48 弟弟子

 目が覚めると、真っ白い空間だった。

 ああ、また死んだのかと思いつつ、セイは立ち上がる。

 それを静かに見つめているのは、心配げな顔のオークである。

 ……オークはけっこう表情が豊かな種族であるらしい。

「だ、大丈夫か?」

「ああ……俺、不死身だから」

「きゅ、吸血鬼の一族か?」

「いや、人間なんだけどね」



「よし、じゃあセイとブンゴル、やってみろ」

 リアに言われて立ち会うが、このハイオークはブンゴルという名前らしい。

 盾を構え、武器はなんと刀である。

「刀を使うんですか? 盾も使うのに?」

「うむ、剣神様に憧れてな。オークの膂力なら、片手でも刀は扱える」

 その言葉で、何がリアの機嫌を損じているか分かった。

 確かに地球では二刀流というものがある。宮本武蔵を知らない人は珍しいだろう。

 だが、刀は両手で扱うものなのだ。



「じゃあ、行きますよ」

 滑るように歩み寄ったセイは、ブンゴルの盾を一撃で切断していた。

 驚愕したブンゴルの顔を見て、更に一閃。盾はもはや持ち手以外の部分は失われている。

「師匠の打った刀なら、たいがいの盾は切断してしまうんですよ。だから両手でしっかりと刀を握って……と言っても、その刀ではあまり意味がありませんけど」

 セイの斬撃を、ブンゴルは両手に持ち直した刀で受け止めようとする。だがセイの刀の軌道は変わり、その峰を打っていた。

 刀が折れた。もちろんブンゴルの物である。

 愕然とするブンゴルに、セイは告げる。

「そもそも刀を武器に持つことが駄目なんですよ。ブンゴルさんのような力自慢には、戦鎚のような叩き潰す武器がお勧めですよ。刀は俺みたいな、スピード特化型が持つべき武器です」

「む、むむ」



 座を居間に移し、ブンゴルの戦闘について語る。

「ハイオークなんて貴重な種族に生まれてるんだから、剛力と剛毛、剛身ぐらいは持ってるんだろ?」

 リアの問いに大きな体を小さく縮め、ブンゴルは頷いている。

「私に憧れるというのは悪い気分じゃないが、刀を使うなら、まず刃を立てることを覚えないといかん」

 素直にリアの言葉を聞いているブンゴルを横目に、セイは気になっていたことを問う。

「あの、師匠?」

「どうした? お前からも何かあるのか?」

「いや、そうじゃないんですけど、カーラ先生と一緒に……」



「ただいま帰りました~」

「ただいま帰りました~」

 声が重なって聞こえた。一つはカーラ、もう一つは少年の声。

 そう、セイのマップに認識されている、勇者の声。

「あ~、宮本武蔵君だ~」

「げ、椿さん?」

 上がってきたのはカーラと少年、それにカーラに背負われた赤ん坊。

「あ、産まれてたんですね?」

「ええ、もう首も座りましたよ。リアから聞いてませんか?」

「聞いてないです……」

「ああ、言ってなかったな」







 カーラの買い物に付き合って、荷物を運んできたムサシ・ミヤモト君。

 大概の物語では、ラスボスが持っていそうな祝福『時間停止』の持ち主である。

「それがあっさりと捕まって……それから色々と鍛えてもらったり、教えてもらったりしたんだけど……」

 時間停止、役に立たない。

 それがムサシの認識した、この世界の現実である。

「いや、雑魚相手には役に立つし、人間レベルならまず問題ないし、魔物でも大概はなんとかなるんだけどさ……」

 捕まった相手が悪かった。

 そして預けられた相手も悪かった。



「でかい魔物なんて、時間止めて剣で攻撃しまくっても、なんのダメージも与えられないんだもんよ。やっぱ地味なレベル上げが必要だと思ったね」

 とにかく彼は、時間停止だけではいかに弱いか、実地で教えてもらっていたらしい。

「竜の襲来にも、食い止めようなんて思わなくて良かったよ……」

 テレビの情報で、悪しき神どもの全容を見るにつけ、こんなのに勝てるわけがないと分かってきたようだ。

「トールやアルスは召喚された時、既に200ぐらいレベルがあったらしいしな。3代目に至っては、300ほどあったらしいし」

 静止した時間の中で、なぜか平然と動くリアに、相当叩きのめされたらしい。



「ところで赤ちゃん、名前はなんていうんですか?」

 ムサシの愚痴を全く聞かず、マコは赤ちゃんに夢中である。

「私には名付けのセンスがないらしくてな。友人にプリムラと名付けてもらった」

「じゃあ、プルちゃんですね。可愛いなあ。髪の色はリアさんで、瞳の色はカーラさんなんですね」

「ああ、珍しいことにな……。今までの三人は、全員黒髪黒目だったんだが……」

 少し不安げなリアというのを、セイは初めて見た気がする。

 この赤ん坊には、祝福がある。

『竜の血脈』である。







「平和な一生を送ってほしいとも、自由に才能を伸ばしてほしいとも思うんだが、この祝福がなあ……」

 夕食を終え、食後の運動がてら、軽く刀を合わせるリアが、ぼやくように言った。

 まず、過去のリアとカーラの娘は皆、特に何もせずとも300歳は生きたらしい。しかも不老の状態で。

 その3人ですら、竜の血脈は持っていなかった。おそらくカーラの持つ、神の血脈と干渉したのだろうと思っていたのだが。

「竜の血脈を持ってると、下手すりゃ1000年は生きるらしいんだよな……」

 憂鬱そうに言いながら、リアの刀はセイの体を切り刻んでいる。

「でも! 師匠は! それより! 長生きなんでしょ!」

 必死で防御するセイだが、致死の攻撃を防ぐのが精一杯で、反撃に移る余裕はない。

「お前ね、自分の子や孫がどんどん死んでいくのを見るのは、けっこう辛いものがあるんだよ」

 刀を弾き飛ばされたセイの首に、ぴたりと切っ先が当てられた。

「まあ、それは私の問題だ。お前の問題に移ろう」

 そう言ってリアは鏡から外の世界へ出て行く。セイは必死で息を整えながら、それに続いた。



「え! お前ら即死眼止めたの!?」

「ケータはむしろ望んで帰っていったけどな。それでお前はどうなんだ?」

 セイの冷たい視線に、ムサシは溜め息をつく。

「あ~、戦力的に役に立つなら、協力するのはやぶさかではないんだけど……」

 マコから既に聞いているが、残る祝福の持ち主には、決定的に危険な者が存在する。

「あいつら相手にはしたくないよなあ……。俺みたいに調子に乗ってたらともかく、けっこう性格からしてやばいだろ、あいつら」

 ムサシが言うには、人を人とも思わない性格、らしい。

 しかもそれを巧妙に隠していると、本人たちが思っているところが救いようがない。

「帰ってもいいかな?」

「いいとも」

 帰還石の力によって、名前負けの宮本武蔵君は帰還した。



「で、お前たちに渡しておくものがあるんだが……お前はいつまでいるんだ?」

「弟子にしてくださるまで」

 ブンゴルはその大きな体積で居間にいるため、正直狭くて仕方がない。

「弟子ってね。お前、今私たちが話してたこと聞いてたのか? 世界の危機で、忙しいわけよ、こちらは」

「そうですね。わたしもプリムラのお守りで忙しいですし」

 ちなみにライラとラヴィは赤ん坊を真剣な目で見ている。

 ラヴィは今まで赤ん坊というものを身近で見たことがなく、ライラも実はほとんどない。

 長命の神竜とエルフだからして、幼い子供を見る機会があまりないのだ。



「もうちょっと鍛えてから出直したらどうです? ブンゴルさん、20歳でしょ? ハイオークは100年ぐらい生きるって聞いてますよ」

 レベル的に見ても、まだまだブンゴルには成長の余地がある。

 迷宮に潜って鍛えてからでも、リアに弟子入りするには遅くないだろう。

「しかしそこに早く成長する手段があるのに、それを選ばない手はないだろう」

 ブンゴル君、頑固である。

 普段であればリアは「死んだほうがマシ」なレベルの修行を課して、弟子入り志願者を追い返す。

 だが今は、本当に忙しいのだ。赤ん坊の世話を妻任せにする駄目な夫にはなりたくないし、悪しき神々に対する人間の支援もしなければいけないし、勇者対策で神竜にも連絡をしなればいけないしで、本当に忙しいのだ。

 そんな疲れた状況で、頭が回っていなかったのだろう。リアは適当な解決を思いついた。



「セイ、お前面倒見てやれ」

「え、俺ですか!?」

「仲間も増えたようだが、盾役してくれるのはガンツだけだろう。ククリやエルフの娘を守る、盾が一枚いてもいいだろう」

「いや~、でもこの先、竜骨大陸の外に出ることもあるんですよ?」

「姉弟子として、なんとかしろ。ああ、これを渡すのを忘れるところだった」

 リアがどこからともなく取り出したのは、水晶玉であった。もちろんただの水晶玉のわけはない。

「馬を運ぶための簡易厩舎だ。なんとか生き物も入れられるように作った。めっちゃ大変だったから、壊すなよ」

 実は作ったのはリアではないのだが、苦労したのは確かなのでそう言っておく。

「というわけでブンゴル、お前はセイの旅に同行しろ。それが終わったら、本格的に私が鍛えてやる」

「あ、ありがとうございます!」

 ブンゴルは頭を下げる。それを見ていたセイは、何か釈然としないものを覚えたが、それが何なのかはっきりしないうちに、ブンゴルから頭を下げられた。

「よろしくお願いします。姉弟子!」







 二日後、一行はドワーフの里を旅立った。

 翌日でなかったのは、超特急でリアが各自の武器防具を新調したからだ。

 泣き声で目が覚めないように、カーラがプリムラをあやしていたのが、目に優しかった。

 行き先は南。途中までは迷宮都市と同じルートだが、より南を目指して、馬車は走る。

 ブンゴルはそれに並走している。これも修行の一環なのだ。

 ふごーふごーと息を吐くブンゴルを、セイはそれなりに真剣な目で見ていた。

 今まではリアの弟子であった自分が、誰かに教える立場になる。

 新鮮な体験だ。そして、責任感が芽生えていく。



「あのさ、ところでラヴィの転移は、いつになったら使うの?」

 マコの冷静なツッコミに、セイは少し考えた。

「ブンゴルが疲れたら……かな?」

 街道を馬車が行く。それに並走してオークが行く。

 向かう先はカラスリ地方。

 人間主体の国家が多い地方である。

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