43 ミレニアの街

 森林をショートカットして街道へ戻る。それから半日もせず、一行はミレニア市に着いた。

 ククリの言うとおり、古い町だった。古さを感じさせるというわけでなく、実際に古いのだ。

 城壁は所々剥落し、しかも修復がされていない。蔦が這っているので、その気になれば簡単に登れそうだ。

 城門のチェックも厳しくはなく、中に入ると木材で作られた古い家が立ち並んでいる。

「人間の街って言っても、あまり変わらないのね」

 ライラが言うが、この街は例外だろう。木材が多いので、そう見えているのだ。

 街道の途中にあり、商人がよく通りそうなものだが、なぜか活気がない。

「不思議な街だね」

 ククリの経験からしても、この街の雰囲気は独特らしい。とりあえず宿を取るが、さすがに高級宿は新しい造りである。



「さて、この街の勇者だけど」

 セイの取った部屋に6人が集まる。なんだか女の子率が高くて、ちょっとセイはどきどきしてしまう。自分も今は女なのだが。

「名前は菅田信吾。祝福は『精神支配』なんだ」

「これねえ……」

 マコが腕を組んで悩んでいる。

「菅田君、頭はいいみたいだけど、あんまり仲は良くなかったなあ。孤立してるって言うか……」

 オネシスにいた頃に、この祝福の検証はされている。

 レベル1で一人、人間や魔物の心を支配出来る。ただし、高レベルの人間や魔物には効果がない。

 レベルをどんどんと上げていったら、支配出来る数が増える。2で二人だったから、10まで上がっている今は、おそらく10人だろう。支配の力も強力になっているかもしれない。



「はっきり言って、悪者が持つような祝福だよな」

 セイの常識というか感覚から考えて、街の有力者を支配して、実質街を牛耳っているというパターンが考えられる。

「まあ、そうだよね。……ベースレベルも上がってないから、魔物相手の戦闘もしていないみたいだし」

 ベースのレベルが43というのは、マコと比べても三分の一以下である。

 検証ではほぼ自分と同じレベルの者までしか支配出来なかったので、おそらくセイやマコには通用しないだろう。

 それでも祝福自体のレベルが上がっているので、支配される危険はある。

「ベースレベルが上がってない割には、耐性の技能が凄く多いな」

 セイは疑問に思うが、すぐに自分でその理由に説明がつく。

「祝福の宝珠を作ってもらって、それを使ったのかな」



 実際に相手を支配するには、対面するぐらいの距離まで近寄る必要があるらしい。

 他に重要なのは、人間より魔物を支配する方が簡単で、精神力が高い人間にはレベルが同じでも、効果が発揮されないということだった。

「う~ん、レベルじゃなくて、精神力の能力値で支配出来るかどうかが変わるんじゃないかなあ」

「そうだね~。とりあえず接触というか、相手の状況を調べてみる?」

「う~ん、今回の場合、それは危険かもしれないなあ。たとえばレベル40前後の冒険者を10人支配していた場合……どうにでもなるか」

 今のセイやマコなら、レベル40程度の冒険者など一蹴出来る。普段は情報を集めてもらっているククリが、その意味では一番危険だ。

「支配階級の人間を支配すると言っても、そもそも会う事自体が難しいだろうし……俺とマコとラヴィ……はいいや。ガンツも待機で」

「あれ? おいらは?」

「私は?」

 ククリとライラには悪いが、二人はややレベルが低い。鑑定による相手との精神力の差を考えると、まず大丈夫だと思うのだが、万一の危険性がある。

 ラヴィは念のための保険だ。万一どちらかが支配されてしまっても、ラヴィならなんとかしてくれるだろう。

 今回はマコと二人での活動である。



「それにしても、どうしてレベル上げしないのかな? 色々出来ること増えるのに……」

 マコは疑問に思っているようだが、セイは既に気付いている。

「あのさ、マコたちって、ネオシスで術理魔法習った?」

「そりゃ習ったよ。基礎の基礎って言われたし」

「鑑定は?」

「……習ってない」

「するとレベルを上げるにも、相手の強さや特殊能力が分からないってことだろ?」

「あ、そっか。カーラさんに一番早く教えてもらったのも鑑定だったよね」

 正確にはカーラから習ったセイが、マコに教えたのであるが。

 なんで万能鑑定があるのにわざわざ、と思ったものだが、そういう手順で覚えていくものなのだろう、普通は。

「鑑定とか看破がないと、生きにくい世界だよ、ここは」

 そう言ってセイは、冒険者ギルドの扉を開けた。







「いらっしゃいませ。受注ですか?」

「いえ、依頼です」

 念には念を入れて、直接の接触はとりあえず避ける。

「人を探してほしいんです。名前はシンゴ。またはシンゴ・スガタ。ニホン人っぽい顔で、俺たちと同じぐらいの年齢。この街の北部に住んでいるか、養ってもらっていると思います」

「そうですね。報酬と期間はどのくらいになりますか?」

「報酬はオーガス金貨で10枚、期間は二週間でどうでしょう」

 相場をかなり上回っていたのだろう。受付嬢の顔が硬直する。

「……発見した場合、どうすればよろしいですか?」

「伝言をお願いします。マコ・ツバキが待っていると」

 そして宿泊している宿の名を告げる。あとは、実際に本人を確かめてみる。



 そこそこ大きな商人の屋敷の別館に、勇者は住んでいるようだった。そしてその館の主人と他数人が、支配の状態異常となっている。

「これ、別に悪いこともしてないんじゃない? 無駄飯喰らいはしてるだろうけど。領主の館に住んでるとかならともかくさ」

「領主までいくと、さすがに鑑定持ちとか、レベルの高い人間がいるからな。それを考えると、ぎりぎりの線なのかな」

 精神支配ではないが、精神魔法の存在を習った時、カーラは言ったものだ。

 そういうものが存在するのは知っておくべきだが、絶対に使わない方がいいと。

 国によっては人間への使用そのものが禁止されているし、使用が認められるのも、罪人への質問などに限られるそうだ。

 そもそも相手の人間性を否定するものなので、どうしても情報が必要な時以外は使うべきではないと。



「ただいま~」

「おかえり~」

 そう返してきたライラは風呂上りらしく、髪の毛をわしわしとタオルで拭いていた。

「いや~、暖かいお湯って気持ちいいのね。エルフは基本水浴びしかしないから、新鮮だったわ。……何してるの?」

 風呂上りのエルフに、感動と興奮しているだけです。セイとマコの二人とも。

「それで、どうだったの?」

「いや、精神支配なんて聞いてやばいかなと思ったけど、なんだか大丈夫そうだ」

「ふ~ん、で、明日からはどうするの?」

「とりあえず二週間は待つことになる。……暇になったな」

「折角だから人間の街を案内してよ。いいでしょ?」

「そうだな~、エルフの精霊術も見たいし、交代であちこち回ってみるか」



 セイの言葉通り、一行は行動することになった。

 一人は宿に置いておいて、残りの者は自由行動。

 ただしラヴィとライラは危険なので、誰かと行動を共にすること。



 ククリはだいたい、酒場や冒険者ギルドで詩っている。

 ガンツは冒険者ギルドの訓練場で、相手を探して訓練しているそうだ。

 女の子組4人は、街をあちこち歩いている。しかし特に観光名所らしきものはないようで、ライラ以外は普通である。もちろんラヴィもいつもと変わらない。

 そして三日が過ぎた。



「あ、来てる」

 マップで確認するセイ。宿のエントランスにあたる部分に、反応があった。

 ソファに座ってそわそわしている少年。この世界では珍しい、メガネをしている。

(考えてみればコンタクトの人間って大変だよな。あ、魔法でどうにかなるか。メガネの精度も国によって違うんだろうな)

 セイがそんなつまらないことを考えていた間に、向こうがこちらを見つけたようだ。



「椿さん!」

 抱きつかんばかりの勢いでこちらに走ってきて、ラヴィとエルフを見て止まる。

「……レズハーレム?」

 マコの拳が鳩尾をえぐった。







 場所を宿の部屋へ変え、話が始まった。

「それで、椿さんはどうやって生きてきたの?」

「え、あたし?」

「そう。こっちは結構大変でさ。そこそこレベルは高いって言っても、実際の魔物の強さなんか分からないし、下手にパーティーを組むのも怖いし、悪役みたいに精神支配を使うには、対抗手段が多すぎるだろ?」

「あ~、そうだね」

「だから悪いけど、ちょっとお金持ちの商人さんに、昔の恩人の息子っていうことで養ってもらって、まああとは普通に働いてたんだ」

 とことん予想通りである。せっかく中ボスっぽい祝福があるのに、全く活かせていない。

 いや、自己保身と考えるとその方がいいのだろうか。少なくとも貴族に精神支配など使っているのがバレたら死刑だろうし。

「あたしは死に掛けのところを拾ってもらって、いろいろ教えてもらって鍛えてもらって、今は皆を地球に戻す旅の途中だよ」

「え! 戻れるの! マジで!?」

 立ち上がり喜ぶ残念勇者に、セイは優しい視線を送った。



「それで、どうするの? もうすぐ帰る?」

「え、そんな簡単に帰れるの?」

「すぐだよ。この帰還石っていうのを額に付けて帰りたいって思えば、すぐ帰れる」

 まさしく飛び上がって喜ぶ残念勇者だが、少し思案気な顔をした。

「いや、さすがに小父さんに何も言わないわけにはいかないしな。ちょっと言ってくるよ」

「ああ、じゃあ俺たちも同行しようか。仲間がいると分かっているほうが安心するだろうし」



 二週間分の料金を宿に払っていたが、無駄になった。まあいつものことなので気にせず、その商人の館へ向かう。

 そこで見たのは一種の茶番劇で、それでも確かに、彼の生活はそこであったのだ。

 馬車で街を出る。人の目がないところまでと思ったが、それなりに交通量があるので、まあいっかとここで帰還することになった。



「椿さんは帰らないの?」

「あ~、勇者が誰か一人はいないと、地図が使えないんだよね」

「それは……俺が残った方がいいんじゃないかな? 一応俺、男だし」

「菅田君、レベル43だよね?」

「あ、ああ、最後に見てもらった時から、変わってないと思う」

「あたし、187」

「へ?」

「187だよ」

「え? ええ~!? だって王国最強の魔法使いとかでさえ、100ぐらいだったはずだろ!?」

「それはもう、厳しい修行と……暴食の力かな。食べれば食べるほど強くなるし」

「は~、使いづらい祝福だと思ってたけど、そんなことなかったんだね」



 感心した残念勇者だが、さすがにそれを聞いては自分が足手まといだと思ったようだ。

「じゃあ、お願いします」

 額に帰還石を当てる。一瞬の間もなく、少年は消えた。



「あっけないものね」

 冒険活劇でも期待していたのだろうか、ライラは拍子抜けした顔で言った。

「俺たちもけっこう準備はするんだけど、皆素直に帰ってくれる場合が多いね。周りが帰そうとしない場合もあったけど」

「ふ~ん、それで、次は何処へ行くの?」

 セイの持つ地図を、横から覗き込むライラ。なぜかもう反対からラヴィが覗き込んでくる。

「うん、イストリアの首都に行く予定なんだけど」

 おそらくそこに、勇者がいる。そしてそれを過ぎたら、イストリアの辺境に向かう予定だ。

「イストリアかあ。綺麗な都市らしいね」

 ククリが楽しそうに言うので、皆も明るい顔になる。

 人目を避けて、日中は馬車を使う。そして日が没したら、ラヴィの転移を繰り返し、イストリアの近くに降り立つ。

「へえ……」

 ライラが溜め息をつく、その古き都市。

 石造りの王城を持つイストリアへ、一行は到着した。

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