57 鉄とオリハルコン
第40層に到達した。
階層の主は、地竜よりもさらに巨体で、強大なものだった。
神獣ベヒモス。
大地の神獣とも呼ばれる存在が、どうして階層の主などしているのか分からないが、とにかく強いのには間違いない。
特に厄介なのが、踏みつけにより地震を起こすことだろう。
セイもマコも空中戦は得意ではない。一応浮遊の魔法は使えるが、それでは文字通り浮いているだけだ。
マコは遠距離から伸びた槍で攻撃してもらい、セイは飛翔して上空から攻撃する。
ラヴィは竜に戻って、全力でブレスを放つ。
恐ろしいことに、ベヒモスはラヴィのブレスでも瞬殺とはいかない。
確かにダメージは与えるようなのだが、皮膚の表面に展開された魔力の障壁で、かなり威力が減衰されるのだ。
セイの飛翔の場合、勢いをつければそれだけ攻撃力は増すのだが、それでも皮膚に阻まれる。
おまけにこの神獣、知能も高いらしい。
目や急所を狙った攻撃は、必ず避けられる。
それ以外の部分は分厚い皮膚でダメージが通らない。
ラヴィはひたすら頭部にブレスを浴びせ、これがほとんど唯一のダメージソースである。
そしてベヒモスの攻撃対象も、ほとんどがラヴィとなる。
脅威度で考えるなら、確かにこちらの最大戦力はラヴィだ。
だが、セイの行動を阻害しないのはベヒモスの油断である。
武器を持ち替える。刀から槍へと。
その槍へ魔力を通し、渾身の力で首の後ろへ攻撃する。
「せいや!」
厚い皮膚を突き破り、どうにかその肉へと届く。
『極大電撃!』
雷が槍を通して、ベヒモスの体内に届く。
それはダメージになり、ベヒモスの動きを鈍らせる。だが、ほんの少しだけだ。
しかしほんのわずかな隙を、ラヴィは見逃さなかった。
ベヒモスの大きく開いた口に、自らの頭を突っ込んだのだ。
「ええ!?」
見ていたマコが驚いたぐらいであるが、それは効果的だった。
天竜のブレスが、ベヒモスを体内から焼く。
神獣とさえ言われても、ベヒモスは生物の枠を超えていない。
内部から体を貫かれて、ベヒモスは息絶えた。
「疲れた……」
人型に戻ったラヴィは、そう言って倒れこんだ。
慌てて抱き起こすセイだが、ラヴィはすうすうと寝息を立てていて、命に別状はないらしい。
「大丈夫?」
「ああ、疲れただけらしい」
一応回復の魔法をかけておくが、特に問題はなさそうだ。
そしてセイやマコにも、酩酊感が襲ってくる。
レベルアップ酔いだ。
「休憩しようか……」
「そだね……」
ベヒモスの崩していない平らな地面に、毛皮を敷いて3人は寝転んだ。
気分が回復するまで、数時間はかかっただろう。
気が付くと、ベヒモスの死体が消えている。
「あれ? マコ、いつの間に食べたの?」
「食べてないよ。……消えた?」
見れば、神核のようなものが一つ残っている。
「……ラヴィが吸収するかな?」
「どうなんだろ? とりあえずしまっておくよ」
セイが収納し、とりあえずまた毛皮の上で3人並ぶ。
「強かったねえ……」
「50層にいるのはもっと強いんだろ? 正直勝てる気がしないんだけどな……」
相性の問題もあるが、接近戦でも遠距離戦でも、これ以上の火力がないのだ。
「最悪、一度戻ろう。ただ、俺たちは命と引き換えにしてでも、相手を殺したら勝ちだ」
その言葉に、マコも頷く。
「う……」
ちょうどよく、ラヴィも目が覚めたようだ。
「もう少し休憩したら食事にして、最下層を目指そう」
マコが強く頷き、ラヴィはこてんと首を傾げた。
49層までを突破した。
この期に及んで風呂を作り、3人でゆったりと寛ぐ。
「疲労は?」
セイの問いに、マコは力強く頷く。ラヴィも小さく頷く。
表情に乏しいラヴィだが、いい加減に慣れてきた。それにわざわざ強がりを言う性格ではない。
「一晩眠ったら、体の調子を判断して、最後の層に向かおう」
セイの判断に、また二人は頷く。
「最後の敵ってなんだと思う?」
セイの問いかけに、マコは単純に答えた
「吸血鬼の真祖とか」
「古竜」
ラヴィの答えに、二人は顔を引きつらせる。
「古竜とラヴィが戦ったら、どっちが勝つ?」
古竜と神竜では、圧倒的に神竜の方が能力は高いはずだが、古竜とは年月を重ねてきた存在だ。
「分からない」
「吸血鬼の真祖なら、まだマシかな。魔王さんと同じだろ」
「普通吸血鬼は、迷宮にはいない。血が必要だから」
ラヴィの答えに、二人は顔を見合わせる。
最後の階層主が何なのか、ちょっと想像もつかない。
むしろ神やその眷属を門番にしているというほうが、納得がいく。
「神獣以上か……。まあ生き物なら、食われた中から潰すっていう方法が使えるな」
セイのフォルダに格納された無数の武器は、いまだその活躍の場を得られていない。
「小さい敵の方が、まだいいよね。大きいと刃が通らないし」
寝転がり、最後の敵を予想していく。ちょっと思いつかない。
「まあ、撤退覚悟で行くとするか。異論は?」
二人は無言で応えた。
「じゃあ、おやすみ」
迷宮の仄かな明かりの中で、3人の少女は眠る。
最後の敵を予想しつつも、疲労を完全に取るために。
「刀で斬れないものはない」
なぜか眠りに落ちる瞬間、セイの頭をリアの言葉がよぎった。
50層。黄金回廊の最終層。
「なるほど、黄金回廊の最後の守護者としては、確かに相応しいな…」
巨体であるが、ベヒモスほどではない。せいぜい10メートルというところか。
だがこいつは、明らかにベヒモスよりも難しい相手だろう。
「趣味が悪い……かな?」
マコが呟くが、セイは首を振った。
「趣味の問題じゃないだろ」
そう、最後の門番は、黄金に輝くゴーレム。
「オリハルコン……」
ラヴィが呟き、すぐさま竜の形態に変わる。
おそらくは神竜のブレスにも唯一対抗できる、神々の金属。
オリハルコンのゴーレムがそこにいた。
「どないせいっちゅうねん……」
セイが思わず呟いたのは、そのゴーレムの表面に走る文様。魔術回路を見たからだ。
絶対魔法防御の魔法。さらに強度の強化。ただのオリハルコンではなく、魔法に対する抵抗力をさらに高めたものだ。
「槍でどうにかなるもんなのかな……」
セイの刀とマコの槍は、リアの神竜ブーストとドワーフの洗練された技術が使われているとはいえ、鉄のものである。
この世界、鍛え方によっては鉄の方がミスリルより硬く丈夫なので、それはいいのだが。
オリハルコンとなると別格である。
「そんなもん作っても、誰も買わんだろう」
そう言ったリアは、一度ならずオリハルコンを扱ったことがあるらしい。
金と白金、世界樹の樹液に賢者の石を練成して作る、この世界で最も貴重な金属。
「そんな刀があっても、扱いに困るだろう。それに私には、これがあるしな」
そう言ってリアが見せるのは、神竜刀ガラッハ。
何度かセイも触れ、そのたびに気絶した魔力食いの神器である。
あれならば。
そう、あれならば、オリハルコンにも対抗出来たろう。
もっとも使うのがセイでは、一度振り抜いたぐらいで魔力が枯渇するだろうが。
「……戦うしかないか」
「ちなみにセイ、鉄でオリハルコンって斬れるの?」
「……実は斬れるらしい」
思わずセイを見るマコであるが、本当のことである。
「虎徹に最大限の魔力を込めて、刃筋を完全に立てたら、斬れるらしい」
それだけの技量があれば、だが。
「援護頼む」
そう声をかけて、セイは飛び出した。
オリハルコンのゴーレムは重い、はずだ。
それにも関わらず、その動く速度は凄まじい。おそらく核になるものが違うのだろう。
だがやはり、物質としての限界はある、はずだ。
魔法による強化がなければ。
全力で身体強化をし、虎徹・改のギミックも最大に引き出す。
刀によって、オリハルコンには傷がつく。だが、すぐに修復される。
表面を削り取っても意味がない。セイはすぐにそれに気付いた。
(一撃で大きなダメージを与えるしかない)
かつてリアが一度だけ見せてくれた、試し斬り。
「オリハルコンを作るのは、私でもけっこう面倒だから、一度だけだぞ」
そう言ってリアが取り出したのは、とても鉄の刀では切れないほどのインゴット。
オリハルコンだ。柔らかい金でも、その厚みは斬れないのではないかと思った。
しかしリアは、斬ってみせた。
何も魔法のギミックのない、ただ己の打った鋼鉄の刀で。
オリハルコンを両断したのだ。
弟子であるからには、このギミック満載の虎徹で、オリハルコンぐらい斬ってみせないといけないだろう。
狙うべきは関節。そう、足首辺りが少し細いか。
マコの槍が貫くことはなく、ラヴィのブレスは表面で弾かれる。
それはいい。それは予想通りだ。
普段はとっておきのラヴィのブレスが、この場合はあくまで囮だ。
本命はセイの刀。
とても斬れるとは思えない。だが、斬れるイメージがなければ、本当に斬れない。
「己の理想の太刀筋を見る」
リアの教えを思い出す。刀を振るって3000年というその重みを。
足首。あそこを狙う。
刀のギミックで有用なものを全て解放し、さらに己の魔力で全身を強化し、加えて残りの魔力を刀に纏わせる。
一撃。後のことは考えない。
裂帛の気合と共に、セイは刀を振り抜いた。
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