56 階層の主

 黄金回廊は、踏破者がいないにも関わらず、それなりの情報が衆知されている。

 迷宮を作ったときに、黄金竜イリーナ自らが、ある程度の情報を公開したからだ。

 全50層というのも、その時に知らされたというのが一般的な見方だ。

 そして、10層ごとに階層の主がいるという。



 8層、9層と、前人未到の階層を進みながら、一行は階層ごとに休憩をはさんだ。

 試練の迷宮とは、敵の強さが大違いだ。なにせ最後のボスだった吸血鬼が味方に3人もいるのに、戦闘時間が長くなる。



 気付いてはいた。

 セイ、マコの不死身組と、変身したラヴィの3人で進むほうが、絶対に楽だと。

 だがそれは他の仲間に、お前は足手まといだと告げることである。

 ……しかしそれを告げるべき状態が近いのも確かなのだ。



 第10層。

 そこはドーム型の空間で、魔物は一匹しかいない。

 いや、そう数えるべきなのだろうか。

 それは人型をしていた。

 動く鎧……にしては、発する魔力が強大すぎる。

「死霊騎士……レベルは200か……」

 レベルは問題ない。なんならラヴィに変身してもらって、ブレス一発で済むだろう。

 しかし仲間の経験値にするには、ありがたい相手だ。もっとも、その特殊能力を除けばだが。



「どうするの?」

「待って、今考える」

「状態異常攻撃が多いね。視線でこちらの魔力を削っていくのが辛いや」

 ククリもマコも鑑定でそれは分かっているのだろう。

 問題は、精神系の状態異常の耐性を持っていないメンバーだ。

 エルフやドワーフは、そういった耐性がなくても、精神力が強いからなんとか耐えるかもしれない。

 だがブンゴルは、その値は平均的だ。いや、むしろ彼のレベルを考えると、高いと言ってもいいのかもしれないが。



「試練の迷宮とは違うからな。ここは俺とマコで片付ける。ルイさんたちは、万一あいつがこちらに向かってきたら、対処をお願いします」

「心得た」

「姉弟子……」

「駄目だ、ブンゴル。あいつの視線だけで、お前は気絶する可能性がある」

 目を見つめてそう言うと、ブンゴルは悲しげに頷いた。

「よっしゃ、行くぞ!」

「任せて!」







 戦いは、よく分からない状況で行われた。

 死霊騎士の視線は、それだけでセイとマコの魔力を削っていく。だがセイもマコも、魔力が高速回復する祝福や技能を得ている。

 死霊騎士は盾でマコの槍を防ぎ、長剣でセイの刀と打ち合った。

「剣術レベル高すぎるぞ。俺と同じなんて、どういう由来の騎士なんだ」

 マコの槍も強度を高め、貫通のギミックを使っているのだが、死霊騎士には通用しない。

 単純に、強い。

 複雑にも、強い。前後からはさみこんで攻撃しようとするが、それを死霊騎士は盾で受け流すことで防いでいる

「盾術レベル8は伊達じゃないってか」



 それでも、形勢はセイたちに傾いた。

 魔法の矢で四方から攻撃し、わずかな隙を逃さずに穿つ。

 ぎりりと嫌な音を立てながら、セイの刀は死霊騎士の甲冑を滑る。

 どんな生前を送っていたのかは分からないが、この死霊騎士は戦い慣れている。

 まあ神竜様のことだから、いくらでも伝手はあるのだろう。



(それにしても師匠、盾ってやっぱり使えますよ)

 盾不要論のリアであったが、セイにはそこまで刀を使いこなすことは出来ない。

 魔法の障壁も、この騎士を相手には破られそうな気がする。

 なんと言っても持っている剣が、魔力を発しているのだ。

「ただの魔剣で! 師匠の刀に勝てるかよ!」

 打ち下ろし。死霊騎士の剣が二つに折れた。

 武器を失った死霊騎士は、セイの首を掴んでくる。だが、それは悪手。

 セイの怪力は死霊騎士の小手の部分を、逆に握り潰していた。







 攻撃手段を失った死霊騎士。それに対してあと一撃加えようとセイが刀を振りかぶる。

 だが騎士を真横から、精霊が襲った。

「へ?」

『魂の輪廻へと帰れ』

 死霊化した騎士の魂が、清浄なものへと変わっていく。

 鎧も盾も砂のように消え、後には何も残らなかった。



「ごめ~ん、なんか倒せそうだったし、レベルアップしちゃ……」

 てへ、とでも言いたげなライラだったが、途端にレベルアップ酔いが彼女を襲った。



 11層への鏡の前で、一行は相談していた。

 ここから先へ、3人以外で進むか否かである。

「一応11層だけは見ていくか……」

 先に一人で先行したセイは、マップで確認して、すぐさま10層に戻った。

「駄目だ。ここから先は本物の迷路になってる……」

 最短のルートを、最速で行く必要がある。

 誰かを庇っている余裕はない。



「ここから先は、俺たち3人だけで行く」

 事前に決めていたことだが、これほど早くそうするとは思わなかった。

「本心で言えば、ククリだけは連れて行きたかったんだけど……」

 罠の位置が分かっても、それに対応できる人間がいないのだ。

 それでもラヴィに竜になってもらって踏み潰せば、罠の意味もないだろう。



「それでは、お願いします」

「承知仕りました」

 ルイの大仰な挨拶に礼を返し、セイは仲間の顔を見ていく。

「仕方ないけど、ボスとか敵のことは後で教えてね」

 ククリがぼやくように言う。ガンツやブンゴルも不満そうではある。

「精霊使いがいなくて、困っても知らないんだからね」

 ライラが言う。本来なら、これは非常にバランスのいいパーティーだ。

 だがレベルの格差が、これ以上進むことを許さない。

 半不死である吸血鬼でさえ、ここからは難しいだろう。

「無理はせずに途中で帰ってくるかもしれないから、その時はよろしく」

 セイ、マコ、ラヴィの3人が鏡に手を付ける。

 次の瞬間、3人の姿はその場から消えていた。



「我々も、戻りましょう。階層の主が復活でもしたらたまりませんからな」

 ルイの言葉に、不承不承全員が頷く。

 11層への鏡を振り返りつつ、7人は地上へと向かった。







 10層までの迷宮を単純と言うなら、11層からの迷宮は複雑であった。

「念のために、ラヴィの防具もあるから……」

 セイが取り出した革鎧を、ラヴィは身に付ける。正直肉体の耐久力の方が上なのだが、ローブが破けるのは避けられないだろう。

 竜の持つ怪力を発揮してもらうため、大盾と本来は両手で使うような戦鎚を渡す。

「じゃあ、最短を行くから」



 セイは駆け出し、マコが続き、ラヴィが最後方となる。

 幸い迷宮がマップの機能を阻害することはないので、本当に最短の距離を進む。

 もっともあまりに敵が多い場合は、迂回することもある。

 11層から13層までは、それほどの激戦もなかった。

 14層からは迷宮の構造が立体的になる。マップを三次元的に見ても、なかなか難しい。普通のマッパーならとても記述できないだろう。

 そういう意味でセイのマップは、まさに迷宮殺しであった。



 二日をかけて、20層に到達した。

 ここの階層の主は、地竜である。

 よく勘違いされるが、地竜は竜ではない。亜竜である。

 高レベルのパーティーであれば、まず遅れをとらない程度の相手だ。

 しかしこの階層の主は、その特殊個体であるらしい。レベルも高いが、首周りが複雑な色をしていて、幾つかの種類のブレスを吐くことが出来る。

 何より巨大である。

 体長は50メートルはあるだろう。普通の武器や魔法を跳ね返すほどの耐久力を持っている。

 だが、相手が悪すぎた。



「ラヴィ、ブレスを」

 変身したラヴィの姿に、地竜は明らかに萎縮した。

 いかにラヴィが己より小さくとも、その存在の強大さは分かるのだ。

 地竜は己の最大の攻撃手段、ブレスを吐こうとする。

 その開けられた口内へ、ラヴィのブレスが直撃した。

 亜竜のブレスと神竜のブレス。どちらが強力かなど言うまでもない。

 毒と酸を含めたブレスを、天竜のブレスが切り裂いていく。

 よりにもよってその口内にブレスが直撃し、地竜は即死した。



「ラッキーだったね」

「全く……。ラヴィ、疲れてない?」

 こくんとラヴィは頷くが、本当かどうか分からない。

 こういう時、鑑定が通らないというのは不便だ。

 どちらにしても、小休止は必要だ。風呂を作って、順番に入浴していく。

 ラヴィがセイの膝枕で寝ているのに対し、マコが拗ねたりもする。

 とにかく20層を攻略し、3人はそこで休息をした。







 一週間が過ぎた。

 一日に一層は確実に消化している。だが、行程は困難を極めた。

「これ、絶対に踏破出来ないことを前提に作られてると思う……」

「クオルフォスさんとか、魔王さんレベルだよね。あとリアさんとかカーラさんとか」

「師匠ならそりゃ、踏破出来るだろうけどさ……」



 空気の薄い層。重力の強い層。温度の極端に高い層。逆に頭まで浸かる水の層。

 30層を突破するまでに、これだけの多種多様の層があった。

 そして30層の主である風の精霊王を倒して、鏡の前で一行は休息を取っている。



 正直、ここまで過酷だとは思っていなかった。

 セイもマコも、何度か殺される攻撃を受けている。すぐにラヴィが変身して援護するのだが、彼女でさえ鱗に攻撃を受けて傷ついていた。

「でも、おかげでレベルは上がったな……」

 セイとマコは、200の大台を突破した。ラヴィも自己申告だが150は突破したらしい。

 竜はやはり素の能力が高いだけあって、レベルアップはしにくいらしい。

「……一度帰る?」

「……そうしたいところだけど、もう一回挑戦するのはきつい……」

 実際問題、一度退却したところで、戦力の増強が出来なければ意味はない。

 リアやカーラを呼ぶぐらいなら、最初から悪しき神と戦うのと変わらない。



 休息を終え、一行は31層へ向かう。

 危険だったが、これからはもっと危険になるだろう。

 セイの致死感知には反応しないが、間違いなくこれまで以上の試練となるだろう。

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