51 女神
迷宮の29層。その中心部。
広大な空間の中央に、その存在はいた。
甲冑を身にまとい、槍と盾を装備した、背中に翼を持つ存在。
「戦乙女か……レベルは140。誰かやってみる?」
ガンツが相変わらず鼻息も荒く進み出るが、それを女リーダーが止める。
「あたしらの魔法使いじゃレベルが見えないんけど、140なんて複数のパーティーが協力して当たる敵だよ?」
「ガンツのレベルは100ありますし、魔法で補助したらなんとかなりませんかね?」
「100……」
リーダーがパーティーの魔法使いに目をやると、彼は少しの精神集中をして、鑑定を行った。
「確かに、101あるな。人種の限界に近いはずだが……」
人間、亜人、魔族を含めた人種の限界は、おおよそ100レベルだと言われている。
もっともそれは、それ以上のレベルの魔物となると戦う危険性が極端に増すため、レベルアップに必要な経験値がなかなか集まらないからだ。ネアースにおける経験値は、基本的に雑魚狩りをしても貯まらない。
「あんたたち、どんな探索をしてきたの?」
サキが問うと、マコがどんと胸を張る。
「あたしの場合は、暴食の効果でどんどんレベルが上がりました!」
「俺とラヴィの場合は、修行の内容が過酷だったり、相手にするのが悪しき神だったりしたからなあ」
「神殺しだと! そんな称号は……いや、偽装隠蔽か」
魔法使いの男は納得している。確かに彼の予想は正しい。
「そちらのお嬢ちゃんの鑑定不能というのも初めて見たが……おそらく、見た目通りの年齢ではないのだろうな」
「まあ、それは秘密ということで。じゃあガンツ、よろしく」
身体強化と魔法障壁の補助を受け、ガンツが飛び出す。
広大な空間に入ったと同時に、戦乙女は覚醒する。
ガンツの戦斧を盾で受け止め、片手槍で反撃をする。
それに対してもガンツは盾で受け止め、己の怪力で押し返す。
戦乙女は己の周囲に光の矢を出現させたが、その攻撃はガンツにかけられた魔法障壁を貫けない。
「どうですか、解説の椿さん」
「いや~、どちらもやりますねえ。ですが手数の多い、戦乙女の方が有利ではないでしょうか?」
「あんたら、本当に手伝わなくて大丈夫なのか?」
女リーダーの呆れた声に、セイはひらひらと手を振る。
「大丈夫ですよ。正直手数は確かに向こうの方が多いんですけど、ガンツの身に付けた装備の方が、はるかに格上ですから」
神の眷属である戦乙女と、神竜の作った装備を持つドワーフの戦士。
その勝負は、セイの言葉の通りに展開していった。
神竜であるリアの装備には、彼女が3000年かけて開発した特殊な機能がある。
サイズ調整だの自己修復だのは当たり前、盾に至ってはある程度の慣性制御さえ可能なのだ。
これに加えてドワーフ特有の肉体の頑健さ。
戦乙女がちまちまと傷を与えている間に、彼は重い一撃を加える。
この戦いは、ドワーフ特有のもので、だから彼はリアに立会いを望んでも、斧を習ったことはない。
リアの弟子は、基本的に剣士である。そして魔法戦士である。
ガンツは純粋な戦士で、リアの理想にはなれない。
だが、だからこそ彼は、違う方向で己を高めた。
武装を整え、魔法の援護を貰い、敵と戦う。
それが彼の戦いである。
長い時間がかかったが、勝ったのはガンツだった。
光となって消えた戦乙女が最初に立っていた場所に、地下への階段が現れる。
「おお……」
「やった……」
サキのパーティーが階段の周囲に群がる。そして斥候のコボルトの青年が飛び込んでいく。
「考えれば善き神と会うのって初めてだよね」
「そういえばそうだな。まあ、戦って勝てるレベルだし」
一行は階段を降りていく。次第に迷宮の光が暗くなっていくが、それでもうっすらと青い光が床を照らしている。
やがてたどり着いたのは、巨大な鉄の門。
「どうやって開けるんだ、こんなの……」
斥候のコボルトがあちこち見ているが、開閉装置らしきものはない。
素手で開けろというのか、この50メートルはありそうな鉄の門を。
「開ける」
戦闘の余韻も去っていないのか、ガンツが扉の前に立つ。
「いや、いくらドワーフでも……」
その言葉が終わる前に、ガンツは鉄門を開け始めていた。
「先に入る?」
セイに言われて、サキのパーティーはうろたえながらも首肯した。
広大な空間のその先に、泉があった。
泉には巨大な十字架があり、そこに下半身のない女神が磔にされていた。
「で、でけえ……」
50メートルはある巨体である。だが、今のセイたちにとっては脅威ではない。
その時、泉のすぐ前に、光り輝く人影が現れた。
「私を滅ぼしにきたのですか、竜の眷属よ」
わずかながらも感じる神威。その容貌は、磔にされた女神と同じものである。
「いや、俺たちはあんたを滅ぼす気はないけど、一つだけ確認したい」
セイが問いかけるのは一つだけ。
「あんたは、勇者召喚の術式を知っているか?」
かすかな沈黙の後、女神は安堵するように吐息した。
「それは私の領分ではありません。竜に逆らうような力など、私にはありません」
「なら、俺たちの聞きたい事はもうない。あんたの恩寵を、彼らにやってくれ」
引き下がったセイに対して、サキたちのパーティーは緊張しながら進み出た。
女神の力は、相当に弱っているようだった。
それでも傷を癒したり、若返りをさせたり、万能の薬を作る程度のことは出来るようだ。
「いや~、ありがとうございます、女神様」
「あなたたちの信仰がなければ、私は形を得ることもできません。この程度ならば容易です」
神は神竜と違い、人々の信仰を必要とする。
だからこそ強く、だからこそ弱い。
「あのさ、さっき一つだけって言ったけど、もう一つ聞きたいことがあった」
セイは喜ぶ探索者を横目に、女神に問うた。
「勇者召喚の術式を知っている神は、どこにいるんだ?」
そう、それさえ解決すれば、二度と召喚の儀式など起きないだろう。
だが女神の答えは満足できるものではなかった。
「それは時空神トラドと、その眷属神の領分です。彼らはおそらく竜翼大陸に封じられたと思いますが、詳しいことは分かりません」
それでセイの質問はなくなってしまった。
時空神トラドとその眷属神。それが勇者召喚、勇者拉致の原因なのか。
「時空神か……聞くだけで強そうな名前だよな……」
もっとも、カーラ先生の授業では学ばなかった名前だ。
これだけ重要な能力の神の名前が伝わってないということは、なんらかの意図があるのだろう。
それともカーラが、そこまでをセイに求めなかったからか。
そしてここで、召喚される勇者のタイプが違う原因もなんとなく分かった。
おそらく伝えられる術式が微妙に違うのだろう。最初の方の勇者が単独で強かったのは、トラドという神が直接教えたのかもしれない。
「とにかくこれで、一件落着か」
街に戻り踏破の報告をし、太守に招かれて晩餐に参加しと、だいたい同じような展開が繰り返された。
「それじゃああたしは帰るけど、本当に大丈夫?」
サキは心配そうにマコを見つめるが、マコはわざとらしく力瘤を作ってみせる。
「大丈夫だよ。これでもあたしは、レベル180オーバーだからね」
「180って……どこまで鍛えればそうなるの……」
呆れたように言うサキに、マコはてへへと笑っている。誤魔化しているつもりだろう。
そして変身の勇者は帰還した。結局一度も変身しているところを見なかったのに気付いたのは、帰還してから後のことだった。
「さて、次の目的地だけど……」
地図を広げたセイだったが、気になっていることがある。もう大分前から分かっていたことだが。
「また増えたね……」
マコが指摘するのは、勇者の集結である。
一度はバラバラに飛ばされたはずの勇者が、竜牙大陸に集まっているのだ。それも5人。そしてその5人は、また一人勇者の方向へと向かっている。
間違いなく、勇者は集まっている。
「これは『絶対感知』で間違いないと思うけど……」
マコの知識によると、探索しているものがどの方向、どの距離にあるか分かるというものだ。
迷宮探索ならともかく、戦闘力には直結しないと思う祝福なのだが、この状況では一番重要だろう。
竜牙大陸の勇者はこの5人を除くと、残りは二人となる。
「ありがたいんだけど、勇者が7人も集まったら……結構面倒な人もいそうだよな」
セイは嘆くが、かける時間は短くなるだろう。
「とりあえず、この半島のあと二人に接触しようよ。話はそれからだね」
マコの激励に、セイは苦笑いで応えた。
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