55 黄金の都市
竜牙大陸のほぼ中央に位置する都市、ラボア。
そこは黄金都市とも呼ばれている。
別に金が採掘されるとか、そういう分かりやすい理由があるわけではない。
この街にある迷宮、黄金回廊の魔物があまりにも強く、一体倒しただけで一月は暮らせるほどの魔結晶が採取できるからだ。
そう、魔結晶。
魔石程度の純度の魔物は存在しない。最低でもレベル70の魔物しか生息していないのである。
迷宮の構造自体は簡単だ。かなりの部分が一本道で、ごく稀に分岐することがあっても、すぐに合流したりする。
罠はほとんどない。せいぜい魔物を呼び寄せる罠があるぐらいだ。
レベル100前後の火力に特化した超一流パーティーにとっては、面白いぐらいに稼げる迷宮である。
だが、この迷宮の最深到達層はわずか7層。
レベルが100を超えるようなパーティーでも、純粋な力だけではそこまでしか到達できないのだ。
ちなみに最終層が50層であることは、いつの間にか巷間の噂になっている。
そのラボアへ、馬車が到着する。
セイたち一行であるが、時刻はおおよそ夕方になっていた。
不死の王である吸血鬼と違って、並の吸血鬼には太陽の光に対する耐性がほとんどない。
瞬時に灰になることはないが、その異能をほとんど発揮できないのだ。
ちなみに最下級の吸血鬼は、実は太陽の光に強い。
もっともそのかわりに、吸血鬼としての異能があまりないのだが。
心臓を貫かれた程度で死ぬのだから、セイやマコの方がよほど不死身である。
「さて、ちょうどいいことに日も暮れたし、早速登録して踏破しようか」
セイの言い分に頷く一行である。既に準備自体は整っている。
いつも通りの食料に、吸血鬼向けの血液パックが加わっているぐらいだ。
街の太守の館に進み、面識のある吸血鬼に馬を預かってもらう。
それから一行は、街の中心にある探索者ギルドに移動した。
こちらでも吸血鬼が顔馴染みらしく、ギルドのマスターに話をつけてくれる。
超特急で用意されたプレートを手に、一行10名は、ギルドの中にある迷宮へと踏み入れた。
そう、黄金回廊は、このラボアの街の中心に入り口があるのだ。
魔物の徘徊する迷宮の出入り口が街の中心にあるのは非常識だと思うかもしれないが、これにはちゃんとした理由がある。
黄金回廊は試練の迷宮のように、鏡に触れて転移するタイプの迷宮なのだ。
イリーナが各地の迷宮を回って考えただけあって、その辺りはしっかりしている。
そして試練の迷宮と違って、こちらは最大10人で攻略が可能なのだ。
これが魔王がセイたちに、3人しか部下をつけなかった理由である。
「残念なことに、死んだ人間が生き返る機能はないみたいだね」
迷宮のパンフレット片手に、セイが呟く。
「セイ殿、浅い階層ならば、我ら3名が先導しますが」
そう言ったのは吸血鬼3人の筆頭であるルイである。
「いえ、皆さんの実力は分かっていますが、逆にこちらに足手まといがいるので、育てながら進むことになると思います」
具体的にはブンゴルである。人種の中ではかなり強大な力を持つハイオークでいながら、この中ではククリと並んで弱い。
ククリはそもそも戦闘要員ではないので、戦士の中ではブンゴルが最弱となる。
そのブンゴルも、リア謹製のブーストされた装備に身を包んでいるので、そうそう危険なことにはならないだろう。
「しかし、そちらは……」
ルイの視線が向けられるのはラヴィである。
ククリやライラでさえ革鎧を身に着けているのに対し、ラヴィは薄いローブだけ。
「ああ、聞いてませんか? 彼女は神竜ですよ」
「しん……りゅう……?」
何か変なものを聞いたという顔でルイは首を傾げるが、説明は歩きながらでも出来るだろう。
「まあ、とにかく進みましょう。話をする時間はたっぷりとありますから」
美しい迷宮であった。
左右には太い円柱が立ち並び、天井には星が煌いている。
「なんでも実際の製作には、ドワーフの職人の力を借りたそうです」
なるほど、ドワーフか。
セイはドワーフの里にいたので知っているが、彼らは大雑把に見えて、実に繊細な工程もこなす職人である。
そんなことを教えてくれるルイは、実はこの迷宮にソロでいどんだことがあるらしい。
「2層目で諦めましたが」
レベル100オーバーの吸血鬼が、2層目で諦める。
聞いただけで嫌になる情報だったが、進まないわけにもいかない。
1層はごく単純な回廊が続くだけで、出てくる魔物は動く鎧程度であった。
「姉弟子! こいつらつええ!」
「お前が弱いだけだ。ほら、身体強化」
「うおおお!」
主にブンゴルが戦うのだが、吸血鬼たちはさすがに寿命が長いだけあって、多様な支援魔法をくれる。
鎧どもを相手にするブンゴルの武器は戦鎚で、これは仕方がないのだ。いくら刀でも、達人以外は鎧を切断など出来ない。
それでも2層への鏡には到達したのだが、ここでしばし休憩である。
「2層はどんな敵だったんですか?」
「1層と変わりませんよ。ただ、魔力のかかった武器で攻撃してくるのです」
魔力のかかった武器なら、吸血鬼もダメージを受ける。ソロで潜ったなら、それは確かに退却するだろう。
「あ……この迷宮、最悪俺とマコとラヴィで攻略することになるかも」
セイの言葉に、ガンツが特にじろりと睨みつける。
「ここ、退却するのにも一本道だろ? 戦力にある程度余裕がないと、退却の途中で死ぬ」
セイの言葉を裏付けるかのように、鏡から他のパーティーが現れた。
魔族中心の、相当腕の立つパーティーのようだったが、半数は戦闘不能の状態だ。
「大丈夫か? 治癒魔法はいらないか?」
その言葉にオークやオーガを中心とした冒険者は振り向き、こちらに吸血鬼やハイオークがいるのを見ると、頷きあった。
「復元レベルが使えるなら……」
「なら大丈夫だ」
セイが進み出たのに驚いた様子だったが、すぐさま傷が癒されていくのを見て、息を飲んだ。
「驚いたな……。吸血鬼じゃなさそうだが……」
そう呟いたのはゴブリンの魔法使いだ。おそらく鑑定が使えるのだろうが。
「俺は単なる、竜の眷属だよ」
全員を復元させたが、失った血液や肉は戻らない。その分が体のどこからか取られていくのだ。
「何層まで行った? 情報がほしい」
「……6層だ。巨大虫の群れにやられた」
それからもセイは聞き取りを行い、充分だと判断したら探索者を解放した。
「6層までは行けそうだけど……そこからは俺とマコとラヴィで行ったほうがよさそうだ……ってククリ、ガンツ、そんな目で見るなよ」
「別に文句は言ってないだろ。おいらが戦力に数えられないのは分かってるさ」
ガンツは無言だが、悲しげに視線を下げた。
2層の敵は、確かに動く鎧である。魔法の武器で攻撃してくるが、こちらも防具には自信がある。
なんたって剣神様とも鍛冶神様とも言われるリアの防具である。……もっともセイやマコは機動性を重視して革鎧なのだが。
「ふごー!」
ブンゴルが叫び、ガンツが無言で戦斧を振る。ライラは相性が悪いので待機だ。
「本当に一本道だね。その分、敵も避けられないけど……」
マコが呟くとおり、道は一本道だ。ただし、横幅がものすごく広い。
前衛後衛ではなく、近接戦の出来ないライラとククリを中心に、円を描いて陣形を取っている。
3層は巨大な魔物が襲い掛かってきた。主に哺乳類をメインにした敵で、性質の悪いことに状態異常の攻撃を使ってくる。
魔法障壁が不可欠だ。普通の金属鎧なら、酸で溶かされているだろう。
4層は、なんと階段がある。つづら折の階段で、踊り場ごとに魔物がいる。身軽に立体的な動きをする猫科の魔物で、その速度が素晴らしい。
ライラの魔法で空中の体勢を崩すのだが、なんと魔物も魔法で己の体勢を元に戻す。
結局はすれ違い様にセイが切断したのだが、ここまでで既にブンゴルは消耗が激しい。
「鏡の前には魔物は出ないらしいし、そこで今日は野営しよう」
少し早い判断だが、体力の消耗が著しい。
床に無理やり風呂を作り、汗と血を流していく。
「風呂ですか……」
ちょっと呆然とした吸血鬼も、ご相伴に預かった。
すれ違う探索者は、湯気を見て驚いているが、セイの一行は慣れっこである。
武器や防具の点検を済ませると、一応交代で見張りを立てて眠る。
「黄金回廊は、黄金竜イリーナ様が、各地の迷宮を自ら探索し、それを元に作り上げたものだと聞いております」
偶然見張り番が重なったルイが、そのような説明をした。
「かつては竜骨大陸の中央に、黄金回廊という同名の迷宮があったのですが、黄金竜クラリスの消滅と共に、その眷属全てを巻き込んで破壊されました」
カーラ先生から習った歴史の授業でも、無茶苦茶だと思ったことの一つである。
旧黄金回廊は帝都の真下にあったため、住民300万人を巻き込んで消滅したらしい。
その原因は、魔王と勇者の力の激突であったと。
「さすがに私もその頃は生まれておりませんでしたが、魔王陛下なら当時のこともご存知のはずです」
旧帝都の跡は、いまだに広大な湖となっているという。
勇者を探す旅でなければ、是非とも見てみたいものである。
7層まで、幾つものパーティーとすれ違った。
中には死に掛けの探索者も大勢いて、セイはそれを治癒しながら情報を集める。
もっともマップの祝福のおかげで、階層ごとの敵はすぐに分かるのだが。
5層からは進路大きく分かれていたが、最終的には同じ道に出るというのは本当だった。
セイのマップで一番楽な進路を選ぶが、それでも敵は多い。
6層は巨大な昆虫が襲い掛かってきて、ここは腐海じゃない!とマコが叫びながら槍を振るっていた。
そして7層である。
単純に、敵が強くなった。
上空が見える広さで、ほとんど一つの空間でしかない。
そこへ上から襲い掛かってくるのがワイバーンである。雑魚であることに変わりはないが、飛行系の魔物はやりづらい。
「飛行の魔法、習っておけばよかった!」
マコは槍を伸ばして対応しているが、セイはちょっと違うやり方を取る。
セイは暗黒竜の眷属である。
そして竜は、翼を持って飛ぶものだ。
魔力で背中から竜の翼を作り、跳躍した後はそれを操作してワイバーンを追う。
前からこっそり練習していたのだが、ようやくここで日の目を見た。
ワイバーンの卵を取りに行ったとき、その動きをよく見ていたのが良かったのだろう。
飛行速度の高いワイバーンも、風の魔法で無理やり速度を出したセイには及ばない。
はるか高くの天井を足場にし、ワイバーンの翼を斬る。
地面に落ちたワイバーンは、ただのトカゲである。
ブンゴルやガンツの美味しい経験値になってもらった。
そして第8層。
前人未到の階層へ、セイたちは進んでいく。
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