60 アセロア地方

 竜牙大陸最南端、アセロア地方。

 1000年以上も前には人間至上主義の国家が存在したその場所が、黄金竜イリーナと強欲の神との決戦の場であった。

 強欲の神はその名の通り強欲で、煌びやかな居城を築き上げたが、今では魔王軍の司令所になっている。

 魔将軍レイ。ダークエルフの女傑は、各地に散らばる強欲の神の遺産とも言える反勢力を制圧させていっているのだが、問題も発生している。

 強欲の神とその眷属がいなくなったことにより、傭兵が仕事を失い、治安が悪化しているのだ。

 傭兵を正規に雇い、治安の回復に努めさせているのだが、それでも雇われた傭兵と雇われなかった傭兵の間に問題が起き、雇われた傭兵の方が悪辣であったりもする。

 そして何より首脳部を悩ませているのが、勇者とその取り巻きの存在である。



 強欲の神の軍勢に対して、魔王軍は比較的順調に戦争を展開してきた。

 もちろん神自身が動けばひっくり返る戦況だったが、それでも徐々に相手を追い詰めていったのだ。

 それが数ヶ月前、勇者を名乗る……いや、本物の勇者が戦線に加わって、目覚しい活躍をしだした。

 勇者は7人組で、それぞれが長所を活かし、数千の規模の敵を圧倒することもあった。

 そして年若く強大な彼らに、幾つかの傭兵団が巧妙に接触。

 今では万を超す軍勢となり、一つの勢力となっている。



「本来なら、貴族にするぐらいは構わないんだがな……」

 レイは呟く。広大な竜牙大陸全てを有する魔王領アウグストリアは、王がいて貴族がいて、あとは種族の自治領主がいるといった国家体制である。そして広大な版図の多くは魔王の直轄地だ。

 もっとも魔王は現代でもまだ2代目。3000年かけて、まだ2代目なのだ。

 土地も民もあれば、宮廷内の法衣貴族にするという案もある。

「アセロアを7つに分割して、それぞれに封ずる。爵位は伯爵ぐらい?」

 通信機の向こうで、魔王アスカが提案する。

「ああ、それぐらいが妥当なんだろうが……連中の血の気は、まだ納まらないだろうな。リアから言われた転移者が来たとして、果たして素直にあちらの世界に帰ってくれるかどうか」

 セイの存在を、もちろんレイは承知している。

 3000年前の大崩壊経験者として、勇者を元の世界に戻すのは当然のこととも考えている。

 しかし戦争で明らかな武勲を立て、こちらの世界に順応している7人が素直に帰るか……。

 それは甘い見通しだとレイは思うのだ。



「まあそれでも、あんたと神竜の騎士一行が力を合わせたら、勇者を制圧するのは難しくないでしょ。なんなら時刻を調整して、あたしも参戦するし」

「そのはずだとは思うんだが……何しろ勇者の祝福は規格外だからな」

 一対一なら、さすがにレイが勝つだろう。しかし7人の連携は、繰り返された戦闘の連続で、かなりのレベルに達している。

 最悪、一人一人暗殺でもするしかない。だが、絶対感知を持つ勇者を先に排除しなければ、こちらの害意を感知されるかもしれない。

「まあ、最後の切り札も考慮に入れておいてくれ」

「……最後の切り札って……万一使うにしても、竜爪大陸の悪しき神々ども相手でしょ」

 そう、切り札はある。

 だがそれは、二人とも絶対に使いたくない切り札だ。



「とりあえず、ルイがまだ同行してるから、勇者の状況とか説明して、まあ説得から入る?」

「ああ、分かった。……こちらはまだ厄介ごとが多いんだがな」

「傭兵の盗賊化でしょ? インフラ整備に回せばいいんじゃないの? 神竜と神の戦いなんて、さぞ大規模な破壊跡になったでしょ」

「……そういう地味な作業を嫌うやつらが、盗賊化してるんだ」

 レイが溜め息をつくと、アスカも同情の言葉をかける。

「ニホン帝国の探索者として追い出せば? あそこの陛下ならそれぐらい分かってくれるでしょ」

「それも既に折衝しているが、とにかく時間はかかるからな」

 今すぐ、盗賊となった余剰戦力を削る手段はない。

 無駄飯を食らっていてくれるならば、その方がまだマシなのだが、とにかく祭り上げられた勇者が面倒だ。

 アスカとの連絡を切ったレイは、天井を見ながら呟くのだった。

「早く来てくれ、神竜の騎士よ……」







 一方その頃、セイたちはアセロア地方の最北端に達していた。

 昼間なので棺桶の中から、ルイが説明をしてくれる。ちょっとシュールだ。

「かつてこの地には、アセロア王国という人間至上主義の王国がありました」

 それはセイもカーラから学んだことだ。リアも言及していた。

 人間による人間のための人間だけの国家。

 この世界を旅してきたセイたちには、それがいかに歪なことか分かっている。

「ダークエルフや三眼人、オーガなどの強い魔族はまだしも、我々吸血鬼のように弱点のある種族や、外見が人間の美意識に合わないゴブリンやオークなどは、存在すら許されませんでした」

 セイやマコがそれで連想するのは、白人による有色人種差別や、中世キリスト教における異教徒の迫害である。

「ついに魔王様は決意なされ、魔王軍は南方の人間至上主義国家を滅ぼすことになりました。魔王軍の前に人間は対抗することも出来ず、滅びの一歩手前まで追い詰めたのですが……」

 アセロア王国は、勇者を召喚したのだという。



 もっとも今回の勇者召喚と同じく、数は多くとも勇者としての力はそれほどでもなく、突出したのが二名いただけらしい。

 そして肝心のアセロアは、竜の怒りに触れて滅ぼされた。

 国家がなくなっても、人間全てが死んだわけではない。アセロアの人間は全て、魔王の命により魔王領の各地に分散して住むこととなった。

 アセロアは完全に亜人と魔族の住む地となったのだが、それが今回は裏目に出た。

 いくら文明化されたとは言え、魔族には血の気が多い種族が多い。それが強欲の神により支配された。

 強欲の神に正面から挑んだのは魔王軍だが、人間による義勇兵や傭兵団も多かった。

「1800年も前に追い出されたアセロアを、人間の子孫は取り戻そうとしたのですな」

「1800年って……エルサレムかよ。つーか、1800年もどうしてその地にこだわり続けたのかね」

 セイは納得しがたいと頭を振るが、ルイはそれも説明した。

「3000年前、地球からこの世界にやってきた人間は各地に拠点を築きましたが、この大陸で最大のものが、アセロアの地だったのです」

 まさに聖地のようなものだった。

 アセロアは何度も国の興廃が繰り返された地方だが、ここを支配するとネアースの人間国家の中では一目置かれるらしい。

「まあ、1800年ぐらいならそうでしょうね」

 時間のスパンが人間とは違うライラはそう言うが、セイやマコには理解しがたい話である。

 原爆を2発も落とされて大空襲で10万人を殺されても、半世紀足らずで相手と友好を結べる日本人には理解しがたいだろう。もっとも地球規模で見れば、日本人の方が少数派なのであるが。



「それにしても、強欲の神が封印されたばかりなのに、もう結構復旧が進んでるんだな」

 セイが口にしたのは、途中の村や街を見たからである。

 怪力のオーガや巨人族をはじめとした亜人や魔族が石を運び、手先の器用な種族が壁を塗ったりしている。

 さすがに鉄道までは復旧していないようだが、ここまで馬車で来れたように、最低限の交通路は保障されている。

「強欲の神も最近ではアセロアでも、本当に南端だけを支配していたようですからね。司令官はアセロアの、強欲の神が建立したという城を拠点として、残党を狩っているらしいです」

「残党ねえ……」

 コボルトの親子を思い出す。そもそも魔族という言葉自体がおかしいのではないか。コボルトなんて、犬の獣人にしか見えなかった。

「まずは司令官のレイ様にお会いになって、勇者と方々と交渉するのがいいかと」

「交渉……」

 セイの視線に気付いたマコは、分かっている4人の勇者のことを思い出す。

「う~ん、ちーちゃん以外はそんなに親しくなかったけど、そんな過激な人はいなかったと思うなあ。残りの3人によると思うんだけど」

 なにしろ情報の収集が大事になるだろう。







 途中の街や村で情報収集をするが、どうやら盗賊の被害が急増しているらしい。

「敵がほとんどいなくなったのに、どうしてそうなるのかな?」

 マコは不思議そうに言うが、セイはなんとなく分かる。

「悪しき神が復活して半世紀近く、人種はそれと戦ってきたわけだろ? つまり雇用があったんだ。それが急にいらなくなったんだから、余剰戦力が盗賊になったり、勝手に土地を領有化したりすることもあるんじゃないかな」

 日本の戦国時代の終わり、豊臣秀吉は唐入りを行って、新たな領土を得ようとした。

 それは領地を配下に与えると共に、戦争以外に能のない人間に、雇用を与えようという意味もあったとか。

「普通に農業とか商業とかに就けばいいのに」

 まだ若く、これから人生が続くマコには分からない。

「いや、やっぱりずっとそればかりで生きてきた人には、他の職業に就くのは難しいんじゃないかな」

「冒険者なり探索者になれば?」

「戦争で命令に従うだけよりも、冒険者や探索者は難しいと思うんだ。もっとも……根本的な問題は、神竜があっという間に神を倒しちゃったから、職を用意する準備も整ってなかったとかだと思うけど」

「人間って不器用ねえ」

 ライラが長命のエルフらしきことを言えば、ククリやガンツも頷くのであった。



 アセロアの都市に着いたのは、ある意味都合のいいことに、夕暮れ時であった。

 ルイが先頭に立ち、司令官の居城へと向かう。さすがは魔王の側近と言うべきか、顔パスで通された。

 無駄に豪華な応接室に通された一行は、しばし待つこととなる。ソファーはふかふかだ。

「魔将軍レイ様は魔王様の幼馴染で、その力はほぼ魔王様と拮抗すると言われています」

 魔王軍の大半を指揮するのだから、天下の副将軍と言ったところか。



 さほど待たされることもなく、部下を引き連れたダークエルフが現れた。

 そういえばダークエルフは初めて見たな、と思ったセイが注目したのは、その胸である。

 エルフは皆スレンダーで、このダークエルフのお姉さんもスラリとした立ち姿なのだが、体形にメリハリがある。

 つまり色っぽいお姉さんということだ。

「魔将軍レイ・ブラッドフォードだ。まあ、かけてくれ」

 一度は立ち上がったのだが、軽く頭を下げてまた座る。



「さて、勇者たちだが、ここから南の都市、オスロにいる。その取り巻きもいて……なんだか国を作ろうとかいう話になってるんだ」

「はあ? 国を作るんですか?」

 レイは疲れた顔で頷き、運ばれてきた茶に手を付けた。

「普通の戦争なら、まあ働きがあったのも確かだし、国の一つや二つ作ったところで構わないんだが、まず勇者をこの地にとどめておくのはまずいだろう?」

 勇者が世界間の脅威となることは、レイも知っているようだ。

「それに、知ってるかどうかは分からないが、アセロアは人間が住まないようにしてある地域だ。国を作るにしろ貴族になるにしろ、この地からは排除しないといけない」

「大前提として、勇者は地球に帰さないといけませんから、あとは勇者以外の兵士の扱いですね」

「とりあえず勇者は、あたしが説得します」

 ぴょこんと手を上げるマコであるが、また肉体言語による説得にならないかが不安である。

 そして勇者さえ始末してしまえば、あとはレイがなんとでもするらしい。







 翌日、一行はオスロの街へと出発した。

 セイ一行7名にルイ、そして徹夜で書類事務を整理したレイが馬車に乗っている。

 軍用道路は整備され、その上を走る馬車は速い。さすがに鉄道まではまだ復旧していない。

 数日の間、拠点を留守にするレイだが、通信機で部下からの報告は受けている。

 ちなみにこの魔将軍様、レベル200オーバーの猛者である。

 もっともその技能を見るに、正面から戦うより、搦め手が上手そうなのであるが。

「お……見えてきた……」

 ククリの言葉に、セイはマップを発動させる。オスロの街に、勇者の反応が7つ。

 さて、最悪の場合を考えて、戦う準備をしよう。

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