62 荒野の対決

 勇者たちは三日間全てを、話し合いに費やしたわけではない。

 悪しき神の眷属である魔物たちの残党は確かにいて、それの討伐に出かけたりもしていた。

 また、傘下となった傭兵たちとの話し合いもしていたようだ。

 そして完全復元や術式不要の勇者は、街の復興にも力を貸していた。



 夜、マコとククリが一行を訪れる。

 マコは友人と久闊を叙し、ククリは彼らの戦いを聞いて詩を作り、自分たちの詩も疲労して、友好度を上げていく。

 迷宮踏破や都市連合、大森林の話など、色々と詩は出来ていた。

 その中には盗賊として殺された勇者や、異世界に順応した勇者、戦争に参加した勇者の詩も当然あった。

「若宮がそんなにあっさり帰ったのか……」

 マコが難しいと考えていた即死眼の勇者の話は、かなり衝撃を与えたようだった。

 世界最大の竜骨大陸の半分を回ったところで、こちらの大陸に来たというと、どうしてその順番なのか尋ねられたりもしたが、さすがに神竜の間引きの話は出来ない。

 それでも交流は続き、予定日の夕方となる。



「ごめん、やっぱ話し合った結果、帰らないことになったから」

 ちーちゃんはマコに手を合わせて謝った。



 勇者は7人が揃ってから、重要な話は必ず多数決で決めるようにしていたらしい。

 そして結果が出たら、反対していた者も必ずそれに従うというルールだ。

 発言力の強い二人が帰還に不同意で、話し合いもそれに従って展開したらしい。

 ちーちゃんは最後まで粘ったが、結局は勇者一行の意見は帰還せずに統一されたそうな。

 もう少し時間が経てば、ホームシックで帰りたくなる者も多くなりそうだが、そこまで待ってるほどセイも暇ではない。

 この7人を帰したとしても、あと10人の勇者が残っているのだ。そしてその多くが、悪しき神の支配する領域にいる。



 さて、話し合いが物別れに終わった結果どうなるか。

 それはもちろん、肉体言語によるお話し合いに移行する。

 下手をすれば死人が出るようなお話し合いだ。

 もっとも死者が出ても、それは問題ない。

 イリーナに望んだ願いのもう一つは、死者の蘇生だからだ。







 オスロの近郊にある荒野に、勇者が7人立っていた。

 それに対するのはセイたち一行からククリを抜いた6人に、ルイとレイの8人。

 人数が違うので勇者一行は一人加えてもいいのだが、逆に連携が取れなくなるらしく、このままでいいとか。

「あのさ、うち、実はもう一人いるんだよね。それでも7人でいいの?」

 確認のためにセイは尋ねたのだが、勇者たちは軽く目線で会話して頷いた。

 彼らは鑑定の魔法で、セイたちの実力は確認してある。ラヴィの鑑定不能が若干不気味ではあったが、セイたちの偽装隠蔽を見抜くほどではなかったようだ。

 レイを除いたセイたちのレベルの平均は100前後、それに対して自分たちは120前後。

 連携を上手く考えれば、勝てないことはない。それにレイはその責任上、あまり前衛には出ず、後方からの攻撃か、支援に徹すると計算したのだ。

 祝福が戦闘向きでなくても個人の能力は高いし、戦闘の技能もある。何より戦闘向きの祝福の効果が抜群だ。

 周囲は勇者に従う傭兵団がいて、レイ配下の魔王軍と睨み合っている。あちらが劣勢になっても、数で潰されることもない。



 だが準備の方はセイたちの方がより完全である。

 毎晩訪れたククリの詩は、セイたちの戦闘力を、隠した構成になっている。

 何より偽装隠蔽によって、セイとマコの戦闘力はかなり低めに設定してある。

 レイもそもそも自分のステータスを、完全に開示しているわけではない。その隠密能力によって、かなり低めに設定してある。

 そして最大の予備兵力。

 セイが刀を抜き、それを天に向ける。

「イリーナ! 今こそ約束を!」



 セイの声が終わらぬうちに、それはやってきた。

 マップの範囲内に入るそれに、おそらく絶対感知の勇者も気付いたのだろう。

「やばいやばいやばい」

 夕闇の中、北方から訪れる飛行物体。

 金色の輝きを持つ竜が、戦場を睥睨した。

「さあ、戦いを始めようか」

 セイが語りかけ、ククリが開始の合図をした。







 まず最初に動いたのは竜であった。

 広範囲を焼き尽くす光のブレス。それに対して動いたのは、万能結界の勇者。

 竜のブレスにも耐えうる結界で仲間を守る。ちなみに周囲の傭兵たちは、戦場から一目散に離れている。

 レイの部下たちはその場を動かない。このあたり指揮官のカリスマの差というよりは、正規兵と傭兵の差であろう。



 竜のブレスは結界を破ることはなかったが、それでもかなりの力を消耗させただろう。

 そこへ竜に変身したラヴィのブレスが、横から放たれる。

 そのブレスを食らった結界は、それでも数秒はもった。だがやはり限度はある。

 術式不要の勇者が結界の魔法を使うと同時に、万能結界のほうは一度消滅した。



「くそ!遠距離からの攻撃かよ!」

 勇者たちは毒づくが、別にセイは接近戦にこだわる必要もない。勝てばよかろうなのだ。

 魔法破壊の勇者がいると言っても、それは魔法に限定される。竜のブレスには効果がないし、それに――。

『風の精霊王』

 精霊術にも、魔法破壊は効果がない。なにしろそれらは、魔法の術式を使っていないのだから。

 ライラの精霊術で結界が破壊されようとした時、もう一度万能結界の勇者が結界を張る。

 それに対して少し顎に手をやってレイが、精霊術を行使した。

『火の精霊王』

 火と風の猛威が、勇者たちを襲った。



「まさか魔法以外でこれだけの遠距離攻撃が出来るとはね……」

 術式不要の勇者が呟き、それを耳にした憤怒の勇者が舌打ちする。

「策は?」

「接近戦に持ち込む。将軍はさすがに前には出てこないだろう」

 そして魔法で強化された勇者の中から、前衛の戦士たちが飛び出てくる。

 と言っても完全復元と万能結界の二人以外は、相当に接近戦にも自信があるのだ。

 それに対してセイたちは、セイ、マコ、ガンツ、ブンゴル、ルイが前に出る。

 一番厄介な憤怒の勇者は、セイが担当する。それは大前提だ。







 ただ単に勝つだけならば、勇者たちは数合わせでもあと二人を戦闘に投入すべきだった。

 勇者陣営の傭兵や冒険者の中には当然、接近戦や魔法に長けた者もいる。勇者には及ばずとも、ガンツやブンゴルぐらいなら足止めできたろう。ライラの精霊術に対抗する手段もあったに違いない。

 何よりその二人が倒れることによって、憤怒の祝福が発動する。

(結局のところ、信用できるのが地球からの仲間だけだったんだろうな)

 セイの攻撃に、憤怒の勇者は完全に防御に徹していた。

 彼女の祝福からして、味方が傷つくまで我慢する必要がある。悩ましい祝福だが、長期戦が最も適している。

 そしてセイ以外の仲間は、これまた逆に防御に徹している。憤怒の祝福を発動させないためだ。

 セイと憤怒の勇者では、完全にセイの技量が上回っている。だがちょっとやそっとのダメージを与えても、出血する暇すらなく完全復元の勇者が治療する。

 そのわずかなダメージでも、憤怒の勇者の能力は上がっていくのだ。



 接近戦はそれとして、後方の魔法使いは圧倒的にセイたちが優勢であった。

 竜のブレスと精霊術の攻撃で、万能結界の勇者の魔力をガンガンと削っていく。

 そして最初の脱落者が出た。

「あ、あかん。魔力切れ……」

 限界まで結界を維持していた勇者は、最後に味方に防御の結界をかけると、その場に倒れた。

 後方に残っていた完全復元の勇者は、それを見て前線に加わる。竜の攻撃は破壊力が大規模すぎるし、魔法や精霊術もそれは同じだ。ならば後方にいるよりも、味方を巻き込んでブレスや魔法を使われないように、自らも接近戦に加わるべきだ。

 これで前線は6対5となる。それを見たレイが、自らも前に出た。

 司令官であるレイが前に出る。これもまた勇者たちの誤算だった。



『大地の拘束』

 万能結界の勇者が復帰しないよう、精霊術で地面に縫いとめたライラは、あまりやることがない。

 接近戦に持ち込まれたので、大規模な精霊術は使えないし、弓矢も狙いが難しい。

 それでも呆然と佇む黄金竜やラヴィよりはマシで、勇者たちが接近戦で使う魔法に干渉する。

 じわじわと前線はこちらが有利になるはずなのだが、ブンゴルとレイのところで決着がついた。

 ブンゴルは倒され、レイは倒したのだ。しかもレイの場合、相手の意識を奪っても、傷をつけないような絶妙な決着の付け方である。

 わずかに力を増した憤怒の勇者だが、それでもまだセイには余裕がある。



 完全復元の勇者が倒れたため、勇者たちの回復手段が一つ消えた。

 レイはそのまま、ブンゴルを倒した絶対感知の勇者と相対する。

「セイ! こいつはかなり強いぞ! 早めにそちらを片付けろ!」

 レイは魔王に次ぐという実力を持った人物だが、その戦い方はあまり真っ当なものではない。

 かつては暗殺や情報収集に特化していたし、現在は部下を指揮するのが役割だ。

 そんなレイが正面から対している絶対感知の勇者は、奇策やフェイントを多用するレイの近接戦闘では相性が悪い。

 レイがどんな攻撃をしてくるか、正しく感知して対応してくるのだ。

 レベル差で圧倒しているので負けることはないが、傷つけずに意識を奪うのは難しいだろう。



 マコは能力操作の勇者と互角に戦っていた。

 レベルも能力値も圧倒しているマコなのだが、自己のステータスを自由に振り分けて斧槍を扱うトリッキーな動きを相手にしては、なかなか手加減する余裕もない。

 万能結界で防御力が上昇し、相手が顔見知りのクラスメイトということもあって、両者共に決定打が出ない。

 だがそれはそれでいいのだ。憤怒の勇者をセイが無力化するまで、相手にダメージは与えられない。



 ルイの相手は魔法破壊の勇者である。吸血鬼は接近戦でも強いが、魔法にも長けた種族だ。

 しかし接近戦での魔法が全く使えないため、吸血鬼の本来の肉体能力だけで戦っている。

 魔法破壊の勇者は、そもそも相手の魔法を破壊して、自分から一方的に魔法攻撃を行うか、接近戦で戦うのを主としているため、ルイ相手にはやや有利に戦いを進めていた。

 もっとも不死身に近い吸血鬼相手には、決定的なダメージを与える手段がないのも確かである。



 ガンツの相手は残る術式不要の勇者である。

 ここが一番、セイたちにとっては苦しいところだった。

 ガンツは純粋な戦士で、その力を底上げする技能を保有している。だが相手は、完全にタイムラグなく魔法を使ってくる勇者だ。

 しかも純粋な接近戦の能力もかなりのもので、万能結界の効果を打ち消すまでは、ひたすら戦斧を振るしかなかった。

 本当に強いのは、戦士でも魔法使いでもなく、魔法戦士であるというリアの言葉は真実である。

 もちろんその両者が高いレベルにあるという大前提はあるが、ガンツはほとんど一方的に魔法の攻撃を受けていた。防具がリアのものでなければ、既に敗北していたであろう。







 憤怒の勇者を最初に無力化する。

 これがセイたちの考えた作戦の大元だ。

 味方が傷つけば傷つくほど、彼女の力は増大する。それは正解ではない。

 味方が疲労し、魔力や体力を失っても、力は増大している。もちろんセイが彼女を傷つければ、それだけでも能力が上がっていく。

 上がるのは能力だけではない。

 治癒や回復の能力も上がっているのか、体力が切れる様子もない。

(一撃で、大きなダメージを与えて戦闘力を奪うか)

 そう考えたセイは、鞘に刀を納めた。



 セイの動きに、憤怒の勇者は内心で首を傾げた。

 鞘に納めた刀を、腰溜めに構える。

 その体勢からの攻撃は、居合いしかありえない。だがこの世界に来てから、刀使いはともかく、居合いの使い手には遭ったことがなかった。

 ニホン帝国を訪れていれば、まだ違う考えもあったかもしれない。だが彼女にとって居合いとは、物語の中のもので実戦で使う技ではない。



 だから選択を間違えた。



 わざわざ鞘から抜く刀より、ただ振り下ろす長剣の方が速い。そう考えたのだ。

 セイが歩法で滑らかに地面を進んでくる。それに対して、憤怒の勇者は何の手加減もなく剣を振りかぶる。

 両手持ちの長剣。その軌道がセイへ達する間もなく――。

 抜刀されたセイの刀は、憤怒の勇者の右腕を落としていた。

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