第二部 神竜の騎士 竜牙大陸

54 魔都アヴァロン

 砂の砂漠の上を、ぷるぷると飛空艇が西へと向かう。

 その速度はお世辞にも速いとは言えないが、この地形を考えると、それでも格段に速いのである。

「あ~、俺も時空魔法覚えたいなあ……」

 セイは巨大な氷塊を置いた盥を前にしてそう言った。

「どうして習わなかったのさ~」

 ライラが襟元を寛げながらそう言う。

「だって10年もかかるって言われたらさあ……」

「10年なんて一瞬じゃない」

「エルフと一緒にしないでほしいなあ」



 竜骨大陸を超え、一行はついに竜牙大陸へと向かっていた。

 竜牙大陸は地球で言うならアフリカ大陸に相当し、そしてその全域が、魔族領となっている。

 正式名称は魔族領アウグストリアと言うのだが、各種族の土地に大きく分かれ自治権を有し、一つの政権が全土を支配しているわけではない。

 そして竜牙大陸には、目覚めた悪しき神々の中でも、かなり強大な神が一柱いる。

 その名を強欲の神という。



 神は復活後、瞬く間に大陸の南三分の一をその支配下に置いた。

 それに対して魔族を最大勢力とする人種は力を結集、大陸から近いニホン帝国も参戦し、今では有利に戦況を進めている。

 魔族の首脳部は竜骨大陸にも近い、魔都アヴァロンにある。

 そこから遠く離れた前線へ指示を出すのは現実的でないので、前線の司令官にその役割を負わせている。

 前線司令官の名は、レイ・ブラッドフォード。

 齢3400年を数える、ダークエルフとしては世界最強の女傑である。







 竜牙大陸の精密な大地図を前に、レイと参謀たちは今後の展開を話し合っていた。

 人種側の戦力は充分で、強欲の神の影響を受けた魔物たちを、的確に撃退している。

 戦線は徐々に南に押し込まれ、このまま行けば強欲の神を倒すか封印することも時間の問題である。



 そう考えるのが、一般的である。



 一般的でない少数派、たとえばアヴァロンの魔王アウグストリアや、レイは分かっている。

 神がその力を直接に振るえば、自軍に有利なこの戦況など、簡単にひっくり返ると。

 推測でしかないが、この神を倒すには、向こうの眷属を完全に除いた上で、少数の精鋭が命がけで挑む必要がある。

 それこそ魔都の魔王や、レイ自身が加わって、魔族領の各種族の精鋭を集結させる必要がある。



 だがそれは、真正面から戦った場合だ。

 戦力として存在するが、戦力として数えられない存在を、こちらの側に加えられれば。

 そう、竜である。

 黄金回廊の奥に眠る神竜の力をこちらのものとすれば、おそらくは決着がつく。

 だが竜は、純粋に人種の味方というわけではない。

 黄金竜に会ったことがあるレイは、彼女が特に獣人を贔屓していることは知っているが、それでも神との戦いに自分から参戦する可能性は低い。

 現時点では、だが。



 もしも神々がこれ以上に復活し、世界の秩序に悪影響が出るとすれば、彼女たちは悪しき神を滅ぼすか、最低でも封印してくれるだろう。

 だがそれまでに、どれほどの犠牲が出るか。



 神竜の力を借りるには、もう一つ簡単な手段がある。

 その神竜の支配する迷宮に挑み、踏破すればいいのだ。

 そうしたら神竜は、その褒美として人種に力を貸してくれるだろう。

 だが現在、黄金回廊に挑んで踏破した者はいない。







 列車に乗ってどんどこと、セイたち一行は竜牙大陸へ入った。

「おいらの種族でも、なかなかここまでくることはないからね。どんなことが起こるのか楽しみだなあ」

 ククリはこの状況でも明るいものだが、セイとマコの表情は暗い。

 竜牙大陸の勇者が、7人全員集まってしまっていた。しかも、おそらく悪しき神との前線付近に。

 動きから見て、勇者たちは悪しき神々と戦っているようだ。それはいい。

 だがこの戦乱の地で、勇者の力を前線から抜いてもいいのだろうか。ただの正義感からでも、この世界に留まるという者はいるだろう。

「まずは魔王陛下に挨拶するように言われているんだけど……」

 魔都アヴァロンが近づくにつれ、建物は近代化し、風景も都市化していっている。



 そして夕暮れ時、一行はアヴァロンに到着した。

「なんじゃこりゃ……」

 駅のスケールは、地球と比べたらそれほどでもない。だが大通りから見かける魔王城の巨大さは、地球にもないものだろう。

 丸々一つの山をくりぬいたような漆黒の城、それが魔王城である。

「え~と、とりあえず魔王に会うように言われてるんだけど……もうお役所って閉まってるよね?」

「それでも予約とか入れといた方がいいんじゃない? すぐに会えるようなもんじゃないでしょ?」

 ククリの言葉に納得しつつ、一行はオフィスビル街を進んだ。



「地球より進んでるな……」

「少なくともこの近くはね……」

 セイとマコの目には明らかに、建物の様子が未来的に映る。

「この文明レベルが前線でも維持できてるなら、勇者は帰りたがらないんじゃないかな」

 セイの言葉にマコも無言である。



 王城の近くの豪勢な館を横目に、セイたちは進む。

 役所街と言うのだろうか、この辺りはまたビルが多い。

 たっぷり日も暮れたころ、セイたちは王城の麓にたどり着いた。

 当然のように衛兵がいて、武器は小銃を持っている。

 一人はダークエルフ、もう一人は人間に見えるが人狼だ。

「何か用ですか?」

 問われたセイは、リアからもらった短剣とプレートを渡す。それを見たダークエルフの男性はぎょっと顔を強張らせる。

「少々お待ちを」

 そう言って腕にはめられた端末で確認する。明らかにコンピューターもどきである。

「お待たせしました」

 執事のような服装のコボルトがやって来た。

「魔王陛下がお会いになります。どうぞこちらへ」



 こんな時間にやって来て、早々に会えるなど、セイは思ってもいなかった。

「あの、魔王陛下はお忙しいんではないですか?」

 そう問うと、コボルトさんは当たり前のような顔を……したのだろう。よく分からないが。

「戦争中ですからね。しかし夜にしか会えないのですから、仕方ないでしょう」

 セイはその言葉に不穏なものを感じ、マップを展開する。

 検索する単語は魔王。その種族は……吸血鬼。

 しかも、ただの吸血鬼ではない。不死の王だ。かつて迷宮都市で戦った吸血鬼の上位種。

 なるほど夜にしか会えないわけだ。







 謁見の間のような仰々しい場所ではなく、一行が通されたのは応接室のようなところだった。

 ふわふわのクッションがきいたソファに座る一行。その前にメイドさんがお茶を持ってきてくれる。

 さほど待つ間もなく、護衛を引き連れて一人の女性が現れた。

 黒と白を基調としたその服装は、細かい飾りがびっしりとされている。

「待たせたわね。リアからだいたいの事は聞いてるわ」

 魔王はどさりとソファに座り込むと、目と目の間を揉む。

「勇者は現在、悪しき神々との戦いの最前線にいる。斥候もこちらでつけて、ちゃんと迷宮で鍛えてからね」

 吸血鬼の視線で一行を見るが、ラヴィのところで動きが止まる。



「ラヴェルナ……どうしてこんなところまで?」

「……成り行き?」

 こてんと首を傾げて、ラヴィは答える。

「神竜が成り行きって……」

 天井を仰いで、魔王は溜め息をついた。

「現状、勇者の戦力を前線から引き抜くのは難しいのよ。全員レベル100オーバーまで鍛えたし、祝福が強烈なのもいるしね」

「けれど勇者の存在は」

「分かってる。だけど為政者として、目の前で戦力を減らすことは出来ないの」

 魔王は自分の分のお茶を飲むと、再び一行に眼をやった。

「お願いがあるの。それを聞いてくれたら、勇者は必要なくなる」

「そのお願いとは?」

 魔王が頼むのだ。困難なものであることは間違いないだろう。

「この大陸の中央にある迷宮、黄金竜イリーナの支配する、黄金回廊」

 コボルトさんが運んできてくれた紙の束を、テーブルの上に投げ出す。

「そこを踏破して、黄金竜の力で悪しき神を倒してほしいの」



「その、暗黒竜である師匠から直接、黄金竜に頼むことは出来ないんですかね?」

「竜は人間の味方でもなく、また魔族の味方でもない。そして基本は、神の敵でもない。リアは例外中の例外。元が人間だったからね」

 吸血鬼だけあって、リアのことを愛称で呼ぶ。それほど親しいのだと、セイは悟る。

「リアでさえ、出来るだけ自分の力は行使しないようにしている。でないと、世界の秩序が狂うから」

「迷宮を踏破すると、願いが叶うと?」

「そう、竜が定めた例外の一つ。あなたたちなら、踏破出来ると思う」



 魔王はまた姿勢を崩して、一行を眺める。

「レベル差が大きいわね。まあ、あの迷宮は斥候職はあまり必要ないんだけど……」

 確かにセイたちのパーティーは、レベル差が激しい。

 具体的にはセイ、マコ、ラヴィの3人が突出していて、ライラとガンツがほぼ同レベル。そしてブンゴルとククリが弱いのだ。

「3人ほど護衛を付けるわ。ただ、迷宮の外では戦力にならないから、気をつけてね」

 3人。すぐ後に現れたレベル100オーバーの猛者たちは、全員が吸血鬼だった。

 それは戦力にならないはずである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る