58 黄金竜
ゴーレムが倒れこんだ。
足首だけをそこに残し。
ラヴィは至近距離から飛び離れる。
「やった……」
セイは地面に転がり、己の成したことを見る。
ゴーレムは満足に動けないだろう。重量のあるオリハルコンであることを考えると、二足歩行はもう出来まい。
だが、まだだ。その両腕の質量はそれだけで武器となる。
片足を奪ったくらいでいい気になるな。リアならそう言うだろう。
魔力の大半を使い果たし、それがものすごい勢いで回復していく。セイは立ち上がり、揺らぐ刀を青眼に構える。
ラヴィとマコもゴーレムと距離を取る。今まで使ってこなかったが、何か遠距離攻撃手段があるかもしれない。油断は出来ない。
だがセイは見た。
このゴーレム、オリハルコンなのは表面の厚さ数センチだ。
芯となるのは他の金属。ならば斬れてもおかしくなかった。
まだいける。
そう思ったセイが再び駆けようとした時。
「そこまで!」
空間に反響する声が、セイを止めた。
いつの間にか、最奥への扉が開いていた。
十数匹の竜が、その扉の奥に見える。黄金の鱗を持った成竜と、やや薄黄色い鱗を持った幼竜。
そして扉の前に立つのは、セイもかつて見かけた、黄金の鎧を身に着けた、黄金の髪の少女。
神竜イリーナ。
「あれが、神様? リアさんより若いけど」
「師匠は元人間だから、いろいろ違うんだろ」
「レイアナだけは例外。数万年も生きていない神竜は、普通少女の姿になる」
集まった3人の中で、そんな会話がなされる。
「それ以上は、ただの消耗戦だよ。それに、私が認めたからには、それ以上の戦いはしなくていい」
イリーナの手が動くと、うずくまったゴーレムはその巨体を浮かべる。
切断された足首の部分が接着すると、あっさりとゴーレムは元の完全な状態に戻った。
「ラヴィ、セイ、マコ、こちらに」
イリーナの先導に従い、変身を解いたラヴィとマコが、セイに続いて扉の中に入っていく。
成竜が9匹。残りは全て幼竜だ。合わせて30ほどの数になるだろう。
リアに教えてもらったような、岩石のように見えるという古竜はいない。
(そうか、一度全滅してるから……)
3000年かけて、これだけの数になったのだろう。
「とりあえず座って」
淡い金色の床から、椅子が4つ出てくる。イリーナが最初に座り、3人はそれに続いた。
「とりあえずごめんなさい」
そして彼女は謝った。
「事情は全部分かってる。強欲の神を滅ぼすか、封印すればいいんだよね。私もそろそろ動きたかったんだけど、ラナとテルーに止められてたんだ」
セイとマコが顔を見合わせる。するとここまでの道中の苦労はなんだったのか。
「神竜は基本、世界の表面には不干渉。ただ世界の危機にだけ動く」
そう言ったのはラヴィだが……彼女はセイたちと一緒に、かなり人種の間に影響を与えているだろう。
「そうだね。けれどリアはもう動いちゃったし、ラヴィが自分の迷宮を失ってしまったこともあるから、残りの神竜もそろそろ動く準備はしていた」
イリーナが言うには、ネオシス王国が勇者召喚をしてしまったのと同じように、悪しき神々も世界のバランスを崩しつつあるらしい。
「新しい種族を生み出したんだけど……元は何と思う?」
ネアースの世界には、様々な知的生物が存在しているが、主に人種として言われているのは人間、亜人、魔族である。
亜人でも猫獣人とリザードマンでは、全く生態系も文化も違うが、それでも意思の疎通は可能である。
そして最も近しいのが人間とエルフであり、この両者からはハーフエルフが生まれる。
それに加わる新しい種族と言っても……。
「もしかして、昆虫を元にしてますか?」
「正解! よく分かったね」
セイが正答したことに、マコも驚いているが、セイは地球では好きだったのだ。
……仮面ラ○ダー。
「獣人やゴブリン、オークが元は多産な種族だったことは知ってるかな?」
「ああ、そういえば先生が言ってましたね。文明化が進むにつれ、繁殖力が弱っていったとか」
「そう、世界の秩序が、より長生きする種族をそのままではいさせない。たとえばものすごく長命のエルフや吸血鬼、三眼族は滅多に繁殖しない。ただ悪しき神の作った昆虫人は、昆虫の繁殖力を持ったまま、強靭な肉体も持っている」
「あれ? でもテレビではそんなこと言ってなかったような……」
リアの家のテレビは、ニホン帝国の電波を魔法でジャックして放送していた。
しかし悪しき神々の軍勢は、ほとんどが魔物か、精神を支配された人間や魔族であったはずだ。
「昆虫人が前線に出てきたのは、ほんの少し前だからね。この大陸の悪しき神々は生み出してないし」
「私の迷宮を襲ったのは、主に魔族だった」
ラヴィもそう証言し、昆虫人の姿は見なかったと言った。
「魔族は血の気が多いのがいるから、操られることも多いんだよね。でもこれでまた魔族と人間が衝突すると、まずいことになるよ」
イリーナは首を傾げて困った顔をするが、どこか余裕があるようにも見える。
「昆虫人は知性はあまりない代わり、完全に上意下達、王となる固体がいて、それに全てが従う。そして繁殖力が高く、身体能力は……ベースとなった種による」
イリーナは腕組みをして、また違うほうに首を傾げる。
「昆虫人の魂は、知性に比して強い。これが増殖すると……またシステムを作らないといけなくなる」
システム。かつてカーラに習った、3000年前まで存在した、世界の秩序を保つための、魂の輪廻のシステム。
「今なら昆虫人もまだ完全な知性体とは言えないから、処分しても問題ない。むしろ、積極的に処分する」
イリーナはそこまで言って、目を見開いた。
「悪しき神々は、やりすぎた」
強欲の神は、イリーナが倒すと決められていた。
眷属の竜も、数匹が参加するという。
一つの国を簡単に滅ぼす、成竜が数匹である。
「だけど、勇者の相手はそちらに任せるからね」
800年前から増えた、二柱の神竜。世界のバランスは微妙になっているのだとか。
ラヴィがもし死――滅びたりしたら、惑星規模の変化が起こるかもしれない。
だから、勇者の相手はセイたちがしなければいけない。
「さあ、難しい話はここまでにして」
にっこりと笑って、イリーナは言った。
「迷宮を踏破した二人に、プレゼント。何がいい?」
そう言われてセイとマコは顔を見合わせる。魔王様からの依頼は、イリーナが戦線へ出ることであった。
だが今、イリーナ自らが、参戦を宣言した。すると二人の願いとは……。
「……勇者との戦いになった時、成竜を一人貸していただけたら……」
セイの願いはそれだ。今度の勇者は7人も揃っている。
戦いになるとは限らないが、もし戦いになった時のために竜の力は貸してほしい。
「いいけど……負けそうになったら退却させるからね? 私の眷属、まだ少ないし……」
イリーナは考え込みながらも了承した。
マコはしばし悩んだが、ある意味賢い願いをした。
「この先あたしとセイ以外の仲間が死んだら、一回だけ生き返らせてくれるとか」
「あ、それなら簡単」
朗らかな笑顔で応じたイリーナだったが、ラヴィを少し険しい目で見つめる。
「今後もラヴィは勇者とは可能な限り接触しないように。私も調べたけど『破滅』を持っている勇者がまだいるから」
「え? でもあれって、そんな強い能力じゃないはずじゃ?」
マコが問う。リアやカーラの分析でも、脅威度はそれほど高くないという話だったが。
「レベル10まで上がって、魂を砕く能力が加わっているから」
この世界、神竜様に頼めれば割りと簡単に死者の蘇生は出来る。カーラのように、実は蘇生が使える者もいないわけではない。そもそも不死身の存在すらある。
だが魂を砕かれるとそれまでである。時間を巻き戻すしか蘇生の手段はないし、時間の巻き戻しは、代償が大きすぎる。
神竜でも、魂を砕かれたら滅びる。そして神竜ほどの魂が崩壊した時間を巻き戻せば、惑星自体が消滅するだろう。
よってもしその勇者と戦えば、ラヴィは後方から援護するしかない。
ラヴィは頷いて同意した。
3人とイリーナが、迷宮の入り口の丘に出現した。
時刻はまだ朝方だろう。もっとも勤勉な都市の住民は、既に動いている。
「よいしょっと」
イリーナはその丘の上に、石碑を出現させた。
踏破された日時と、踏破した者の名前がそれには刻まれている。
もっともラヴィの名前はない。本来神竜が神竜の迷宮を踏破するのは反則だからだ。
神竜の騎士セイ・クリストール・パーラ。勇者マコ・ツバキ。
二人の名前がその石碑に刻まれたものだ。
「面倒だけど、これもしておかないとね」
昔はそういった風習はなかったが、この1000年ほどは踏破者の名を石碑に刻むのが流行となっている。
そしてそれを終えたイリーナの肉体は発光し――巨大な黄金竜の姿へ変身する。
金色の神竜が、ラボアの街の上空を覆った。
「小さき者たちよ、この度我が迷宮を踏破した者が現れた」
静かな、それでいて遠くまで届く声だった。
「それを記念して、石碑にその名を刻む」
そこまで言ったイリーナは、再び発光して人の姿となると、3人を連れて丘を降りた。
「それで、どこに行けば良いのかな? 仲間がいるんだよね?」
「はい、太守の館に」
街の大路を4人は駆ける。太守の館の門は開き、そこで数日振りの仲間たちの姿を発見する。
「皆! ただいま!」
セイたちに一番早く突進したのはブンゴルで、その大きな体で3人を抱きしめる。
「さすが姉弟子だ! 誰もなしえなかったことを成してのける! そこに痺れる憧れる!」
ガンツ、ライラ、ククリに加え、朝日が出たにも関わらず、ルイたち吸血鬼の3人も迎えてくれている。
その姿をにこにこと見ていたイリーナだが、館から出てくる住人が増えてくるのを見て、それに背を向けた。
「じゃあ、ちょっと行って来るからね。あとからゆっくりおいで」
黄金の光となって空中に飛び上がったイリーナの周辺に、同じ黄金の光がいくつか現れる。
そしてそれは、体長数百メートルを超える竜となった。
「それじゃあ皆、行くよ!」
黄金の竜が、南に向かって飛翔する。それを見つめる人々。
中には膝をついて拝んでいる者までいる。
金色の光が南に消え去るまで、多くの者がそれを見つめていた。
この日、強欲の神は封印され、その眷属は滅ぼされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます