揮に徹している。

 ……あくまだけに。

「しょうもないこと考えてないで、倒すとするかな」

 セイは飛翔して、森を飛び出す。空を飛ぶタイプの昆虫人が迎撃に出てくるが、それらは何の脅威にもならない。

 人間の大きさを与えられた昆虫人。それは一見強力なようだが、弱点も出来てしまっている。

 体重が重くなり、飛行能力が著しく落ちているのだ。セイのように空中を自由自在に飛ぶことは出来ない。

 それにある程度の知能もついてしまったため、脳に類する神経系を持っている。これを破壊されたら、死ななくても満足には動けない。

「神様も案外万能じゃないんだよな。地球の漫画家の方が想像力豊かだぞ」

 凄まじい跳躍力で飛び掛ってきた、飛蝗タイプの昆虫人を切って落とし、空中の悪魔に接近する。



 悪魔は飛行型のものであった。

 青黒い肌に角と牙を生やし、長い爪を武器とする。テンプレな悪魔だ。

「人間如きが我に立ち向かうか……」

 人語を解する悪魔は知能が高く魔法を使い、何より強い。

 まあ、中級の悪魔と言ったところか。

 レベル的には、とりあえずセイの敵ではない。



 短い詠唱で火球を作り出すと、それをセイに連発する。セイはそれを避けることもしない。

 体から発する闘気、所謂『竜闘気』をまとえば、この程度の魔法が通ることはない。

 接近すると慌てて両腕の爪を振るってくるが、その切断能力はセイの刀に遠く及ばない。

「よ」

 軽く気合を入れて、爪ごと腕を切断し、そのまま胴体を斜めに斬り上げた。



 指揮官を失った昆虫人は、逃走を開始する。

 それに向けて人種の兵が追撃をかけようとするが、空間を貫くブレスによって、飛行型の昆虫人は蒸発する。

 見るまでもなく、竜の姿に戻ったラヴィの攻撃である。

 セイは地上すれすれを飛びながら敵を追撃するが、その横をマコが疾駆して槍を振り回す。

 右翼をマコ、左翼をセイ。そして空をラヴィとライラ。この追撃によって、敵はほぼ全てが抹殺された。







「驚いたな。お前ら無茶苦茶つえーじゃねえか」

 驚嘆と言うよりは呆然とした顔が並ぶ。特にリンクスたちの視線は、竜の姿になったラヴィに注がれている。

「普通なら、ハイオークやドワーフの方が強いんだけどな……」

 人種の中で前衛の戦士の役割をするなら、本来人間はあまり向いている方ではない。

 肉体の能力は、オーガやドワーフ、獣人の方が平均的に優れているからだ。

「まさか竜が出てくるなんて……」

 やはりそれが一番大きいのか。

「勇者を探してるってのも、なんとなく納得できたよ」

 今までは戯言だとでも思っていたのだろうか。



 さて、敵は倒した。

 次は食事の時間である。

 食料は、今しがた倒した魔物と、昆虫人である。

「虫……虫かあ……」

 苦悩するマコに対し、自分は魔物の肉を食べながら、セイは気楽に言ってのけた。

「地球でも虫を食べる地方はあっただろ。芋虫は高蛋白で低脂肪の良質な食料だって話もあった気がするな」

「じゃあセイも食べてよ」

「だが断る」



 虫を食べる必要性は、実のところそれほどない。魔物の肉が余っているので、ほとんどの人種はそれを食べている。

 ただマコの場合暴食の効果があるので、虫の特異な能力を獲得する可能性が高い。よって虫を食べる必要があるのだ。

「普通の虫ならおいらも食べるけど、昆虫人はちょっとハードル高いかな。肉の量は多くて良さそうだけど」

 ククリの集落では虫も食料の一つだったらしい。

 まあ地球では蛆の湧いたチーズを喜んで食べる地方もあるのだし、それほど不自然ではないのだが。

 ちなみにもはやこの場にはいないのだが、ケイオスも虫は普通に食べていた。

「う~、しゃーない。女は度胸!」

 そう言ってマコは、昆虫人の肉を食べた。







 虫の肉は淡白で、意外と美味しかったそうな。







「出来ればしばらく、ここにいてくれると助かるんだけどな……」

 リンクスはそう言ってセイに手を伸ばす。

「悪いな。でも出来るだけ、神々の勢力は削っていくよ」

 がっちりと握手して、二人は別れた。

 リンクスがここで神々と戦うように、セイたちにも使命がある。

 それはある意味悪しき神々と戦う以上に重要なことで、目の前に脅威にさらされている人がいても、それを全て解決していく余裕はない。

 森の中を徒歩で歩きながら、セイたちは東へ向かう。

 そこに一人、勇者がいるはずなのだ。













「……どういうことだ?」

「どういうことだろうね?」

 リアとアルス、二人は竜翼大陸の星の神殿にいた。

 そこにいるのは、他にリーゼロッテとカーラ、そしてサージのみ。

 だが先ほどまでは、他に二柱の神竜がいたのだ。



 水竜ラナと、風竜テルー。

 その二柱の神竜の要請は、本来ならありえないことであった。

「勇者の帰還に手を出さないことはともかく、悪しき神々との戦いまで避けるなど……」

 リアは眉根を寄せる。昆虫人を眷属として生み出したことで、神々は神竜の手によって滅ぼされると決まったはずだった。何か理由があるにしろ、せめて封印はするべきだろう。

 しかしラナとテルーはその方針を撤回。人種と神々の戦いに、竜を投入しないこととしたのだ。

 そしてその干渉は、アルスにまで及んでいた。

 神竜相手では、さすがのアルスも一対一では勝てるはずもない。3000年前に先代の黄金竜を滅ぼした手も使えない。

 竜翼大陸の凶神を封印した後だったのは幸いだったが、残る三柱の強大な悪しき神々を、倒せる者が他にいるだろうか。

「ジークフェッドたちなら、援護があればどうにか出来るかもしれないけれど……」

 アルスの言葉に苦い顔をするリア。ジークは戦闘狂ではないので、あえて神々と戦おうなどとは考えないだろう。

 そして問題なのは、神々と戦うのを止められたのは、この中ではリアとアルスだけだったのだ。



 サージやカーラ、リーゼロッテすらもそれを止められていない。

「お前、何か聞いてないのか?」

 リアの視線を受けて、サージが深い溜め息をつく。

「聞いてるよ。その場にいたしね。つまり神竜たちは、悪しき神々との戦いを通じて、戦力の底上げを狙ってるんだ」

 リアとアルスなら、悪しき神々に勝つことは難しくない。

 だがサージとカーラ、そしてリーゼロッテの三人では、なかなかに難しいだろう。いや、三人では無理だと断言出来る。



「戦力の底上げ……。大崩壊を思い出すな」

 アルスの言葉には、自嘲の響があった。

 3000年前、ネアース世界はリアたちの地球の世界と衝突しようとした。

 その折に地球の神々と戦うため、アルスは機械神を作り出し、精鋭を育てた。

「まさか大崩壊が近いのかな?」

 アルスの問いに、リアははっきりと首を振った。



 リアは神竜である。世界がどのような状態にあるか、ある程度は分かるのだ。

 セイたちの世界から勇者が36人も召喚されたので、その世界とネアースの時空は接近した。

 だが勇者たちは既に多くが帰還し、その影響は微々たるものである。

 もしくは遠い未来に、大崩壊の兆候が見えているのかもしれない。竜の時間感覚は、数万年単位である。

 だがそれだと、今戦力を底上げする理由にならない。

「詳しい話を聞かせてもらおうか」

 リアは随分と久しぶりに威圧感をもってサージに迫った。それに対してサージも頷く。



「話は、封印された時空神トラドが、ラナとテルーを呼んだことから始まってるんだ」

 時空神トラド。ネアースではなく、他の世界からやってきた神。というか、ネアースで発生した神はほとんどが、異世界からの神の子孫なのだが。

 トラドは善き神々の一柱と伝えられているが、本質的には時空魔法を自在に操る、中立的な神だ。

「彼はまあ、生きている時間こそ神竜より短いけど、いろんな世界を見てきたわけでさ。その中に、根幹世界があったんだ」

 根幹世界。

 その存在は、今は亡きバルスがリアに教えたものだ。

「それでまあ……ネアース世界は、根幹世界に統合されようとしている……らしい」

 サージ自身も意味がつかめていないのか、その言葉に力はない。

「サージ……お前の時空魔法はレベル10を超えているだろう? これから何が起こるのか、もう少し正確に分からないのか?」

 リアの言葉に、サージは首を振った。それはこれから起こることが分からないという意味ではなく、これから起こることが分かるが故の否定であった。

「根幹世界にも、神がいる……らしい」

 サージの言葉に一同は頷く。世界に神がいるのは珍しくない。

「そして根幹世界の神の中には、神竜より強い神がいる……らしい」



 沈黙が訪れた。

 神竜とは最強の存在である。先代のオーマやバルスは、その身と引き換えに世界を破壊したが、ただ破壊するだけなら、実はそこまで難しくはない。

 大崩壊の時のように、隣接した世界の、片方だけを慎重に破壊するために、その命を燃やし尽くす必要があるのだ。

「……なるほどね。それは確かに、戦力を整える必要があるわけだ」

 アルスが冷静な声で言ったが、他の面々は動揺を隠せなかった。

 特にひどいのがリーゼロッテで、視線があちこちをさまよっている。

 だが他の二人は、すぐにその驚きから立ち直った。

「別に、自分より強い敵と戦うのが初めてなわけではない」

 リアの一言が、全員の意思を代弁していた。







「それで、その根幹世界と統合されるまでにはどのくらいの時間があるんだ?」

 リアの問いに、今度もまたサージは首を振った。

「分からない。ただ、10年や20年じゃないと思う。もっと先の話……神様基準だから、千年単位かもしれない」

 だがその兆候が表れれば、サージには分かるという。



「クリスも起こすべきだな」

 サージの妻にして大魔女である彼女は、アルスのように冷凍睡眠状態にある。

 彼女はカーラと並んで、魔法理論に関しては世界でも有数の専門家だ。

「それはまあ、そうだろうね。トールさんとかアルヴィスさんが生きていたら、もっと体勢は整えられたんだろうけど」

 失われた英雄たちの名を呟くサージは、珍しく落ち込んでいるようだ。

「難しい話だね。竜の戦力自体はそれほど落ちていないとして、機械神を強化発展させるのと、あとは人種全体の根本的な強化か」

 アルスも難しい顔をしている。

 ネアース世界の戦力が最大になったのは、6000年前と3000年前である。どちらも大崩壊によって、その戦力は減らされた。

 しかし新たな力も生まれている。

 かつて五柱だった神竜が、今は七柱いるのだ。



 話し合うことは多い。だがそれは、この場にいる者だけで済む話ではない。

「また円卓会議でもしようか」

「またお前のいいように操られるのは嫌だけどな」

「いや、今度は本当に、真面目な話になると思うよ」

 アルスはそう答えるが、脳裏を過ぎったのは、3000年前に召喚された勇者の少年の姿である。

 彼がいてくれれば、かなりの戦力になったろう。もっとも3000年前は、彼をネアースから追い出す必要があったのだが。



「リーゼロッテ、お前は出来ることなら、迷宮や魔境で実戦経験を積め。まあ、ほとんどの魔物は相手にもならないだろうが」

 リアはそう言って、カーラと共に転移した。

「クリスを起こすから、おいらも行くよ」

 サージもまた転移する。聖山に眠るクリスのために。



 そしてアルスは残った。

「じゃあリーゼロッテ、少しこれからの話をしようか」

 アルスの言葉に、リーゼロッテは黙したまま頷いた。

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