53 普通の冒険者
カラスリ地方、ボンベイ公国。
その首都ボンベイに、勇者がいた。
ものすごく地味な、それでいてリアとカーラには危険視された、祝福の持ち主である。
その祝福の名は『検索』
ようするに人間Wikiさんということである。
レベルが上がれば上がるほど、その検索する知識は豊富になる。
目の前の魔物が何であるか分かれば、その情報を世界から引き出すことが出来るのだ。
「つまり、ありとあらゆる術式や技能がどんなものであるか、分かるということです」
「魔物に関しても、世界にさえ知られていれば、その弱点が分かるということだな」
レベルが存在するのが救いである。
今の彼女の祝福のレベルは7。10まで上がると、ひょっとしたら誰も使えないという、虚空魔法の知識まで検索出来るのかもしれない。
だれが授けた祝福かは分からないが、ある意味最高にチートな祝福である。
さて、そんなチートな祝福を得た彼女が何をしているか。
冒険者、ではない。
探索者でも、ましてや傭兵でもない。
彼女はその祝福を、ある意味的確に利用していた。
冒険者ギルドの受付嬢というのが、勇者今井響さんのお仕事である。
「久しぶりだね! ひーちゃん!」
ギルドから帰宅する途中の今井さんに、マコは接触した。
まだ通行人の多い街路で、堂々と呼びかける。
「へ? あれ?」
今井さんはきょとんとした顔で、マコを見つめた。
食堂に場を移し、話は順調に進んだ。
「世界の危機ね……。マコちゃんもまた、とんでもないことに関わってるわね」
「その分レベルはアップしたよ。たいがいの魔物ならなんとかなるね」
溜め息をついた今井さんは、これまでの経緯を話してくれたが、それほど不思議なことはなかった。
この街の近くに転移した今井さんは、ごく普通に冒険者として登録した。
だが祝福の効果か、依頼の達成度が非常に高かった。
それを見ていたギルドマスターが、せっかくの知識をギルドの方で活かさないかと勧誘。
危険性の少ない職に魅力を感じ、転職したというわけである。
「帰るのは問題ないんだけど、引継ぎが大変だなあ……」
受付嬢というのは、ある意味普通の冒険者よりも代替がきかない。
単純に冒険者と応対をしているように見えるが、専門的な知識や、手順を学ぶ必要があるのである。
「ギルマスにも話さないといけないし……ちょっと時間かかるよ」
具体的にはどれぐらいかと訊けば、半月ほどもかかるという。
「半月か……」
その間に他の勇者と接触するというのは難しい。
カラスリから竜牙大陸に行くには、ルアブラ地方という砂漠が多くを占める地域を横断する必要があるのだが、そこには勇者はいない。
海の上をもらった飛空艇で飛ぶのは、海の魔物に襲われる可能性が高い。
砂漠は起伏が多いので、ラヴィの転移もあまり使えないし、馬車も使えない。
予定では砂漠の上をふよふよと飛空挺で飛んでいくのだが、結構時間がかかりそうなのだ。
「かと言って竜牙大陸を優先しても、また戻る必要はあるし……」
マコはうんうんと悩んでいるが、セイは解決策というか、真っ当な時間の過ごし方を考えていた。
「普通に冒険者として活動したらいいんじゃないかな? あるいは専門に訓練の教官をしている人と立ち会うとか」
「強い相手と戦いたい」
それまで無言でエールを飲んでいたガンツが言うと、ブンゴルも賛同した。
「道中魔物としか戦ってないから、姉弟子にちゃんと指導してもらいたい」
ククリ、ラヴィ、ライラの3人は特に意見はないらしい。
「じゃあ冒険者として活動するか。……初めてじゃないか? ちゃんと活動するのって」
ドワーフの里で一応冒険者登録はしたが、確かに旅の連続であった。
「なんだかちょっと観光気分かも」
マコがそう言って、今井さんは少し不安そうな顔をした。
竜骨大陸の冒険者ギルドは、ごく一部を除いて協賛している。
オーガスで作ったギルド証でも、カラスリで使える。もっとも全員がその最下級、木製板の冒険者であるのだが。
ある程度の貢献と依頼達成を認められれば、これが銅のプレートに変わり、まず一流と言われるのは銀のプレートである。
さらに上には金のプレートの冒険者がいるのだが、これは少なくともその地域一帯では英雄と呼ばれるような者たちだ。
木製板の冒険者は本当にルーキーで、普通なら街中のお使いや、一時労働者として雇われるだけである。
もちろん格上の依頼を受けてもいいが、大半は受付で止められる。
初心者が討伐依頼を受けることはまずないのだ。
まず、と言うからには例外がある。
それは初心者でありながら圧倒的な強さを持つパーティーが、顔見知りの受付嬢に頼む場合である。
「これなんていいんじゃない? 推奨レベル40前後」
マコが依頼板から取ったのは、近隣の村で鋼熊が見られるので、それを討伐してほしいというものである。
「俺はこっちがいいんだけどな」
ワイバーンの卵求む。推奨レベル70以上。
飛竜に乗った騎士というのは良く物語の題材に登場するが、実際の竜に乗るような人間はほとんどいない。
ワイバーンに乗った騎士を、普通は竜騎士と呼ぶ。竜骨大陸では特にオーガスに多い。
「……両方受けようか?」
「ああ、それはいいな。どういう分担にする?」
「熊は森の中にいるだろうから、ククリは外せないとして……ブンゴルはそっちでしょ?」
「じゃあ風魔法の得意なライラをこっちでもらって、ラヴィとガンツはそっちか。……過剰戦力な気もするけどな」
依頼票をを持って今井さんに渡すと、不思議な顔をされた。
「ええと……二つ同時に受けるんですか?」
「いや、二手に別れる」
「その……ワイバーンの見られる山脈は、他にも特に危険な魔物がいるんですけど」
「え~と、今井さん鑑定の魔法は使えるんだよね? それで俺を見てみて」
後方支援担当として、彼女がそういった魔法に習熟しているというのは聞いていた。
「いいんですか?」
「ああ、見てもらえば分かる」
偽装隠蔽を解いたセイを、小さな詠唱で魔法を発動させた彼女が見つめる。
「な……」
思わず絶句した今井だが、唾を飲み込んで落ち着きを取り戻した。
「それが……こちらの世界に渡ってきた力ですか?」
「いや、俺最初のレベルは5だったんだよ。だけど、不死身だからね。いくらでも無茶な修行が出来て、稽古をつけてくれる人が、また凄い人だったから」
「分かりました……。ですがお気をつけて」
そしてセイとマコは、二手に別れた。
そして一週間後には何事もなく帰って来た。
「ワイバーンの卵……本物ですね……」
鑑定技能や術理魔法使いが交代で確認し、卵と同じ重さの金貨が支払われる。
「あと、ワイバーンの皮とか爪も買い取ってもらえると聞いたんですけど」
「え、ええ。こちらの買取カウンターで行っています」
「あ~、丸ごと持ってきたからちょっと…」
「ま、丸ごと?」
「祝福で、宝物庫と似たようなものを持ってるんですよ」
隣接する土地が大物の魔物の解体所にもなっているので、そちらへ移動する。
セイが取り出したワイバーン10匹を見て、職員たちが仰け反っている。
「さすがにあの場で解体するのは難しかったんで、直接持ってきました。腐敗はしていないので、肉も食べれますよ」
「ど、どうやってこの数のワイバーンを……しかも……一撃か、これは」
「ええ、まあ首を落とせば大概の魔物は死にますからね」
平然とセイは答えるが、同行したブンゴルとライラの目は、ちょっと怪しくなっている。
とりあえず素材の買取だけでも、ちょっとした金額になった。
「う~ん、そっちの方が歯ごたえはあったみたいだね」
マコの方も依頼は無事に達成したが、魔物の小規模な氾濫があったらしい。
亜竜が山奥からやってきて、それが鋼熊などの移動につながっていたそうな。
もちろん鋼熊のついでに亜竜も倒し、その全ては今、マコの腹の中である。
そして今、7人と今井はギルドマスターの部屋に呼ばれていた。
「いったいこれは何があったんだ……」
別に叱責しようとかいうわけではない。ただ、この状況の異常さが理解を超えているのだ。
木製プレートの冒険者が、金プレートの冒険者がこなすような仕事をこなしてきた。それだけだ。
「ヒビキ君、彼らはいったい何者なのかね……」
「勇者ですよ。正真正銘の……」
「君もだろう? だが君とは、こう言ってはなんだが、レベルが違う」
「私の祝福が戦闘向けでないとうこともありますが、彼女たちはエルフの里で魔物の氾濫を止めたそうです」
「エルフの里!? 大森林か! だがなぜ……いや、そちらの彼女はエルフか、その関係か……」
一人納得するギルドマスターだが、彼の頭に一つの疑問が浮かぶ。
「すると、一番強いのは君という訳か?」
その視線はライラに向けられている。長寿のエルフが外見通りの年齢でないことはよく知られているので、そう推測したのだろう。
「いや、強さだけを言うなら……」
セイとマコ、そしてライラの視線もラヴィに向けられる。
その視線に、ラヴィはこてんと首を傾げた。
「魔法使い……かね? 杖も持っていないようだが」
「ああ、彼女は……まあ武器とか魔法とか関係なく、強いんですよ」
その回答は、ギルドマスターにさらなる疑念を抱かせるだけだった。
「もう一つぐらい仕事を受けても良かったんだけどなあ……」
そう言いながら、セイはギルドの管理する訓練場で、ブンゴルを相手に木刀を振るっている。
ブンゴルはやはり木刀を持っているのだが、セイにはろくに当たらないか、当たってもまともなダメージにならない。
「刃を立てて、引き斬るんだ。刀は力だけでなく、速度が重要な武器なんだから」
ふごふごやっている二人の向こうで、マコは素手のラヴィを相手に棒で攻撃している。
本物の槍を使ってもラヴィには通らないのだが、見た目が危険すぎるからである。
ラヴィはその細腕からは信じられないような怪力で、マコの攻撃を受け止めるのだが、それでは駄目なのだ。
「相手が攻撃してきたら、その懐に飛び込んで。相手の武器より早く攻撃するの」
ラヴィの技能は、本人申告では体術がレベル2になっているらしい。
もっとも彼女の本領は、神竜であることによる膨大な魔力なのだが、そうそう竜に変身するわけにもいかないので、体術を習っているのだ。
そして高度な訓練を繰り返す二組の向こうでは、ガンツが挑んでくる冒険者を相手に無双していた。
ククリはその片隅に座って、英雄たちの勲を詩っているのだった。
とんでもない冒険者は、一人の受付嬢を連れ、ボンベイの街を去っていった。
ククリの作った、本人曰くあまり出来の良くない飛竜殺しの詩は、それでもしばらく街では評判になった。
カラスリ編 了
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