第二部 神竜の騎士 竜牙大陸

82 竜爪大陸

 竜爪大陸は地球で言うところの南アメリカ大陸である。ここに悪しき神々のうちでも最上位に当たる強大な神、邪神、魔神、悪神がいる。

 その支配地は大きいが、実は全てを支配しているというわけではない。以前から棲んでいた人種も、頑張って抵抗しているのだ。

 たとえば海岸沿いであれば、海路からの補給と援護が受けられる。このパターンが一番多い。竜爪大陸の西海岸沿いは、ぽつぽつと人種の拠点がある。

 要塞都市であれば、神々の気まぐれで攻撃さえされなければ、生き残っていることもある。このパターンは食糧補給の点から、あまり多くはない。

 そして森林地帯にひそむ少数勢力によるゲリラ戦。これが強力な大部隊に有効であるのは、地球の歴史でも証明されている。

 もっともこの場合、昆虫人から武器を奪うことがあまりないので、やはり補給での難点はあるのだが。



 そして今、セイたちは勇者の元へと向かっていた。

 帰還させるためではなく、純粋に戦力として頼りにするために。







「くそ! なんとかもう少し距離を取れないか?」

 幌から顔を出すセイは、火球の魔法を連続で後方に放っている。

「無理だよ! これ以上速度を出したら、馬が潰れる!」

 御者席のククリも焦った叫び声をあげる。ラヴィの転移をするためには、一度止まる必要がある。そんな余裕はない。



 セイたちは追われていた。

 魔物の集団と、それを指揮する悪魔。そして初めて見た昆虫人たちに。







 竜爪大陸に侵入したセイたちは、今までどおり勇者に接触すべく移動していた。

 問題があったのは地図である。竜翼大陸もそうだったが、竜爪大陸はそれに輪をかけ地図の精度が低い。

 ラヴィの転移が使えるところは少なく、ライラの森林歩行はそれなりに使えたが、草原や山脈ではそれも使えない。そもそも森が神々の力で汚染されていて、森林歩行自体が使えなかったりもした。

 馬車での移動も道が悪く、そもそも道自体が途中で破壊されていたり、消失していたりもした。

 苦心惨憺進んでいくうちに、敵の大集団に遭遇した。いや、セイのマップの範囲外からこちらを捉えてきていた。

 おそらく前線への援軍だったのだろう。どうにかやり過ごそうとしたのだが、五感の鋭敏な魔物か昆虫人に察知されたようだった。

 そして現在、セイたちは大集団から離れた一部に追いかけられているということだ。



 前線への援軍なら、小集団を見逃してもいいのではないかというのは、セイたちの考えである。

 知能が低くても命令されることに慣れた軍勢は、セイたちの集団を斥候として捉えた。

 偵察に出る敵の斥候は始末しなければいけない。軍としては当たり前のことだ。

 しかし大きな損害を与えられても、なお追跡を続けるというのは、命令に絶対服従で柔軟な判断力のない昆虫人の特徴なのだろう。

 悪魔にしても、おそらくセイたちの戦闘力を危険視したらしい。損害を出しても追いかけ続けている。

 それがもう、半日も続いている。



 敵の数は数百。千はないだろう。

 しかしそんな数を相手に足を止めるわけにはいかない。セイたちはともかく、馬がやられる。

 そこでセイは馬たちに回復魔法をかけながら、逃走しているというわけだ。



 問題になるのは、逃走しながらの迎撃である。

 セイたちの中で最も遠距離攻撃に特化したのはライラである。精霊術で魔物を倒していくのだが、悪魔が防御の魔法を使うので、決定的な痛打を与えるわけではない。

 ラヴィの場合、竜に戻らなければブレスが使えない。そして馬車に乗りながら竜になるわけにはいかない。

 近接戦専門の戦士は弓や弩を使うが、一度に倒せる敵の数はしれている。一応ラヴィも怪力を活かして弓を使っているが、不器用なゆえかちゃんと水平に飛んでいかないものが多い。

 結局マコが槍を伸ばして攻撃し、セイとライラが魔法で広範囲を攻撃するということになる。

 だが倒しても倒しても、敵の数が減ったように思えない。見ると悪魔の魔法であるのか、近隣の魔物が集まってきているようだ。

「あいつを倒せたらいいんだけど……」

 そのためにはもっと接近する必要がある。そして接近するとは、包囲されるということでもある。よってこの案は却下である。

「どうすんだよセイ、このままじゃジリ貧だよ」

 実はククリが言うほど、事態は切迫していない。セイの膨大な魔力で回復し続ければ、馬車の耐久力はともかく馬の疲労はどうにかなる。そしていずれは敵も本来の目的のために本隊に戻るはずだ。

 だがそれとは別に、セイにはこの状況から脱する未来が見えていた。

「もう少し……もう少しだ……」

 両側をちょっとした崖にはさまれた小道を、馬車が通過する。



 その瞬間だった。



 追いかける敵の軍勢に対して、両方の崖から攻撃が加えられた。

 それは矢であったり魔法であったり、単純な岩であったりした。

「味方?」

 マコが呟く。もちろんセイのマップには、だいぶ前からその存在は感知されていた。

 人種の勢力がおよそ100人。レベルは平均で20ほどもあろうか。武装した集団でこのレベルとなれば、立派な戦力である。



 細い道を抜けると、ククリに言って馬車を止めてもらう。人種の攻撃を潜り抜けて、こちらに向かってくる敵が少数。

 セイはその全てに誘導矢を使い、殺しつくした。

 そして集中する。遠距離の攻撃魔法、しかも魔法障壁を使う悪魔相手には、それなりの威力が必要となる。

『誘導火槍』

 白い炎の槍が投擲され、魔法障壁を破り、悪魔を貫いた。







 悪魔の統率を失い、魔物は散り散りに逃げていった。残る昆虫人を、崖の上の集団が連携の取れた攻撃で殲滅していく。

 セイたちも魔法を中心にそれを手伝い、数分の後には残党は処理された。



 崖の上から人間が降りてくる。

 数人は正規の兵士のような装備をしているが、大半は規格が統一されていない武器と防具を身につけていた。

 種族は人間が半分、亜人が半分、魔族がわずかという構成か。

 なんとなくセイたちと同じような構成である。見た目が人間の少女が三人に、エルフとドワーフとハーフリング、そしてハイオーク。

 集団から進み出てきたのは、まだ十代に見える少年だった。だが彼がこの集団を率いているようだ。実際に、鑑定してみたらレベルが50もある。

 最近レベルのインフレが多くて忘れがちだが、50レベルというのは相当の強者であるのだ。

「北から来るなんて、まさか竜翼大陸から神々の軍勢を突破してきたのか?」

 長剣を肩にかつぎ、少年が問うてくる。セイは正確な情報を与えた。

「神々の軍勢は勇者の力で、数十万単位で壊滅した。だからその隙を突いてこっちに来たんだ」

 嘘は言っていない。

「……マジか? いや、それが本当だとして、何のためにこの大陸に来た? お嬢ちゃんたちが物見遊山で来るようなところじゃねえぞ」

「勇者を探している。この大陸に、残りの四人がいるはずなんだ」

 少年は訝しげな表情になった。

「勇者? 噂には聞いていたが、ネオシスが竜に滅ぼされて、行方知れずと聞いていたな。それに大陸は広いぞ? 何のために探しているんだ? 戦力にするためか?」

「まあ、とりあえずは自己紹介しようじゃないか。俺はセイ。勇者を元の世界に帰還させるために働いている」

「待て待て。その情報に既に問題があるぞ!」

 結局セイと少年は移動しながら、自己紹介と現状を伝え合った。



 少年の名前はリンクスといった。神々に対するゲリラ勢力の、一集団の隊長らしい。

 もっと大きな集団の下部組織らしいが、それは秘密らしく匂わせるだけであった。セイもそこまですぐに情報を得られるとは思っていない。

 そしてリンクスは神々の軍勢と戦うセイたちを見て、少しは信用したらしい。森の中にある拠点の一つに案内してくれた。どうにか馬車が通れるだけのでこぼこな道を、迂回してその拠点に着いた。

 住人というのはいない。ここはあくまで拠点で、最低限の物資と、休息が可能なテントが複数あるだけだ。

 100人はいた味方も、ここに来るまでに散り散りに他の拠点へと移動していったようだった。



 地球に存在したゲリラと、竜爪大陸のゲリラには、決定的な違いがある。

 地球の場合、軍隊はゲリラと住民の区別がつかず、下手に皆殺しなどは出来なかった。

 だが竜爪大陸は違う。悪魔も昆虫人も、人種は全て餌である。民間人を装っても無駄なのだ。

 そこで大きな拠点を作り、そこに戦闘補助員やそれすらも難しい人種を集め、その周囲に小さな拠点を作る。大きな拠点であっても、それはいざとなれば捨てて逃げ出すようになっている。

 戦力となる集団は小さな拠点を動いて、大規模な拠点を守る。セイたちが案内されたのはその一つなのだ。







「さて、じゃあ真面目な話を始めようか」

「いや、ずっと真面目に話してたと思うんだけどな」

 茶化すようなセイの言葉に、リンクスは苦笑を浮かべた。

「竜翼大陸の情勢が知りたい。それと、具体的にどうやって悪しき神々の軍勢を突破してきたかだ。いくら勇者が強いと言っても、本当に一人で数十万の大軍を倒せるわけではないだろう?」

 実際には倒せた。

「勇者にはそれぞれ強力な祝福があってな。ちなみにその勇者は『毒』という祝福を持っていた。風に流せば即死するほどの毒だ。それを魔法で風向きを調整して流したわけだ」

「……それはすごい。その勇者は今どこに?」

「残念ながら、もう元の世界に帰還している」

「……それだけの力があるなら、もっと戦いようがあったんじゃないか?」

「いや、毒の拡散を考えると、下手に周囲の味方に被害が出るかもしれないから」

 そのようにして情報交換をしていくのだが、どうもリンクスはセイたちを戦力として見ていないようだ。

 ドワーフやハイオークはともかく、うら若き乙女が4人もいては、仕方ないのかもしれないが。



「それにしても、よく拠点に連れて来てくれたなあ」

 いくら悪魔に追われていたとは言え、初対面の相手である。普通はもっと警戒するのではないか。

「まあ、悪魔との戦い方は真剣に見えたし、正直物資があれば分けて欲しい」



 地球のゲリラとネアースのゲリラの違いは、ここにもある。

 地球のゲリラは提供され、あるいは鹵獲した武器を使うことが出来る。だがネアースの場合は違う。 

 魔物も悪魔も昆虫人も、基本は肉体能力が武器である。たまに武器を持っていても、原始的なものだ。

 そこでセイたちが何か持っていれば、それを提供して欲しいという要求があったわけだ。

 リンクスたちが提供できるのは、周辺の地理情報ぐらいである。

「武器とか防具はあんまりないな。食料はそれなりにあるんだけど…」

 馬車の中に積まれているのは、基本的に日持ちのする食料である。大事なものは全てセイのフォルダに入っている。

「こんな準備でよくこの大陸に来たもんだな…」

 リンクスは呆れているが、まあ見ただけならそうだろう。この集団には鑑定技能の持ち主も、高度な術理魔法の使い手もいない。セイたちの実力は、先ほどの戦いである程度分かっていても、それでもかなり下に見ているはずだ。

「まあ、運も良かったし、いざとなれば奥の手もあったしな」

 その奥の手に少しリンクスは興味を示したようだが、あえて内容は聞かない。そんな奥の手を、教えてもらおうというのが間違っている。



 そして交渉が始まった。

 リンクスが要求したのはやはり武器弾薬だが、補給の困難なこれらの物資は、当然セイもフォルダの中に収めている。よってゲリラに与えるわけにはいかない。

 せいぜいが剣や槍、弓といった前近代的な武器に、鎧や靴などの基本的な装備であった。

 そしてリンクスが提供してくれたのは、この周辺の地図や地形である。特に馬車が通れる道が分かったのはありがたかった。

 セイのマップの効果範囲20キロというのは、広いようで狭い。本来の幹線道路が完全に切断されている大陸では、目的地に着くにも大回りをしなければいけなかったりするのだ。

「出来るなら俺たちのメンバーに加わってほしいところなんだけどな」

 リンクスはそう言うが、セイの目的には合致しない。

「まあ、情報や装備は助かった。出来るだけ危険の少ないルートを教えたつもりだが、気をつけてくれ」

「ああ、ありがとう。こちらも地図が役に立たなくなっていたから助かったよ」

 そして二人は握手して別れようとした時――。

「リンクス! 敵だ! 北西の12番拠点だ!」

 テントの中に入ってきた男が、そう叫んだ。

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