第二部 神竜の騎士 竜翼大陸

73 竜翼大陸を行く

 竜翼大陸西端の港町から、まともに陸を移動する手段はない。

 街道もないし、線路もない。移動手段は徒歩か馬、壊れることを前提とするなら、馬車も使える。

 海が氷結していない時期なら船である。船で南へ移動しても良かったのだが、あいにく快速で南へ渡る船の予定はなかった。

 そこで急遽セイとラヴィが作製したのは、橇である。

 馬に引かせて、馬車を上に乗せる。馬の消耗が激しいかもしれないが、それは休憩を多く取って解消するしかない。



 そして西端の港町が地平線に消えると、雪原による地平線が視界の全てを支配した。

「うあ~、なんか感動するなあ」

 マコやククリははしゃいでいるが、セイは正直気が重かった。

 マップによると、この先20キロの範囲内には人種がいない。

 精密地図を信じるなら、200キロほど東よりに南下して、どうにか次の街に到着するらしい。

 それまでに雪女や雪男の集落があるかもしれないが、少なくともまだマップには入ってこない。

 聞き伝えによると彼や彼女らの集落はもっと内陸なので、本当にいないのだろう。



 ここは死の大地だ。

 美しく見えるが、生命が感じられない。

 時折氷の精霊が舞っているが、それはやはり美しくても、生命の鼓動を感じさせない。

 長くいれば気が狂うかもしれない。試される大地であった。



 途中で一泊野営をした。本来の馬車の速度なら一日で過ぎるところを、速度を慎重に落として進んだからだ。

 マコは無邪気にかまくらを作ろうとしていたが、遮蔽物のないこの場所は、想像以上に寒い。

 セイやラヴィはともかく、毛皮のあるブンゴルでさえ震えている。

 どちらかというと暑いところが得意なドワーフのガンツは、馬車から出てこようともしない。

 一応防寒装備ではあるのだが、これまでに経験したことのない寒さに、馬も辛そうだ。



 とりあえずセイは土壁の魔法を応用した雪壁の魔法で、周囲を囲んだ。

 耐熱性の台を置くと、その上で焚き火を始める。

「それにしても、竜骨大陸とは違うよな」

 竜骨大陸は北極に近い部分でも、樹木が見られた。もちろんそれなりには寒かったが、この大陸ほどではない。

「このあたりには氷の女神が封印されているらしいし、それの影響じゃないのかな」

 出ました。ククリの伝承知識。

 もっともそれは各地に封印された神々の名前ぐらいで、それほど詳しくもないのだが。

 女神の迷宮は、西端の街から真っ直ぐ東方に向かった山の中にあるらしい。

 星の神殿を目指すにしろ、勇者の元に向かうにしろ、そちらの方角ではない。



 雪原をひたすら進み、次の日にはどうにか街に着くことが出来た。

 あれだけ視界の開けたところなら、ラヴィの転移を使えば良かったのだと気がついたのは、宿を取ってからだった。







 街道を行く。

 若さゆえの過ちを反省し、時折転移を使いながら、街道を進む。

 右手には海が見える。そして左手には山脈だ。

 もう少し先に行けば、山脈を越えて、大陸の中心部を目指すことになる。

 そう、大陸のほぼ中心に、星の神殿はあるのだ。



 やがてようやく列車の駅がある街に到着したのだが、この列車の運行状況は、随分と大雑把なものだった。

 竜翼大陸の南端、悪しき神々との最前線への物資輸送に、全ての交通手段が優先的に使われているからだ。

 ちなみに竜翼大陸の中心から南東に向かったところに一柱、強大な悪しき神がいる。

 凶神と呼ばれる神だ。

 人種の理性を破壊し、獣心へと導く。その性質のため、魔族ではなかなか対処できない存在なのだ。

「姉弟子、戦うのか?」

「死にたいなら戦いなさい。俺の目的は神竜と会うことと、勇者を帰還させることだからな」



 凶神に対しては、竜が動くと聞いている。

 リアと同格かそれ以上の力を持つ神竜が参戦すれば、神であろうと封印されざるをえないだろう。

 残念な顔をするブンゴルだが、セイの目的はブレない。

 ちなみにガンツも少し残念そうな顔をしていた。

 さすがに上位の神と戦うのは、無茶なことだと思うのだが。

 正確には、犠牲なしで戦うのが無理というわけで、しかも一番死にそうなのがブンゴルなのである。







 列車が行く。

 時折駅に止まっては、長い待ち時間がある。

 いつ再開するかは不明である。途中で悪しき神々の眷属に、線路が破壊されていれば、数日待つこともあるのだと、一緒の列車に乗ったおっちゃんが教えてくれた。

「ダイヤは守れよ……」

 日本の電車に慣れたセイやマコには、この待ち時間が耐えられない。

 再開するのが何時かも分からないので、街に出ることも出来ないし、列車の中で戦闘訓練を行うわけにもいかない。

 カードゲームで暇つぶしをするのは、あまりにも時間の無駄であろう。

 何より先に進んでいないというのが精神的に辛い。

 半日待ったところで、セイたちは方針を改めた。

「街道を行こうか……」

「そうだね……」

 全員の賛成を得て、一行は馬車の旅へと戻った。



 そして馬車が街道を行く。

 街道も軍の通行が優先なのだが、さすがに一日止められることはないし、荒地や草原が多く地平線まで見渡せるおかげで、ラヴィの転移が使いやすい。

 山脈を越えるのはさすがに転移では無理で、馬車が通る道も狭かった。

 それでもこのルートはそもそも交通量が少なく、軍も輸送には使っていないようだった。

 そして山脈を越えると、その麓からは森が広がっていた。



 竜骨大陸や竜牙大陸と違い、竜翼大陸と竜爪大陸は、あまり人種の手が入っていない。

 鉄道網も大陸を網羅しておらず、3000年前からしても、自然が多く残っているのだ。

 地球では北アメリカにあたるこの大陸が一番発展していないというのは、何か不思議な感覚である。

 グランドキャニオンもなければ、自然保護区もない。

 地形にはやや面影があるので、大陸のプレートはさすがに似ているのだろう。







 竜骨大陸の優れた交通事情に慣れてしまった一行は、かなりのストレスを感じながら旅を続けた。

 森の中の街道ではこっそりとライラの『森林歩行』も使うが、そもそも道が直線のため、それほどの短縮にはならない。

 時折魔物や、小集団で行動している悪しき神々の眷属と接触したが、まさに鎧袖一触の物理力で排除していく。

 途中では都市と呼べる規模の街もあったが、やはり列車での移動は軍が優先して使っているとのことだった。

「時間があったら、観光していきたいよね~」

 マコの呟きにククリが何度も頷いているが、旅の目的を履き違えてはいけない。

 街にはせいぜい一泊するだけ。消耗品が不足したらそれを購入するぐらいである。



 街道を進んでいくと、同じような馬車とすれ違うのだが、武装した護衛の数が多い。

 悪しき神々の影響で、移動の危険度も上がっているのだろう。馬車自体も頑丈そうな、金属で補強されたものである。

 そして戦車の姿も見かけた。

 地球にあったのと、ほぼ同じ戦車である。さすがに細部は違っているのだろうが、知識のないセイにはただ戦車としか見えない。

「あ~、あれって一台作るのに金貨300枚いるらしいねえ」

 ククリは呑気に豆知識を披露する。戦車の進路先は、凶神の根拠地のある南東だ。

 正直NKHのニュースで見た限り、神々自体には全く通用しそうにないが。

 おそらく核兵器でも使わない限り、軍の力では神は倒せないだろう。

 上位の神には核兵器も通用しないと、リアは言っていたが。



 数々の検問を抜け、ゆったりとした馬車の旅は続く。

 野宿の機会も多く、久しぶりにセイは風呂魔法を使ったりもした。

 そして竜翼大陸に上陸して、一ヶ月余りの後。

 ようやく一行は星の神殿へとたどり着いた。







 星の神殿は、スターライトというそのまんまのネーミングの都市の中央にある、小高い上の丘に建てられていた。

 入市税など払って城壁の中に入ると、その神殿の姿が見えた。

 ピラミッドである。

 なんでやねん、とセイとマコは心の中で呟いた。



 町並みは、ごく普通というか、現代地球の先進国と似たようなものである。

 つまりネアース世界の先進国と比べると、やや田舎臭い。

 それでも高層ビルはあり、道路は車両が通れるように広く作られている。

 街中の移動手段は、やはりバスやタクシー、そして路面電車である。

 馬と馬車は街の入り口に預ける場所があるのだが、セイたちの場合は必要ない。

 バスでも路面電車でも神殿までは行けるらしいが、せっかくなので路面電車に乗ってみた。



「次は神殿前~、神殿前~。ご利用のお客様は、お忘れ物なきようにお願いします」

 アナウンスは共通語と英語の二つ。さすがに日本語まではフォローしていないらしい。

 神殿前の駅で降りたセイたちだが、ピラミッドと遠くから見えたのは間違いで、実際には滑らかな四角錐の建築物である。

 周辺には官庁街のような建物が並んでいるが、神殿はそれよりもはるかに巨大だ。

「いきなり行って会えるものなのかな?」

 ここまで来てセイは、今更のことを呟いた。

「大丈夫」

 ラヴィはそう言うと、神殿を囲む壁の門を守る、兵士たちへと向かう。



 そう、兵士である。小銃や防弾着で武装した兵士が、門衛として立っているのだ。種族は人間とエルフであった。

 ラヴィの姿を見て、門衛は声をかけてくる。

「お嬢ちゃん、ここは立ち入り禁止だよ。見学は月に一度だけだよ」

「私は天竜ラヴェルナ。リーゼロッテに会いたい」

 ラヴィの言葉に、門衛の顔がしかめられる。

「そういうことは言わない方がいい。この周辺では竜の威光を利用しようとすれば、罪になる」

 親切な門衛の前で、おもむろにラヴィは変身した。



 親切な門衛は二人とも、地面に腰を落としてパクパクと口を広げている。

 通行人たちも思わず立ち止まり、腰を抜かさないまでも愕然と動きを止めている。

「リーゼロッテに会いたい」

「少々お待ちを!」

 門衛が通信機で中との連絡を取る。

 慌てた様子で神殿の中から、位の高そうな武官が駆けて来る。

 あとはスムーズに神殿の中へ通された。



「しばしお待ちを。ただいまリーゼロッテ様に伝えて参ります」

「その必要はない」

 応接間に座ったセイたちだが、応対した武官が部屋を出る前に、外から扉が開かれる。

 白金色の髪に、淡い翠眼。

 人間を超越した美貌。それはどことなくラヴィに似ている。

「リズ」

「ラヴィ」

 呼び合った二人は互いに歩み寄り、そのまま向かい合う。

 向かい合った。







 ……そして数分が経過した。



「あの、とりあえず座ったらいいんじゃないかな?」

 セイがそう言ったところで、ようやく二柱の神竜は、ソファーへと座るのだった。

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