78 連戦
自分に向かってくる三人の少女に対し、まずマリーシアが行ったのは術理魔法による鑑定である。
ただの鑑定ではない。高レベルの看破能力を秘めた鑑定だ。そしてその結果に、戦乙女は舌打ちしそうになる。
勇者、神竜の騎士、そして鑑定不能。
神か古竜、あるいはそれ以上。マリーシアがいくら通常の戦乙女よりはるかに高いレベルを誇っていても、それに対抗することなど出来ないだろう。
あるいは一対一なら、鑑定の通った二人には勝算がある。だがそれでも、二人の持つ祝福はマリーシアの想像を絶するものだった。
不死身。
心臓を貫かれても、脳を破壊されても甦る。マリーシアであれば不死身の祝福を無効化して相手を殺す手段もあるが、不死身が二人というのが問題だ。
片方を片付けようとすれば、もう片方が攻撃してくるだろう。この数の差は、マリーシアでは打破できない。
最初に伸びてきたマコの槍を撥ね退け、ラヴィの不恰好な戦棍の攻撃はかわし、セイの刀を受け流す。
黒髪の二人はともかく、白髪の少女は接近戦に慣れていないのが分かった。ステータスは高いだろうが、技の冴えがない。
マリーシアは背中から羽を出すと、空中に飛び上がった。接近戦より、遠距離からの攻撃が有効だと判断したのだ。
勇者の少女は、その手の槍を伸ばしてきた。単純で有効なギミックだが、それゆえ回避することも簡単だ。
それに対して神竜の騎士の少女は、飛翔の祝福でマリーシアに空中戦を挑む。
地上からの槍の攻撃はそれほど脅威ではない。空中で騎士と戦うなら、まだしも勝機はある。
マリーシアはそう考えたが、地上を横目で見た瞬間、それが誤りであると悟る。
ラヴィが真の姿を顕していた。
「白い竜だと!?」
マリーシアの知識にある限り、白い竜はこの世界に一柱しか存在しない。
天竜ラヴェルナ。天空回廊の迷宮に棲む、竜爪大陸の神竜だ。
竜爪大陸がほぼ悪しき神々の支配下になったのは知っていたが、ラヴェルナが行方不明になった後のことは知らなかった。
まさか大魔王や勇者、ハイエルフに大賢者と共に神竜がいるとは。
世界のオールスター大集合といったところではないか。
マリーシアは己の敗北が避けられないと悟った。
相手の戦力が大きすぎる。転移魔法で分散された時点で、敗北はほぼ決していたと言っていい。
だがまだ、希望はある。
ジークフェッド。
あのどうしようもない女好きの強姦魔は、あらゆる前提をひっくり返す異能を持っている。それこそ神竜でさえも避けるぐらいの。
そのジークフェッドでも、さすがにこの集団に一人では勝てないだろう。いや、むしろ勝てない戦いからは逃げ出す男だ。
ならば自分はどうするべきか。
時間稼ぎ。
その程度しかないと思い、アルテイシアに目を向けると、既にそちらでは戦闘は終わっていた。
気絶したアルテイシアを拘束するアルスの視線がこちらに向けられる。マリーシアは空中でセイの攻撃を避けて、ちょうどいい位置を探る。
出来るだけ敵の人数を巻き込むように。
『戦乙女の槍』
マリーシアの周囲に、無数の光り輝く投槍が出現する。
戦乙女にとって最大の攻撃魔法。マリーシアのそれは、一撃が地をえぐりクレーターを作るほどのものだ。
そんな槍の攻撃が、雨のように地上に降りかかった。
空中で戦乙女の槍を受けたセイは、全力で魔法障壁を作った。
わずか数撃でそれは破られ、ガトリング砲のように降り注ぐ槍の雨を、必死に刀で受け流し続ける。
地上のマコは、ラヴィが身を呈して守ってくれた。戦乙女の槍とは言っても、強化された神竜の鱗を貫くほどの破壊力はない。
「無茶をする」
アルスはアルテイシアを抱えたまま、数キロ先に転移していた。サージとクオルフォスも同じである。
戦乙女の魔力が尽き、槍の攻撃が終わると、再び転移する。クレーターの底に、力尽きたマリーシアががっくりとうずくまっていた。
「いたた……」
普通なら死んでいるような怪我のセイも、また地上に降りてきていた。マコは無傷だ。そしてラヴィは、わずかながら鱗に傷を負っていた。
「たいしたものだね。さすがは最強の戦乙女」
そう言いながらもアルスは拘束の魔法で、マリーシアを地面に縫い付けた。
マリーシアは呼吸も荒く、魔力も残っていない。拘束を逃れることは出来ないだろう。これで相手の戦力は二人減った。
セイの怪我も、見る見るうちに高速で再生していく。問題は体よりも防具だろう。リアの作ってくれた防具は自己復元能力まで備えているが、ほとんど半裸の状態から元に戻るには、かなりの時間が必要に違いない。
『高速復元』
だがそれもサージの魔法で元に戻る。ラヴィの傷も同じく癒される。
「さて、これで二人片付いたわけだが、連戦は大丈夫かな?」
主に大きなダメージを受けたセイに問いかけたのだが、セイは苦笑して言った。
「この程度の傷なら、師匠との修行で何度でも受けてますから」
むしろ死に掛けてから本番なのである。今回はマリーシアの魔力切れによる勝利なので、セイ自身の魔力はそれほど消耗していない。肉体の復元に必要な魔力もそれほどではない。
「よし、なら次に行こうか。幸いまだ、あちらは合流していないみたいだし」
アルスはサージに声をかける。サージは念のために、アルテイシアとマリーシアの周辺に結界を張っていた。
まず問題ないだろうが、野生の魔物に襲われる可能性もあるからだ。もっとも拘束された状態でも、この二人なら並の魔物など相手にもならないだろうが。
そして一行は転移した。
その目前で、高速で移動していた二人の戦士が静止する。
黒騎士カーズと、エルフのケセルコス。
「……他の仲間はどうした? あの火球の合図は、アルテイシアのものだ」
カーズが一歩前に出て、アルスと相対する。片手剣に大盾という、正しい戦士のスタイルだ。それも含めて装備の全部が黒いのは、初代勇者トールに憧れて真似たのだと、大昔に言っていた。
「無力化したよ。命に別状はないし、しばらくしたら目を覚ますと思うよ」
「無力化したのはアルテイシアだけか?」
「アルテイシアとマリーシアさ。回復役から削るのは基本だろ?」
「あんたの力からしたら、そんな瑣末なことは意味がないとも思えるけどな」
カーズはケスを守るような位置に立っている。かれの大盾はアダマンタイトの合金だ。鉄壁という異名さえ持つ彼に相応しい装備だ。さらにカーズは防御強化に特化した魔法を使える。
剣術レベルと盾術レベルを共に9で持つ彼は、普通なら屈指の強敵だ。セイとマコの二人がかりで、ようやく互角といったところか。並の勇者では手も足も出ないだろう。
しかし、相手が悪すぎる。
『多重加速』
サージの魔法がセイとマコにかけられて、左右から二人はカーズに襲い掛かった。
盾など不要。そうリアは言った。
彼女ほどの攻撃力を持っていると、盾だけでなく鎧でさえ、ドワーフの逸品でも役立たずになる。
だがそれは、あくまで限りなく高いレベルの話であり、セイのレベルでは防具の性能は非常に重要なものになる。
マコの槍を盾で簡単に受け流し、セイの刀を片手剣でやはり受け流す。
さすが剣術と盾術のレベルが9なだけはある。加速した状態でもまだ、二人では力不足のようだ。
ならば接近戦でなければどうか。
竜となったラヴィの口が開く。その中からあふれるのは白い光。
「竜かよ!?」
光のブレスが、漆黒の盾に直撃する寸前、カーズはその角度をわずかに変えた。
「すごい……」
思わずセイが呟くほどの、見事な盾の扱いである。自分とその背後のケスを完全に守っていた。
いくら幼いとはいえ、神竜のブレスを耐えた人間など、有史以来初めてではないだろうか。
そもそも神竜にブレスを吐かれることがないのだろうが。
「だがまあ、それが限界だな」
アルスは余裕をもってそれを見ていた。
カーズの背後、ケスは全力で精霊術を行使しようとしていた。
だが精霊は集まりかけては散っていく。クオルフォスの簡単な動作で、精霊は揺らいで消えてしまうのだ。
精霊術のレベル9。だがクオルフォスの精霊術のレベルは、おそらく10以上。
ケスの最も得意とする攻撃は完全に封じられていた。
前に出たケスは、カーズの横に並ぶ。
両手に小剣を持つ二刀流だ。剣術のレベルも高いのだが、セイならなんとか一対一で戦える程度だ。
「時間をかけたくない。セイ、ケスを止めろ。カーズを無力化しないと、ケスに攻撃が通らない」
つまり残りの五人で、カーズをフルボッコにするということか。
あんまり善玉の採る手段ではないだろうが、戦隊物では五人で怪人一人を相手にしていることだし、セイは素直に頷いてケスに向かう。
位置をわずかに移動しようとしたカーズは、思わずその場から飛び跳ねていた。
一瞬前に自分がいた位置に、アルスの剣が振り下ろされている。
「短距離転移か」
「その通り。まさか初見でかわされるとは思わなかった」
戦士としての戦闘勘は、カーズはジークの次に優れている。
危機感知の技能も高く、不意打ちでもかわしてのけるだろう。
だがアルスのこの攻撃は、カーズを狙ったものではなかった。
アルスが転移したことにより、カーズはラヴィとアルスに挟まれた形になった。
ラヴィのブレスが炸裂し、カーズはまた大盾でそれを防ぐ。そしてカーズが盾になってくれたことで、アルスにブレスは届かない。
アルスの剣とカーズの剣が交差する。両手と片手、単にこめられた力の違いで、カーズは押された。
ブレス攻撃が止むと同時に、カーズはまた盾を構えなおす。しかしそのわずかな隙が、アルスにとっては好機となる。
アルスの攻撃を、何度もカーズは防ぐ。防戦一方。そしてそこにマコが反対から槍を振るう。
さすがに前後からはさまれて、カーズは対処が間に合わなくなる。アルスの剣に右腕を切断され、マコの槍に右足を突き刺され、戦闘力を失う。
「よし、それじゃあケスを片付けるか」
それまでセイと互角に接近戦を繰り広げていたケスだが、そこに二人が加わってはたまらない。
二刀流とは言え、それは彼本来の戦闘スタイルではない。彼はあくまでも精霊術を使う後衛だ。
3000年の積み重ねで相当に接近戦も出来るようにはなったが、それでもアルスとマコが戦力として投下されれば、戦況は一変する。
必死になって双剣を振り回すが、それに集中しすぎて、クオルフォスの精霊術に対抗できなかった。
眠りの衝動に襲われ、彼はその場に倒れ伏した。
カーズの切断された腕をつなぎ、ある程度治癒させておく。
二人を束縛の魔法で動けなくすると、ふうとアルスは吐息をついた。
「久しぶりの実戦だと、やっぱり動きが鈍いな」
これで鈍いのか、とセイは呆れたが、それを口にすることはなかった。口にしたのは警鐘である。
「来ます!」
「早いな」
セイのマップに現れた光点は、すぐさま目の前にやって来た。
ジークフェッド。勢いを止めずに、アルスに襲い掛かる。
アルスの聖剣とジークの魔剣が、打ち合って衝撃波を生み出した。
先制の一撃を止められたジークは、すぐに大きく後退した。
「まったく、時間稼ぎぐらいはしてほしいもんだ」
ジークの視線はカーズとケスに向けられたが、すぐさまアルスに向き直る。
それから少しの時間が経って、美夏が追いついてきた。どうやらジークは一人で先行したようだ。それでも間に合わなかったが。
「随分と早かったね、ジークフェッド」
「疾風のジーク様を舐めるな」
どうやらまた勝手に一つ、異名を追加したらしい。
ジークは改めて、対峙する面々を眺める。
「可愛い女の子がいるじゃないか」
そのねっとりとした視線を向けられたのはセイで、どうしようもない嫌悪感が背筋を走った。
「神竜も美人なんだよな。なんで神竜は例外なく美人なんだ?」
竜形態のラヴィも、嫌そうに体をねじらせる。
「ジークフェッド、この形勢から、まだ逆転する目があると思うのかい?」
挑発的なアルスの言葉にも、ジークフェッドは動じない。
「俺は、俺の女に手を出すやつは許さない」
剣を肩にかついだ姿勢で、ジークは歯をむき出しにした。
「ジークフェッドは私が受け持つ。サージは援護を。他の四人で勇者を止めてくれ」
アルスの言葉に無理な要素はない。ジークとアルスのレベル差なら、技能を計算に入れてもアルスが勝つだろう。ましてサージの援護まであれば。
だがセイがすぐに頷けなかったのは、彼女の鑑定に映るジークの祝福のせいである。
絶対悪運。その祝福については既に聞いていたが、他にもまだ危険そうな祝福がある。
逆境打破。相手の力が自分より上であれば発動する、戦闘力増加の祝福だ。
100以上のレベル差はステータスの差にも表れるが、レベル差ほどの数値差が、二人の間にはない。
「その、こんなこと訊くのはなんですけど、大丈夫なんですか?」
「君の言いたいことは分かるよ。あの男は存在自体が理不尽だからね」
だが、と大魔王は言葉を継いだ。
「私はまだ、切り札を切っていない。そして無理やりでも君たちが勇者を帰還させれば、あの男の戦う理由はなくなる。あの男は色情狂だが戦闘狂ではないからね」
大魔王様、既に充分すぎるほどの強さを見せつけながら、まだ余裕があると言う。
さすがはリアが頼りにするほどの男である。
アルスが少し場所を移動すると、ジークもそれに乗って立ち位置を変える。
「美夏、なんとか粘ってろ。こっちが片付いたらすぐに行く」
ジークの声から、軽薄な色が消えた。
それを聞いたセイは、ククリがこの場にいたら絶対に興奮しているだろうと思った。出来ればどんな戦いだったか後で聞かせてやりたいが、おそらくそちらを見ている余裕はないだろう。
神殺しの英雄対神竜殺しの大魔王。
破滅の勇者対神竜の騎士、勇者、ハイエルフ、神竜。
なんとも豪華なキャストによる対決が、誰も観客のいないところで始まった。
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