81 前線へ
模倣の勇者の説得は簡単に終わり、地球へと帰還した。
……本当に、それだけしか言いようのない結果であった。まあ、鑑定でこちらの戦力を見てもらえば、戦って勝ち目がないのは分かるだろうし、地球への帰還願望もそれなりにあったからだ。
これで残る勇者はマコを除いて五人である。
「あ~、こんな簡単に済むなら、サージさんに次の勇者のところまで送ってもらえば良かった」
セイは気が抜けたように言って、列車の席の背もたれへ身を預ける。
サージとは連絡がつかなかったので、無難な選択である。森や草原、岩砂漠地帯を通過するには、やはり列車が一番効率的だ。
「まあ、こんなに危ない所なら、すぐに帰りたいと思うのは当たり前だよ」
マコがそう言って慰める。
竜翼大陸南部とと竜爪大陸は、特に危険な地域である。勇者であっても相当の覚悟がないと生きていくのは難しいだろう。
つまり逆に言えば、これからこそが勇者送還への本番と言っていい。
そしてセイたち一行は、竜翼大陸最南端の前線へ、補給物資を運ぶ列車に便乗して移動していた。
この大陸に残る最後の勇者が、その最前線へいるからである。
「それにしても、なんで危険と分かっているところに行くんだろうな」
「そりゃあ、自分たちが召喚されたところだからじゃないかな? 帰還する方法なんて、セイの帰還石以外では、神竜の人たちに頼むしかないみたいだし」
セイの疑問にマコは答える。神竜は人ではないが、文脈的に通じるのでセイはスルーした。
「それで、今度は戦いがあるのか?」
ブンゴルが興奮した声で問いかける。前の戦いで全く役に立っていなかったので、ガンツと共にフラストレーションが溜まっているのだろう。
「戦いって言うか、戦争になるような気がするんだけどなあ……」
どうにも気が乗らないセイだが、それには理由がある。
戦闘という、小集団レベルの戦いであれば、このパーティーは相当に強い。黄金戦士団のような例外は除く。おそらくあれは世界一強いパーティーだ。
だが戦争の中に飛び込めば、周囲が全て敵となる場合さえある。前衛や後衛、遊撃といった役割が果たせなくなれば、死の危険は相当に高まる。
防御力の薄いククリやライラは、特に危険である。
「まあ、戦争には参加しない予定だけどな」
「しないのか? 姉弟子」
少し残念そうに言うブンゴルだが、セイの仕事は戦争で悪しき神々と戦うことではない。
「しないよ。勇者と接触したら、いつもの通り説得だ。まあ、また戦う羽目にはなるかもしれないけどな」
それにしても、とセイは思う。
この勇者を帰還させたとして、次に竜爪大陸に侵入するのはかなり難しいのではないだろうか。
竜翼大陸と竜爪大陸は南北アメリカ大陸のように、地図で見れば比較的細い大地でつながっている。
その細い地域が激戦区で、全体が戦闘地域である。
「まあ、先のことは考えても仕方ないか……」
列車の揺れに身を任せ、セイは眠りに就いた。
前線基地である要塞にたどりつくと、そこでは宴会が行われていた。
なんでもつい先日に、悪しき神々の軍勢を撃破、大量の戦果があったらしい。
数十万という大軍を殲滅したのだから、それは確かに勝利の祝宴を設けてもいいぐらいだろう。
しかもこちらの被害はほとんどなかったらしい。
「どうも特殊な魔法を使ったらしいんだけど……」
情報を仕入れてきたククリが、状況を説明する。
魔王軍と神々の軍勢は、当初正面から激突したらしい。
戦車や野戦砲、魔法を主として扱う魔王軍に対して、神々の軍勢は魔物や新種族が戦力の大半だったようだ。
航空戦力や科学兵器を扱う戦術がまだ未成熟なこの世界の戦いでは、戦力の質と量が勝敗を決める。
途中までは神々の新種族に上空から攻撃され、魔王軍は劣勢であったらしい。なにせ元が虫であるから、飛べる個体が多かったのだ。
だが突如、神々の軍勢の左翼側の軍が、ばたばたと落下し、倒れだしたのだ。
おそらく即死レベルの魔法か技能かによって、神々の軍の陣は崩壊。
そこへ砲撃の支援を受けた戦車と歩兵が突入し、完全に神々の軍を打ち破ったのだ。
「敵の死体のほとんどが、傷を負ってないものだったわけか……」
そう、そして敵軍は退却や撤退したわけではなく、完全に息絶えていた。
実際の戦争ならありえない、玉砕と言ってもいいほどの損害である。
この世界の人間なら、まず魔法か技能であることを考えるだろう。実際、即死眼などなら同じことが出来そうだ。
しかし地球出身のセイとマコは、事態を正確に把握していた。戦場でばたばたと兵士が倒れるなら、それは化学兵器や細菌兵器であろう。
そしてそれを補強するというか、決定的にする情報を、セイは持っている。
この魔王軍の砦にいる一人の勇者。
その祝福は『毒』であった。
毒。単語で表される祝福。
勇者に相応しいかと言えば、それはもう相応しくないだろう。
毒を操るというだけでなく、毒攻撃に対する耐性も含めた祝福。そしてそれは、一対一であろうが集団相手であろうが、恐るべき威力を発する。
神々の軍勢は、呪われた軍勢である。毒や呪いに耐性のある編成をした軍だ。
しかしその耐性をぶち破るほどの強力な毒。しかも無色透明で、拡散しやすく、それでいてすぐにその効力を失い、残存しないという便利な毒を、その勇者は使用出来るのだ。
ネアースにも当然のごとく毒はあるが、ここまで強力で特殊なものは、もはや呪詛のうちに入るであろう。死そのものであると言ってもいい。
「でもまあ、俺には効かないんだけどね」
宿の一室に集まった作戦会議で、セイはぶっちゃけた。
どれだけ強力な状態異常であろうと、酒精以外に対しては、セイの耐性はレベル10である。これは神竜のくれたもので、神々が与えた勇者の祝福を上回る。
たとえばマコでも、暴食の効果で普通程度の毒なら全く問題はないが、それでもまだ彼女の毒耐性はレベル7である。
セイの持つ耐性がどれだけ驚異的なものであるか、それだけで分かろうというものだ。
「というわけで、今回は俺一人で相手することになる。まあ戦っても楽勝だろうけど」
セイの言葉に反応してラヴィが見つめてくる。彼女は神竜。普通なら毒など効かないだろう。だがまだ幼い神竜は、さすがにレベル10の毒には耐えられないかもしれない。よって今回は彼女も待機である。
「まあ、心配するなって。今度の相手は、圧倒的に俺との相性が悪いんだから」
そう言ってセイは軽く笑った。
実のところ、セイは少し困っていた。
その理由であるが、この毒の勇者、レベルだけなら非常に高いのである。
それはそうだろう。数十万という悪しき神々の軍勢を、ほぼ一人の毒で壊滅させたのだから。塵も積もれば山となる。相当の経験値を稼いだはずだ。
レベルだけで言うなら、破滅の勇者をも上回っている。能力値と技能の差でおそらくセイは勝てるが、他の仲間の支援が一切得られないというのは辛い。
それでもまあ、相手も一人であることが救いだ。毒の拡散を考えると、そうそうパーティーを組むなどできないだろう。
食堂の隅で一人寂しく食事をしていた少女の対面へ、セイは座った。
「やあ、勇者さん。ちょっと話はいいかな?」
小柄で華奢な、とても戦いに向いているとは思えない外見の少女が目をむいた。
毒の勇者はラーメンのようなものを食べていた。
否、それはラーメンであった。
突然声をかけられた少女は思わずむせて、ラーメンの麺が鼻から飛び出たりして、えらく立ち直るのに時間がかかった。
今度からは声をかける内容には気をつけようと反省するセイである。
鼻から飛び出た麺をすすり、水で喉の奥に流し込み、ようやく体勢を整えて、少女はセイと向かい直った。
「あなたはどなたです? クラスメイトではありませんよね? 他の国が召喚した勇者ですか?」
警戒心むき出しの少女に、セイはまあまあと手を振った。
「地球の神様とこっちの神竜が話し合って、勇者を帰還させる人間を召喚したんだよ。それが俺」
話している間にも、セイは舌の奥にぴりぴりとしたものを感じていた。
どうやら毒の勇者は、視線だけでも毒を飛ばせるらしい。もっとも弱い毒で、こちらの動きを鈍らせる程度だろうが。
「というわけで、その毒攻撃やめてくれないかな。俺には通用しないけど、舌の奥が苦くなる」
勇者は顔を引きつらせたが、セイの言葉には素直に従った。
地球への帰還。それは毒の勇者にとっても魅力的な提案だったらしい。
だがすぐさま返答はしない。おそらくネオシス王国から転移して、色々と裏切られる経験を積んできたのだろう。彼女の祝福がレベル10まで上がっているのは、そのたびに毒を使わなければいけなかったからかもしれない。
「よかったらマコも呼ぼうか? 顔見知りと話したほうが、納得できるだろ」
「マコちゃんもいるの? けど、どうして一緒じゃないの?」
「そりゃ、毒の勇者に直接接触するのは危険だろ」
セイの言葉に少女は沈んだ表情をした。
「そうなんですよね。毒使いなんて、誰にも信用されないですよね……」
その口調で、セイはなんとなく彼女の境遇が分かった気がした。
毒という能力。しかもレベル10まで上がったその毒は、恐らく竜にも効果があるだろう。
そして先ほどセイに試した通り、液体や固体、気体だけでなく、視線にまでそれが及ぶ。そんな人間と組みたがる者はそうそういない。
セイや、神竜レベルにまでなれば例外だろうが。
「じゃあマコも連れてくるよ。あいつ不死身になってるから、毒でも多分大丈夫だろうし」
「ふ、不死身!?」
驚愕する勇者を残して、いったんセイは食堂を出た。
不死身の存在を滅ぼす方法というのは、幾つかある。
まず竜のブレス。それも古竜レベルのブレスだ。細胞以下、原子レベルにまで全身を分解されると、さすがに不死身は発動しない。もっともブレスの威力を減衰させればその限りではない。
そして破滅の攻撃による死。これは不死身という祝福自体を破壊するので、リアたちは危険視していた。
他にも時空魔法により亜空間に追放するだとか、太陽内部の温度の火魔法で攻撃するとかがあるが、まあ原子レベルにまで分解されると不死身でも死ぬと考えていいだろう。
そして実は、レベル10の毒でも不死者を殺すことが出来る。
毒によって肉体を腐食させ、再生するより早く肉体全体に毒を回らせる。
毒耐性が10になっているセイならともかく、マコならば死ぬ。それは事前に確認していたことだ。
もっともレベル10の毒などというものは過去にもほとんど存在していなかったので、リアが神竜ネットワークで調べてくれたのだが。
そんなわけで毒の勇者のマコとの再会は、多少の緊張感こそあれ友好的なものとなった。
元々クラスではそこそこ話をしていた間柄だったらしく、お互いの近況を話し合っている。
毒の勇者はステータスを見る限り、ほとんど戦闘系の技能は上げていなかった。
毒のレベルと隠密系、危機感知、気配感知の技能だけが突出している。それさえあれば、ほぼ大概の魔物や人種は殺せるだろうから。
「あと四人、か……。それにしても厄介な人間ばかり残ったみたいね」
毒の勇者の言葉に、マコは苦笑しながらも頷いた。
むしろ厄介な祝福だからこそ、悪しき神々の軍勢が支配する竜爪大陸で生き延びてこられたのだろうが。
「竜爪大陸に行くなら、あたしも同行しようか? はっきり言って集団相手なら、今のあたし以上に活躍出来る人はいないと思うよ?」
数十万の大軍を消滅させた勇者の言葉には説得力がある。確かに戦力的には魅力なのだが、問題がないわけではない。
たとえばゴーレムなどの生物ではない相手に毒が効かない……というわけではない。
金属でさえも腐食させる毒も、彼女の祝福の範疇だ。
問題は、毒の効果範囲である。
集団相手に使った場合、味方を巻き込む可能性がある。
先日の戦場のような広い空間では、早く効果が切れる毒は有効だろうが、敵の最前列と後方の一部は離脱に成功していた。
つまり少数集団同士の戦闘には向いてない祝福なのだ。
毒を液体にして刃物に塗るなどという手段もあるが、彼女自身の接近戦の技能は低いため、レベルの割には戦力として考えにくい。
そんなわけで仲間にするには問題なのだが、彼女のしてくれたことは非常にありがたいことだった。
敵は数十万という単位で兵力を失った。
おかげで前線を構築する戦線はズタズタ。これならセイたちが竜爪大陸に抜けるのも難しくないだろう。
そうやって説得すると、毒の勇者は納得した。
「本当ならまだしばらくここにいて、神々の軍勢と戦いたいんだけど……」
「いや、今回は風向きが変わらなかったから成功したけど、もし風向きが変化してたら、大変なことになってたよね?」
そう言ったセイだが、彼女の提案には一部分理解を示した。そしてその効能も。
戦場跡を南下すると、陣営地が見えてくる。
魔王軍のではない。神々の軍の陣営地だ。
魔物や新種族を中心に構成された悪しき神々の軍は、要塞のような巨大で効果的な施設を作れない。
そしてその粗末な陣営地には、まだ十万以上の敵がいる。
この陣営地を無視して転移を使うなり、山や森に入って南下するなりの手段はあった。
だが折角手元に確実な手段があるのに、それを敵に対して使わないのはもったいない。
「それじゃ、やるわよ」
今回の主役の一人であるライラが、精神を集中して精霊に呼びかける。
『風の精霊王』
北から南へ、確実な指向性を持った風が吹く。そしてそれに、もう一人の主役が花の代わりに毒を添える。
巨大な生物でも即死するほどの猛毒が、風に流れて陣営地を襲った。
これが今までの人種同士の戦争であれば、このような攻撃は出来なかったろう。
戦争には捕虜が出るものであるし、現地住民を徴用して後方支援をさせることも多い。
しかし悪しき神々の軍勢は、捕虜を必要としない。それは彼らにとって食料となるのだ。
昆虫を元にした新種族はある程度の社会性を持ちながらも、旧来の種族と共存することはない。
未来にはその可能性もあるのかもしれないが、少なくとも神々の配下である限り、その可能性はないだろう。
だからこの毒の攻撃を、セイは決断した。
脳裏のマップに表示された生物の反応が、ものすごい速度で減っていく。
理不尽なほどの殺傷力だ。下手な禁呪にも匹敵し、しかも勇者の体力をそれほど消費するわけでもない。
この祝福を得た少女が慎重で、ある程度善良な性格の持ち主で、本当に良かったと思う。
もし敵に回っていたら、セイ以外はあっさりと殺されていただろう。ある意味破滅よりも強力な祝福だった。
「じゃあ、先に帰るけど、気をつけてね」
毒の勇者はそう言って、マコと握手して地球に帰還した。
セイたちの前に広がるのは、荒野に築かれた無人の陣営地。その横を通り過ぎて、竜爪大陸へ向かう。
「じゃあ行くか! 俺たちの戦いはこれからだ!」
セイの言葉に頷いて、ラヴィは転移を発動させた。
竜翼大陸編 了
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