79 二つの戦場

 アルスとジークの対決は、両者の強化魔法と防御魔法、そして武器の打ち合いで始まった。

 無詠唱で立て続けに強化し、無詠唱で相手の隙を突き、真正面から剣を打ち合う。

 当初の形勢はアルスが有利だ。なにしろサージの時空魔法による、多重加速の援護がある。

「二人がかりなんて、元勇者のくせに汚いぞ! この大魔王!」

「なにしろ大魔王だからね! 勝てばよかろうなのだ!」

 軽口を叩いているが、両者の超絶した剣技自体はほぼ拮抗していた。



 アルス・ガーハルトは勇者としてネアースに召喚され魔王を倒し、千年紀を人類の勝利に導いた英雄の一人である。

 そして仲間と袂を分かち、魔族領へ赴き、その地に大帝国を打ち立てた。

 当時の魔族は現在以上に暴力至上主義であったから、単身で魔族領に乗り込んだアルスは、魔将軍級の猛者を何十人も降している。しかも後の戦力とするため、殺さずに。その中には後の魔将軍たちの親もいた。

 国家体制構築の過程でも、やはり魔族を絶対的な暴力で黙らせる必要はあった。凶暴な魔族の戦闘力はそのままに、文明化をなしとげる。それは苦難の連続であった。

 そして大崩壊。秘密結社黒猫との戦いや、神竜との戦いなどで、さらにその戦歴は凄まじいものとなっている。



 ジークフェッド・ラーツェンは目的を持って戦う者ではない。ただ、己の欲望のために戦う男だ。

 しかしその欲望のためなら迷宮を踏破し、封印された神を滅ぼすことまで成し遂げる。

 戦った敵の強さではアルスに劣るが、戦闘回数では上回るかもしれない。それに本来魔法使いよりのアルスとは違って、彼には先天的な戦闘勘がある。

 戦う前に勝算を立ててから戦うアルスとは、そこが決定的に違う。



 加速の魔法で両者の攻防を見守るサージは、剣術に詳しくないのでどちらが優勢なのか分からない。

 ただなんとなくではあるが、両者の剣技は特徴が違うように思えた。

 アルスの剣が柔であれば、ジークの剣は剛。

 そして鑑定魔法の究極である神照看破によると、どちらもまだ切り札を切っていない。

 しかしせっかちな方は、すぐにその切り札を切った。

『解放』

 ジークの装備が黄金の輝きを発する。そしてステータスが跳ね上がる。

 なるほど、これが黄金の戦士と名乗る所以かとサージは驚いていたが、アルスもすぐさま対応していた。

『天元突破』

 人種の限界を突破する祝福『限界突破』。

 そのさらに上位の祝福である、神竜にいたるほどの『存在の限界』を突破する天元突破。

 今や人種では、アルスとラビリンスぐらいしか使える者のいない無限魔法から発生した祝福である。

 もっともラヴィとリーゼロッテ以外の神竜は、全員この祝福を持っているのだが。



 ステータスの差は、隔絶したものになった。

 アルスの剣閃はサージの加速した五感でも捉え切れず、限界まで加速の魔法をかける。

 そして驚く。

 圧倒されていたはずのジークの動きが、どんどんとアルスに迫っている。

 これが逆境打破の祝福か、とサージは素直に感心したが、味方であるアルスの危機を見過ごすわけにはいかない。

 加速で援護するのはこれ以上は無理だ。ならばジークの方に負荷をかけてやろう。

『遅滞』

 加速の逆の効果を発揮する魔法。しかしそれはジークのまとう魔力に弾かれた。

『加重』

 重力を増大させ、その動きを鈍らせる。しかしこれもまた弾かれた。

「なん……だと……」

 思わずサージは唖然としたが、これがジークフェッドなのだろう。

(他の四人を全員合わせたより強いんじゃないの?)



 アルスは強い。間違いなく強い。3000年前から知っているが、人種の枠を大きく踏み外した存在だ。

 しかしこのジークフェッドという男も、何かおかしい。下級の神を滅ぼしたというが、それだけでここまで強くなるものだろうか。

 そう考えている間に、二人の動きはまた、ほぼ拮抗した状態になっていた。

 だがサージはアルスの勝利を疑わない。アルスはまだ、アレを使っていない。

 大崩壊の折、竜に変化したリアとさえも、ほぼ互角の戦いをした兵器。

 魔王機械神。

 あれを使えば、確実に勝てる。問題は、使う余裕があるかだが。

 いざとなれば、その余裕を作るために自分が動かなければいけないだろう。サージは静かに戦いを見守った。







 破滅の勇者。

 そもそも破滅という祝福は、レベル1の段階では圧倒的なものではなかった。

 剣や素手を媒介にして触れた、生物や物体を塵と化す。

 それがレベル1での力だった。



 レベルが上がるにつれ、その真髄は次第に明らかになっていった。

 そう、破滅の力は、全てを滅ぼすのだ。

 人の魂であろうと、強大な魔物であろうと、あるいは竜であろうと。

 不死身の祝福を持つ者であろうと。



 セイは不死身である。マコも不死身である。

 ラヴィも死とは遠いところにある存在、神竜である。

 だがそれすらも突きぬけ、破滅の力は存在を滅ぼす。

 リアとカーラが懸念していたのは、その点である。

 実際美夏と戦闘を開始してすぐ、セイはその祝福の厄介さに気がついた。



 刀の刃が欠けていた。

 リアの鍛えた特別性の刀である。それこそオリハルコンをも断ち切った、聖剣や魔剣にも匹敵する武器。地球の最上大業物にもないギミックまでついている。

 それが業物とはいえ、普通の長剣と打ち合って欠ける。

 ありえないことだった。

「それが破滅かよ!」

 セイは刀に魔力の刃をまとわせる。その魔力さえ、美夏の剣と打ち合うと霧散していく。

「レベルが上がるまではそれほどでもなかったけどね! 今なら竜とだって戦える!」

 どうやってベースレベルが200を超えるまで鍛えたのか、なんとなく分かるような気がする。おそらく相当高レベルの魔物を狩っていったのだろう。

 この祝福は本当に危険だ。生物以外にも効果があるという点では、即死眼よりも汎用性が高いかもしれない。



 セイとマコ、二人がかりで戦っているのに、状況は均衡している。

 美夏が破滅の力で、自分にかけられる魔法や、セイたちの補助魔法を破壊しているからだ。

 ラヴィのブレスならさすがに攻撃が通るかもしれないが、接近戦では使うタイミングが難しい。人の姿に戻って戦うには、ラヴィの接近戦技能は低い。かえって邪魔になる。

 そしてクオルフォスの精霊術もまた、美夏の祝福とは相性が悪かった。



「いかんな」

 四対一という有利なはずの状況でも、クオルフォスはそう呟いた。

 大規模な精霊術の攻撃では、セイとマコを巻き込んでしまう。

 かといって出力を抑えれば、それも破滅の力で消し去られてしまう。

 ラヴィのブレスも、二人が勇者と接近戦を行っているため使えない。

 破滅の祝福が意外と攻撃的でないのが救いといえば救いか。

 それでもセイやマコの魔法障壁を軽々と切り裂いていくので、クオルフォスは繰り返し防御魔法をかけていく。



 戦況を変える必要は、セイも感じていた。

 そもそも接近戦を挑んだのが間違いだったと考えるが、いったん距離を取るのも難しい。

(どうしようか)

 戦闘中に考えるほどの余裕が、セイにはある。

 破滅の祝福は厄介だが、美夏の剣術技能レベル自体はそれほど高くないので、回避に専念すれば避けることはそれほど難しくない。

 問題は、どうやって相手にダメージを与えるかだ。



 下手な攻撃では破滅の防御力を破れない。こちらの武器が傷むだけだ。

 かといって魔法の攻撃をするには、接近しすぎている。

 離れようとすると間合いを詰めてくる。美夏は戦闘に慣れている。

 破滅の祝福を持っているとは言え、レベル200オーバーである。高レベルの魔物を倒しまくった経験だろう。

 そしてやはりと言うか幸いと言うか、対人戦闘の経験はあまりないらしい。もしそれが多ければ、剣術の技能はもっと上がっているはずだ。



 分析したセイは、とりあえず一つ手を打つことに決めた。

「マコ、少しだけ頼む」

 一方的に言って後方に跳躍したセイだが、マコは何も言わずにその穴を埋める。

 剣と槍が打ち合う。マコの槍術のレベルはそこまで高くないので、美夏はさらに攻撃を激しくする。

 しかしそのわずかな時間に、セイはクオルフォスに打開策を告げていた。



 クオルフォスは一瞬驚いたが、セイたちの祝福を考えると、それは無茶なことではないと理解した。

「じゃあ頼みます」

 セイがまた戦線に復帰すると、押されていたマコにも余裕が生まれ、また戦闘は膠着する。

 もっともこのままでは、絶えず武器に魔力をまとわせて戦うマコが最初に息切れするだろう。

 セイ一人でも相当の時間は耐えられるし、何か他の打開策を考え付くかもしれないが、決定的なものではないだろう。

 だからクオルフォスの力が必要だった。



 セイの提案にクオルフォスは従った。

 美夏が破滅の防御力に頼って、治癒系の魔法技能が低いことには気付いていた。

 だから、セイはあんな無茶なことを言ったのだ。

『風の精霊王』

 大気の精霊が荒ぶる刃となり、戦場を駆け抜ける。

 そう、乱戦になった三人全員に向かって。

「なっ!」

 狼狽したのは美夏だけで、セイとマコは全く動じず、戦闘を続ける。

 破滅の力で削りきれないほどの風の刃が、戦場を荒れ狂った。







 つまり、こちらの長所を活かし、相手の弱点を突くという、基本的な戦法である。

 美夏は破滅の力を防御に使うことにより、武器の耐久力を減らし、魔法の構成もある程度無効化出来る。

 ダメージを負わないということで、治癒系の魔法の技能を高める状況にはならなかった。

 対してセイとマコは、不死身の祝福に加えて、高速再生の祝福や、高い治癒魔法の技能を持っている。

 クオルフォスの魔法は強力で、美夏の力でも、無効化までは出来なかった。

 美夏がほとんどダメージを回復出来ないのに対し、セイとマコはすぐさま全快する。

 結局いつもの力押しではあるが、少しは頭を使った力押しであった。

 ……だが問題は一つ。

 恥ずかしいのである。



「どうして鎧がバラバラになるかなあ!」

 マコが叫ぶ。風の刃は当然のごとく、三人の武器や防具にもダメージを与えた。

 武器はともかく、防具が問題である。自己修復機能を備えているとんでもない防具だが、どんな状態からでも復元するわけではない。

 そして二人と違って、美夏の防具は良質だが普通の物である。破滅の力で防御しても、防具自体の防御力は低い。

 結果ほとんど半裸となって、三人の少女は戦うことになった。



 一番動きが鈍ったのはマコである。

 一番羞恥心が強いのが、この場合は仇になった。

 美夏の動きも劇的に鈍った。女の子であるからには当たり前である。

 そしてセイの動きは鈍らなかった。

 体は女の子でも、心は男の子のセイである。幼稚園の頃には「ちんちん!」などと言って無意味に下半身を見せるといった類の、黒歴史をしっかりと持っている。

 男は女に比べて、裸体になることへの抵抗が薄い。

 そしてセイは半裸のまま、美夏の片手を切断した。

 ……男女の性差による羞恥心の有無。

 それが勝敗を決した。



 全身に軽い傷を負い、そしてさらには利き腕である右手を切断される。

 それでも美夏の戦意は衰えなかった。 

 左手に持った長剣で、素早く動くセイを狙うのだが、さすがに無理がある。

 セイの傷は戦闘中でも勝手に治癒していく。それに対して美夏の傷はそのままだ。



 左足の太ももに傷を受け、さらに何度となく刀傷を受けて、その動きはどんどんと鈍っていく。

 破滅の力は非生産的なものだ。

 怪我を治すには治癒魔法が必要で、美夏のそちら方面の能力は低い。

 それでも変わらず片手で長剣を振り回していたのだが、さすがに限界だった。

 両腕を切断されれば、剣を握ることは出来ない。

 どこかの海賊のように、歯でかみ締めて三刀流などということは出来ないのだ。







 ようやく息を吐いて、セイは現状の把握をする。

 アルスとジークはずいぶんと遠いところで戦っている。既に剣速が人間のものではない。セイの目にも追えないほどの速度に達している。

 決着が着くのはまだ先のようだが、戦闘の意味は消失した。

「まだ……まだ終わってない……」

 美夏は肘で体を起こそうとするが、物理的に両足の骨や腱が切断されていれば、立ち上がることも出来ない。魔法使いならともかく、美夏は戦士であるのだ。

 セイとマコはとりあえず鎧や服を修復して、美夏の傍に近づいた。



「あ~、もう降参でいいよね? さすがにここから逆転はないよ。素直に地球に帰ったら、傷とかも治ってるはずだし」

「……嫌だ。この世界なら、私は理想を実現できるんだ」

 しつこい少女である。セイとマコは顔を見合わせて溜め息をついた。

「それだけの熱意があれば、地球でも色々と出来ると思うけどなあ」

「というか、俺が手伝ってもいいぞ」

 セイの言葉は、さすがに他の二人の少女にも衝撃的だったようだ。

「勇者全員を帰したら、地球の神様に加護をもらえるんだよ。どんな加護かは知らないけど、政治家なり事業家なり、役立つことはあると思う」

 その条件を、美夏は荒い息で聞いていた。さすがにそろそろ気絶しそうなので、両腕や大きな傷はふさいだ。



「手伝ってくれる? どうして?」

「何かでかいことを考えてるんだろ? そういうのに挑むのを手伝うのは嫌いじゃない」

 セイの言葉に嘘がないか、美夏はしばし考えているようだった。だがやがて荒い息の中から、答えを出す。

「いらない。私は自分の力だけでなんとかする。他人のチートまで使うのは、さすがに卑怯だと思う」

 意外なほどの潔癖さであったが、美夏はその後にすぐ表情を緩めた。

「地球には帰る」

 それは敗北宣言であるが、どこか違った方向への決意を秘めた言葉だった。







 そして破滅の勇者は地球に帰還した。







 ――それでもまだ、アルスとジークの戦いは終わっていなかった。

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