80 決着
「ぐわあああああ!」
大げさな叫びを上げてアルスが吹き飛ばされる。大地を転がり、大きな岩に全身を叩きつけられる。岩に罅が入った。普通の人間なら全身骨折で全身打撲で、内臓破裂の致命傷だろう。
それを追撃しようとしたジークは、向こうの戦闘が終わっていることに気付いた。そして舌打ちをする。
「……くそっ! どうせダメージはないんだろうが」
「まあね」
ひょっこりと顔を上げたアルスは、立ち上がると鎧の汚れを手で払った。
「さすがはジークフェッド、けっこう危ないと思ったのは何百年ぶりかな」
「余裕だな。その気になれば、俺を倒せたんじゃないのか?」
「いや、そんな危険は冒せないからね」
アルスの言葉は心底からのものであった。ジークを追い詰めると何が起こるか、正直想像もつかなかったからだ。ある意味勇者に通ずるものがある。
この戦闘の勝敗は、勇者を帰還させるかどうかで決まる。
そして美夏が帰還した時点で、ジークは敗北していたのだ。
アルスの時間稼ぎは完全に成功していたことになる。
試合で分けて、勝負に負けたというところか。完全な敗北である。
「終わった?」
転移ですぐ横にやってきたサージに、アルスは頷いた。
「じゃあ、他の人も持ってくるね」
その言葉と同時に、ジークの周囲に傷ついた仲間たちが転移してきた。
カーズとケスもいつの間にか、戦闘の余波に巻き込まれないよう遠くへ転移させていたのだが、それもちゃんと戻ってきている。
「くそ。おい、マリー、さっさと起きて治療しろ」
マリーシアの兜をがんと蹴りつけるジーク。この男、女好きだが女にも容赦はない。
「うう……頭が痛い……」
目が覚めたマリーシアは、周囲の状況を確認した。
そして悟る。自分たちが敗北したことを。
それからの行動は淡々としたものだった。
まずアルテイシアを覚醒させ、二人で仲間の傷を治癒していく。
セイたちも防具の修繕に魔法を使い、黙々と作業をする。
アルスは無害そうな顔でにこにこと笑いながら、不機嫌そうなジークを見ていた。
多分、ざまあみろとでも思っているのだろう。
「さて、とりあえずの予定はこなしたし、私は次の目標に向かうよ」
アルスは軽く別れの言葉を告げた。
「次の目標ですか?」
「ああ、凶神を滅ぼしてくる」
あっさりと言ったアルスに、セイたちならずジークの仲間たちも目をむいた。
凶神は上位の神である。古竜でもほぼ互角か、あるいは敗北するであろう存在だと聞いている。
「三人でですか?」
クオルフォスとサージを見る。クオルフォスは苦笑いをし、サージはぶんぶんと頭を左右に振った。
「まあ、私一人で充分だろう。幸い今回は切り札も使わずに済んだし」
軽く言ったアルスに対して、ジークは苦々しく唾を吐く。
「一人で、ですか。師匠でさえけっこう上位の神と戦ったときは、竜の姿になっていたんですけど……」
「ふふん。ならびっくりするものを見せてあげよう」
ちょっと得意げに言ったアルスは、魔法を展開する。
セイはあまり見たことのない術式だ。あえて言えば、時空魔法に分類されるのだろうか。
『召喚』
大気を切り裂き、立体多層魔方陣が展開され――。
そしてそれは現れた。
魔王機械神。
それはアルスが3000前の大崩壊のために作った、世界最強の兵器。
科学と魔法が融合した、神竜相手でさえ勝負になるという代物。
いわゆるロボットである。
「え……エヴァ○ゲリオンだ……」
思わず口にしたセイだが、アルスはその言葉に苦笑する。
「まあロボットとしてのコンセプトは、あれが一番近いんだけどね。封印された神を素材に使ってるわけだし」
神の力に、魔結晶をさらに高純度化させた魔核、そして科学に魔法、操縦者の魔力を加えて出来上がったものである。
これがあるがゆえに、ガーハルトは世界最強の国家として知られているのだ。
ある意味、地球での核兵器にも優る存在である。
機械神に吸い込まれたアルスを、セイは感嘆の目で見送った。
体は女でも魂は男。巨大ロボットへの憧れは抗しがたいものがある。
「すげ~。……そういえば○ヴァって何時完結するんだろ……」
「あれ? エ○ァって映画で完結してなかったっけ?」
思いっきり話はずれたが、セイとサージの認識に違いがある。
どうやらサージが死んだのは、旧劇と新劇の間の期間であったらしい。
「マジで……。うあ~、もうちょっと長生きしたかった……。あ、でもおいらの地球は滅んじゃったしな~」
「あのアニメってそっちの地球でもやってたんですね」
「地球の平行世界は多いらしいしね。あ~、やっぱり時空魔法をもっと研究しないとな~」
異世界に行くことは禁じられていても、異世界を観察するぐらいならいいだろう。
アニメ見たさに魔法を発展させる決意をする、大賢者であった。
アルスの乗った機械神が「デュワ!」と叫び、ウルト○マンのポーズで空に浮かぶ。
転移してから召喚したほうが魔力のロスは少ないが、凶神の傍まで生身で行くのは、さすがの大魔王も嫌だったらしい。
指先でチャオと挨拶をして、機械神は空の彼方へ消えていった。
「あ~、おい、俺たちの馬車はどうしたんだ?」
ジークの声に、セイとエ○ァ談義をしていたサージが軽く杖を振る。するとそこにはジークたちの馬車が現れていた。
簡単に時空魔法を使うところはやはり凄いが、今は○ヴァ談義の方が重要なセイである。
「くそったれ。今回はすっきりしない終わり方だな」
ジークは文句を言っているが、実のところアルスと関わると、彼の思い通りの展開にならないのは3000年前から同じである。
それはだいたいお互い様なのだが。
「あの女たらし、次会ったら今度こそぶっ殺してやる」
お前が言うな、という視線でジークの仲間たちが彼を見つめた。
黄金戦士団は、馬車の方向を南西へと変えて進むらしい。
そもそも美夏の要望により凶神の支配地へ向かっていたのだが、その理由もなくなったからだ。
そして彼ら一行は、ジークがまだ婦女暴行をしていない地へと、自然と向かうこととなる。
なんとも理不尽な方向性のパーティーであった。
そしてセイたち一行は、待たせていたパーティーの待つ都市へと舞い戻った。
ライラが心配そうに、ブンゴルが興奮し、ククリが興味深そうに三人に迫る。ガンツは視線で問いかける。
事の成り行きを説明するのに随分と時間はかかった。特にククリは詳細な説明を要求した。
「……そのまんまじゃ詩には出来ないかなあ」
なんだかんだいって、結局正面から激突したわけではないのである。
自分たちに有利な状況を作り出し、相手よりも高い戦力を揃えて叩き潰す。いつもの手段だが、英雄のすることではない。
だがセイは英雄ではない。勇者の送還はお仕事なのである。
マコにしても女の子らしく、タイマンを張るとかいうものにロマンは求めない。
結果だけを見れば、今回の戦いも計算づくの力押しであった。
相手よりも多い戦力を集めるのは、戦いの基本であるのだからして、そこを責められるのは間違いではある。
いい加減○ヴァ談義も終えたセイは、引き続きサージが死んだ後の地球に関しての話などをしていた。
いい○もが終わったとかよりも、いまだにこ○亀が続いているとかいう話題が多かったが。
自分の死後に完結したマンガの話などを聞いて、サージは苦悶の表情を浮かべたりもした。
もっともセイはそれほどサブカルチャーに詳しくはないので、彼を満足させることは出来なかったが。
「さて、それでは私は失礼させてもらおうか」
クオルフォスが口をはさむ。とりあえず彼の役割は終わったのだ。
転移していくハイエルフに礼を言って、セイたちはようやく地図を取り出した。
竜翼大陸に残る勇者は、残り二人。
どちらに先に向かうかと言えば、それは近いほうからに決まっている。
「じゃあ近くまで転移させてあげようか」
サージが提案してくれたが、ラヴィはちょっと不服そうだった。
転移による移動は自分の役目だと思っているのだろう。
「正直なところ、一緒についてきてくれるとありがたいんですけどね」
サージの戦闘を、セイは見ていない。だがレベルからしてもこの中では間違いなく一番強いだろうし、何より転移が便利すぎる。
「う~ん、こっちはこっちで、神竜から頼まれていることがあるんだよね」
時空神トラドの迷宮で話された情報。それはまだ他者に伝えるべきことではない。
サージの返事はセイにとって残念なことだったが、無理で元々という気分で言ったものだ。
それにしても神竜直々とは、勇者よりも優先される懸念事項があるのだろうか。
サージは約束通り、勇者のいる街の近場にまで転移してくれた。
そこから街までは同行してくれるらしい。もし勇者の祝福が彼向けのものだったら、少しは力になってくれるそうだ。
もっとも実際は、道中でセイやマコと地球の話をするのが目的だったようだが。
3000年も生きていると、地球の記憶を持っている人間など、ほんの一握りしかいなくなる。
アルスなどはその一握りの例外らしいが、お互いの立場上、そうそう会えるものでもない。
リアなどはそれなりに暇があるのだが、サブカルにはあまり興味のない前世を送っていたので、サージの趣味とは話が合わないそうだ。
セイも実のところ、それほどそちらよりの人間ではないのだが、周囲には学生が多いのでそれなりに情報は入ってくる。
勇者の存在が感知できるまでの道のりで、サージは熱心にオタク文化の話をした。
エヴァンゲ○オンはセイの認識であると「昔大流行した作品」なのだが、サージによると「あれは伝説だった」そうな。
なにしろ本屋では聖書関連のコーナーがコミックと共に置かれ、かなりの利益を出していたのだから。
マコも名前ぐらいは知っているが、彼女の幼少期はおじゃ魔女○れみと共にあった。
そんな、地球出身者以外では全く分からない会話が数時間続き、馬車はようやく竜翼大陸南西の都市へといたる。
最前線への補給を行う主要都市の一つだ。そこに勇者が一人いる。
その祝福は『模倣』である。
一度見た技能を獲得出来るという、それだけを聞けば随分と強力に思えるが、実際のところはあまり使えない祝福であったらしい。
なぜなら模倣した技能のレベルは1から始まるからだ。
まさに器用貧乏の祝福である。
技能レベル1を獲得するのに必死な凡人から見れば垂涎のものであるが、勇者としての戦力を考えると、もっと一芸に秀でた性能の祝福が好まれる。
都市の城門の前で、サージとは別れた。
「また地球の話が出来る人と会いたいなあ」
「残りの勇者の中には、そういう人もけっこういるんですけど」
マコの言葉によると、ゲームやマンガ好きの少年少女が何人かいるらしい。
サージは未練がましい表情をしたが、さすがに神竜の頼みは断れないようだ。
「まあ、時空魔法の使い手が欲しければ、連絡してよ。暇があったら力になるから」
そう言って渡されたのは、ケータイサイズの石である。
リアから渡されたのと同じ通信機道具であった。
サージと別れて都市の門を潜る。
警戒は厳重で、荷物も改められているようだが、危険なものは既にしまってある。
何より神竜による身分証明証が効果的だった。荷物改めもなく、そのまま都市に入った。
さて、目的の勇者である。
はっきり言って強い。
だが破滅の勇者のような尖った強さではなく、弱点のない強さと言うべきか。
各種武器の技能レベルがそこそこ高く、ほぼ全属性魔法のレベルもそこそこ高く、他の技能レベルもそこそこ高い。ベースとなるレベルもきちんと高い。何より技能の種類が多すぎる。リアやカーラなどの長命な人間とほぼ同じぐらいの数がある。
片手槍と盾、そして術理魔法や物理魔法が特に高く、時空魔法の技能までレベル1だが持っていた。
汎用的な性能の持ち主である。だが、それだけだ。生存能力には長けている。だが、それだけだ。
戦って勝てるかと言えば、確実に勝てるだろう。
「まあ、元々戦闘でも、誰かが抜けた穴を埋める役割だったしね」
マコの言葉によると、便利屋のようにパーティーの中では存在していたらしい。
今度はそれほど苦労することもなく、交渉が出来そうであった。
×××
この作品の発表当初は、まだ完結編の時期も未定でした……。
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