77 各個撃破

 さて、戦力は揃ったから戦おう。

 そんな訳にはいかないのである。

 戦力で上回っているはずでも、何故か負ける。戦闘とはそういうものだ。

 特に、個人の戦闘力では上回っていても、集団戦となると話が違うのだ。



 ジークのパーティー黄金戦士団は、3000年間同じメンバーで戦い続けてきた。

 鉄壁の防御力を誇る黒騎士カーズが前衛を務め、ジークとアルテイシアがダメージソースとなる。

 マリーシアは遠近両方の戦闘が可能で、エルフの戦士ケスも、どちらかというと後衛だが、接近戦の能力も高い。

 この集団に、破滅の勇者美夏が加わっている。彼女は剣を媒介にして破滅の力を使うので前衛向きだが、後衛から攻撃魔法を使うことも出来る。

 全ての人員がある程度の万能さを誇っているが、やはり得意な分野はあるということだ。



 そんな集団を相手に作戦を立てる訳だが、アルスの方針はまず一つ、各個撃破であった。

「そんなに上手く戦場を誘導できますかね?」

 セイのもっともな疑問に、アルスは隣の少年の肩を叩いた。

「そのために彼がいる」

 大賢者サジタリウス。時空魔法の第一人者。

 神や神竜を除けば、彼よりも優れた時空魔法使いはいない。大魔王様より上らしい。

 実は最近、異世界転移が出来ないかを研究しているのだが、時空魔法のレベルが10でも成功はしていない。

 ……まあ成功しても、異世界転移は神竜に目をつけられるので、実際には使えないわけだが。



「まず転移の魔法を使って、相手をそれぞれ離れた場所に跳ばす」

 黄金戦士団は優れた戦闘集団だが、さすがに全ての分野を網羅しているわけではない。

 治癒や回復の魔法に関しては、戦乙女マリーシアや、神の血脈を持つアルテイシアが優れている。しかしカーズとケスはほとんど使えない。ジークが実はそこそこ使えるのは意外である。

 精霊術はエルフのケスが使えるが、それに対抗できるクオルフォスがこちらにはいる。

 戦士としての接近戦の技量なら、ジーク以外はセイとマコで対処できる。

 最大戦力のジークは、アルスが止めてくれるという。



 そしてセイたちにとって完全に有利な点が、一つある。黄金戦士団は、転移ほどの時空魔法を使える者がいないのだ。

 もちろん転移の魔法を阻害することは、低レベルの同じ時空魔法で可能である。しかしこちらにはラヴィがいて、ラヴィ以上の時空魔法の使い手が三人もいる。

 転移を阻害しようとしても、レベル差の力ずくで、無理やり転移させることは可能である。



 もし六人を別々に転移させることが出来ず、数人ずつに分かれてしまっても、かなりの戦力低下につながることは間違いない。

 こちらはサージの転移を使って残りの五人が一緒に移動し、分かれた敵を無力化していく。

「もし転移の魔法を使っても、全く分裂させることが出来なかったらどうしましょう」

 セイはまずないであろう最悪の状況を質問してみたが、アルスは意外と真剣に眉をひそめた。

「あのアホのことだからね……。確かにその可能性はある。何しろあいつは、絶対悪運の持ち主だから……」

 アルスは溜め息をついたが、それでも顔を上げると笑みを浮かべた。

「だけどまあ、心配ない。いざとなれば切り札はあるんだ。いくらあのアホのパーティーでも、黒猫の人達よりは弱いだろうし」

 黒猫。またセイの知らない単語が出てきた。宅急便とは関係ないだろう。



 その疑問の表情に気づき、アルスは説明をしてくれる。黒猫とは、3000年前にあった輸送会社で、同時に竜骨大陸に大規模な情報網を張り巡らしていた巨大組織だったそうだ。

 黒猫の目的は、千年紀による人間の犠牲を少なくすること。千年紀とは現在のガーハルトからあふれる魔族の侵攻のことであったそうな。

 ジークのパーティーは確かに強力だが、黒猫と比べると明らかに見劣りするという。なにしろ当時の黒猫の幹部は、一人を除いて全員が長距離転移の時空魔法を使えたのだから。

「そんな無茶苦茶な集団があったんですか……」

「フェルナはその幹部の最後の生き残りだよ。そしてフェルナを除く五人を相手にして、私は撃退に成功した。だからまあ、アレの封印も解いたことだし、あのアホ相手でも想定外のことは起こらないはずだよ」

 そこで断言できないのが、ジークという人間の厄介さなのだが。

 それにしてもアレとはなんだろう。セイは疑問に思ったが、全てをこの大魔王様が話してくれるわけもないだろう。



 アルスとクオルフォスを中心に、作戦は決められていった。

 軽く模擬戦をして連携を確認すると、ジークのパーティーたちは丁度いいぐらいに都市から離れた場所に移動している。

 周囲も荒野が広がっていて、被害を与える危険は少ないだろう。

「さて、まずはサージ、君の出番だ」

「戦闘には参加しないですからね。おいらは不死身じゃないんだから、殺されたら死ぬんですから」

 文句を言うサージだが、役割は果たすつもりである。

 遠くからでも戦闘を見たがったククリを縄で縛って、六人は転移の体勢に入る。

「それじゃあ、行こうか」

 アルスの言葉と共に、六人の周囲の風景は一変した。







 最初に気付いたのはジークだった。

 彼の持つ危機感知能力は、他を圧倒している。馬車の中でのんびりと寝転んでいたのが、すぐさま半立ちになって司令を飛ばした。

「敵接近! 戦闘準備!」

 歴戦の戦士たちは、すぐさま武器を構える。

 これは予測していたことだ。美夏から話を聞いていたジークは、襲われるなら都市から少し離れた場所であろうと考えていたのだ。

 馬車から飛び出した一行は、すぐに陣形を取る。カーズが先頭に立ち、ジークが右に、アルテイシアと美夏が左に。

 マリーシアは中央、ケスは後方から精霊術の準備に入る。



 空中から降りてきた六人。その内の二人を見て、さすがに黄金戦士団も顔色を変える。

「久しぶりだね、ジークフェッド。こんな再会はしたくなかったけど」

 アルスの言葉にジークは首を傾げ、しばらくの黙考の後に言った。

「……誰だ、お前?」



 沈黙の帳が落ちた。

 その中で最初に顔を手で覆ったのはアルスだった。

「そういえば君は男の顔は覚えない人間だったね……」

「馬鹿親父、あの人はアルス・ガーハルトです」

 呆れた声でアルテイシアが説明するが、それでもジークは首を傾げていた。

「知らん。ガーハルトってことは、ガーハルトの皇族か?」

 ジークの仲間たちは美夏を除き、全員が溜め息をついた。



「3000年前に何度か戦ったし、一緒に協力して戦ったこともあっただろう? 4000年前の勇者で、後に魔王になった男だぞ」

 カーズの説明で、ようやくジークは思い出したようだった。

「……人の女を横から掻っ攫っていったやつだ!」

「嘘をつくな! お前の被害に遭いそうな女性を助けただけだろうが!」

 味方であるはずのマリーシアからツッコミが入るが、ジークの認識ではそうなっているのだ。



「それにクオルフォス様まで一緒ということは、勇者である彼女に用があるのですか?」

 ジークに任せておいたら話が進まないと思ったか、カーズがそう尋ねる。

「世界の危機とあれば、手を出さざるをえないだろう? それに私自身も、そちらの男にはいささかならず恨みがある」

「シルフィの件ですか……」

 3000年前に、幼いハイエルフを森から連れ去ったこと。

 直接的な原因はジークにはないが、彼がいなければそのような事態にはならなかった。

「過ぎたことは仕方ないが、今回はまだ取り返しがつく。そちらの勇者には、素直に元の世界へ戻ってもらいたいものだ」



 黄金戦士団の面子は、顔を見合わせる。

 それは戦意にあふれたものではなく、困惑に満ちたものだった。

 そしてその視線はジークに向けられる。大魔王とハイエルフの二人を相手に戦うのは、いくらなんでも分が悪い。

 だが美夏があざとくジークの腕に体を寄せると、彼は不敵な笑みを浮かべた。

「誰であろうが、俺の女に手を出すやつは許さん」

 黄金戦士団は再び溜め息をついたが、次の瞬間には戦闘に向けて意識を変えていた。

 なんだかんだ言って、ジークという歩く迷惑を放っておけないのだろう。







「サージ!」

「あいあいさー」

 黄金戦士団の戦意を感じ取り、アルスは指示を出す。

 サージの魔法は一瞬で展開し、黄金戦士団とその馬車を結界が覆う。

 アルテイシアが魔法破壊でそれを解除する前に、転移の魔法は発動した。

 次の瞬間には、ジークたちの姿はその場から消えていた。



「どうなった?」

 アルスの問いに、サージが答える。

「二人ずつ三箇所。ジークと勇者、カーズとセス、アルとマリーに分かれたね」

 悪くはない結果だ。さて、どの順番で戦うか。

「それぞれの距離は200キロも離れてないから、考えてるとすぐ合流されちゃうよ」

 サージはあくまで援護に徹する。彼は不死身でもなければ、練達の戦士でもない。もちろん並の戦士など相手にならない実力を持つが、黄金戦士団のメンバーを相手にするのはいささか危険なのだ。

 いざとなれば戦う覚悟はあるが、彼の魔法の特性からして、手加減は上手く出来ない。援護に徹するなら強力なのだが。

「そうだな。まずは、回復役を潰していこう」

 アルスの提案に、一同は無言で頷いた。



 200キロという距離は、どのようなものか。

 時速200キロなら一時間、600キロなら20分で移動できる距離である。

 そして600キロという速度は、この世界の優れた魔法使いなら、出せない速度ではない。高速移動の技能を持つ魔法戦士ならなおさらだ。

 よって対戦相手に頭を悩ませるよりは、まず動いた方がいい。冷静に考えれば鉄壁の防御を誇るカーズを先に倒すなり、頭であるジークを叩くなり、どれにもそれらしい理由はある。

 だがアルスは回復役を叩くと決めた。その意見が正しいかどうかはともかく、まず行動に移るのが大切なのだ。

 戦場においては考えた末に正しい解答にたどり着くより、直感的に行動したほうが良い結果を生む場合が多い。



 サージの転移で移動した先には、アルテイシアとマリーシアの二人がいた。

 正確にはマリーシアは人種ではないのだが、ジークの手によって汚された戦乙女は、人間と変わらない生物である。

 転移してきた六人に対して、アルテイシアとマリーシアは背中合わせに武器を構えた。

 アルテイシアは長剣、マリーシアは槍である。どちらも強力な魔法の武器で、それ以外の武装も強力な物だ。



「セイとマコとラヴィはマリーシアを。アルテイシアは私が相手する。クオルフォスは適宜援護を」

 アルスの言葉にわずかに逡巡したが、三人は頷いた。

 マリーシアのレベルは、一人ずつならともかく、同時に三人を相手にするには無理がある。そしてアルテイシア一人に絞れば、アルスの実力なら確実に勝てる。

 つまり、確実に無力化させる計算が立つ。



 問題は無力化させるまでにかかる時間である。

 余裕があれば、二人ずつ無力化出来る。だが実際は相手はほぼ正三角形の位置に転移したので、一つの戦場に他の二つの組が向かえば、途中で合流することになるだろう。

 出来るだけ早く、しかし無理をせずに無力化する。それを犠牲を出さずに達成する。

 単に殲滅するよりもずっと、その条件は厳しいものだ。

 最悪、ジークは殺してもいいとアルスは思っているのだが。







 自分たちが分断され、各個撃破の対象になったのは、マリーシアもアルテイシアもすぐに気がついていた。

 そして相手は大魔王アルスに、ハイエルフのクオルフォス。この二人を相手にしただけでも、勝算はゼロである。

 加えて時空魔法で自分たちを転移させた少年がいて、こちらに向かってくる少女たちもそれなりの腕はありそうだ。

 非常に遺憾ではあるが、あの馬鹿親父に頼らなければいけないと、アルテイシアは一瞬で判断した。



 無詠唱による魔法。巨大な火球を、目前の敵ではなく、直上に放つ。

 それはある程度の高さまで到達すると、弾けて混ざった。

 擬似太陽。これでこちらの位置は相当遠方からでも分かっただろう。

 アルテイシアもマリーシアも、探知系の魔法に習熟しているが、今はそれを使って仲間の位置を探る暇はない。

 この合図に気がついて、他の仲間が来るまで耐える。時空魔法の転移が使える相手に、それ以外の方法はない。

(それにしても、サージ?)

 こちらが抵抗する暇もなく、強制的に転移魔法を使った少年に、アルテイシアは見覚えはない。

 だがその名前は、ある魔法使いを連想させる。

 大賢者サジタリウス。放浪の賢者とも呼ばれる、時空魔法の使い手だ。その姿は少年のものであり、各地の様々な厄介ごとに首を突っ込む性質だとか。

 おそらく本人だろう。大魔王が連れて来るぐらいなのだから。



 アルテイシアがそんなことを考えている間にも、足元をえぐるほどの踏み込みで、目の前にアルスが迫っていた。

 彼は聖剣一本を構えただけで、鎧は装着していない。革鎧どころか、ただの服だ。だが。

『着装!』

 その姿が一瞬ぼやけて、次の瞬間には光り輝く鎧をまとっていた。

 ミスリルを基調に、オリハルコンで急所を強化した鎧。伝説級の防具だが、アルスが身に付けるならそれぐらいのものではないと不足だろう。

(なるべく時間を!)

 そう考えたアルテイシアだが、それはあまりにも楽観的な考えだと、すぐに気付かされた。



 アルスの長剣が聖剣であるのに対し、アルテイシアの佩剣もまた聖剣である。だが、同じ聖剣でもレベルが違う。具体的には素材が違う。アルスの剣はオリハルコンで、アルテイシアの剣はミスリルだ。

 しかしそんなことを超越して、根本的に剣の技巧が違う。3000年間それなりの修行をしてきたアルテイシアだが、さすがに千年紀と大崩壊を乗り切った大魔王の相手ではない。

 装備に加え、身体強化の魔法も全て、アルスの方がはるかに上だ。

 一合打ち合い、実力の差を知った。

 二合打ち合い、敗北を確信した。

 三合打ち合ったところで、アルテイシアの手から聖剣は離れていた。



 己の剣が空中を回転するのを、アルテイシアは目で追っていた。それは致命的な隙だった。

 懐に潜り込んだアルスの手が、アルテイシアの腹部に触れる。

 回転するような衝撃が鎧を通り抜けて肉体に達し、アルテイシアはその場で悶絶した。

(つ、強すぎる……)

 一応父であるジークと、アルテイシアは事あるごとに剣を合わせている。

 ジークの強さは圧倒的だが、アルスはそれすらも凌駕しているような気がする。

 これは勝てない。

 そう思ったアルテイシアの首にアルスはそっと触れ、意識を刈り取った。

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