47 赤熊退治

 赤熊のステータスを知らされたマコは、はあと溜め息をついた。

「それ無茶だよ。罠を仕掛けて倒すとか、そんなレベルじゃないよ」

「ああ、俺もそう思った」

 赤熊は剛毛という種族特有の祝福を持ち、さらに防御力が高く、ほとんどの武器が通用しない。

 ならば魔法はどうかと言えば、かなりの魔法に対する耐性もある。寒冷地に棲んでいるため火の魔法には弱いが、そんなものを使ったら折角の毛皮が無駄になる。

 そしてさらに祝福で『怪力』を持っている。自分よりはるかに巨大な氷竜でも仕留めるのは、そのあたりの能力によるらしい。



 もちろん、セイやマコ、ラヴィの力なら即座に倒せる程度の魔物だ。

 作戦を慎重に立てれば、ライラの精霊術でも倒せるかもしれない。

「セイならどうやって倒す?」

「そりゃ、火球なりなんなりの魔法でも、刀のギミックを使ってでも、やりようはあるさ」

「そうだよねえ。レベルが違うんだよね……」

 神殺しの三人とは、ベースのレベルが違いすぎる。いくら強くても、相手はただの魔物なのだ。

「補助魔法と治癒魔法使いまくって、どうにか援護する方針で」

「そうだねえ。あ、ガンツは戦ってみる? レベル的にはちょうどいい相手だと思うよ」

 ガンツは無言で頷いた。怪力持ち同士、さぞ凄まじい戦闘が展開されるだろう。







 弩と巨大な大弓を持ち、セイジのパーティーは森に分け入った。

 その後をセイたちが少し距離を取って歩いていくのだが、ガンツだけは少し突出している。

 セイジのパーティーにも話してあるので、彼は戦力として換算されているはずだ。

 もっともセイジたちの作戦では、遠距離攻撃でダメージを与えることになっている。

 近距離で赤熊の攻撃を防ぐなど、さすがに考えてないらしい。セイであっても、それは選択しない。

 もっとも相手の攻撃をかわしながら接近戦を行うことは考えている。虎徹・改の能力なら、相手にダメージを与えるのも簡単だろう。



 セイジたちのパーティーが散っていく。

 マップによれば、赤熊の巣穴までは50メートル。そこそこの距離だとも思えるが、赤熊の突進力を考えると、これがぎりぎりだそうな。

 斥候役の猫獣人が、煙を出す樹を束ねたものに火を点ける。

 これを巣穴に放り込んで、赤熊をおびき出るという戦法だ。

「う~ん、上手くいくのかなあ……」

 セイが心配するのは、赤熊の知能の高さだ。

 知力が人間にも匹敵するほど高い。年齢も重ねているので、罠を見破ることも考えられる。

 早めの参戦が予想されると、セイとマコは武器に手をやった。



 まず最初から、予定が変更された。

 燻された樹の匂いを感じ、赤熊が積極的に外に出てきたのだ。

 猫獣人は慌てて後退する。そしてセイジが弩を連射した。

 普通ならありえない軌道を取り、矢が赤熊の両目を潰す。

「よし、あとは弓だ!」

 視界を奪われた赤熊に、反撃の手段はない。普通ならそう考えるだろう。

 だが赤熊には、発達した嗅覚がある。風上に位置した冒険者に、正確に向かって行った。



 そこへガンツが割って入る。体長5メートルを超える赤熊の突進を、盾で受け止めようとする。

 もちろん筋力とは別の問題、圧倒的な質量差で、ガンツは跳ね飛ばされる。

 木々にぶつかったガンツだが、すぐに立ち上がって赤熊に挑んでいく。

 見えないはずの赤熊が、ガンツに向かって正確に爪を振るった。また飛ばされるガンツだが、やはりすぐに立ち上がる。

 その間にも弓の攻撃はなされているのだが、赤熊の防御力は突破できない。

「くそっ! 化物め!」

 悪態をつくセイジだが、急所への攻撃は重ねる。だが全て、表面の防御力を突破出来ない。



「口の中を狙いなよ。さすがに急所だと思うよ」

 セイジに並んで、セイは言った。この調子だと、ガンツの体がもたないと思ったのだ。

「口の中か……」

 普通ならありえない狙いどころだ。だが必中の能力なら、狙うことが出来る。

 しかしそれでも、一発で仕留める必要がある。攻撃された赤熊は、二度と口を開かないだろう。

「よし」

 セイジが構えたのは、二つの弩。通常ならば一つずつ構えて使うのがまともな使い方だ。

 だがしかし、狙いをつける必要のない彼の祝福なら、とりあえず発射さえさえればどうにかなる。

「行け!」

 矢が曲線を描いて飛び、狙い通りの場所へ突き刺さる。

 赤熊の頭。口の中から延髄へと。



 それでもしばし、赤熊は立ち上がったままだった。

 魔物であろうが動物型なら、必ず存在する中枢神経の急所。

 そこを貫いたのにも関わらず、赤熊は立っているのだ。

「終わったね」

 ぽんとセイに背を叩かれて、セイジは緊張を解く。

「終わった……のか……」

 セイの鑑定によると、既に赤熊の生命力は0だ。

 単にバランスが取れているから、立ち上がっているに過ぎない。







 縄をかけて引き倒し、赤熊の解体が始まった。

 美味い内臓は、この場で生で食べてしまう。寄生虫など気にしないのが、この地方の狩人の生活だ。

 熊は全身が素材になる生き物で、それは魔物の熊でも変わらない。

 巨大な肉や毛皮はセイのフォルダに入れてもらい、意気揚々と一行は街へと戻った。



 森を出たところで赤熊を出してもらい、橇に乗せて凱旋する。

 先触れで斥候の猫獣人が戻っているので、街の入り口には興味津々と民衆が集まっている。

 そこへ赤熊の巨大な毛皮を乗せた橇が現れ、歓声が広がっていく。

 セイたちは空気を読んで、少し離れて街に入った。

「あれだけレベル差があっても、勝てるもんなんだねえ」

 マコが感心したように言うが、赤熊を倒したのは、完全にセイジの祝福による。

「巨体で怪力でも、それだけの魔物だって話だな。たとえば吸血鬼と戦っていたら、完全に負けていただろうし」

 前から思っていたことだが、この世界での強さを示すのは、レベルではない。

 確かにレベルも、同種族間なら意味があるのだろう。だがそれよりも大きいのは、種族の差だ。リアも言っていたが、やはりこの差が大きい。

 神竜を頂点に、このピラミッドは存在している。

(そもそも人間に頼まれて作ったって言ってたよな、このシステム)

 なんとなくしっくりこない気分で、セイは歩を進めた。



 もみくちゃにされているセイジは、街の英雄だろう。だが邪神たちと戦うには、完全に力不足だ。

「まあ、素直に帰ってくれるんだから、ありがたいよ」

 その夜の祝賀会で、セイジは仲間に告げた。

 もう二度と帰れないと思っていた国から迎えが来て、帰れるようになったのだと。

 特別に招かれていたセイたちには複雑な感情の視線が向けられたが、セイジに対しては皆祝福の言葉を告げていた。







 翌日、セイジを連れて馬車が街を出る。

 見送りが見えなくなったところで、セイは帰還石を取り出した。

「準備はいいかな?」

「心の準備はOK」

 額に帰還石が触れ、セイジはその姿を消した。



「さて、と。俺たちも帰ろうか」

 セイはフォルダから転移石を取り出した。考えてみれば、使うのは初めてだ。

「ドワーフの里に行くのよね……」

 ごくり、とライラが喉を鳴らす。エルフとドワーフは対立する種族ではないが、生活習慣はあまりにも違う。

「まあ、それほど長い間いるわけでもないと思うよ。まだまだ帰さないといけない勇者は多いんだし」

 ドワーフの里に一人保護してあるのだが、それとマコを合わせても、まだ半分に満たない。

 おそらくリアの修行をまた少し受けて、すぐに旅立つこととなるだろう。

「セイ、今、帰るって言ったね」

 にまりと笑いながら、マコが言う。

「ああ……」

 体感的には数年を過ごしたあの里は、今ではセイの第二の故郷になっていると言っていい。

「師匠にしごかれるのは怖いなあ……」

 セイたちは馬車を出て、フォルダに収納する。

 そしてなるべく小さな範囲に集まって、転移石を作動させようとする。

「これ、何人までとか制限ないの?」

「聞いてなかった……。多分大丈夫だとは思うけど……」

 まあ試してみるしか仕方がない。セイは転移石に触れ、声に出した。

『転移』



 ドワーフの里の広場に、一行は転移していた。

 ぎょっとこちらを見つめてくる者もいたが、大半はすぐに視線を戻して歩き出す。

 おそらくリアが転移を使うので、慣れているのだろう。

 4頭の馬たちも無事に転移出来ている。

「ふ~ん、ここがドワーフの里、空気が汚れてるわね」

 自然とディスるライラだが、特にガンツが気を悪くした様子もない。

「さて、じゃあ師匠の家に向かうとするか……」

 セイは少し気が重い。旅の途中でも、散々己の未熟を知らされたのだ。まだ少し訓練の必要があるだろう。







 リアの店に近づくと、何やらすこし騒がしい。

 入り口からひょっこり覗いてみると、大声で怒鳴るリアがいた。

「ええい! しつこい!」

 蹴られた魔族が、店の外にふっ飛んで行く。それでもさほどダメージを受けていないのか、魔族はすぐに立ち上がり、そして膝を着く。

「どうか! どうか弟子にしてください!」

「だから今はなあ…お、帰ってきたのか」

「はあ、いったい何ですか、これ」

 セイの見つめる魔族はオークのようだったが、少し違う。

 通常のオークは……つまるところ、豚獣人である。だがこのオークには剛毛があり、牙も大きい。

「ハイオークだ。私に弟子入りしたいと言って来てな」

「ふうん……」

 セイは自然と鑑定してみたが、そこそこレベルは高い。種族的なものか、筋力と耐久力に優れている。



「弟子にぐらい、してあげたらどうなんです?」

「私は今、すごく忙しいんだよ。悪しき神々の処遇とか、新しく生み出された種族の扱いとか、神竜では一番働いているんだぞ」

 リアの言うとおりなら、確かに神竜は動かないだろう。

 悪しき神々ごとき、彼女たちが本気を出せば、すぐに決着がつくのはセイも見た通りだ。

 そして勇者の扱いは、リアの弟子であるセイが担当している。リアの負担は大きいだろう。

 だがリアは、そこでにやりと笑った。

「そこまで言うなら、弟子として鍛える価値があるかどうか試してやろう」

 視線はセイに向けられていて、彼女はものすごく悪い予感に苛まれた。



 神聖なる時の間に、ハイオークとセイ、そしてリアがいる。

 重力は2割増し、大気濃度は10%減少という条件だ。

「ではまず、私の修行の方法を見せてやろう。さ、久しぶりにかかってこい」

 無防備なリアに向かって、セイは刀で相対した。

(あれ?)

 以前ほどの重圧を感じない。無防備な中に、意図的に作られた隙が見える。

 意図的な隙を無視して、とりあえず動かないでいると、リアの方から動き出した。

(あ、やっぱ駄目だ)

 致死感知を、2度までは防いだ。だが3度目の攻撃で、頭蓋骨が破壊される。

 久しぶりの死の感覚に、セイは「ああ、帰ってきたんだな」と思った。



イストリア編 了

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