67 異世界チーレム

 異世界でチートを使ってハーレムを作る。

 それは物語の展開としては、よくあることだろう。あくまでも、物語としてはだが。

 しかし転生でもしたのならともかく、元の世界に帰れる可能性があるにも関わらず、特定の相手とそういった関係になるのは、あまり誉められたことではないだろう。

 地球に連れて行くにしても、今度は相手の戸籍をどうするかなど、現実的な問題が湧いてくる。

 とくにこの場合、相手を地球に連れて行けば、それだけで両方の世界の害になる。

 ……まあ弁護するなら、帰る方法がなさそうであれば、こちらの世界に骨を埋める覚悟で、周囲に溶け込んでいくのだろうが。



 そして今、能力奪取の勇者、一堂輝は困っていた。

 迷宮に隣接して建てられた大きな宿泊施設。その中でも大きな一室に二つのパーティーは入って、セイとテルが向かい合っている。

「……というわけで、あんたには戻ってもらう必要があるんだ」

 セイは一切を隠さずに、事情を説明した。

 話の最初には剣呑な雰囲気を発していたテルのパーティーも、説明を終えた頃にはただひたすら沈黙している。

 そしてテルもまた、沈黙するのみだった。



 彼には二つ、いや、正確に言うなら三つの選択肢がある。

 一つ目の選択肢は、単純に地球に帰るというものである。二つ目は、帰らないという選択だ。

 そして二つ目を選んだ場合、自動的に三つ目の選択肢、セイたちに殺されるという選択肢が発生する。

 セイたちを返り討ちにするという選択肢は、残念ながらない。

 能力奪取で獲得したのか、彼の能力値はレベルに比してものすごく高いが、圧倒的なレベル差、何よりも技能差を埋めるほどではない。

 本人は腕を組んで悩んでいるが、そもそも悩むべき問題ではないのだ。

 実質、選択肢は一つしかない。







「悩む必要はないだろう」

 大柄なオーガの女性が断定的に言った。

「こいつらが本当のことを言っている保証はどこにもない。ならばテルはこのままこの世界にいるべきだ」

 何も考えてないかのような、感情的な意見である。だがその言葉に、ダークエルフの少女も人虎の女性も、昼中で疲労している吸血鬼の少女も頷いた。

 コボルトの男性だけはテルとセイを交互に見ているが、意見を言える雰囲気ではない。

(……異世界チーレムなんて物語の存在でしかないと思ったけど……あれ? ひょっとして女になっていなかったら、俺もそう考えた可能性があるのか?)

 なんとなくセイは隣のマコやラヴィ、ライラを眺める。

 セイの壊れた性能の戦闘力。その気になればハーレムを築くことも出来るだろうが、それをして勇者の帰還を遅れさせたらリアに殴られるだろう。おそらく不死身の自分を呪うぐらいの目には遭うかもしれない。



「そちらの意見としては、素直に地球に帰る気はないってことかな?」

 考えていたことが声にも反映されたのか、セイの声は少し冷えたものになった。

 対面する四人の女性は、はっきりと険のある表情になっている。

 テルは困っているようだが、どちらかというと彼女たちの方に考えは傾いているだろう。

 これはまた、7人の勇者たちと戦った時のように、戦闘で結果を出すしかないのだろうか。

 相手のレベルは勇者を除いては100近くある。テルは同じく100近いが、能力値は倍にもなるぐらいのものか。

 セイとマコ、ラヴィの偽装隠蔽されたステータスを鑑定で見れるのなら、勝ち目があると思ってもおかしくはない。



 しかし、異世界でいろんな種族でハーレムとは。

 現実的には、ネアースでは人間と混血するのはエルフとダークエルフだけなので、吸血鬼やオーガ、人虎は純粋にテルを慕っているということだろう。……ちなみにオークやゴブリンが人間の女性に発情することはない。あったとしたらそれは変態である。

 魔族が戦闘力を魅力に置きやすい種族だと考えると、彼の戦闘力を慕っているということだろうか。

『異世界に来たからって、何もハーレムを作ることはないじゃんか』

 わざわざ日本語で、セイはテルに語りかける。少し呆れた声になった。

『そんなつもりはなかったんだよ。種族的に、人間はエルフ種としか子供が出来ないらしいし。でも、今となってはもう……』

『あれ? それ以外の種族とも遺伝子操作で交配が可能になるって、テレビで言ってなかったっけ?』

 余計な意見を横からマコが言ってきた。

 なんでもセイのいない時に、リアの家で見たNKH(ニホン国営放送)でやっていたらしい。

 それでなくとも神竜の力を借りれば、種族の差は乗り越えられるのだとか。



 テルは仲間の顔を眺める。おそらくこの地に転移してきて、色々なことがあったのだろう。これだけの個性的な種族のパーティーが、簡単に成立するはずはない。

 こちらの世界に召喚されてからも、もうすぐ一年。帰還を諦めてこちらに根を下ろすことを考えても、おかしくない期間かもしれない。

 どこかの小説のダンマスのように、千層を超える迷宮を踏破してでも故郷に帰る意志を持つことは難しいのだろう。

 1800年前の勇者たちも、神竜たちが必死になってサポートし、ようやく帰還させたという実例がある。

 今回のようにセイの帰還石であっさり帰れると分かっていれば、彼もここまで異世界の人間と関わらなかったかもしれない。



「とりあえず、すぐには結論を出せないということかな?」

 セイは再び現地の言葉で話しかける。出来れば戦闘に突入するにせよ、吸血鬼が能力を発揮できない昼間に戦いたいのだが、例え夜の吸血鬼でも、マコに任せれば足止めは完全に果たしてくれるだろう。

 コボルトはブンゴルに任せて、ガンツがオーガと戦い、ラヴィは人虎と、ライラはダークエルフに当たる。

 ククリを遊撃にして、一番厄介な勇者は自分が担当すれば、まず負けることはないだろう。

 セイの万能鑑定による戦力分析では、勝率は極めて高いと言える。勇者の祝福にしても、強力ではあるがマコや他の勇者のような理不尽さはない。

 戦えば、勝てる。犠牲が出るかもしれないが。しかしイリーナと約束した蘇生が一回あるので、多少は無理がきく。

 出来れば相手にも犠牲を出したくないのだが。



「せめて明日まで待って欲しい」

 テルはそう言ったが、それは迷宮から帰ってきた自分たちの体力を回復させるためと、吸血鬼の少女を戦力にするための方便だろう。

「……じゃあ、明日の昼まで待つ」

「……昼か。分かった」

 そして二つのパーティーは、違う宿へと向かって行った。







「さて、迎撃の準備をしようか」

 部屋に集まって早々に、セイはそう言った。

「姉弟子、向こうから攻めてくるのか?」

 ブンゴルの疑問に、セイは答える。

「吸血鬼が今の時間帯では戦力にならないからな。けれど明日の昼まで待てば、やはり戦力にならない。今日の深夜あたりに襲ってくると思う」

 素直に地球に帰るとは、セイもマコも思っていない。

 そして帰らないとしたら、逃げ出すか排除するかだが、命知らずの探索者に前者の選択肢はないだろう。

「今のうちに仮眠をとっておこう。夕方からは面倒だけど、俺が見張りをするよ」

 ここまでやって素直に帰ってくれれば拍子抜けだが、それはそれでいいだろう。



 食事をして風呂を使った一行は、夕方を過ぎるとほぼ完全武装のまま、大部屋で待機することになった。

 こちらから攻めて行った方が断然やりやすいのだが、相手の心を折らなければ、素直に地球に帰ることはないだろう。

 それには正面から相手の攻撃を受け、そして叩き潰す必要がある。

 なおかつ相手に死者が出なければ最良だが、吸血鬼がいる以上、下手な手加減はこちらに被害が出るかもしれない。

 だから同じく不死身のマコに吸血鬼は任せるのだ。



 日が没し、残光が闇に沈んでいく。

 そのかすかな光も消える頃、セイのマップに勇者たちの反応が現れた。

「来たぞ」

 セイの言葉に、一行は窓から飛び出る。ガンツとブンゴルの重装備が、盛大な音を立てた。

 一行の前方、それほどの間もない距離に、勇者とそのチーレムメンバーはいる。

「準備万端、待ち構えていたって感じだな」

 テルはそう言って、長剣を構える。一応背中に小楯を備えているが、彼の基本戦闘スタイルは、どうやら盾を使わないらしい。

 盾役はオーガの女性だ。そしてそれに対するガンツも盾役である。

 人虎の女性は巨大な虎の獣人に変身していた。それに対して、ラヴィは人型のままで対する。

 吸血鬼の少女は湾曲した剣を両手に持ち、槍を構えたマコと対する。

 ほぼセイの考えていた態勢と同じである。ただダークエルフの少女も短剣を構えたので、ククリにはライラを守ってもらう必要があるだろう。



「一応聞いておくが、地球に帰るつもりはないんだな?」

「……未練はあるけど、秤はこちらに傾いたんだ」

「じゃあ、腕の一本ぐらいは覚悟してもらおうか」

 テルがセイに向けて駆け出し、戦闘は始まった。







 形勢は一瞬だけ拮抗し、次の瞬間には崩れた。

 まずラヴィが、虎獣人の頭を素手で強烈に殴った。

 その一撃で、虎獣人は脳震盪を起こしたのか、もう足元が覚束ない。

 慌ててダークエルフが前衛に出てくるが、それに対してはライラの精霊術の援護を受けたブンゴルが立ち向かう。

 コボルトとククリは牽制し合って動けない。

 ラヴィは容赦なく追撃をかけ、あっという間に虎獣人の戦闘力を奪った。

 そして次に彼女が向かったのは、ガンツと拮抗しているオーガの女性である。



 結論。神竜様は人間形態でも敵に回してはいけない。

 今度は戦棍でオーガの大盾を弾き飛ばした後、素手で鎧を殴りつけた。

 鎧が凹み、オーガの女性はその場に崩れ落ちた。

 大きく目を見開いて、唖然としているテルに向けて、セイは注意を促す。

「他を見てる余裕があるのか?」

 テルの剣は魔剣であり、セイの刀と打ち合っても一撃で折れることはなかった。

 だがそこからの攻防は、一方的なものだった。

 セイの太刀筋は変幻自在。リアに鍛えられた剣術レベルは、たとえ能力が上回る相手でも、余裕を持って立ち会えるものだ。



 ダークエルフの精霊術は、どうやらライラを上回るものだったらしい。だがその優位も、ラヴィが戦列に加わるまでだった。

 精霊の力を、ラヴィは素手で掴んで握り潰す。その非常識さに顎が外れそうになるダークエルフの少女だが、その隙を突いてライラの精霊術がダークエルフを包み込む。

 精神に働きかける術で、かなり強力なものだったらしく、ライラは肩で息をしている。だがダークエルフの少女もその場に倒れこんだ。

「この!」

 形勢の不利を悟って、吸血鬼の少女がマコに苛烈な攻撃を加える。だがマコは涼しい顔でそれを受け流す。

 吸血鬼の至近距離からの魔法も、マコは鎧で受け止めた。並の無詠唱魔法では、リアの装備を貫くことなど出来ない。

 マコの槍は吸血鬼を抉り、そのたびに魔力の刃が少しずつ吸血鬼の生命力を奪っていく。

 ククリはコボルト氏と睨み合っている。



 次の決着は、マコと吸血鬼の対決だった。

 吸血鬼の剣がマコの脇腹と右肩に突き刺さり、吸血鬼は笑みを浮かべる。

 だがマコはそれ以上の笑みを浮かべた。

 吸血鬼の動きは止まっている。それに対してマコは傷こそ負ったが、まだ動ける。人間なら致命傷だが、不死身の祝福の前にはかすり傷だ。

 マコの槍が魔力を螺旋にまとい、吸血鬼の腹を貫いた。

 ただの物理攻撃なら、ほとんど吸血鬼には通用しない。だがマコの攻撃にはたっぷりと魔力が含まれている。

 吸血鬼の肉体を構成する魔力と反発し合い、吸血鬼は絶叫を上げた。







「そろそろ終わりなんじゃないか?」

 余裕をもって話しかけるセイに、テルは表情を歪めて攻撃を続ける。

 能力奪取で力と速度を増しても、対人戦闘にはそれほどの経験がないのだろう。セイの剣技にテルは翻弄されている。

 受け流し続ける状態から反撃へ。セイの刀が、テルの左上腕を浅く斬る。

 もはやテルの仲間の中で立っているのは、コボルトさんだけである。

 ひたすらククリと睨み合っている。



「まだだ!」

 テルは剣を振るいながらも詠唱を行い、バフをかけていく。だがそれは、無詠唱で魔法を使うことを前提としたカーラに鍛えられたセイには、無駄なあがきにしか見えない。

 デバフの魔法と、解呪の魔法を次々と構成し、セイは決定的な一閃を放った。

 テルの右腕が、手首の部分で切断された。



 憤怒の勇者ほど、テルは無茶な抵抗はしなかった。

 利き手を切断されれば、普通はそこで諦める。試合終了だ。

 ダークエルフと吸血鬼は復元レベルの治癒魔法を使えるらしいが、そんな隙を見せることはない。

 決着はついた。

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