44 王都イストリア
馬車がのんびりと門を潜る。
イストリアの王都において、セイは久しぶりに貴族特権を行使していた。
なぜなら、オーガスとイストリアには婚姻による交渉があり、その誕生も同じ帝国を元としているという理由があったからだ。
帝国から派遣された王子が作ったのがイストリア王国。
帝国から派遣された王女が作ったのがカサリア王国。
カサリアから出奔した王女、つまりリアが作ったのがオーガス大公国で、後に内政がぐだぐだになったカサリア王国を吸収合併して、神聖オーガス帝国となった。
よってものすごく遠いが、その誕生から親戚であることは間違いない。
ただ単に城門を潜る手間を省くために使った貴族特権。
だが少し後に、この選択が正解であったことをセイは知るのである。
「石で作っていると思ったら、中はけっこう木材なのね」
そんな感想と共にライラが宿の中を眺めている。高級宿を取ったセイたちは、だがすぐさま王城への招待状を渡されていた。
「……俺とマコ宛か。俺の名前はともかく、マコの名前はどうして知ったんだ?」
マップで確認すると、勇者は王城の中にいる。
死に掛けたり冒険者になってたりした勇者のことを考えると、相当に上手く立ち回ったらしい。
「ああ、なるほどね。この祝福ならそりゃそうか」
『予知』
あの日、オネシスの勇者たちを、一人残らず無事に転移させた功績者。
そして竜の恐ろしさを最もよく知る者。
「高橋さんの予知はね、短い間隔の予知と、長い間隔の予知があったんだけど、レベルを上げるごとに、どんどん使い勝手が良くなっていったんだよ」
戦闘で一秒先を見る。あるいは一日先の出来事を知る。
その精度はどんどん上がっていって、剣術のレベルも相当高くまで上がっていたという。
女の子なのに前線に出ることも厭わず、魔法の訓練にも熱心だったとか。
「レベルは65か。転移した後も、それなりに戦ったっていうことかな」
「……あの日も、竜が来る30分前ぐらいに、高橋さんの予知は発動したんだよ。でも」
何か恐ろしい、とてつもないものがやって来ると、かなり抽象的だったらしい。
おそらく竜の存在が彼女の予想を上回っていて、認識しきれなかったのだろう。
「出来れば一番早く確保したかった勇者なんだけどな」
リアとカーラの言葉によると、予知は時空魔法の一種らしい。
まあ、まだ起こっていないことを予知するのだから、分類的にはそうなのだろう。
もしセイの旅に同行してくれれば、一日先の、あるいはそれ以上に先の出来事を予知出来る。
それは確実に、旅の危険を減らすものだ。あるいは敵対する勇者の存在さえ分かるのだから。
「というわけで従者扱いなら、何人か連れて行けるけど?」
「はいはい!」
「はいはい! あたしも!」
ククリとライラの好奇心旺盛組が手を上げる。
口数といい好奇心の強さといい、この二人、なんだかセットで考えてしまう。
そして無口組の二人は残る。
果たしてどれだけの会話がなされることやら。
「ギルドに行って来る」
それだけを言ってガンツが部屋を後にしたので、残りはラヴィ一人となる。
「え~と、ラヴィ一人で大丈夫かな?」
立ち上がったラヴィは、セイの服の裾をぎゅっと握り締めた。
イストリアの王城は、それは立派なものであった。
伝統という意味ではクライアの方が上なのだが、やはり大国の首都は違う。
しかしカーラの話によると、イストリアは王権と貴族の攻防が激しいらしく、内部は難しい国だそうだ。
さて王城に乗り付けたセイとマコは、すぐさま謁見の間に通された。
謁見の間というとあれである。階段の高いところに王様が座り、その左右に貴族が並んでいるという光景だ。
重たい扉が開かれるとその予想通りの光景が広がっていて、セイもマコも些かならず緊張する。
所定の場所まで進み、膝を着こうとすると、国王陛下から声がかかった。
「そのままでよい。メイ、早速話をせよ」
国王の横にいた、巫女のような装束をした少女が、階段を降りてくる。
「久しぶりね、椿さん。早速だけど協力してちょうだい」
焦燥感にあふれた少女、高橋明はそう言った。
「魔物の氾濫ですか……」
セイの言葉に、国王は頷く。
既に舞台は移り、会議室で作戦が立てられていた。
「私の予知だと、あと三日か四日後に、王国の北西部の森から、数万の魔物が現れるの。既に兵の配置は進めているんだけど、なかなか難しくて……」
後に知ったことだが、貴族がメイの予知を無視したそうだ。
これまた後のことだが、それを名分に貴族の発言力が低下し、イストリアの王権はやや安定を取り戻す。
元々メイは転移する直前の準備が他の勇者よりあったため、自分の身分を証明するものを持っていた。
そこでイストリアの王都に至り、宮廷に竜に滅ぼされた国の勇者として招かれた。
最高権力者の王に認められたことが大きく、彼女の予知は次第に重んぜられ、国王の権力の急速な増大ともなった。
しかしここで、一つの転機が訪れる。
魔物の氾濫の予知である。
数万の魔物に対処する、場所は分かっている。しかし兵力の集結に時間が足らない。
焦っていたメイは、そこでまた予知をした。
あやふやだが、強力な力を持つ存在がやってくる。その力を借りれば、魔物は壊滅出来るだろうと。
「けれど、正確な日時が分からなくて……。それでもこれで被害は少なくなる。」
高橋明は、明晰な頭脳と善良な性格の持ち主であった。
ごく普通に状況を判断し、自分の出来ることを探る。
その結果が、セイたちの戦力を使うということなのだ。
「話は分かってるけど、とりあえずは協力して」
予知能力者との会話は難しい。
何しろ相手は、こちらが言うことを既に分かっているからだ。
だが、予知が万能ではないことも分かっている。
「神竜の力を使ってもいいですか?」
セイの言葉に、メイの顔に明らかな恐怖が浮かんだ。
「竜って……まさか、この国を襲うの?」
「いや、そうじゃなくて、私たちの仲間に、神竜がいるんですよ」
おそらくそれが、メイの予知を揺らがせていた要素なのだろう。
「竜って……オネシスを滅ぼした元凶じゃない」
「あ~、竜の立場としてはですね」
セイは簡単に竜の説明をして、自分の役割を説明した。
「世界の危機ね……。どうも私の予知は、自分の理解の範疇を外れることにはあまり効果がないらしいわね」
溜め息をついたメイだが、納得もしていた。
「北西部の砦なんて、どうやっても今からじゃ間に合わないはずなんだけど、援軍じゃなくて竜で空を飛ぶという手段があるわけね」
「少人数で良かったら、転移も使えますよ」
その言葉に、ざわめきが広がる。転移魔法は、今ではほとんど使い手がいないのだ。
「ならば武器の予備、特に矢を持っていってほしい。数人の兵力よりは、そちらの方がいいだろう」
おそらく指揮官であろう男が言うと、周囲も頷く。
「ああ、無生物でしたら、私のフォルダ……無限収納に入れられます。他に兵器の類で持っていくものはありますか?」
「無限収納とは……」
絶句する指揮官たちだが、すぐに補給物資の手配に動く。
「そなたらは、誠に我が国の救世主となるやもしれんな……」
国王が呟くが、セイは楽観出来ない。
魔境であった西と北への魔物の氾濫。これとほぼ時を同じくしてここでも同じことが起こるとは……。
「陛下、もしくはこの裏には、悪しき神々が動いているかもしれません」
「悪しき神々だと!」
また無秩序なざわめきが起こる室内で、セイは大声で告げる。
「南の魔境から西へ向かった魔物は勇者が、北へ向かった魔物はエルフと私たちが壊滅させました。そしてその裏には、悪しき神々がいたのです」
これを告げたのは失敗だったかもしれない。
セイはそう思いながらも、まだ言葉を続ける。
「悪しき神がいても、私たちならばそれを倒すことが出来ます。そちらはどうにでもなります」
正直、相手のレベル次第だ。
魔境にいたレベルの神なら三人がかりで簡単に倒せるが、もしも他の大陸で侵攻をしているような強大な神なら、無理かもしれない。
そう思いながらもセイは、自信に満ちた態度を取り続けた。
補給物資が集まるまでのわずかな時間ということで、セイたちは宮殿内に与えられた、メイの私室に集まっていた。
冒険者ギルドからガンツを引っ張ってきているので、仲間はずれはいない。
「それにしても、その子が神竜なの? 実際に予知が出来ないから、そうなのだろうけれど」
メイは少しだけリラックスして見える。やはり魔物の氾濫という事態には、怖れを抱かずにいられなかったのだろう。
しかし今は、仲間がいる。
神竜の騎士、勇者、そして神竜。
これだけいれば、被害は最低限に抑えられるだろう。
「実際のところ、どうなんです? 正直エルフの時の戦いは、防壁の守備力が大きかったんですよ」
「そうね。私も実物は見てないけれど、砦自体は強固なものらしいわ。もっとも、前近代的な砦らしいけど」
エルフの防壁は、かなりの防御力を持っていたが、それとは比べ物にならないのだろう。
「左右は急峻な山道らしいけど、魔物が相手だから、かなり逃してしまうでしょうね」
なるほど、それは問題だ。
「という状況ですが、何か策はないでしょうか?」
「……エルフの里に行ってからこっち、連絡もないので心配をしていれば……」
通信機の向こうのリアは、完全に怒っていた。
「魔物の氾濫なんぞ放っておいて、勇者を帰還させろ!」
「いや、彼女完全にこの件に絡んでますから、これを解決するまでは無理ですよ」
「お前ね……。魔物程度ならともかく、神だぞ? しかもあの辺りには、確か強大な悪しき神が眠っていたはずだ」
それはやばい情報である。
「なんとか竜を一頭回してもらうとか、出来ませんかね?」
「無茶言うな。今すぐ動かせるような竜が……いるな」
「あ、いるんですか? 神か魔物か、どっちかを担当してもらえればありがたいんですが」
「ああ、神の方は私がなんとかしよう」
「……え?」
「私が行くと言っているんだ」
「え、いや師匠、神竜が勇者に関わるのはまずいとか言ってませんでした?」
「予知の勇者なら何も問題はない。それにイストリアには私の子孫もいるしな。本当ならテルーに任せたいところだが、あいつがそうそう頼みを聞いてくれるわけはないしな」
だから私が行く、ということなのだそうだ。
「リアさん、なんだって?」
「いや、こっちへ来るってさ」
青白い顔色のセイを見て、マコも表情を失う。
「……ご愁傷様です」
「いや、マコはそう言うけど、今のマコは不死身だからな。師匠の修行にも耐えられるぞ」
「遠慮しておきます。勘弁してください」
その様子に、メイが口を出す。
「何? 怖い人が来るの?」
「怖いというよりは……凄い?」
「怖いよ! ふははとか笑いながら、人の頭砕いてくる人だよ!」
にっこり笑って一撃必殺。そんなリアの姿を、セイは何度も見ている。しかも対象は自分だ。
「まあ、戦力的には問題ありませんよ……。むしろ過剰戦力かも」
セイは諦めたような顔で笑い、ラヴィに頭を撫でられた。
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