第二部 神竜の騎士 ふたたびの竜骨大陸

64 神聖オーガス帝国

 神聖オーガス帝国は、その版図の巨大さを言うならば、ガーハルト連合帝国と魔王領アウグストリアの次、世界で三番目に広大な国家である。

 国力を言うならば、魔王領を抜いて世界で二番目であろう。そんな広大な国に、飛ばされた勇者は三人。一人は救出され、一人は殺された。

 そして最後の一人が、絶対隠密の勇者である。



 マコの話によると、その勇者である少女の戦闘力は、極めて高い。

 特に接近戦においては、その能力を存分に発揮させていた。

 何しろ、目の前で『消える』のだ。

 それさえも全く相手にしない、とんでもない祝福の勇者もいるのだが、要注意であるのは間違いないだろう。



 そして現在、セイたちは列車の旅を楽しんでいる。

 オーガスの帝都であるマネーシャまでは、夜間も列車を乗り継いで、三日かかる。

 ラヴィに飛んでもらえばそちらの方が早いのだろうが、それではどのみち夜は休まなければいけない。

 それに対して列車の方は、夜間も運転している便がある。

 竜が飛ぶことを目撃されて騒ぎになることを考えれば、列車の方が無難なのである。

 一番早いのはリアやカーラの転移なのだが、二人も何かしら動いているらしく、こちらは任されてしまった。まあカーラは育児も忙しいだろうし、それは仕方ないのだが。

 ……それにしても、リアもちゃんと育児に参加しているのを見たのは新鮮であった。



「どうせなら馬車の旅の方が、風情があっていいんだけどな……」

 そう文句をたれるククリだが、列車の中で販売されている各種の弁当を制覇しつつある。

「あたしはお風呂に入りたい……。シャワーでもいいけど」

「同感。水浴びでもいい」

 マコとライラの所感である。女性陣はやはりその辺りが気になるようだ。一応『洗浄』の魔法で身奇麗にはしているのだが、感覚的なものなのだろう。



 それにしても、平和である。

 列車の旅だから当然とも言えるのだが、何もイベントがない。

 今までの旅程は、何だかんだいって紛争地帯や治安の悪いところもあったので、これほど平穏に距離が稼げるのはちょっと不思議である。

 トランプを使ってゲームをしたり、ククリがいろんな地方の話や、伝説を語ってくれたりして、時間は過ぎていく。

 それでも三日間は退屈であった。



「勇者たちが帰ったら、セイも帰るのよね……」

 今更だが、少し寂しそうにライラが言った。

「まだ大分先の話だけどな」

 オーガスからガーハルトを回って、それから竜翼大陸と竜爪大陸を回ることになる。

 マコを除いて、残る勇者はあと10人。

 ネアースを巡る旅も、終わりが見えてきたと言えるだろう。

 もっとも残る竜翼大陸と竜爪大陸は悪しき神が猛威を振るっているので、これからが本番と言えなくもない。

 平和が続いているオーガスとガーハルトにいる3人の勇者は、ある意味まだ楽な方なのだろう。

 仲間たちの顔を眺めつつ、セイは気合を入れなおした。







 神聖オーガス帝国の帝都マネーシャ。

 それは長大な城壁に守られた、広大な空間である。

 一応近くに小さな魔境の森があるので、城壁が無意味とは言えない。だが年々増え続ける人口は、その城壁の外にも建物を増やしていた。

「マネーシャは元々一つの国の名前だったんだけど、竜帝がオーガス大公国を建国した時に、その首都となったんだ」

 ククリが豆知識を披露してくれる。この竜帝とは、もちろんリアのことである。

「建国から数十年でその領土は爆発的に拡大して、元々は宗主国だったカサリア王国が内乱になった時に介入して滅ぼして、神聖オーガス帝国を名乗ったってわけ」



 それは3000年近くも前の話。

 リアの父である王が逝去した後、カサリアでは王位継承の争いが起こった。リアの異腹の弟たちの争いである。

 当時は大崩壊の影響がまだ残り、ガーハルトを除いた世界中が、戦国時代に近かったとカーラは教えてくれた。

 リアは別に野心があったわけではないが、とにかく国境付近の治安も悪くなっていたため、それを鎮圧していったら、いつの間にかカサリアを併合した大帝国になっていたという。

 あの頃の書類地獄には戻りたくないと、リアはしみじみ言っていたものだ。



 列車はマネーシャの城壁を潜り、その南の駅へと到着した。

「うわあ……」

「すごいや、これは」

 マコとククリが感嘆している。一応一度は訪れたセイも、あれは王城だけを見たようなものなので、マネーシャの全貌は知らない。

 とりあえず一番大きな駅はドーム状で、その近くには高層ビルディングが立ち並んでいた。

 そしてそこからはなんと地下鉄が走り、バスも交通の手段として使われているという。

 ただ、車は数えるほどしか走っていない。

 自家用車の使用が認められるのは貴族だけで、平民は公共交通機関を使うと、駅員さんが教えてくれた。ちなみにタクシーもあるが、これも貴族や緊急時の病院の搬送以外には使われないとの事。

 馬車の使用も禁止らしい。馬糞の処理があるので、それも仕方がないか。



「さて、目的の人物はこの街にいると思うんだけど……」

 セイのマップに反応する勇者はマコだけである。レベル50以上という括りで検索すると、さすがは帝都、何十人もの人種がヒットする。

 ラビリンスの地図によると、帝都にいるのはほぼ間違いないのだろうが、その先がない。

 やはり絶対隠密は、セイのマップでも感知出来ないらしい。こんなことなら、絶対感知の勇者には残ってもらうべきだった。

「地味に情報を集めて、冒険者とかにも依頼するしかないね」

 ククリはそう言うが、権力と財力を使ってリアが依頼しても、まだ見つかっていないのだ。

「意外と時間がかかりそうだよな……。とりあえず、宿に向かうか」

 セイが目指すのは王城である。自分でも忘れかけていたが、セイはオーガスの貴族の地位を貰っている。なのでタクシーも使えれば、王城の宿泊施設も使えるのだ。







「おおおおお」

 王城を仰いで感嘆しているのはククリである。他の面子にも口を広げて驚いている者はいるが、実のところアヴァロンの王城の方が規模は大きかった。

 ただ、白亜の王城である。一番最初は黄みがかった大理石で建てられたらしいが、竜との戦いでほぼ全壊し、その後は白い大理石を主に使っているらしい。

 その一角の宿泊施設は、本来外国からの賓客などに提供されるものらしいが、別にセイが使って悪いわけではない。

 部屋を確保したセイは、王城の女官に皇帝か宰相の予定を訊いたが、さすがにすぐさま会えるものではないらしい。

 ただパーラ公爵であるセイが仲間と共に来訪したということは、伝えてくれるように言っておいた。



「さて、じゃあ定番の冒険者ギルドから行こうか」

 わくわくと言うのはククリで、実のところ、帝都の見物が目的なのだろう。

 しかしそれに待ったが入った。

「まずはお風呂」

「うん、せめて水浴びがしたい」

 マコとライラの主張に、ククリは素直に折れた。



 広大な浴場に、四人の少女たちの姿がある。

 セイは横目で他の三人を見ながら、ごくりと唾を飲む。

 女の子になって良かった、と思いながら。

「お湯を使うのね……。気持ちいいの?」

 大森林では水浴びしかしたことのないライラに、ラヴィはぐるんと首を傾げながら問うてくる。まあ神竜は風呂入らなくても死なないしな。

「そりゃあもう。ただでさえお風呂ってのは気持ちいいのに、ここまで豪華だとね」

 なぜか胸を張ってマコがいう。関係ないが、彼女の胸囲は初めて会った時から比べ、かなり大きくなっている。

 ちなみに他の三人は、ささやかな胸である。

「へえ。それじゃあ早速」

「待った! 先に体の汚れを落とすのがマナーだよ!」

 そしてキャッキャウフフのお風呂タイムが始まった。

 セイはそれを、鼻血が出そうなまでに興奮して眺めていた。







 さて、風呂上りで一番時間がかかるのは、毛皮を持つハイオークのブンゴルである。

 セイがリアから教えてもらった生活に役立つ魔法の一つ『温風』で湿り気を取っていると、非常に気持ち良さそうな表情をしていた。

 弛緩したハイオークの姿は、けっこう可愛いものがある。



 そして準備を整えた一行は、ようやく帝都の冒険者ギルドに向かった。

 帝都の冒険者の数はそれほど多くない。近隣の魔境で魔物が大発生すると、軍が普通に対処するからだ。

 それでも巨大な帝都である。選ばなければ仕事は色々とあり、冒険者は隙間産業として成立していたりする。

 城壁に近い位置にある冒険者ギルドを訪れたセイたちは、まずリアの依頼がどう進行しているのか確かめた。



「残念ながら、報告できることはありませんね」

 依頼者が依頼者であるので、セイたちに対応してくれたのは、帝都のギルドマスターであった。

 マコの記憶を元に、リアは探索すべき人物の顔写真を作成し、ギルドに配布している。

 衛兵の詰め所や公民館にもその写真は貼られている上、情報提供者にも賞金を出しているので、いくら帝都が広大と言っても、見つかりそうなものではあるのだ。

 魔法使いによる大規模な捜査も行われたようだが、それでもいまだ絶対隠密の勇者は見つかっていない。



「その、犯罪組織に匿われているとかはありませんか?」

 セイの質問にも、ギルドマスターは首を振った。

「帝都の犯罪組織など、どれも小さなものです。その気になればすぐ壊滅させることも出来るのですが、まあ必要悪ということでお目こぼしされている状態ですな」

「……そもそも春日部ちゃんが、どこかに隠れているにしても……寝床なりお風呂なり、絶対に必要になると思うんだけど……」

 マコの言葉によると、絶対隠密の勇者はごく普通の日本の高校生で、ごく普通に身の回りの利便さを求める人間であるという。

 それが帝都にずっと潜伏しているというのは、相当に無理をしているか、何か盲点があるのだろう。



 冒険者ギルドを後にしたセイたちは、今度は衛兵の詰め所に寄った。

 人間が生きていくのに必要なのは、衣食住である。絶対隠密の能力を使えば食い逃げやスリなども可能なのかもしれない。そこでそうした小さな事件が頻発しているのかとも思ったのだが、特にそんなことはないという。

「衣食住……それも出来れば日本と同じ生活レベルの……」

 マコが腕組みして考えているが、帝都の生活レベルは高い。少なくとも宿泊施設の設備は、日本の超高級ホテル以上の豪華さであった。

「何か盲点があるのかな……」

 セイも顎に手をやって考えるが、どうにも思いつかない。

「逆に貴族に匿われているとか?」

 ククリが言うが、貴族が匿う理由。皇帝から探索の指示が出ているのだ。それをわざわざ匿うほどの理由とはいったい。

「祝福は暗殺とかに向いてるよね」

 不吉なことを言いながら、一行は都の情報屋などもたどり、その日は過ぎた。







 王城に戻ったセイとマコは、その日の皇帝の晩餐に招待された。

 時間が取れないので、食事の間に話をしようということらしい。

 皇帝との晩餐であるなら、貴族のセイと、勇者であるマコだけが呼ばれるのも分かる。

 神竜であるラヴィはその正体を隠しているのだし。



「……時に、始祖様はどのようにしておられるのかな?」

 皇帝が優雅な動作で食事をする中、セイとマコは女官に助けられつつ食事を行っている。

「師匠ですか? 私もあまり把握はしていませんが、各地の神竜や昔の仲間と連絡を取っているようです」

「そうか……。本来あの方が動かれるのは、あまり好ましいことではない。世界の危機が迫っているということなのだからな……」

 沈痛な面持ちで皇帝は告げる。

「始祖様から頼まれた人探しも、上手くいっておらんしな……」

 その言葉を聞いて、ふとセイは思った。

 頭の中で、何かがカチリとはまった気がした。

「陛下、もしこのマネーシャで一番良い生活を送ろうとすれば、どこに住むでしょうか?」

「それはもちろんこの宮殿か……便利さを考えるなら、宿にも豪華なものはあるだろうが……」



 それはセイが求めていた答えだった。

 マップ。セイが勇者たちを探す上で、最も役に立ってくれたこの祝福。

 どうやら今回も、この祝福が決め手になりそうだった。

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