65 絶対隠密

 セイは食事の最中であったが、マップを使った。

 探すのは勇者ではない。だが、確実に勇者はそこにいる。そんな場所が見つかった。

「陛下、侵入者です」

 突然のセイの言葉に、皇帝は傍らの武官に目を遣る。だが武官は敬礼し、セイの言葉に反する答えを返す。

「どこからも報告はありません」

 その返事に、皇帝は視線をセイへ向ける。

「卿の力を疑うわけではないが、この王城に侵入するなど、そう簡単には成しえないことだ」

「いえ、陛下。彼女はずっと前から、この王城に潜んでいましたよ。誰もそれを感知出来なかっただけで」



 セイの言葉に、皇帝の周辺の臣下たちが顔を見合わせる。それに対して、セイは食事を中断し、説明を加えた。

「王城には人の目と、魔法の結界によって、万全の警備体制が布かれています。ですが神竜でさえ欺いた祝福、人間の魔法では感知できなかったでしょう」

 そう、簡単なことだ。

 リアは何度かマネーシャを訪れたと言っていた。そして勇者を発見出来なかったと。

 神竜レイアナに不可能なことが、人間に可能なはずはない。

 そしてセイが気付いたのは、ある意味やはり、マップのおかげだった。



「この王城の中で、何もないところ」

 そう、なぜかそこにあるはずのものさえ感知出来ない場所。空白の空間。

 そこに絶対隠密の勇者はいる。



 考えてみると、かなり確実な隠れ場所である。

 絶対隠密が、その名に相応しい能力を持っていれば。

 王城の中。大勢の人間が働くその空間。衣食住の揃う場所。

 そしてセイのマップに生じた空白。

 そこには何もない。

 必ずあるはずの空気さえ、そこにはないとマップは表示してくれている。

「陛下、後宮への立ち入りをご許可願います」

 そこは衣食住、全てが揃った安全な場所。

 その一角が、マップの示す空白であった。







 後宮に入ることが許可されている者は限られている。

 基本的に後宮とは、皇帝のプライベートスペースなのだ。原則としては高官でさえ入り込めない。

 しかし後宮は、厳重に隔離された空間でもある。

 絶対隠密を使えば、むしろこれ以上に安全な場所はない。

 リアでさえも、それは考えなかっただろう。



 セイの説明に、皇帝は驚きながらも頷いた。

「後宮であれば、確かに一度入り込めば、そのような祝福があれば安全なところだろう」

 衣食住、それに加えて贅沢が許される場所だ。

 おそらくそこの警備を担当しているであろう女騎士が顔色を変えているが、彼女には責任はない。

 ただ、相手が悪かっただけだ。

「陛下、私とこの勇者が向かいます。誰か案内してくれる者を一人貸してください。ただ相手の祝福からして、危険は伴いますが…」

「陛下! ぜひ私に!」

 顔色を変えた女騎士が志願する。皇帝は顎を撫でて、セイの顔を見やる。

「危険はないのか?」

「危険への対処は、私と勇者が行います」

 それを聞いて、皇帝は深く頷いた。







 後宮の一角から、一時的に人が移動していく。そしてセイは、何もない空間の周辺を、マップで探った。

 間違いない。勇者はそこにいる。

「あとはこちらに任せてください」

 案内の女騎士を残し、セイとマコが歩を進める。

 マップが示す、何もない空間に対して、セイが声をかけた。

「春日部美咲さんですね? 地球から帰還させるために来た小島聖です。姿を現してくれませんか?」

「春日部ちゃん、そこにいるの?」

 何もないということが感知できるのはセイのマップだけなので、マコには何も分からない。

 魔力の揺れもないし、気配もない。だが、確実にそこにいるのだ。



 そしてセイが感じたのは、空気の揺れ。

 マコを突き飛ばしたセイは、咄嗟に手甲で防御した。

 目は閉じていた。マップだけに集中していたから、その短剣の攻撃を防げた。

「……どうして分かるの?」

 何もない空間から声がした。

「それが俺の祝福だから」

 肩をすくめたセイの目の前に、少女の姿が現れる。

 布の衣服と短剣だけを構えた少女。

 絶対隠密の勇者。殺気さえ感じさせず、セイを襲ったのだ。



「春日部ちゃん、いきなり怖いよ……」

 突き飛ばされたマコが文句を言うと、絶対隠密の勇者はバツの悪い顔で謝った。

「悪かったわ。でもこの祝福を見破られる相手なんて、ちょっと怖いんだもん」

 それはそうだろう。姿を現した彼女を鑑定してみると、その能力は低い。

 絶対隠密の祝福だけが、レベル10まで上がっているのだ。

「そこまでして隠れなくても、ちゃんと皇帝が保護するように布告してたんだけど……」

「え、何それ知らない」



 後宮。そこは外界と隔絶した世界である。

 街では多くの場所で見かけられた人探しのチラシも、ここにまではやってこなかったらしい。

 よって絶対隠密の勇者は、無駄に気合を入れて隠れ続けたということだ。

「あ、あたしの苦労はいったい……」

 がっくりとうなだれる少女の肩を、マコはぽんぽんと叩いた。







「驚いたな。まさか本当に後宮にいたとは……」

 さすがにこの事態には対処せざるをえず、皇帝の執務室にはセイとマコ、そして勇者の少女が招かれていた。周囲には精鋭の護衛がいるが、おそらく無意味なことである。

 もちろん三人が皇帝を害するするつもりはなかったが、やろうと思えばいつでも、絶対隠密の勇者は皇帝を殺すことが出来た。いや、今でも出来る。

 セイ以外が彼女の位置を特定することはほぼ不可能だ。炎の中や雨の中なら、その姿が見えるのかもしれないが。



「さて、今回の処分だが……」

 皇帝の視線が向けられるのは、後宮の警備を管轄する女騎士と、絶対隠密の勇者である。

 体を硬直させる二人だが、皇帝は優しい声で語りかけた。

「これは明らかにどうにもならない問題だな。始祖様でも見抜けなかったことを、誰かの責任にするわけにもいかないだろう。しかし誰かは責任を取る必要はある……」

 皇帝はまずセイを見つめた。

「パーラ公爵には、責任をもってその勇者を元の世界へ帰還させること。それを命ずる」

 絶対隠密の勇者自体には、罪を問わないということだ。そして警備隊長の女騎士は、三日の謹慎が申し渡された。



 簡単に他の勇者の話をして、絶対隠密の勇者は帰還することになった。

「あたしは残ろうか? この祝福、斥候するには最適だと思うけど」

 残りの勇者の面子を聞いて、彼女は不安そうに言った。

 そう、あいつらは危険だ。勇者の中でも、最も戦闘力に特化し……そしてそれ以上に防御力に特化した存在。

 先制攻撃で一瞬の間もなく倒すしか、方法はないように思える。

 だがそれはマコが拒絶した。

「一応話し合ってみるよ。この世界の神様、神竜はものすごく強いから。時間停止の祝福でさえ、勝てなかったんだから」

 マコの言葉に、絶対隠密の勇者は驚いていた。







 絶対隠密の勇者は帰還した。

 これでオーガスの勇者はマコ以外いなくなったわけだ。次はガーハルトへ向かう必要がある。

「もう行くのか?」

「はい陛下。ガーハルトの勇者二人は、危険な存在かもしれませんので」

 ククリなどは少し観光もしたいようではあるが、それは諦めてもらうしかないだろう。

「ガーハルトとの国境は、峻険な山道を行くか、トンネルを通るしか方法がない。トンネルの方は使用許可がいるので、それを作っておこう」

 皇帝の好意で、一気に移動時間が早まった一行である。







 翌朝、一行はマネーシャを出発した。

 国境近くの街までは列車が走っている。その街の近くには、本来リアが居住する暗黒迷宮があるのだが、今では竜のねぐらとなっているらしい。

「時間があれば、暗黒迷宮にも挑戦したいところだけどね……」

 セイはそう言ったが、さすがにそれは無理である。

 70層に及ぶという巨大な迷宮は、常人の挑む迷宮ではない。どれだけの時間がかかり、命の危険もあるか分かったものではない。

 もっとも踏破すること自体は、今の一行なら可能であろう。



 国境の街の近くからは、久しぶりに馬車の出番となった。

 巨大な山塊を直線で貫く長大なトンネルは、その入り口に関所があって、通行許可証を改めている。

 皇帝陛下、GJである。

 トンネルは数十キロにも及び、大型の馬車がすれ違うほどの幅がある。

 天井には魔法の光があり、空気の流れもあるため、気分が悪くなることもない。

「風情には欠けるけど、立派なもんだね」

 ククリが御者をしながらそんな風に呟いた。



 ところどころトンネルの途切れる外部に露になったところで夜は休み、数日をかけてガーハルト側の出口にたどり着く。

 そこでも簡単な関所があり、入国の検査をしている。

「冒険者か。オーガスでも変わらないが、市街地での武器の使用は禁止されている。破ったら罰金なので注意するように」

 ガーハルトは魔法と科学の先端を行く国家なので、魔石や魔結晶の需要は多く、冒険者や探索者も多いらしい。

 セイたちの目的は違うが、武装していても問題ないというのはありがたい。

 もっともその気になれば、セイのフォルダにしまえばいいだけなのだが。







 関所から近くの街までは、やはり交通手段は馬車である。

 列車の線路を敷設する案が何度も出ているのだが、国境をまたぐので、どちらがどれだけの負担をし、メンテナンスをするかが決まらないらしい。

 トンネル自体は3000年前に魔王とリアが魔法で作り、メンテナンスの分担も決め、多少の変化はあっても、それがずっと続いているらしい。

 長命の種族がいる世界は、何かをする時間のスパンも長いようだ。



 ガーハルトの西端の街からは、列車だけではなく新幹線も通っていた。

 ほぼ大陸を横断する新幹線である。ガーハルト帝国の巨大さを思えば、確かにこれぐらいの設備はいるだろう。

 ちなみにオーガスとガーハルトでは、通貨の単位も同じである。

 この二国がいかに親密か、それだけでも分かるというものだ。



「それにしても、魔族が多いな」

 セイが街の様子を見回すに、明らかに魔族が多い。亜人はそれなりにいるが、人間を滅多に見かけない。

「元々この国は、魔族だけしか住んでなかったんだ」

 珍しくブンゴルが説明をする。ハイオークである彼は、先祖がこの国に住んでいたらしい。

 4000年前まで、この地は魔族がその種族に分かれて住んでいた。

 それを統一し、一つの巨大な帝国を築いたのが大魔王アルスである。

 地球から召喚された彼は、人間でありながら魔族を支配し、この地に大帝国を建国した。

 もっとも各種族が多く住む自治区がかなりの土地を占め、種族が混淆した土地だけが、直轄地となっているのだという。



 一行は新幹線に乗る前に、地図を確認する。

 ラビリンスの作った地図と、リアからもらった詳細な地図。

「帝都の前に一回下りる必要があるのか」

 そこに一人勇者がいる。残念なことと言っていいのか分からないが、帝都にはもう一方の勇者もいないようだ。

「新幹線か~。あたし乗ったことないんだよね」

 意外なことをマコは言った。セイは父の実家に帰省する時にいつも乗っている。

「それじゃあ楽しめるかもしれないな」

 大型の魔族の体格に合わせたのか、たっぷりとした席に座って、一行は新幹線の旅に出た。

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