59 残党狩り

 強欲の神と黄金竜イリーナの戦いは、丸一日かかった。

 それだけの激戦だった……というわけでもなく、イリーナが強欲の神を滅ぼさず、封印しようとしたからである。

 滅ぼすだけならもっと簡単であったのに、なぜあえて悪しき神を残したのか。

 それは竜たちの神に対するスタンスの問題である。



 善き神は、人々を善に向け、人種が栄えるのを良しとする。

 悪しき神は人々を悪に向け、自己の力の行使のために必要とする。

 全てはバランスの問題だ。善き神は人を愛し、その数を増やさせる。それこそ世界が悲鳴を上げるほどに。

 悪しき神は人の憎悪を愛し、その数を減らさせる。

 かつては魔王というシステムが成していた間引きを、悪しき神を利用して成そうとする。

 それが現在の神竜のスタンスなのだが、勇者召喚を止めない限り、世界の危機は訪れ続けるだろう。

 そのためには善き神を根絶やしにするのが一番なのだが…人種にとっては善き神は必要とされている。







「時空神トラドを滅ぼし、他の善き神への見せしめにするべきだろう」

 テルーの意見にラナは強く、オーマは適当に頷く。

 イリーナは特に意見がない。そしてリアだけは反対した。



「おそらくこのままあと百年も経てば……人類は自力で異世界への移動手段を手に入れるだろう」

 地球での、今ではあやふやになった知識と、ネアースの発展を考えれば、それは必然の路線とも言える。

 地球では異世界への移動など、物語の中の出来事でしかなかったが、ネアースでは実際にその手段が存在するという証拠がある。

 勇者。異世界よりの訪問者。

 ひょっとしたら地球にも、異世界からの召喚者はいるのかもしれないが、少なくともその存在は確認されていない。



「トラドは厳重に封印し、むしろ人間が異世界間移動をするのを監視させるべきだ」

「……人の生み出す異世界間移動って、どんなもんなんだろ」

 オーマが興味深げに言うと、リアは肩を竦めた。

「想像もつかん。だが意外と、大崩壊を迎えないタイプの手段を生み出すかもしれない。逆に大崩壊に至るものであれば、すぐに動く必要がある」

 そしてリアは珍しく、自分から進んでその役割を担った。

「監視は私の眷属が行おう。もちろん、私だけというわけにもいかないだろうが」

「ラヴェルナとリーゼロッテが一人前になるまでは、竜翼大陸と竜爪大陸はあたしが見るよ」

 オーマは興味深々とそう告げた。

「じゃあ竜牙大陸は私だね」

 イリーナに対し、リアは頷いたが、すぐ付け加えた。

「竜牙大陸と言うより、ニホン帝国だな。それと私は、特にガーハルトと魔法都市を見る」

 おそらく異世界間移動という手段に目をつけるのは、その二国と自治区の魔法都市、それとオーガスぐらいであろう。そしてオーガスはいまだリアの支配下にある。



「我々を外したのは、何か理由があるのか?」

 テルーの問いに、リアは嫌そうな視線を向ける。

「あんたらは長生きしすぎて、時間のスパンが狂っているからな。気がついてから動き出すまで数年の間があってもおかしくない」

 1800年前の勇者召喚で、確かにラナとテルーの動きは鈍かった。

 数年単位で物事を考え始めるから、どうしても後手に回る。

 前暗黒竜のバルスは反応が早かったが、あれは武帝やレイテ・アナイアとの共闘があったからであろう。

 しかし、リアにも分かるのだ。

 そこまで短いスパンで物事に対していると、魂はどんどんと削られる。

 だからこそバルスは己の寿命を察知し、リアを後継者に選んだのだろうが。







 竜牙大陸では、悪しき神の残党狩りが行われていた。

 神の影響でレベルが100を超えたような魔物や、精神を支配された人種が対象である。

 その中でも最も活躍しているのが、それまでにも主に眷属と戦ってきた、勇者のパーティーである。

 彼、彼女らはそれぞれに強力な接近戦や魔法の技能を有し、何やらよく分からない切り札まで持っているという。



「絶対感知がいるのは確実として、他の6人がどうなのか問題だよな……」

 悪しき神との戦いで鉄道が分断されていたので、セイたち一行は例のごとく馬車で大陸を移動している。

 もちろん視界がちゃんと通る平原ではラヴィの転移を使っているのだが、前線まではまだ遠い。

「聞いてる話によると……『魔法破壊』と『憤怒』、『万能結界』はいると思うんだけど……」

 マコの知る限りでは、その四つはほぼ確定だろう。



 魔法破壊はその名の通り、既に発動している魔法や、これから発動する魔法の術式を破壊して消滅させるもの。禁呪となればどうか分からないが、上級の魔法までは効力があったという。

 憤怒は味方パーティーが相手からダメージを受ければ受けるほど、戦闘終了まで能力値が上がっていくらしい。

 万能結界は、ありとあらゆる結界を作り出す。それこそ相手の攻撃を通さず、こちらの攻撃だけを通すような結界まで。

 そして絶対感知は、探し物がどの方向、どの距離にあるか、確実に分かるという。セイのマップにも似た能力だ。

 つまり相手がまだ勇者を探していたら、マコが接近しているのは感知されているだろう。

 それでもまだまだ距離があるので、情報を収集する余裕はあるだろう。







「まあ、近くに来たらこっちが確実に先手を取れるけど……あれ?」

 マップを何気なく確認していたセイは、急速にこちらに接近してくる反応に気付いた。

 コボルト。3名。構成からして、恐らくは家族の一行。

 そしてそれを追うように、こちらは人間の兵士が10名ほど。騎乗している。

(盗賊? いや……)

 傭兵と表示されている。追われているコボルトに、賞罰はない。

 逆に傭兵の方に、強盗や殺人の賞罰がある。

「ククリ、馬車の行く先を少し右へ変更。理由は分からないが、コボルトの親子が傭兵に追われている」

 そう言ったセイ自身は、馬車から身を乗り出す。

「危険はなさそうだから、先に行ってるよ。急ぎすぎないように来て」

 吸血鬼の中ではルイだけが付いてきているのだが、彼は日中は役に立たない。夜なら空も飛べるのだが。

 飛翔の黒い翼を展開し、セイは飛び出した。



 上空からセイが目にしたのは、コボルトの男性が御する荷馬車だった。荷台には二人のコボルトと、わずかばかりの身の回りのもの。

 服装を見るに、普通の平民だろうか。少なくとも薄汚れてはいない。

 それを追う10騎の兵は、装備も不揃いの、薄汚れた装備に身を固めた集団である。

 どうしたものかと考えたが、直接訊いてみるのが一番だろう。

 旋回したセイは、コボルトの荷馬車に平行して飛翔した。

「あの~、追われてるみたいですけど、どうしたんですかー!」

 荷馬車の方からは奥さんらしきコボルトと、息子らしいコボルトがこちらを見て驚いている。

 御者をしていた父親もこちらを見てギョッとしたようだが、悲痛な声で訴えかけてくる。

「傭兵崩れの盗賊です! 私たちが悪しき神の街で商売していたので、残党狩りと称して襲い掛かってきたんです!」

 なるほど、細かい部分はともかく、大枠は理解した。



 背後を見れば、もうすぐそこに盗賊どもはやってきている。

(傭兵が盗賊まがいのことをしてたって、本で読んだ気がするなあ)

 確か中世の時代だったか。とりあえず賞罰欄を別にしても、コボルトさんたちは悪そうに見えない。

「少し先に俺の仲間がいるんで、合流してください! 盗賊は仕留めますんで!」

 大地を駆ける荷馬車へと、セイは大声で叫ぶ。そして背後の地面に向かって、爆裂の魔法を放った。



 土煙が立ち昇り、盗賊たちの馬が立ち上がる。その間にセイは地面に降り立った。

 馬を制した盗賊たちが見たのは、だから15歳ぐらいの少女一人である。

「なんだてめえは!」

「罪もない獣人の親子を襲おうという盗賊は許さない」

「んだと! あいつらは邪神の眷属だぞ! 殺したら賞金が出るんだ!」

「嘘だ! 彼らの賞罰欄には何も書かれていなかった。むしろお前たちのほうに殺人、強盗、強姦……放火まであるな」

 そこまで言われて、盗賊はこちらが鑑定を持っていることに気付いたのだろう。

「捕まえちまえ! コボルトよりもこのガキの方が金になりそうだ!」

 どういう判断か知らないが、セイに敵対することを盗賊たちは決めた。

 それに対して、セイも行動を決める。



 こちらに向かって馬を走らせる盗賊は、剣を持っている。弓を持っている者もいるが、あまり練度は高くない。

(馬の上なら槍だろうがよ)

 向かってきた盗賊の右腕を切断、次の盗賊も右腕を切断。

 向かってくる馬の勢いを逆に利用して、セイはくるくると盗賊たちを無力化していった。

「くそったれ!」

 そして頭らしき者がセイに向けたのは、紛れもなく銃である。



 だがその銃口を向けられても、セイは躊躇しなかった。逆に盗賊が躊躇した。

 それでも一発は発射されたが、それはセイを掠めることもなく背後に飛んで行く。

 最後の盗賊を、セイは顎を殴って気絶させた。







「仕方なかった……とは言えません。ですがこちらも生活がかかっていました……」

 傭兵とは名ばかり、盗賊の集団を制圧したセイは、仲間と共にコボルトの一家から事情を聞いていた。

 強欲の神は悪しき神である。だが神は善きにつけ悪しきにつけ、人種の信仰や恐怖を糧に存在している。

 つまり強欲の神の支配下でも、人種の社会生活はある程度維持されていたわけだ。

 悪しき神は主戦力を魔物や悪魔に頼っていたが、力で従えた人種も存在した。もちろん洗脳された者もいた。

 強欲の神が封印され、積極的に眷属となった人種も倒された今、それ以外の人種はもはや無害な存在であるのだが、一度敵対した者と手を取り合うのは難しい。

 そして魔王の支配下の正規兵ではない、傭兵や義勇兵とは名ばかりの盗賊は、強欲の神の支配下にあった街で残党狩りと称した略奪を行った。

 コボルトの一家も、街で悪しき神の配下として雑貨屋をしていたらしいが、略奪を受けた。幸いその気配を察して荷馬車で北に逃げ出したそうだが、近隣で略奪を行っている盗賊に見つかったというわけだ。



「ちなみに懸賞金というのは?」

「魔王様の正規軍はいいのですが、この度の戦争で勲功を立てた勇者の方たちがいまして……」

 そいつらが、主に魔族に懸賞金をかけているらしい。コボルトは一応魔族なので、ささやかながら金にはなるというわけだ。

「北に行って、何か頼るところはあるのですか?」

「コボルト自治区に親戚がおりますので、少しの間はそこを頼ろうかと……。魔王様の軍に治安維持の余裕が出来れば、盗賊の仲間も息を潜めるでしょう」



 そこまでを聞いたマコが、腕を組んで考え込む。

「魔王軍と勇者たちは仲が悪いの?」

「いえ、そもそも勇者様たちも最初は傭兵の扱いでしたが、今では正規軍に組み込まれているはずなのですが……」

「暴走してるのか、上手く手下をコントロール出来てないのか、そもそも魔族の存在を勘違いしてるのか……」

「おかしいなあ。ちーちゃんがいるなら、コボルトさんとか獣人さんにそんな懸賞金をかけるわけないのに……」

 ちーちゃんというのは、万能結界の祝福を持つ少女のことで、大の動物好きだそうな。

「まあ直接街に行ってみて、もう少し調べるしかないか」

 セイの判断で、一行は南を目指す。

 コボルトの一家には、がたがきていた荷馬車を復元させて、また感謝されて別れた。



「さて、なんだかややこしいことになってきたかな?」

「ま、行ってみるしかないね」

 セイの呟きにククリは気軽に返す。

 馬車はごとごとと荒野を走り、やがて地平線の向こうへと消えていった。

 馬を失い装備も剥ぎ取られた盗賊がどうなったかは、彼らの運次第である。

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