61 七人の勇者たち

 オスロの街の直前で、セイはククリに馬車を止めさせた。

 勇者たちの祝福を確認し、戦闘になった時の対処を考えるためである。

 ここまで明らかになっていたのは絶対感知、魔法破壊、憤怒、万能結界の四つ。

 そしてここでセイが確かめたのは、能力操作、完全復元、術式不要の三つである。



 能力操作は、自分のステータスを、自在に割り振るものらしい。たとえば一時的に敏捷を低下させ、筋力を上昇させる。相手を見て自分の能力値を変化させるという、地味だがかなり役に立ちそうなものだ。

 完全復元は万能治癒に近いが、生命体だけでなく物にも作用するので、武器が壊れた時などは一瞬でそれを復元する。完全なサポートタイプの能力に見える。ただし病気や毒には使えないそうだ。

 術式不要は、魔法が術式構成なしで使えるというもので、無詠唱よりさらに素早く魔法が展開できるというものだ。もっとも術式構成に一度でも成功した魔法でしか使えないということ。

 このうちマコが話が通じるほど仲が良いのは、万能結界の勇者で、他とは特に仲も悪くはないという。また転移するまでは、それほど偏向した性格の持ち主はいなかったという。

「リーダーは山城君か、角田ちゃんかなあ」

 術式不要の勇者か、憤怒の勇者だという。

「絶対感知がある場合、不意打ちは無理だ」

 レイの確認したところよると、敵意や害意、危機を感知することも出来るらしい。しかも能動的なだけでなく、受動的にもはたらく祝福だとか。

「あと、万能結界と憤怒は早めに処理したいな」

 万能結界も憤怒もレベルが存在する。万能結界はそれでも一定以上のダメージで破壊できるが、憤怒は味方のダメージ量による能力上昇がより顕著になるとか。

 また術式不要と完全復元は、回復役が二人いることを意味する。



 さて、万一戦闘になった場合のことを考える。

 絶対感知は、戦闘においてはさほどの脅威にはならないだろう。こちらの行動を感知出来たりしても、それを伝える余裕など戦闘中はない。

 魔法破壊は白兵戦に強いメンバーが揃っているこちらとは相性が悪い。これも放置でいいだろう。

 憤怒は後に回せば回すほど強くなるので、早めに叩く必要がある。

 万能結界は面倒だ。早めにも遅めにも対応がし辛い。出来ればこちらの説得に応じてほしい。

 能力操作は……少しのステータス変動があっても、セイ、マコ、ラヴィの圧倒的なステータスとは渡りあえないだろう。ルイに時間稼ぎをしてもらってもいい。

 完全復元はこれまた厄介なので、早めに沈めておく必要がある。

 術式不要は、回転の速い魔法使いということだろうが、保有魔力を見る限り、魔力切れを狙ってもいい。



「まあ、なんにしても説得から入ったほうがいいな」

「ちーちゃんなら話はつくと思うけど、あとはどうかなあ」

「とりあえず街に入ろう。どうも迷宮から出てきたばかりで、少し消耗してるし、戦うとしたら早いほうがいい」

 馬車は再び発進し、オスロの街へ入った。







 オスロの街はイリーナと神との戦いで、大きく破壊されていた。

「報告によると、迷宮の主の竜も参戦したらしいからな」

 レイはそう説明する。この迷宮のある都市は、その主が火竜だそうな。

 ほとんどの建物は崩壊し、急ごしらえの建物や、テントが張ってある。その中でも例外的に早めに建てられたらしい建物は、探索者ギルドであった。

 復旧のためにも魔石が必要で、そのためにギルドも設置されたということだろう。内部はギルドの施設の他に、食堂が隣接している。

 そして大き目のテーブルを占拠し、食事を行っている7人の勇者。その回りには取り巻きが多数。



「やっほー、皆元気~?」

 軽い口調でマコが声をかけると、一人の少年が立ち上がる。

「誰かと思ってたら、椿さんだったのか」

 どうやら彼が絶対感知の勇者らしい。

 テーブルの7人が顔を上げるが、懐かしそうに相貌を崩す。特にその中の一人は立ち上がり、こちらに駆け寄り、大げさに手を広げてマコと抱き合った。

「マコっち!」

「ちーちゃん!」



 他の6人は、セイたちを見ている。特に視線が向けられるのは、ハイオークのブンゴルだ。

「椿さん、一応聞いておくけど、そちらの……オークさん? 強欲の神の眷属じゃないよね?」

 絶対感知は感知した対象が、自分にどういう感情を抱いているかも分かるらしい。

 味方なら青、中立なら黄、敵なら赤といった感じだそうな。

「俺はハイオークだ。もちろん悪しき神の眷属じゃない」

「それにしても、多彩なパーティーだな……」

 そう言ったのは術式不要の勇者である。リーダー候補の片方だ。人間、エルフ、ダークエルフ、ハーフリング、ドワーフ、ハイオーク、吸血鬼と、確かに意味不明のラインナップであろう。

「鑑定不能……初めて見た」

 また言ったのは、やはり術式不要の勇者である。彼も含めてこの勇者たちは、本来の祝福の他に、多くの技能と魔法が使える。今のは術式不要による鑑定だろう。

「ニホン人かな? 珍しいよね、あたしたちと同じぐらい日本人っぽい」

 そう言ったのは憤怒の勇者の少女で、セイを見つめている。

「話があるんで、食事を終えたら少し時間を貰えるかな。君たちの不利益にはならない話だから、そこは安心してほしい」

 セイたちも飲み物を注文し、勇者たちの様子を窺う。

 だが気になったのは、その取り巻きたちのほうであった。

(敵意とか悪意を感じるな。だがまだ殺気までには達していない)

 勇者たちの食事風景を眺めつつ、セイはそう考えるのだった。







 勇者たちには特別に大きな天幕があてがわれていた。

 そこにセイたち9人が入ると、さすがに狭く感じる。

 勇者たちの視線は司令官であるレイに主に向けられている。ここら一帯の支配者、つまりお偉いさんなので、それは気になるだろう。

 だがとりあえず、正面に立つのはセイである。敷物の上に座り、用件を切り出した。

「地球の神様から頼まれて、皆さんを帰還させにきました、小島聖です。帰還希望者は今すぐにでも帰せますけど、どうしますか?」

 その言葉のもたらした衝撃は大きかった。



「……か、帰れる?」

 男子一名と女子二名は、その場でぐっと両手を上げた。

 男子三名と女子一名は、複雑な顔をしていた。

「帰れるのはいいけど……帰ったら何かメリットってあるの?」

 そう尋ねたのは、憤怒の勇者である。

「あ~、ごめん、俺は帰還させろって神様に言われただけで、どうなるかは知らないんだ」

 前にもあったが、自分はともかく勇者たちの条件を確認すべきであった。

「……正直言って、あたしらの中には地球に帰るより、こちらの世界に残りたい人間もいる」

 憤怒の勇者は自分がそうだと言わんばかりに、セイを睨みつけた。



 正直、セイもそれは分かる。

 リアの家や魔都アヴァロンを見れば、ネアースの文明レベルは現代日本を凌駕している部分も多い。

 しかしこの泥だらけの最前線で、悪しき神と戦ってきたのだ。

 家族や友人にまた会いたいと思っている者は多いだろうが、何らかの見返りはほしいと思っても無理はないだろう。

「将軍には、これだけの功績があれば貴族にもなれると聞いている」

 憤怒の勇者の言葉に、レイは頷いた。

「諸君の功績を考えると、全員が伯爵位ぐらいはなるだろうな。それに配下の兵たちも、正規の部下として迎え入れられるだろう」

「あ~、ただですね」

 セイは口を挟む。これだけは言っておかないといけない。

「皆さんが地球に帰らないと、地球が滅びちゃうんですよ」

 その言葉に、勇者たちはざわめきだした。



 いつも通りの説明に、勇者たちは溜め息をつく。

 だがその中から一人、理知的な質問をしてきた者がいる。

 術式不要の勇者、マコがリーダーになっているかもしれないと言っていた、もう一人だ。

「俺たちはこちらの神の力で召喚されたわけだけど、地球に戻る時に何か特典はないのか? 正直ここまで命がけでやってきて、ただ帰れるだけじゃあまりにもひどい。それに地球の危機と言っても、どれだけ切迫しているのかも分からないじゃないか」

 セイと違って、彼らには特典など何もない。

 だが、地球の神にとっては、彼らの帰還は地球を救うためには必要なことなのだ。何か特典があってもいいのではないか。

 しかしセイにはそれを知る術はない。地球の神には連絡がつかないのだから。



 いや、とセイは考え直した。

「ちょっと待って。地球の神様に連絡が取れないか聞いてみる」

 そしてセイが取り出したるはいつものスマホ。連絡先はもちろん、こちらの世界の神様である。

「おう、久しぶりだな」

 それほど別れてから時間は経ってないが、連絡をするのは久しぶりのリアの声であった。







「というわけで、何か特典ありませんかね?」

「こちらで獲得した技能は、地球でも存在するものならそのままに出来る。あと、記憶とか能力は地球の神との交渉次第だな」

 帰還の折に、リアが地球の神に会えるようにしてくれるらしい。そして、こちらの世界のレベルアップでブーストされた能力も、ある程度引き継げるとか。

 ……正直、もっと早めに聞いておくべきことであった。むしろ、なぜ今更聞くのかと。

「こちらで獲得した技能とか、レベルアップした能力は地球でもある程度引き継がれるらしいよ。たとえば筋力とか敏捷度とか、スポーツ選手目指してみるのもいいんじゃないかな? あと知力が高くなってるなら、受験でも有利じゃない?」

 セイの説明に、勇者たちはまた顔を見合わせる。

「あと地球の危機ですけど、実際は数千年レベルの話らしいですけど、一つの例外を作れば、どんどん召喚されると思うので、そこは妥協できないそうです」

「ちなみに、帰らないって言ったらどうなるん?」

 ちーちゃんが尋ねてきて、セイはこれも偽りなく答えた。

「力ずくで帰します。ほとんどはちゃんと納得して帰ったけど、ごく一部、こちらの世界に留まりたいと言った人もいたので」

「力ずく、ねえ……」

 憤怒の勇者が鋭い目付きになる。だが術式不要の勇者は、それを手で遮った。

「すぐには返答出来ない。俺たちは7人揃ってからは、全員が納得した上で行動をしてきたんだ」

 その返答に、セイも頷く。出来れば相手が消耗している今、結論を出してほしかったが、それも無理だろう。

「どれぐらい時間の猶予がいりますか?」

「そうだな……三日ほしい。それだけあれば、意見もまとまると思う」

 セイはまた頷いて、この場は立ち去ることにした。

「では三日後の……夕方にまた来ます。それまでどうぞ話し合ってください」



 一行が立ち去って、すぐにテントの中では話し合いが行われるようだった。

「さて、それで正直に三日間待つのか?」

 レイの問いに、セイは軽く首を振った。

「揺さぶりはかけますよ。7人の勇者とまともに戦えば、こっちにも被害が出るでしょうし」

 ラヴィを前線に投入出来ないからには、こちらも色々考えないといけないだろう。それに魔将軍のレイという、切り札もある。時刻を夕方に指定したのも、ルイが参戦出来るように考えたためだ。

「まあ、素直に帰ってくれるという展開が一番なんですけど」

 セイはマコを見る。接触して問題なさそうなのはマコと、あとククリあたりも有効かもしれない。

 戦いになっても勝てるだろうが、手は打っておくべきだろう。

 セイは色々と考えつつ、瓦礫の山を見つめていた。

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