68 異世界転移のその先で
膝をついた状態から、苦痛に歪んだ顔をセイに向けるテル。
セイは息を吐いて、彼と正面から見つめあう。
「……気は済んだか?」
「……あんた、なんでそんなに強いんだ」
術理魔法の鑑定で、テルはセイの偽装されたステータスを見ているのだろう。それに対して、セイは特に隠すこともなく答えた。
「死んで当たり前の修行を繰り返して、死んで当たり前の敵と戦っていれば、自然とこうなるもんなんだよ」
切り落とされたテルの手首を断面にくっつけ、セイは復元の魔法を使う。
テルにもはや戦意はない。一人無事だったコボルトさんが、その肩に手を置く。
「テル……」
重い足取りで吸血鬼がこちらに歩いてくる。その背中にはマコの槍が向けられている。
「悪い、勝てなかった」
「ううん、相手が悪かったんだよ……」
暗い表情で二人は見つめあった。
意識を取り戻し、傷を治癒させたテルの仲間たちも集まってくる。さすがに圧倒された戦いの後で、また戦いを挑もうという戦闘狂はいないようだ。
「テル、帰るのか」
それまで喋ってなかったコボルトさんが、初めて声をかけた。
それに対して、テルは弱々しく頷く。
「……ああ……ごめんな、みんな」
その様子を見ていて、セイの心中も複雑になる。この旅の最後には、セイも皆と別れることになるのだ。マコを除いて。
それは今までにも考えていなかったわけではない。だからセイはテルに、わずかな希望を与えることにした。
「ちょっといいかな」
他の者に聞かれて、無駄な希望を持たせるのもよくない。
少し離れたセイは、テルの耳元で囁いた。
『地球で死んでから、神様にこっちの世界に転生出来るように、頼んでみたらどうかな?』
テルの顔が驚きに満ちた。
セイがこちらの世界に送られた時、神様は時間を調整するようなことを言っていた。
逆に地球で寿命を全うしてから、こちらの世界に転生することも出来るのではないか。
死んだら世界とのつながりが切れるはずなので、この考えで間違いはないはずだ。
もっとも、時間の流れがどのようなものになるか、それは分からないが。
セイがネアースにいる間は地球では一秒しか経たないように調整されているらしいが、勇者の扱いがどうなのかは分からない。神との交渉次第だろう。
だが、それでもテルは決意を秘めた目を見せた。
能力奪取の勇者が帰還した。
彼のパーティーだった女性陣は泣いているが、運がよければ吸血鬼とダークエルフは転生した彼に会うことが出来るだろう。
その可能性は低いだろうが……。
セイたちは一応見張りを立てた上で、宿に戻って眠った。
次の日には、テルのパーティーたちは迷宮に潜っていた。マップでそれを確認したセイは、宿場町を後にする。
「姉弟子、迷宮には潜らないのか?」
少し不満そうな声でブンゴルが問うが、セイたちの役割は終わった。
もしやるとしたらブンゴルとククリのパワーレベリングぐらいだろうが、それにかける時間を考えると面倒すぎる。
戦力自体は既に充分なのだ。
列車に揺られて、一行は迷宮の街を後にした。
セイの隣にはマコがいて、横目でちらちらとこちらを見ている。
あの時、テルに囁いた言葉を理解出来たのは彼女だけのはずである。
だから小声で問いかけてきた。
「セイも、地球で死んだらこっちに来たいの?」
それは何十年も先の話で――考えが変わることもあるだろう。
「出来れば、だけどな。まずは地球でちゃんと生きていかないと」
それに対してマコはふ~んと言うだけだった。
列車を乗り継ぎ数日、一行が次に訪れたのは、帝都ガーハルトである。
ここの都で帝国を治める女帝には、多少の時間をかけてもいいから会っておけと、リアがわざわざ言ったのだ。
帝都は計画性を持って作られたデザインで、大きな車道とその横の歩道が敷設されている。
宮城の近くまでは転移門があるのだが、これの使用は許可制である。
ほとんど真下までの直通なので、利用制限も当然だろう。
そしてセイにはその利用権限がある。友好国の貴族であるからして。
宮城は、とにかく大きかった。
それは城とか宮殿とか言うよりは、ほとんど要塞のようである。
世界最大の国家の中枢としては、これぐらいの巨大さが必要なのだろう。
役所の部門に訪問を告げ、女帝との面会を求めたが、さすがに即日とはいかなかった。
それでも洗練された動作のダークエルフの女官に連れられ、一行は宮城の中の迎賓館に案内された。
宮城はセイの鑑定からしても要塞としての機能を持っているが、迎賓館の周囲には林があり、天井には太陽を模した光源がある。
ここでセイたちは女帝の暇が出来るまで待つことになるのだが、実のところここを訪れた理由を、セイは知らされていない。
「ガーハルトの宮殿に入ったハーフリングなんて、初めてだろうね」
ククリはまた似たようなことを言っていた。好奇心の旺盛なハーフリングらしく、室内の調度を眺めている。
そして一行は、三日も待たされることになった。
大魔王フェルナーサ。
3000年の年月を生きる、人間の魔王である。
その思想は保守的というか、先代の大魔王の方針を受け継いでいる。
立憲君主制。そして各種族の自治領域の尊重。自然環境の保護と、科学をはじめとした文明の向上、国民の生活の向上である。
これだけを聞くと理想的だが、実際は難しいものらしい。
先代の大魔王が隠居して魔王が君臨した時代もあったが、上手く統治できず内乱の期間もあった。
世界最大の国家の内乱というからには、その規模もたいしたものであった。
結局はフェルナーサが元老である魔族たちを率いて大魔王として君臨することで、ようやく連合帝国は安定したのだという。
そしてセイたちは、その大魔王と応接室で気軽に相対していた。
男装の少女、という雰囲気の女性であった。不老不死であるからして、老化もしていないらしい。
こっそりと鑑定してみると、レベルは307もあった。
技能や祝福からして、ほぼカーラと同じか、やや下回る程度の強さであろう。
魔族領の魔王や魔将軍よりも強い。
その彼女は、用意されたお茶を飲みながら、セイたちと向かい合っていた。
「あの人を眠りから覚ますのは、私は反対です」
いきなりそんなことを言ったので、セイには意味が分からなかった。
率直にそれを尋ねたところ、どうやらリアが要請と命令の中間ぐらいのことを言っていたらしい。
悪しき神々の中でも、特に強大な力を持つ四柱。
それを封印するなり滅ぼすなりするのは、女帝の力でも無理だという。それこそ竜の軍団か、あるいは神竜自身が出向かなければ。
だが、ガーハルトにはある封印された兵器がある。
3000年前の大崩壊にのみ使われ、内乱の時にさえ、使われなかったという最強の兵器。
それを使って、悪しき神々と戦えと言ったらしい。
それは、機械神。
科学と魔法の融合である、巨大な人型兵器である。
「ロボットですか」
セイは驚きと共にそう言った。体は女に変えられても、心は男の子であるから。
「私たちは機械神と呼んでいますが」
ゆったりとした衣服に身を包んだフェルナーサは、優雅な動作でカップを口に運ぶ。
用意された菓子を食べるのに熱心な他の女性陣をよそに、セイはフェルナと語り合っていた。
機械神は魔結晶をさらに高純度に精錬した魔核をエネルギーにして動く。
そしてさらに加えて、操縦者が魔力と肉体の頑強度を備えていなくてはいけない。
だがそれだけの制限があっても、機械神は強大な存在である。なにしろ一体で、成竜と戦うことが出来るのだから。
「実戦ではありませんが、魔王機械神は後に暗黒竜となるレイアナと一対一で戦ったこともあります」
その時はリアが勝ったそうだが、実際は搭乗者である大魔王が本気を出していなかったそうだ。
「神竜と互角ですか……」
セイが思わず絶句するのは、黄金竜イリーナのことを思い出したからである。
竜牙大陸の端にまで追い詰められていながらも、最後まで攻め切れなかった魔王軍と人間の傭兵たち。
それは強欲の神一柱の、圧倒的な力があったからだ。
しかしその神でさえ、イリーナの前には敗北している。
その神竜とほぼ互角とは……。
「そんな兵器があるなら、初めから使っていればよかったんじゃないですか? 悪しき神々の戦いだけじゃなく、内乱の時とかでも」
セイの疑問は当たり前のものだったが、フェルナはそれに対する答えを持っていた。
「機械神は、あくまで抑止力なのです」
「あ~、つまるところ核兵器というか……存在することに意味があると」
色々と他にも理由はありそうだが、機械神の実際の使用は禁忌であったと。
それを神竜が使えと言ってきている状況に、大魔王は反発しているのか、それとも困惑しているのか。
「それに、神々と戦うほどの機械神を扱えるのは、ガーハルトにもほんの数人しかいません。それを考えると、リアの考えていることは、あの人の眠りを妨げるということです」
「あの、そのあの人ってのは、誰なんですか?」
どうもフェルナはこちらが知っている前提で話しているようだが、一行の中でそれが分かる者もいない。
だが、ラヴィが気付いた。
「……大魔王、アルス・ガーハルト」
小さな囁きに、フェルナは溜め息と共に頷いた。
大魔王アルスは、地球から召喚された勇者である。
ややこしいことだが、この地球とはセイたちの呼び出された地球とは違う、平行世界の地球である。そして今はもうない、アルスの故郷である。
3000年前の大崩壊で、アルス自身が策謀し、地球を破壊した。
その地球からネアースへ渡った人間の数は、1000万にも届かなかったという。
アルスは彼ら地球人と魔族を、人種のほぼ絶滅していた三つの大陸に移民させた。
そして政治経済、食料支援、技術支援と、1000年にも及び統治し続けた。
その結果、彼は燃え尽きたのだ。
数百年は隠居のような生活を送ったのだが、やがてただ生きるのにも辛くなったらしい。
不老不死でも、死ぬ手段はある。だが彼はそれを望まなかった。
いざ自分の力が必要になった時のために、深い眠りにつくことにしたのだ。
そしてその眠る場所が、この王城の地下深くだという。
異世界転移のその先で、彼はどこまでも世界のために己の力を使おうとしたのだ。
「リアの言葉もありますし、神々を封印するのは人種には難しいでしょう。ただ、勇者が下手に神を倒してしまえば、その力はこの世界に害を与えるほどになるかもしれません」
そしてフェルナは立ち上がった。その面差しに決意を込めて。
「アルス様を目覚めさせましょう。そして、神々を封印します」
真に大魔王と呼ばれるのは、この世界でただ一人。消滅した地球から召喚された、勇者にして魔王でもあるアルス・ガーハルト。
伝説に名を残す存在が、また歴史の表舞台に現れようとしていた。
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