76 援軍

「参ったな……」

 セイの呟きに、マコが振り返る。

「何が?」

 マコには分からないが、マップでジークたちのパーティーを把握しているセイには分かる。

 他のメンバーが街の中に分散しているのに対して、ジークと美夏はきわめて近距離にいる。

 マップを縮小し、範囲を絞っても、きわめて近距離である。

「昼間っから盛ってる……」

 セイの言葉に事態を理解したマコは、頬を赤らめた。



 街の中でも一番の高級宿に、ジークたちのパーティーは宿を取っている。ちなみにセイたちはさらに上、街の太守の別館を使わせてもらっているのだ。リーゼロッテの紹介状様様である。

 美夏の周囲から人が減るのを確認してから宿を訪れたのだが、行為の真っ最中だったらしい。

「ええ~、ナツナツってそんな感じじゃなかったはずだけど……」

 美少女ではあったが、超然としたところもあり浮いた噂はなかったそうだ。

 しかしここは異世界。女性の体が武器になることもあるだろうし、そもそも結婚年齢が早いので、世界の常識に感化されれば、そういうこともあるのだろう。本人の気分が変わったのか、それともジークたちを確実に取り込むためか。



 セイはジークに対しては、まあ男の性だよなと思いつつ、改めてステータスを確認した。

 剣術のレベル10に加え、様々な接近戦に向いた技能。危機感知なども持っているため、奇襲も難しいだろう。

 敵対することを前提とするなら、行為中の現在は隙が多いのだろうが、正直不意を突いても勝てる気がしない。

 そして美夏のレベルや技能も、冗談のように高い。

 さすがに剣術ではセイが上だが、耐性系の技能を多く取得しているし、術理魔法も高いレベルで習得している。あと、火魔法のレベルが高い。

 これと戦うのは、出来れば避けたい。今までの勇者とは、言葉通りレベルが違うのだ。

「しばらく待つか……」

 行為が終わるまでには、小一時間ほどもかかった。







 宿を出て行くジークを、初めてセイは肉眼で確認した。

 背が高く、体もがっちりとした、いかにも歴戦の戦士といった風体だ。顔もまずまずイケメンである。

 こちらに気付かれないように、姿だけを確認して建物の角に隠れる。武装は腰に剣を一本だけ。鎧は装備していないが、服や靴も魔法の装備だ。技能も考えれば、鎧なしでもまだセイたちが戦うのは厳しいだろう。

 思えば、今まで戦った敵は、勇者も含めて技能の数は少なく、レベルもそれほど高くなかった。悪しき神々との戦いでは、クオルフォスやリアの助けがあった。

 だがジークたちの一団は、様々な経験を積み、多くの魔法の武器や道具で武装している。リアの作ってくれた装備も遜色はないが、経験による技能の差が大きい。

 対抗できるのは神竜の加護を受けたセイと、暴食で様々な技能や祝福を得たマコ、そしてラヴィというのはいつもと変わらないが、他のメンバーに戦力として期待するのは酷だろう。

 率直に言ってしまえば、足手まといである。レベルが100を超えているライラやガンツが足手まといというのは、かなり凄まじい状況だ。さすがに3000年も生きている戦闘集団だけある。



 ジークたちが離れている間に、セイとマコは美夏への接触を図った。

 宿の一階はフロントになっていて、レストランやバーも隣接している。宿と言うよりはホテルである。

 おおよそ行為が終わった後、身だしなみも整ったであろう頃を見計らって、セイたちは従業員に美夏への伝言を頼んだ。

 それほどの間もなく、階上から少女が一人降りてくる。どこか気だるげな表情で。

 ……まあ、行為の後だからであろう。



 夏木美夏は、マコの言うとおりの美少女であった。

 帯剣しているが、それ以外は普通の男物の服を着ている。

 異性よりも同性にモテるような、そんな印象をセイは感じた。

 ジークはそういうタイプもいける口らしい。



 マコの名前で呼び出していたので、当然マコはいるわけだが、その顔を見ても美夏は表情も変えなかった。

「あなたは死んでると思ってた」

 第一声がそんなものであった。実際リアに拾われなければ餓死していたので、マコも苦笑するしかない。



 場所をラウンジのようなところに移して、三人は対話することになった。

「それでそちらの人は何?」

 美夏の当然の疑問に、セイは答える。今までに何度も繰り返してきたことだ。

 だがこの少女は明らかに、こちらを警戒している。術理魔法のレベルを考えれば、おそらく鑑定系の魔法が高いレベルで使えるだろう。セイのレベルは101で偽装しているが、これでも充分に高いのだ。大国の騎士団でも、レベル100を超えるような人間はほとんどいない。

 自分は200を超えているのに、半分のレベルのこちらを警戒する。用心深いと言っていいのだろう。



「信じられない」

 セイの話を聞いた後、表情一つ変えず、美夏はそう言った。

「そもそも神様が私たちをわざわざ地球に戻す意味がない。殺してしまえばそれで済むのに」

「まあ、帰還させられないのなら殺せって言われたけどね」

 そう言われても美夏はぴくりとも表情を動かさない。自分の実力に自身があるのと、そもそも胆力があるのだろう。

「実際のところ、私たちがこの世界にいることで、本当に世界の衝突の危機があるの?」

「それなんだよな……」



 何度か勇者たちから同じ質問を受けたので、セイはリアに確認したのだ。

 実のところ、即座に大崩壊にいたるような、世界の衝突は起きないらしい。

 それこそ勇者が何人も、何十年もかけて召喚され続けない限りは。

 だが一つ例外を認めると、時空を司る神々は調子に乗って、色々な国々に勇者召喚の魔法を伝えるだろう。

 そして勇者は腐っても勇者。軍事力として大きなものだ。戦争の前線に立つのもそうだが、テロリストとしてこれほど強力な存在はない。

 よって神竜は勇者を、可能な限り送還するし、召喚した国は滅ぼして術式を消去している。

 セイはそこまで詳しいことを、嘘偽りなく美夏に伝えた。



「だからどうしてもこっちに残るって言うなら、神竜はともかくとして、まず大魔王様が飛んでくる」

「大魔王……魔王よりも上の存在なの?」

 そのあたりは美夏も知らなかったようだ。

 竜骨大陸に大魔王がいて、竜牙大陸、竜翼大陸に魔王がいる。竜爪大陸の魔王は、悪しき神々にやられてしまっているらしい。

「その大魔王はレベルはどれぐらいなの?」

「ぎりぎり400いってなかった。まあ、切り札を考えると、500相当の実力だと思っても間違いないと思うよ」

 さすがにその情報には、美夏も表情を変えた。

 200でも普通の人間の限界ははるかに超えている。それが500ともなれば、神々とも渡り合える強さである。

「……そう。でも私には、こちらの世界でやることが出来たの」

 美夏は再び能面のような顔に戻ると、セイとマコに宣言した。

「私は、私の国を作る」

 お前はどこの鷹の団の団長だ、とセイは心の中で突っ込んだ。







 自分の目的のためなら、地球の同胞でも容赦はしない。そんな意味合いのことを美夏は言った。

 正直、ここでセイとマコが二人がかりで戦えば、彼女を制圧することは出来るかもしれない。

 だが街中に散っているジークたちが集まってくれば、形勢は逆転する。

 何よりもこんな人の多い場所でレベル200オーバーの戦士が戦えば、周囲にどれだけの被害を与えるだろうか。

 セイとマコは武器だけで戦うが、美夏は躊躇せず魔法も使ってくるだろう。

 高レベルの火魔法を使われれば、どれだけの損害が出るか考えたくもない。



 話をしている間に、黄金戦士団のメンバーが宿に戻ってくるのが分かった。

 ここで戦闘になることはないだろうが、他のメンバーが集まるのは、交渉の上でこちらが不利になるかもしれない。

 いや、むしろ勇者の帰還の話をすれば、美夏を説得する側に回ってくれるだろうか。

 世界の危機である。崩壊するのは地球であっても、むしろセイたちの味方になってくれるかもしれない。



(そう思ったときが俺にもありました)



 マリーシアとアルテイシアが、最初に宿に戻ってきた。

「私はジークの意見に逆らえません」

 マリーシアは断言した。彼女は本来、神が封印された迷宮の門番であった、戦乙女である。

 天使という概念が存在しないネアースでは、彼女はそれに近い。神の眷属であるからして。

 そして彼女はジークに倒された時にちょめちょめされ……奴隷化の魔法で縛られているのだ。

 現在でも奴隷化の魔法はあるのだが、魔物を眷属化する以外、人種に行使されることは公では禁止されている。

 戦乙女は人種ではない。



 アルテイシアはまだしも話を分かってくれた。

 だがやはり、ジークを説得するのは無理だという。そしてあの男が本気になれば、自分では対抗出来ないと。

 せめて中立でいてくれればありがたいのだが、さすがに同じパーティーの仲間を見捨てるわけにはいかない。

 男性陣の二人がジークの説得に回ってくれれば、それを援護することは約束してくれた。







 カーズとケスが戻ってきたのは、もうしばらくしてからである。

 そして話を聞いた二人は、揃って首を振った。

 ジークが自分の女を手放すことはありえないと。

 それでもあえて二人がジークに対抗しようとすれば、少なくともこの街は壊滅するだろう。

 ジークフェッドは自由人である。

 男性陣二人は、気の毒そうな顔をしながらも、美夏の送還は諦めるように言ったのだった。



 ジークが宿に戻ってくる前に、セイとマコはその場を辞去した。

 四人の男女に強烈に勧められたからである。

 ジークの女好きはハンパではない。自分に近づく女性は、全て自分の物と思っている男だ。

 セイとマコの容姿は彼の嗜好に充分当てはまり、いきなり襲われることはないにしても、不快な思いはするであろうということだった。



「というわけで、戦力が足りません」

「分かった。こちらから三人ほど送る」

 太守の別館に戻りリアに連絡をしたら、打てば響くように答えが返ってきた。

「三人ですか……。正直、ちょっとやそっとの腕じゃ、足手まといになるだけですよ」

「心配するな。むしろお前たちが足手まといにならないように気をつけろ」

「……ひょっとして、竜でも送ってくれるんですか?」

 成竜ならともかく、古竜ならばジークたちとも互角以上に戦える。

 だがセイのそんな考えは、リアによって否定された。

「竜は全部基本女だからな。ジークの近くには近寄らせたくない」

 どれだけ嫌われているのか、ジークフェッド。



 必要な連絡を終えたセイは、仲間たちと話し合う。

 とりあえず、今出来ることはジークたちの戦力を分析し、その対抗策を考えることだろう。

 もっともそれも援軍の戦力を計算に入れなければいけないから、たいしたことが出来るわけではない。

 戦闘に参加するのは、セイ、マコ、ラヴィの三人である。

 ガンツやライラは不服顔だが、さすがにレベル差がありすぎる。

 ブンゴルは血気盛んなハイオークだが、姉弟子であるセイの言葉には服従する。

 ククリは元々戦闘要員ではないが、相手が相手なので心配そうな顔をしていた。







 ジークたちは都市に一週間ほど滞在した。

 そして向かうのは東南。凶神の勢力下である。

 目的は分からないが、一応人種の味方ではある。

 美夏が言っていたことから考えると、凶神を倒して国づくりでもするつもりだろうか。

 出来るかどうかは別として、ジークという人間の性格を考えると、そういったものには向いていない気もするが。



 そしてジークたちが都市を出た日。

 待望の援軍が、転移魔法でやって来た。

「……大魔王様、いいんですか?」

 思わずそう言ったセイに、アルスは微笑を浮かべて言った。

「あいつに嫌がらせをするためなら、ちょっとぐらいの無理はするさ」

 どこか怖い笑顔である。



 そして彼が連れて来たのは……。

「大長、こんなところに来ていいんですか?」

 ライラが呆れた声を洩らした先で、クオルフォスが笑った。

「あの男には、個人的に恨みもあるのでな」

 なんでも3000年前、大森林のエルフの里で、婦女暴行をしでかしたらしい。

 その時は色々と他の問題があったので、取引をして追放処分に済まされたのだが、大長であるクオルフォスとしては、やはり思うところがあったらしい。



 そして最後の一人は、セイと同い年ぐらいの少年だった。

 長い杖を持っているその姿は、魔法使いのものである。

「それで、彼は?」

 大魔王、ハイエルフときて、一人普通の魔法使いに見える者。

「彼は大賢者サジタリウス。かつてレイアナと共に旅をした、世界最強の時空魔法使いだよ」

 少し困ったような顔で、少年は自己紹介をした。

「初めまして。おいらは大賢者サジタリウス。長いからサージと呼んでくれればいいよ」



 ククリがまた騒いでいる。どうやらやはり伝説級の人物らしい。

 そういえばリアとカーラの会話にも、何度かサージという名前は出ていたような気がする。

「さて、ではこの6人でジークフェッドたちに対処するか」

 自然とアルスがまとめ役になり、そう言った。

 ほとんど反射的に万能鑑定を使っていたセイは、大賢者の隠蔽されてないステータスに絶句する。

 この三人に加えて、セイ、マコ、ラヴィの三人。

 どうやら今度は戦力過剰のようである。



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