50 善き神

 捕まえた盗賊どもを、最低限の治療をして数珠繋ぎに縛る。

 迷宮の外に出ると、待機していた軍の人間にそれを引き渡す。

「偽装隠蔽の魔法が使えるから、注意してください」

 そのセイの言葉に、士官らしき軍人は魔法使いを呼びに行った。

 それまでセイたちは天幕の中で待機である。



「偽装隠蔽が使えるぐらいまでになったら、普通に魔法で稼ぐほうが、よっぽど無難なのになあ……」

「やっぱり鑑定だけじゃだめだね。看破を使えるようにならないと……」

「賞罰欄を偽装出来ないようにするとか、師匠に伝えないとなあ」



 そんなことを言いながら、セイはブンゴルに質問をした。

「迷宮の中で知らない魔物に出会いました。さて、ブンゴルならどうする?」

「どうって……戦う以外の選択が?」

「減点1。自分たちでは敵わない敵の場合がある。気付いた時には既に死亡だ」

「なるほど、だから鑑定が必要と……」

「今回は人間の魔法使いがいたから、異例中の異例だけど、たいがいの魔物は鑑定が通る」

 そうなのである。魔物の中には魔法まがいの……というか表示上は魔法を使える種がいるが、偽装隠蔽は人間以上の知能があるものしか使えない。

 もっとも祝福で偽装隠蔽を持っている悪魔などもいるので、一概には言えないが。

「魔物鑑定を使える魔法具もあるから、パーティーで一つは用意すべきなんだよな」

 その言葉に、ブンゴルは強く頷いた。







 偽装隠蔽を解くことの出来る魔法使いがやってきて、セイたちの捕まえてきた盗賊を鑑定する。

 もちろん殺人が表示され、盗賊どもは引っ立てられていった。

 だがそれだけで済むことはなく、セイたちはわざわざ太守の館にまで呼ばれた。

 馬車に揺られる途中、同乗の騎士が最近魔石の収集が減っていたことを説明する。

 おそらくあれ一団だけではないのだろうが、盗賊が探索者に混じっているのだろう。

 そして太守の館に連れられてきて、いざ面会となったのだが。



「神聖オーガス帝国公爵セイ・クリストール・ポーラです」

 このセイの名乗りで、威厳たっぷりの太守が固まった。

「冗談では済まない言葉だが……」

 そこでマコが恭しく、セイの手からプレートと印章入りの短剣を太守に渡してみせる。

「これは! ……いや、申し訳ありません。まさか探索者に身を隠していたとは……。わが国に、いやそれとも迷宮ですかな? なんの御用でしょう?」

 ここでソファを勧められたセイが座る。仲間たちには申し訳ないが背後で待機だ。

「まず、私はオーガスの公爵ですが、このたびの使命は、オーガスよりのものではありません」

「それは、私的な訪問というわけですかな?」

「いえ」

 その問いにも、セイは首を振った。

「暗黒竜レイアナ様よりの指示です」



 今度こそ太守は驚いたようである。口があんぐり広がっている。

「神竜とは……。ははは、確か最後に目撃されたのは、1800年も前のことだったと思いますが」

「神竜に1800年前というのは、少し前のことですよ。それとまだ情報がここまで来ていないようですが、先日イストリアで暗黒竜レイアナ様が悪しき神を一柱倒しました」

 太守は震える手で茶のカップを掴む。その中身を少し飲んで、冷静さを取り戻したようだ。

「竜とは……本当にいたのですかね?」

 何をいまさら。

「ネオシス王国が竜の手によって滅ぼされたのは少し前ですが、情報がまだここまで来ていませんか?」

「いや。しかし……しかし竜が本当に存在するなら、なぜ悪しき神々を倒してくれないのだ? 竜とは言うほど強くない存在なのか?」

 ああ、なるほど。この太守は勘違いしている。

 だがオーガスがリアを神聖視して崇めているように、竜という存在に対する畏怖はあるのだろう。



「太守殿は勘違いされてるようですが、竜は人の味方ではありません。レイアナ様は例外的に人間を守護することが多いですが、彼女たちの役割は、この世界を守ることです」

「世界を守るとは……具体的にはどういうことなのですかな?」

「そうですね、今回の私の任務の場合は、勇者を帰還させることです」

「勇者? ネオシスが召喚に成功したという話は聞いたが、そんなもの眉唾ものだと思っていましたが……」

 勇者の存在は、竜以上に幻想の存在である。

 1800年前の勇者は歴史に残る活躍をほとんどせず、せいぜいが迷宮を踏破したという記録が残っているだけだ。

 つまり勇者とは、歴史に名を残した突出した存在。太守の中の勇者とはその程度のものだ。



「勇者は……確かにここ最近の勇者は、劣化した術式によって召喚されたものですが、確かに存在します。たとえば、彼女も勇者の一人です」

 マコを示すセイを、太守は疑惑の瞳で見るが、すぐに落ち着いた様子で溜め息をついた。

「嘘ではないのでしょう。そんな嘘をつく意味はない。それで最初の質問に戻りますが、なぜこの街へ?」

 それに対するセイの答えは決まっていた。

「この街の迷宮にいる、勇者を帰還させるためです」







 太守との会見は、結局あまり意味がなかった。

 勇者の危険性を説明したが、どうも太守には理解出来ないものだったらしい。3000年前の大崩壊を知っているにも関わらず。

 人間というのは、喉元過ぎれば熱さを忘れるの言葉ではないが、過去に起こったことを記憶ではなく記録しか出来ないのだ。

「結局何が言いたかったの、あの太った人間?」

 ライラが問うが、セイにも確信は持てない。

「多分、最初は盗賊を捕まえた俺たちに、感謝するために呼んだんだと思うよ。それが俺が貴族だと分かって、何をしに来たか気になったんだろう」

「貴族ねえ。人間の社会は複雑なのね」

「いや、単純なところもあるけどね」

 とりあえず迷宮の管理を、太守の権限でしっかりと行うと言っていたので、今後は盗賊に殺されるパーティーは減るだろう。



 それからのセイは、自分の本来の役目を忘れたように、機械的に作業を行った。

 マップで迷宮内を、殺人の項目で検索する。全員が殺人を賞罰欄に持つパーティーは、殲滅して地上へ運ぶ。

 途中で面倒になって、なんとかラヴィに転移が使えないか聞いたところ、迷宮の外に出るだけなら大丈夫とのこと。

 迷宮の中に入るには「いしのなかにいる」とかになりそうなのでお勧めしないそうだ。

「あ~、働いた~」

 復路はともかく、往路に時間がかかったので、三日もかかった。

 そしてその日、待ち焦がれていた人物が街に帰ってきた。



「春日部さ~ん」

「え? 椿さん」

 手を合わせてきゃいきゃい騒いでいる女の子が二人。

 セイはそれを、生暖かい目で見ていた。







 変身の勇者の帰還は、スムーズには進まなかった。

 勇者自身が、迷宮の踏破に意欲を見せていたからだ。

「せっかく異世界に来たのに、何の観光もせずに帰るのは嫌じゃない?」

 変身の勇者、春日部咲はそう言った。

「迷宮踏破ねえ……」

 セイのマップには、この迷宮の最奥、迷宮の主が何であるか分かっている。

 神だ。レベルはやはり測定出来る。220だから、マコとラヴィとの3人がかりで戦えば、勝てなくはないだろう。

 だがそれをリアに確認したところ、思わない返答が返ってきた。

「別に倒してしまっても構わんが、それは善き神だぞ」



「善き神だって」

「ありゃ」

 マコのテンションは下がった。ガンツもそうだろう。戦う理由があまりないからだ。

 逆にサキたちのパーティーは上がっている。

 善き神の迷宮を踏破したら、その加護をもらえる。

 迷宮の踏破などほとんどなかったので、あまりその加護の内容は知られてないらしいが。

 しかし善き神はセイの属する神竜たちにとっては害悪である。

 なにしろ異世界から勇者を召喚する儀式を伝えるのだからして。

「倒したほうがいいんですかね?」

 小声でリアに確認したが、通信機の向こうでリアも悩んでいるようだった。

「人間にとっては、善き神はありがたい存在だが、世界にとっては悪しき存在になるんだよな……」

 これがリア以外の神竜であったら、ばっさり斬って捨てるところだろう。

「まあいいよ。どうせ封印されているから、お前たちの敵にはならないし、好きにしてこい」

 心底投げやりな口調で、彼女はそう言った。



 さて、食料の準備である。

 基本はセイのフォルダに入れておくのだが、念のためにマコも自分の分は確保しておく。万一セイと離れたときに餓死しないためだ。

 迷宮踏破において実は難しい問題は、この食料の確保なのである。

 敵自体の強さがそれほどでなくても、食料を携帯するのが大変で、荷運び役を用意しているパーティーもあるくらいなのだ。

 そしてもう一つは、休息時間の確保。いくら強くても、定期的に休息しなければ、それを維持できない。

 セイのパーティーはその点で、きわめて安全が確保されている。







 合計で13人となったパーティーが迷宮へ挑む。

 マップに従って最短距離を行くのだが、途中で斥候の足が止まった。

「この先はまずい。魔物の溜まり場だ」

 熟練した斥候は、1階の地図など熟知している。コボルトの青年が、パーティーの足を止めさせた。

「溜まり場と言っても……30ぐらいの数ですね。進みましょう」

「ちょっと待て、構造的にも広間での戦いは避けるべきだ。魔法使いを守れない」

「じゃあここから倒しましょう」

 セイの周辺に30の火球が現れる。ただの火球ではなく、爆裂の術式を使ったものだ。

 そして、さらに誘導。

 放たれた火球は、通路の奥へと飛んでいった。

 しばらくして爆発音が響く。セイは軽々と先頭に立って広間へと入った。



 魔石や魔結晶の回収が終わると、一行は二階へと歩を進めた。

 サキのパーティーメンバーからセイは畏怖の目で見られているが、それはまあいいのだ。

(駄目だな、けど……)

 魔法に頼っている自分を、セイは反省していた。

 確かに魔法は便利なのだが、リアの目指す究極は、やはり魔法戦士なのだ。弟子としてそれは見習わないといけまい。



 探索は順調に進んだ。

 休息して戦って休息して睡眠を摂って、忘れちゃいけない食事も摂って。

 20階までやってくると、敵も強くなってくる。平均でレベル60ぐらいの敵だろう。

 セイやマコが相手の動きを止めて、そこをフルボッコという戦法になってくる。前衛の消耗が激しい。

「少し代わろうか」

 ブンゴルが辛そうなのでそう言うと、彼は首を振る。

「こんなぐらいで姉弟子に代わってもらうわけにはいきません」

「いや、疲労をちゃんと見極めて役割を交代するのは、大切なことだからな? 俺が無理だと判断したから、代わるんだ」

 そう説明すると、ブンゴルはおとなしく隊列を代わった。



「あんた、魔法使いじゃないのか?」

「魔法も使えますが、刀も使えます。最近ブンゴルの指導ばかりで思うところもあるので、ちょっと戦ってみたいんですよ」

「戦ってみたいって……。前衛は危険なんだよ?」

 サキのパーティーのリーダーらしき女性が言うが、セイは軽く頷いただけだった。

「まあ、見てもらえば分かりますよ」

 会話をしている間にも、前方から魔物がやってくる。

 サソリのような甲殻を持った魔物だ。刀などの刃を持つ武器との相性は悪いはずだが。

 セイは問答無用で一刀両断した。



「さあ、行きましょうか」

 魔結晶を抜き取ると、セイはなんでもないようにそう言った。

「この甲殻を一刀両断って……」

「姉弟子は剣神様の弟子だからな。これぐらい普通だ」

 なぜか自分が得意げなブンゴルの言葉を、少し面映く感じながら、セイは迷宮を進んでいった。

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