66 魔族の国
「へえ……」
とセイは声を上げた。
魔族の国の新幹線は、利用者もほとんどが魔族であった。
亜人の範疇に入るのか、それとも魔族なのか微妙な獣人も、そこそこの数がいる。ちなみに出自からして、獣人は本来亜人であるらしい。
それらの人々はセイやマコ、ラヴィといった面子を見ると、不思議そうな顔をする。
ドワーフの里にいた頃も、それ以外の種族が珍しかったわけではない。
しかしここまで人口比が人間以外に偏っているとは思わなかった。
「ガーハルトは最先端の国なんだよな? それならもっと人間も集まってもいいんじゃないか?」
セイはなんとなく尋ねたが、ブンゴルは答える。
「単に先進国に行くならオーガスかニホン、レムドリアを目指すんだ。特に人間なら、レムドリアは人間中心の国だしな」
そういえば南レムドリアは、ほとんど国境近くを通過しただけであった。ニホンには足を踏み入れてさえいない。
オーガスも各種族の居留地はともかく、帝都や列車で見たのは人間が多かった。
出発時刻となり、新幹線が発車する。
その速度は凄まじく……いや、これは新幹線ではなかった。定義的には間違ってないのかもしれないが。
「リニアモーターカーじゃんか、これ……」
セイが魔法で解析すると、そんな回答が得られた。
「本当に地球より進んでるんだね……」
マコと二人、なんとなく複雑な気持ちになる地球人であった。
車内を販売車が通り、一行は飲み物や弁当を買う。
窓の外の景色は次々と変わっていって、飽きさせることはない。
南方にはかつて人類との生存領域を隔絶させていた山脈が延々とつながり、北方には畑や森もあれば、立派な都市もある。
「ねえねえラヴィ、これって竜が飛ぶより速いんじゃない?」
ライラがそんなことを言って、ラヴィが微妙に不機嫌にもなる。
「優れた竜はその気になれば音速の50倍以上で飛べるし、転移をすればそれよりもっと速い」
竜、マッハ50を超えるのか。
それは衝撃波だけで地上を破壊できるのではないだろうか。
その日は結局一日中新幹線に揺られているだけで、夜には寝台車に移動した。
翌日の昼には目的の地点に近い駅に到着し、そこで一行は交通手段を変える。
今度は列車である。山間部を走る快速列車に、これまた一日以上揺られていく。
本当にガーハルトは広大な国である。
「それにしても、緯度が高いのに、あんまり寒くないね」
マコが当たり前の疑問を口にする。季節は初春、まだまだこの北方の大地は寒いはずだ。旅に出てからそろそろ一年が経過する。
「ガーハルト帝国は広大な平地を魔法の結界で覆って、ある程度の環境を調整してるんだよ。じゃないと人口を賄うほどの食料が生産できないんだって」
ククリが説明するが、この広大な大帝国を、平地だけとは言え環境を操作するとは。
それをしたのも、人間出身の大魔王アルスらしい。
「一度魔王城には寄って行けって師匠には言われてるけど……」
現在の帝国の支配者である大魔王は、アルスではない。
彼は完全な隠居状態で、その所在も確かではない。現在の大魔王はフェルナーサという人間の女性らしい。
二代続いて魔族の王が人間と言うのも不思議だが、魔族はむしろ人間を受け入れることに寛容らしい。
一般的に人間は、ゴブリンなどの弱い種族を除いて、ほとんどの魔族に肉体能力で劣る。
そんな人間に脅威を感じないというのが、肉体能力や魔力に優れた魔族の寛容さの理由らしい。
それにしては人間には突出した英雄が多い。
カーラや、先代と当代の魔王。平均的な値は低くても、怪物が生まれやすい種族なのだろうか。勇者も全て人間だったし。
人間以外の知的生命体がいない地球で育ったセイは、なんとなくこの世界の歪さを感じるのだった。
地図を頼りに一行が到着したのは、ムアンクという名の都市であった。
近隣には魔境と迷宮があり、冒険者が多い街だと、駅の観光案内所にあるパンフレットに書いてあった。
「魔境を安全に観光できる装甲車とかがあるらしいね」
ククリがちょっと期待を膨らませているが、残念ながら今回も彼の要望には応えられそうにない。
現在勇者はこの都市にはいない。おそらく少し北の迷宮を攻略しているのだろう。
つまり、この勇者は戦えて、しかもこの世界に順応しているということだ。
まあこの都市ぐらいの規模になると、日本の地方都市よりも住みやすいのかもしれないが。
セイたちも北にある迷宮への、専用往復列車に乗ることになった。
北の迷宮は魔石や魔結晶を多く産出するため、探索者や魔石を運ぶ路線があるのだ。
ちなみに探索者の仮証明証は、オーガスで作成した冒険者の証明証を提示して、すぐに作ってもらえた。
プラスチックの物で、ちゃんと活動を続けていれば、金属製のものに変わるらしい。
カウンターの受付はダークエルフのお姉さんで、種族柄セイたちを外見で判断することはなかった。
なんでも現在の大魔王は、妙齢の女性の姿らしい。それほど強くは見えないそうだが、実際は3000年前の大崩壊を生き残った魔法戦士だとか。
「探索者かあ。でもこれって、今回しか使わないよね?」
ギルドの施設から出て、マコが呟く。
「そうでもないだろ。相手が危険な祝福持ちなら、奇襲をかける必要もあるかもしれない」
そう言っている間に、往復列車に乗る一行。
やはり周囲の探索者は魔族が多く、セイたちは異質である。
「お前さんら、人間だよな?」
そんな風に語りかけてきたのは冒険者らしき男は、人間に見えるが鑑定によると実は人狼であったりする。
「ええ、そうです。この迷宮の探索は初めてですね」
「ふ~ん、まあ人間でも強いやつは強いからな」
興味本位だったのか、変に絡まれることもなかった。それで人狼の男は興味を失ったらしいが、セイの方からも話しかける。
「最近、そんな人間に会ったんですか?」
「ん? ああ、お前たちと同じぐらいの年でな。人間のくせにえらく強かった。あれはレベル70は超えてるな」
レベルの壁、というのは存在する。
人間であれば戦闘に特化した者でも、おおよそ大概は、レベル50ぐらいで一つ目の壁にぶち当たる。
その次が100の壁と言われ、200を前にまた一つ壁があると言われている。
レベル70というのは肉体的に脆弱な人間でも、かなりの強さを持っているということになる。
「多分、それはあたしの知り合いですね」
マコの言葉に人狼の男はへえと声をあげた。
「最近名前を上げてるやつだな。吸血鬼やダークエルフと組んで、そこそこ稼いでるらしいぜ」
そんなちょっとした情報を聞いている間に、セイのマップにその存在が明らかになる。
レベルは95。そして持っている祝福は、能力奪取。
セイが欲しかった技能強奪を、かなり劣化させた祝福である。もっとも戦闘には確かに向いているのだが。
そして周囲には仲間がいる。おおよそ同じレベルの、6人組だ。
オーガ、コボルト、吸血鬼、ダークエルフ、人虎という構成のパーティーである。謀ったように種族が違う。
種族の多彩さは、セイたちにも負けてはいない。
迷宮の中に、その6人組のパーティーがいる。
「迷宮か……。まあ黄金回廊よりはマシだろうな」
迷宮に隣接した大きな宿場町に、とりあえず一行は宿泊した。ここには探索者ギルドの支部があり、魔物の魔石や素材を買い取りしているらしい。
ひとまとめにした魔石や素材を、列車で運搬しているということだ。
その迷宮は、アレシッドの迷宮と呼ばれている。
なんでも迷宮の主が、そういう名前の吸血鬼であるからだそうだ。
迷宮の歴史は古く、5000年前の文献には既にその存在が書かれているという。
もっとも今回のセイたちの目的は、迷宮の探索ではないのだが。
「吸血鬼の真祖、不死の王だって」
マコがパンフレットを見てそう言う。試練の迷宮の吸血鬼よりさらに上、種族的には魔王領のアウグストリアと同格ということだ。
「まあ実戦を重ねてきた魔王様よりは、さすがに弱いだろうけどさ」
ククリが期待を込めて視線を向けるが、セイには迷宮踏破の意志はない。
とりあえず迷宮から疲弊して戻った勇者パーティーを相手に出来れば、これが一番簡単である。
何よりパーティーの吸血鬼が、昼間にはほとんど戦力にならないことが大きい。
吸血鬼は試練の迷宮のジャンや竜牙大陸のルイで分かっているが、肉体的にも強く、魔法にも秀で、それでいて不死身に近いというトンデモ種族である。
戦うのなら昼間に迷宮の外で戦うべきだろう。
セイのマップによると、勇者の一行は迷宮を上層へと戻ってきているらしい。
消耗具合から見ても、不意打ちをかけるなら丁度良いのだが、やはりまずは説得から入るべきなのだろう。
……ちなみに勇者のパーティーは、コボルト以外の種族は全て女性である。
チーレムなメンバー構成に、なんとなくセイは不機嫌になった。
「あああ、体が焼ける……」
迷宮から現れた吸血鬼の少女が、そんなことを言ってへばっている。
時刻はちょうど昼過ぎ。一番陽光が照っている時間である。この北の大地でも、太陽の光は当然ながらある。
「ほら頑張って。今日はとりあえず、宿泊施設に泊まろうよ」
それを支えるのが、ごく普通の少年――勇者であった。
「いくら吸血鬼が太陽の光に弱いと言っても、そこまでひどいことはないだろう。甘えだな」
ダークエルフの女性がそう言って、オーガと人虎の少女がうんうんと頷いている。
「テルに肩貸してほしいなあ」
「甘えるな」
ダークエルフはあくまで冷徹というか、吸血鬼とは仲が悪いようだ。
さて、いつまでもそんなやり取りを見ているわけにもいかない。
マコを戦闘に、一行はパーティーの前に立ちふさがる。それに対して厳しい視線を向けてくるのは、オーガや人虎の戦闘種族だ。
「……え? あれ? 椿さん?」
勇者の口からマコの名前が出た瞬間、コボルト以外の者たちから殺気があふれ出る。
これはおそらく、完全にチーレムな展開である。
「地球に帰れるよ。こちらの人が地球の神様から頼まれた、小島聖君です」
「どうも初めまして」
「ああ、どうも。……って、え? 帰れるの?」
その瞬間、勇者の周囲の女性陣から、紛れもない殺意が飛んでくる。
どうやらここでもまた、一筋縄にはいかない展開になりそうである。
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