42 神殺し

 始まりは、ラヴィのブレスであった。

 神竜のブレス。先ほど魔物を虐殺した攻撃を、神が両手でガードする。

 片腕が千切れて飛んで行く。だが神はそれを気にもせず、ラヴィに掴みかかった。

 ラヴィは距離を置こうとするが、神もまた雷を操り、ラヴィに攻撃する。

 神竜には全く効いていないのか、ラヴィはそれを避けようとしない。

 上空からブレスの連発である。魔力が減っていくが、回復速度も凄まじい。このまま遠距離で決着がつくかと思えば、神もまた宙を飛んだ。



 接近戦を狙う神に対して、ラヴィはさらに上昇する。その速度に追いつけず、神は上空からブレスの連撃を食らう。

 少しずつだが確実に、神は生命力や魔力、体力を失っていく。しかし対抗する手段がない。

 神とはそもそも凄まじい力を持つ者なのだ。力任せにどうにかならないことは、本当にどうにもならないのだ。

 リアの言葉通り、悪しき神々はアホなのである。







「ふむ、あちらは無難な決着がつきそうだ」

 空中で待機しているクオルフォスは、中央の戦闘を眺めた。

 ラヴィと比べて、マコは明らかに苦戦していた。

 問題は火力の差である。

 吸血鬼の能力を得たマコは、実際のところレベルに見合わない強さを持っている。

 だが武器が問題だ。リアが作ったとは言え、槍は槍。神にダメージを与えるが、一気に減らしていくことはない。

 対して神の攻撃も、マコは回避する。

 魔法と肉弾戦。どちらもマコは回避し、あるいは防ぐ。吸血鬼由来の体力の回復が、長期戦の様相を呈してきた。



「こちらは少し援護が必要か」

 クオルフォスの使役する精霊が、神の上半身に攻撃を行う。

 それに気を取られた神の腹部に、貫通の能力と魔刃の能力を加えたマコの槍が、長く伸びて突き刺さる。

 神が咆哮し、魔境の間に伝わっていく。だがそれに萎縮するマコではない。

 ねじった槍から魔力が放たれ、神の腹部をずたずたにする。

 だが神はその程度では死なない。

 生命力を減らしたが、魔力と体力で傷を癒していく。それに対して舌打ちするマコ。

「大丈夫だ。確実にダメージは与えている。そのまま攻撃しなさい」

 風に乗せてマコにメッセージを送り、クオルフォスはセイの方へ視線を向けた。







 さてセイの方であるが、これも危なげがなかった。

 神の肉体を駆け上り、長く伸ばした刀に魔力をまとわせ、縦横無尽に神の肉体を切り裂いていた。

 神の魔法は、マコ以上に彼には効果がない。神竜によって得た耐性に、リアの無茶な修行を受けた結果である。

 腕や足、また首などの血管に当たる部分を切り裂いていく。それでも神は回復するのだが、無限に回復するわけではない。

「この! さっさと倒れろ!」

「着実にダメージを与えていきなさい。あせりは禁物だよ」

 セイにはそのようなメッセージを伝えて、クオルフォスは魔物の残りを見る。



 残存の魔物は、もう10万を切っているだろう。城壁に達した魔物もいるが、それを破壊する手段がない。

 エルフの魔法と弓によって、着実に数を減らしている。特にライラの風の精霊術が凄い。まだ若いエルフだが、才能にあふれている。

「これは、頼みを聞かないといけないかもしれないな」

 クオルフォスは呟くと、再び神の方に目をやる。







 ラヴィはさらに神の足と腕を切断していた。まだまだ神の力は残っているが、攻撃手段を失っている。これは時間の問題だろう。

「分かってはいたが、やはり神竜は凄まじいな……」

 幼生体であの力である。本来の神竜の力を得れば、どれほどになるか。

 だが別にクオルフォスは、ラヴィを脅威とは思っていない。エルフの役割は、神竜に近い。世界の秩序を守ることである。

「竜爪大陸にいずれは戻らなければいけないのだろうが、しばらく旅をさしてみるのも悪くはないか」



 中央部のマコも、だんだんと巨体に対する戦法に目覚めているようだ。

 とにかく相手は大きい。だから回避は素早く行わなければいけない。

 だが大きいということは、鈍いということでもある。少なくともこの神はそうだ。

 槍の力を発揮して、確実にダメージを与えていく。

 消耗戦に見えるが、このまま行けば勝つだろう。



 そしてセイだが、彼女は少しまずいことをしてしまった。

 神の目を潰したのだ。本来ならそれで相手はこちらを認識できないのだが、神は無造作に暴れ出した。

 下手に狙われるより、ただ乱暴に暴れるほうが、先が読めなくてまずい。

 それでも神の攻撃をかわし、着実にダメージを与えていく。







(神は、単純に強いだけなんだな)

 戦いながら、セイはそんなことを思っていた。

 迷宮での戦闘や、湿地の道のりを行くより、よほどこちらの方が楽だ。

 なんと言っても相手には、確実にこちらに当てる攻撃がないし、こちらの攻撃は相手が巨体なので簡単に当たる。

(まあ魔法の技能も特殊能力も低いし、下位の神ならこの程度なんだろうな。師匠から聞いたサイクロプスの方がよっぽど強そうだ)

 それは錯覚である。サイクロプスと戦った時のリアは今のセイよりよほど弱かったし、武器も貧弱なものだった。

 しかしこの神も、流星雨が当たっていたら、おそらく一撃で殺せただろう。

 セイのこれは油断ではなく、余裕であった。



 そしてマコは、とんでもない手段を取っていた。

 切り刻んだ神の肉体を、戦闘中に食べていったのだ。

「あんまり美味しくはないけど!」

 腐っても相手は神である。

 その肉体を摂取することで、マコは戦いの中で急激に強くなっていった。

 食えば食うほど強くなる暴食。

 その真価が、いよいよ発揮されようとしていた。



 最初に決着がついたのは、ラヴィであった。

 神竜のブレスを頭に浴びて、さすがの神も動かなくなった。

「神の胸から神核を吸収しなさい。それで大幅なレベルアップが見込めるはずだ」

 ラヴィは少し嫌そうに、神の胸に爪を突き立てた。

 巨大な神核を見つけると、ラヴィはその中にある力を吸収する。

 急激なレベルアップに、少し気分が悪くなる。

 だが魔素の吸収をクオルフォスが助けてくれるので、それだけでも体調は戻るのだ。

「さて、では味方の援護に向かおうか」

 クオルフォスに促されたラヴィは、マコと戦う神へと目を向けた。

 神核を奪われた神は、塩となって消えた。







 マコの目の前の神が、両足を失った。

 真横からのブレス。それを避けることが出来ず、足を切断されたのだ。

「ラヴィ! ナイス!」

 マコはそれまで届かなかった、神の首に槍を打ち込んだ。

 一撃で生命力を削りきることは出来ないが、他の場所を攻撃するよりはダメージ量が多い。

 それにしても槍は、巨大な生物を相手にするには難しいように感じた。慣れているので問題ないが、本来なら斧槍を使うほうがいいのかもしれない。

 何度となく神の頭部に攻撃をしかけた結果、神は倒れた。

 その胸を貫き、ラヴィがまた神核を吸収する。止めを刺したマコにも、莫大な経験値が入る。

「神ってレベルアップするにはちょうどいい相手だね」

 気楽にそう言ったマコだが、これはあくまで下位の神なのだ。

「上位の神にはまだまだ対抗出来ない。それは注意するべきだ」

 塩の山から出てきたマコに対するクオルフォスの忠告には、素直に頷いた。



 さて、残るはセイである。

 だが他の2柱の神を倒したラヴィとマコの参戦で、状況は一気に決した。

「うおりゃ!」

 長く伸びた魔力の刃で、神の首を切断する。

 生命力がちょうどなくなっていた神は塩に変わり、ラヴィは神核を取り出す。

 これでまたレベルアップである。セイたち二人も、大きくレベルアップしていた。

「っていうか、マコ、何したの」

 セイの鑑定によると、マコのレベルと特殊能力は軒並み上がり、そしてとんでもない付録が付いていた。



 亜神。そして不死身。

 さらには神殺しの称号があるが、これはセイも同じである。

「あ~、神様を食べちゃったからかなあ。まあ、これでお揃いだね」

 呑気に返すマコだが、神を食べたというのは有史以来いないのではないだろうか。

「まさか神を食べるとはな。祝福がここまで強いとは思わなかった」

 地面に降りてきたクオルフォスだが、彼でさえ少し引いている。

「まあ、これで戦力の大幅なアップにつながっただろう。だが不死身というのを過信してはいけないぞ。不死身程度なら、魂を破壊してしまえば殺せるのだから」

 不死身の肉体の弊害。それはマコも知っている。

 だがこれで、危険な相手をセイ一人に任せることもなくなった。



「まあいい。では里に戻るとするか」

 クオルフォスの転移で一行は城壁の上まで戻り、そこからはわずかな時間を経て、大森林中央の里へ戻る。

「さて、今日は簡単な宴になるだろう。君たちも楽しんでいきなさい」

 魔物の氾濫は止められた。こちらの被害はなんと0である。

 こういった時にお祭り騒ぎをするのはさすがのエルフも同じらしく、様々な料理が準備された。

「なんだか、人間の社会とあまり変わらない料理ですね」

「エルフはあまり変化しない種族だからな。変化を求める者は、里の外に出る。そして人間の文化を導入する。エルフに合わなければ、それは廃れるのみだ」







 エルフの宴は、騒がしいものではなかった。

 幾つかの輪になって話し合い、それを移動してはまた話をする。

 ドワーフやハーフリングとは違う、穏やかな時間が流れていく。

 ククリも場の雰囲気に合わせたのか、静かに音楽を奏でている。



 そんな中、セイとマコはクオルフォスの呼びかけにより、彼の家を訪れていた。

「彼女を旅の供として連れて行ってほしい」

 クオルフォスが示したのは、この里までを案内してくれたライラであった。

「お断りします」

 即座に判断したセイに、ライラは噛み付いた。

「どうしてよ! はっきり言って私は強いわよ。そりゃああんたたちに比べれば弱いんだろうけど、身の安全は自分で守れるわ!」

 噛み付くようなライラの物言いに、セイはクオルフォスを見やる。

 だが彼は、止めるでもなく勧めるでもなく、じっと黙っている。



 ライラは元々、人間の世界に興味を持っていたらしい。

 しかしエルフが里を出るのは長の許可が必要で、長は誰か旅なれた者が同伴するなら、という条件を出していた。

 セイ一行は確かに、長い旅の途中である。その条件は満たしているし、確かにライラは強いのだろう。

 だがセイの旅には危険が付きまとう。普通の強さではとても付いては来れないだろう。

「それにあなた達のパーティーには、精霊術が使える人がいないでしょ。使えると便利よ、これ」

 ライラは怒り、嘆き、悲しみ、涙を誘いつつ利をもって語り続け、セイの心配を一つずつ潰していった。

「これ、連れて行くしかないんじゃない?」

 先にマコが折れて、ついにはセイも諦めた。

 何より彼女が使える、特殊な技能が魅力的だった。

『森林歩行』

 森の中を、ショートカット出来るという祝福だ。森の中へ転移出来ないラヴィのことを考えると、確かにありがたい能力である。



 仕方なく承諾したセイに抱きついたライラは、すぐに旅の準備を整えに家へと走った。

「良かったんですか?」

 セイの問いかける先は、当然クオルフォスである。

「当人が行きたいと言っているのだ。仕方あるまい」

「けれど俺たちの旅は、危険が伴いますよ?」

「それも、本人の選んだ道だ。それを止める理由はない」

 一人で森を出るよりは、確かにセイと供にいたほうが安全であろう。もっとも、勇者の件さえなければだが。







 翌日、森を出る一行の中に、人間の衣装を身にまとったライラの姿があった。

 ご機嫌な彼女と違い、同道する者たちの顔には、困惑が浮かんでいたが。

「それじゃあ行って来ます。100年ぐらいしたら帰るから~」

 出発する馬車。エルフの魔法によって、森の中に馬車の通れる空間が存在している。

 確かにこれは便利だ。転移と合わせると、大幅に旅をショートカット出来るだろう。

「ねえねえ、次はどこ行くの?」

 期待たっぷりという感じでライラが問うてくる。セイは地図を広げて、精密な地図と比べてみる。

「ミレニアかな。イストリアの中でも大きな都市みたいだけど」

「古い都市だよ。本当に昔から残ってるらしいけど」

 ククリの知識にも、その程度のことしかない。彼はレムドリアから出て、オーガスに至るまでを旅してきたのだ。

「次の勇者も、話の分かる人間だといいけど……」

 フラグを立てるかのように、セイはそう言った。

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