第二部 神竜の騎士 カラスリ

49 カラスリ連邦国

 カラスリ半島は、カラスリ亜大陸とも呼ばれる、巨大な地方である。地球の世界地図ならインドに当たるのだが、地球のインドよりも少し広い。

 そしてこのカラスリ半島に存在するのがカラスリ連邦国。はっきり言って、大陸南東部の都市連合より、よほど仲が悪い国家が連合を組んでいるのだ。

 どうしてなのか、とカーラ先生に尋ねたところ、これがまた3000年前に色々あったらしい。

「あの時代の出来事は、半分以上……いや、ほとんどアルスが悪い」

 アルス・ガーハルト。半野生であった魔族を文明化し、人間や亜人との共生を成功させた、世界史上で最も偉大と呼ばれる人物。

 リアに言わせれば、一つの世界を破壊させた極悪人。

 カーラは功罪半ばと言ったが、カラスリ半島の現実に関すれば、確実にアルスの責任だと言う。



 3000年前、現在のガーハルト帝国から進出した魔族軍は、当時最強とも言われていたレムドリア王国と戦うことになった。

 アルスの目的は人魔共生だからして、レムドリアと本格的な殺し合いなど望んでいなかった。

 本格的な会戦や攻略戦をせずに勝つにはどうすればいいか。

 答えは簡単、兵站線の破壊である。

 レムドリア王国だけでなく、その支援国家であるカラスリ王国も、叩いておく必要がある。

 そこでアルスは長いスパンで、カラスリの貴族を篭絡した……らしい。

 貴族の反乱でカラスリ王国は内戦状態となり、そして大崩壊の後、カラスリ王国は滅びた。

 カラスリ地方は中小の貴族の領土に分かれ、それぞれがだいたい公国を名乗った。

 王国は旧帝国が任じた五王国だけだからして、当時はそれに遠慮したということだろう。

 3000年も懲りずに謀略と戦争が続き、カラスリ地方の内陸地帯は荒れに荒れた。

 現在繁栄している国家は海に面した貿易国家か、領土に迷宮を持つ限られた国だけである。







「早速暑くなってきたわね……」

 じんわりと汗をかきはじめたライラは、馬車の窓を開ける。

「赤道が近いからね。まだ暑くなるよ」

「赤道って何?」

「あ~、細かい説明はちょっと難しいんだけど……」

 ライラの問いに、セイは必死で惑星のことについて説明するが、本人もよく分かっていないものを説明するのは難しい。

「つまりこの線に近づけば近づくほど、だいたい暑くなるんだよ。海流の関係で例外もあるけどね」

 精密な地図を広げ、セイは説明をする。

「へ~、大森林はどこ?」

「このあたりだね」

「え! こんなに小さいの!?」

「地図で見ると小さいけど、実際はものすごく大きいよ。まあ、ガーハルト帝国には負けるけど……」

 あそこはほとんどが森林なので、また別の話になる。



「そろそろまた転移しようか」

 地図を確認しながら、セイは提案した。ラヴィが頷いて、馬車を止める。

「俺が転移魔法使えればいいんだけどなあ」

 転移魔法は難しい。リアとカーラでさえ、長距離転移を確実にするには10年以上の修行が必要だったという。

 普通の人間なら、相当魔法に長けていても、その倍は必要になるだろう。







 ラヴィの細かい転移で、一行は勇者の点へと近づいていく。

「どうもこのトーヤの街がそうみたいだね」

 人口は20万。そして内陸にあるにも関わらず、人の交流は多い。

 なぜなら、迷宮があるからだ。

「迷宮か。一度挑戦してみたかったんだよな」

 ブンゴルがうきうきと言うと、ガンツも鼻息を荒くしている。

「迷宮かあ……潜る必要があるかもね」

 セイのマップには、対象となる勇者が迷宮に潜っているのが分かる。

「姉弟子、勇者と戦うのか?」

 興味津々とブンゴルが尋ねてくる、それに対してセイは、溜め息をつく。

「まあ、戦わないことにこしたことはないんだけどね」



 今回の勇者の祝福は『変身』である。

 マコの情報によるとレベルの存在する祝福で、レベルが高くなればなるほど、より体型も変化し、能力も実際の生物に近くなるらしい。

 ちなみに時間制限はないが、集中力が途切れると元に戻ってしまうらしい。

「レベル8かあ。……まさかレベル10まで上げたら、竜に変身可能だったりしないよな?」

「どうだろ? でもそんなに使うほど、使い勝手がよくない能力なんだよ」

 ミノタウロスにでも変身したら、並の人間など無双出来そうだが。

「あのね、ラヴィの竜への変身と違って、大きくなると服が破れちゃうの」

 ああ……。それは微妙に使いづらい。

 しかもこの祝福、持っているのは女の子である。

 変身して戦うたびに服が破けるって、それはどこのデビルマンレディーだろう。



「ま、それは切り札に使ってるんじゃないか? ベースのレベルが55まで上がってるし、普段は普通に戦ってるんだろう」

 宿を取って馬の世話を任せ、探索者ギルドで登録しながらそんな会話をしていると、受付嬢から確認された。

「あの、あなたたち7人で探索するんですか? この迷宮の推奨レベルは50ですが……」

 階層はおそらく全30階層。浅い層の魔物はおおよそ40レベル。

 試練の迷宮よりは、かなり魔物のレベルが高い。

 セイやマコの外見を見ていたら、不安になるのも無理はないだろう。

「問題ありません。俺たち平均でレベルは100を超えてますから」

「はあ、そうですか……。斥候もいるようですしね。罠には気をつけて、強い敵相手ならちゃんと逃げてくださいね」

「ご忠告、感謝します」

 受付嬢が見ていたのは、種族的にも体型的にも、強く見えるブンゴルであった。

 だが彼が実はこの中でも弱い方だと知ったら、かなり驚くであろう。



 街の西門を出てすぐのところに、壁に囲まれた迷宮への入り口がある。

 石ではなく鉄製の壁だ。試練の迷宮と違って、魔物があふれてくる危険性を考えてのことだろう。

 軍隊が周囲に配置されているのも珍しい。それだけこの迷宮が、貴重な魔石の採掘場だと分かっているのだろう。

「それで隊形だけど、ブンゴルとククリが前衛で、俺とマコがその次、ライラとラヴィがその後で、最後方をガンツ……って、分かったよ。最後方は俺が務めるから、ガンツは敵を発見したらククリと交代で」

 戦闘狂の血、いまだ鎮まらず。ガンツの要求で、彼をブンゴルと共に前衛へと配置する。

 まあ悪いことではない。最後方を探知能力があるセイが分担するのも、妥当なところだろう。

 かくして一行は迷宮への探索に乗り出した。







 迷宮の攻略としては、壁を破壊して敵を呼び寄せるというのがセイの中の一般常識だが、今回はその手は使わない。

 まず試練の迷宮と違って、この迷宮に自動修復機能があるか分からないし、敵の平均レベルがちょっと高い。

 ククリは別としても、実はこの中では弱いブンゴルが、敵を食い止め切れない可能性があるのだ。

 そしてライラの精霊術。

 彼女が得意とする風の精霊術は、迷宮の中では使いづらい。

 セイが有無を言わせず魔力任せの攻撃をしてもいいのだが、既にこのレベルの相手ではまともに経験値が入らないようになっている。

 よってブンゴルやガンツの成長を促しつつ、地味に迷宮を探索するというわけだ。



 魔法の矢によって、遠距離から敵を削っていく。

 それを接近したブンゴルやガンツが倒していくわけだ。そして倒した敵が通路を塞ぐ前に、マコがアイテムボックスで魔物を丸ごと収納していく。

 ブンゴルが疲労してくると、マコが前衛を代わる。

 その槍さばきの凄まじさに、ブンゴルは目を丸くしていた。

「世界は広いな……。このような少女が、これほど強いとは……」

「まあマコは勇者だしな」

「え? 勇者?」

 勇者とは、かつて魔族の天敵であった存在である。

 もっとも勇者アルスが魔王の座に座り、それ以降魔族と勇者が戦闘した例というのはないのだが、それでもなんとなく怖いものだ。



 とりあえず迷宮に慣れた後、一行は野営をした。

 野営といっても食事は既に調理済みのものであるし、風呂は風呂魔法で作る。寝るのにも結界を張ってあるので、危険性はない。

「聞いていた迷宮とは、随分と違うものだな……」

 ブンゴルが首を傾げているが、それはだいたいリアの責任である。

 ククリに解体を教えてもらいながら、魔石を回収していく。中には既に魔結晶となっている物もあって、この迷宮の敵の強さを感じさせる。

 そして最後には温め直した風呂に入るのだが、オークはどうやら風呂好きらしい。







 翌日からも、探索は順調に進んだ。

 セイのマップで魔物、人間、罠などを指定して探索しているので、危険はほとんどない。あるとしたら、ククリが解除出来ない罠を、物理的に解除する時ぐらいか。

「思ったよりも、迷宮探索というのは簡単ですな、姉弟子!」

 とにかく戦闘の続きなので、ブンゴルはご機嫌らしい。まあ、着実にレベルもアップしているので、それはそうだろう。

 そして途中、マコが突然声を上げた。

「どうした?」

 安全には気を遣っていたつもりだが、何か見落としがあったのか。マコはふるふると首を振ると、にやりと笑ってみせた。

「鑑定技能、手に入れた!」

「……元から術理魔法の鑑定は使えただろ」

「MP消費なしで使えるのがありがたいんだよう」



 鑑定は有用な技能である。だがセイは万能看破を持っているので、さほどその価値がつかめない。もちろん必要不可欠なものであるとは思っているが。

 ククリの鑑定も、実は看破技能付きであるし、ラヴィも竜眼が使える。珍しいほど敵の戦力把握が高いパーティーである。

「へえ、鑑定の技能ねえ。私には関係ないかな」

 ライラが言うには、エルフでも一定の割合で『妖精の瞳』という祝福を持っている者がいるらしい。

 当のライラが言うのだから、間違いない。竜眼や神眼には及ばないが、万能看破とほぼ同じ性能だとか。

「姉弟子、鑑定なんてそんなに必要なのか?」

「そうだなあ……たとえば、今から前方に探索者のグループが来るんだが、全員臨戦態勢を解かないように」



 心持ゆっくりと、一行は進む。

 迷宮のほのかな明るさの中、人影が現れる。

 人間ばかりの10人ほどのパーティーだ。前衛が多く、奥に一人魔法使いがいる。

「見ない顔だな」

 斥候役らしき男が声をかけてくる。

「ああ、この迷宮は初めてなんだ」

 ブンゴルがそう言うと、斥候の男はかすかに顔を歪めた。

 おそらく彼は思っているはずだ。オークとドワーフとエルフはともかく、あとは子供ばかりだと。



 斥候が戻っていくと、前からセイの言っていたパーティーがやってくる。

「よう、これからかい?」

「ああ、あんたらは帰りか?」

「ああそうだ。まあ気をつけてな」

 そう言った男がセイたちとすれ違おうとした瞬間、腰から短剣を取り出す。

 その狙う先はラヴィ。他の男たちも一斉に武器を構えようとしたのだが。

「な……」

 短剣はラヴィの手でそのまま掴み取られ、男たちもほとんどが一瞬で、セイとマコによって足や腕を切られている。

 そしてその次の一瞬で、残りの男を片付ける。最後に残ったのは、魔法使いの男だけだ。

「なん……だと……」

「偽装隠蔽のレベルが低いよ。人殺しの盗賊さん」



 そう、セイのマップに映っていたのは、人殺しの賞罰を持つ男たち。

 そして魔法使いの男は術理魔法を高いレベルで持っていた。即ち、偽装隠蔽が使えるぐらいに。

「馬鹿な……。子供に俺の魔法が……」

 その言葉に、セイは溜め息をついた。

「先に鑑定を使っておくべきだったな。そしたら俺たちに手をだそうなんて、絶対に考えなかったろうに」

「姉弟子、一体何が……」

 いまだ事態を把握していないブンゴルに、セイは簡単に説明した。

「こいつらは探索者のふりをした盗賊だ。鑑定で賞罰を見たら、全員に殺人の項目があった」

 セイが見る限り、この迷宮の管理は杜撰だ。鑑定石で賞罰の確認もなく、プレートが作れたことがその証拠である。

 出入り口でもその確認をしていない。つまり迷宮の中で何が起ころうと、ほとんど関知されないということだ。



「一度外に戻ることになったなあ」

 魔法使いを簡単に拘束して、心底面倒くさげにセイは呟いた。

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