45 狩人
馬車は東へ進む。
季節は冬に近く、緯度の高いこの辺りは、急に冬が近づいている。
「毛皮買ってきてよかったあ」
「人間って、どうしてこんな寒いところにも住むのよ」
毛皮でもこもこの少女たちは、集まって暖を取っていた。もっとも魔法によって、それほど寒さは感じないのだが。
「っていうか、この辺りでもこれだけ寒いのに、ガーハルトはどんだけ寒いんだよ」
ククリがぶちぶちと言っている。御者席は座席にも防寒対策がしてあるが、それでも交代しないとやってられない。
「代わる」
ガンツの言葉にククリは素直に応じ、箱馬車の中に入る。
「ここ、全然寒くないじゃん」
「まあ俺は寒冷耐性があるしな」
セイとラヴィは耐性と種族の関係か、自然の気候の変動に強い。
逆にエルフのライラとかドワーフのガンツは環境に左右されるため、ライラは暑すぎるのも寒すぎるのも弱く、ガンツは寒いのに弱い。
ハーフリングは旅する種族として、意外とどんな環境にでも強いのだ。
魔物の氾濫から数日、宮廷では宴が催され、またセイたちの足は止められた。
メイは分かるだけの予知をして地球に帰還し、リアも将軍たちの請願を跳ね除け、ドワーフの里に帰った。
そしてようやく出立した一行は、イストリアの街、ラダへ向かっている。
ラダは近くに魔物の棲む森のある、典型的な冒険者が集まる街だ。
イストリアは魔物の棲む森が多く、そこには普通の野生生物も多い。
そして寒冷地であるため巨体の生物が多く、凶暴なはずの魔物が、逆に野生生物に殺されるという、珍しいはずのことが頻発するのだ。
「森林歩行が使えたら良かったんだけど……」
ライラの森林歩行は森の距離を直線で短縮することしか出来ない。
イストリアの王都からほぼ真っ直ぐに位置し、途中の道の多くが畑になっているラダには、使えない魔法なのだ。
地形が波打っているようなので、ラヴィの転移も使えない。不便なことだ。
「それでも、かなり近づいてきたね」
地図を見てセイは言う。おそらくもう少しで、ラダの街はマップの範囲内に入ってくる。
ゆったりとした勾配の街道を馬車は進み、そして街の壁が目に入る。
「着いた~」
ライラは馬車から身を乗り出し、寒さにも負けずに歓声を上げた。
街に入るのに、手続きはいらない。
王様直々の通行許可証を、セイは発行してもらっていた。
イストリア国内ならどこでも通用するのだが……このラダがイストリアでの最終目的地であるので、一回しか使わないのだ。
「……それにしても、街には今いないのか」
セイのマップの範囲内に、勇者の反応がない。
「冒険者なら、森に入ってるんじゃない? とりあえず人間の宿に行こうよ」
「わざわざ言わなくても、人間の宿しかないよ」
ライラの言葉に苦笑で応え、セイは門で聞いた高級宿へ馬車を向けた。
「さて、これからの行動だけど」
「待ってたらいいんじゃない? 外に出るの寒いし」
ライラがベッドの上でそう言う。
「それはそうなんだけど、万一の可能性を考えるとね」
ラビリンスのくれた地図は、一枚の世界地図である。
これには欠点があり、つまり対象がちょこっとしか動いていないのか、全く動けないのかの判断がつかないのだ。
「まあ危険かどうかの判断はしないといけないから、ちょっと探ってくるよ」
「一人で大丈夫?」
マコが訊いてくるが、彼女も外には出たくないのだろう。
「おいらは付いて行くよ。何があるか分からないしね」
物語を見逃さないククリのしたたかさには、頭が下がる思いである。
セイとククリは南に広がる森の中へと入っていった。
「そういや、この組み合わせは珍しいな」
「セイが一緒に行くのは、マコの場合が多いからね」
そこそこ長い付き合いになってきたが、そういえばククリと二人きりというのは、ほとんどないのではないか。
「セイは勇者探しを終えたら、元の世界に帰るんだよね?」
「ああ、そういう約束だしね」
「おいらも連れて行ってもらえないかなあ」
ククリの言葉に、思わずセイの足は止まった。
「ハーフリングでも、さすがに異世界に行ったって話は聞かないしさ。セイやマコを見る限り、平和そうな世界だし」
「それは無理だな。帰還石は地球人にしか使えないし、それに……」
振り向いたククリに、セイは肩をすくめる。
「こちらに帰ってくる手段がない。俺の世界は人間しかいないから、ハーフリングが生きていくのは辛いだろうし、世界だって平和なわけじゃないんだ。俺の国が例外的に平和だってだけで」
「それじゃあさあ、せめてどんな世界なのか教えてよ」
「そうだな。俺の住んでいた街は、そこそこ大きな街で、俺は学校に通ってたんだ……」
異世界の話を、ククリはずっと聞いていた。
「いた。勇者だ」
展開していたマップの端に、ようやく反応があった。
人間と獣人のパーティーのようだ。なるほど長い毛皮を持ってる獣人なら、北の地方では住みやすいだろう。森の中でも活動しやすいだろうし。
「どうする? 接触する?」
「そうだな……」
マコがいるなら接触するだろう。この勇者は、はっきり言って外れだ。
持っている祝福は『必中』という。武器や魔法の攻撃を、狙った場所に必ず当てるというものだ。
「あ~、狩りならすごく使えそうな能力だね」
「だけど、当たるだけだ。貫通の技能でも持っていたら話は別だけど、俺みたいな不死身の人間には全く意味がない」
結局接触はすることにした。後でマコと一緒に話してもいいし、移動速度が遅いので、何か問題があるのかもしれないと思ったからだ。
なるほど、とセイは思った。
6人組のパーティーは、巨大な熊の魔物を橇で引きずっていたのだ。それは移動も遅くなるだろう。
「やあ、こんにちは」
そう声をかけて出てきたセイとククリに、一瞬だけ男たちは警戒態勢を取る。
「なんだ? ここはお嬢ちゃんのいるような場所じゃないぞ。何か用か?」
「俺が用があるのは、そちらのセイジ・ミツイシ君だけなんだけどね」
「俺に?」
セイジと呼ばれた少年は、体つきもがっちりとした、長身の少年だ。
「……俺の知り合いじゃないな。何者だ?」
「ああ、椿真子さんの知り合いと言ったら通じるかな。地球から迎えに来たんだよ」
どさりと荷物を落としたセイジは、驚きの目でセイを見つめる。
「か、帰れるのか……」
「詳しい話は街に行ってからにしようか。手伝うよ」
そう言ったセイは、魔物の死体に触れ、無限収納にしまう。
「な、魔法か!?」
「橇もしまおうか?」
「あ、ああ、頼む」
リーダー格らしき獣人が頷くと、セイはそれをしまった。
帰り道で、セイはセイジと日本語で会話をした。
「俺も普段はセイって呼ばれるんだよ。まぎわらしいな」
そんな言葉から始まったやり取りは、穏やかなものに終始した。
セイジはやはり、ラダの森のすぐ傍に転移したらしい。
とりあえず冒険者ギルドに登録し、とりあえず依頼をこなす。
「まあそんな、とりあえずの日々が過ぎていったわけさ」
必中の祝福は、一見地味だが普通の冒険者として暮らすには、かなり有効なものであった。
得物は普段は弩。剣と槍を持ち、魔物に対する。
最初の一撃で射程ギリギリから矢を放つと、まず魔物の急所に当たる。
それで魔物が死ねば良し、死ななければ更に攻撃を加える。接近戦は最後の手段。
知らずに魔物の接近を許した時は、槍を使う。それでも間に合わなければ剣か、腰の後ろの差した短剣を使う。
そうやって着実に一人で魔物を狩っていると、自然と声がかかるものだ。
獣人と人間の混生パーティーの中で、セイジは遠距離火力の持ち主として、重宝がられていたというわけだ。
「最初の頃は、魔物の解体なんかも出来ないわけでさ。折角しとめた獲物が無駄になることも多かったんだ。幸いいい人たちに逢えて、少しずつ経験を積んだんだけど……」
必中があっても、獲物を発見出来なければ意味がない。なかなか苦労したようだ。
「このまま冒険者として名前を上げて、いつかは探索者にでもなろうかと思ってたんだけどさ」
帰れるのか、とセイジはしんみりと呟いた。
「椿さんはどうしてたのかな? 一緒にはいないの?」
「寒いから宿で寝てる。まあ、俺と師匠が拾った時が、一番しんどかったんじゃないかな」
「ああ、彼女大喰らいだからね。食べ物を持っていないと辛かったろうな」
「あの祝福、すごい潜在能力があったんぞ。今は不死身になってるし、下位のものとはいえ神も殺したし」
「神って……邪神とか?」
「いや、あれには到底及ばない、100メートルぐらいの神だったよ」
「100メートルって……急所に当てても意味がないくらいの大きさじゃないか」
「三石君、久しぶり」
「椿さんは……なんとなく変わった?」
「まあ色々あってね。それで、セイから話は聞いてるかな?」
「大方はね。帰還するのも、同意するよ。でも少しだけ、待ってほしいんだ」
その返答に、マコはセイの方を見つめる。
「大物を倒したいんだとさ。記念に」
「え? 魔物を退治するってこと?」
「うん、赤熊っていう魔物なんだ」
この周辺には、氷竜という魔物がいる。
もちろん真の竜ではなく、亜竜の類だ。だが戦闘力はきわめて高く、並の冒険者の相手ではない。
だが赤熊はそれをも上回る、生態系の頂点に立つ存在だ。それを倒した冒険者は、街の人間全てに讃えられるという。
「あんまり待ってる時間はないんだけど、どこにいるかは分かってるのか?」
「ああ、巣の場所は突き止めたんだ。ただ、最後の一歩を踏み出すことが出来なくてね」
「赤熊……南の森の、2時間ぐらい歩いたところか?」
「ああ……分かるのか。それが君の祝福?」
「その中の一つ、と言っておく。……それにしても、強いな。レベル120もあるのか。止めておいた方が無難と言うか、ほぼ確実に死ぬぞ」
セイジのレベルは58で、仲間の内で一番高い獣人も、63までしかない。
「そんなことも分かるのか。でも強くても、魔物は魔物。知恵を使って戦えば、勝機はあると思うんだ」
「……このレベル差は、そんなものじゃ埋まらないと思うけど、まあ死体になっても帰還は出来るから問題ないんだけど……」
セイは溜め息をついて、言葉を続けた。
「俺たちも付いて行くよ。ただし、絶対に危ない状況にならない限りは手は出さない」
「控えの戦力ってわけだね。椿さんがいてくれると、ちょっと助かるかな」
実のところ、今のマコにかかれば、その程度のレベルの魔物など瞬殺である。
「というわけで、一緒に行きたい人」
「おいらは行くよ。赤熊退治、見てみたい」
ククリが参加し、ガンツもそれに加わる。寒いのは嫌だが、最近強敵と戦っていないのが不満だったらしい。
「そうね、私も熊は見たことないし、行ってみたいわね」
「もちろんあたしは参加するよ」
そして残った寂しがりやのラヴィが、一人残るはずもなし。
セイたち一行は、全員が赤熊退治の引率になるのであった。
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