40 エルフの里
「ほおお……」
感動しているククリの目の前には、神竜がいた。
純白の鱗に赤い瞳。全長は10メートルほどもあるが、怖さを感じさせない。
「さ、触っていいかな?」
『触るぐらいなら』
了解を得て、ククリはラヴィの鱗に触れる。
「へえ、滑らかなんだ。ちょっとあったかいね」
『あんまり触らないで』
どっちなんだ。
竜にまたがったセイとマコに、ククリは手を振った。
「往復でどれぐらいかかるかな?」
『一日もかからない』
その言葉通り、ラヴィはものすごい速度で移動を開始した。
「サラマンダーよりはや~い!」
マコが何やら言っているが、セイはそれどころではない。
風の魔法で障壁を張るため、風圧はそれほどでもない。何か魔力が働いているのか、慣性は感じない。
だが、とりあえず怖い。
「こりゃ、転移しなくでも充分だな」
そう言っているセイのマップに、時々反応がある。
エルフだ。しかし地図によると、勇者の保護されている集落はもっと奥。ほとんど大森林の最奥である。
徒歩ならば諦める距離を、半日足らずでラヴィは移動した。
「この辺りで降りて」
少し森の開けた場所へ降りる。マップの半径に、かろうじて勇者の反応がある。
それは『不死身』の勇者。不死身ゆえに、死ぬことすら出来なかった哀れな者。
「ここから一日も歩けば、エルフの里に出ると思う。身体強化の魔法を使えば、もっと早い」
「あ~、馬がいればよかったね」
さすがに馬が神竜に乗るのは無理だろう。
それにしてもこの森、下草があまり生えていない。
大樹が何本もそびえ立っているが、その葉が太陽光を遮って下草を繁茂するのを妨げているのか、歩くのは楽なものだ。
時折動物の気配があるが、こちらに気づけば逃げていく。
「なんか、神秘的な雰囲気だね」
マコが呟く。実際の森というのは、こういうものではない。大湿原にあった密林のようなものが、本来の森なのだろう。
この森がこんな状態を維持しているのは、エルフの手がかかっているのだろうか。
そんなことを考えているセイのマップに、どんどん一人のエルフの点が近づいてくる。
監視のエルフだろうか。少しだけ用心して、セイは歩みを進める。
マコやラヴィにとっては唐突なことだったろうが、矢が目の前の地面に刺さった。
何か意味不明の言語で、おそらく警戒心に満ちた言葉が発せられる。
そのすぐ後に、今度は共通語で同じ内容のことが伝えられた。
「止まれ人間! ここはエルフの領域だ!」
姿を隠しているが、セイのマップには表示されている。
セイは両手を上げ、訪問の目的を告げた。
「ここに人間の勇者が保護されていると聞いて来た。害意はない」
「……少し待て!」
魔力の動きが感じられた。
それはセイたちに向けられたものではない。そして、魔法とも少し違う。
精霊術と呼ばれるものだろう。話には聞いていたが、セイも見るのは初めてだ。
……実はリザードマンでも精霊術を使える者はいたのだが、セイはそれを見なかった。
しばしの後、樹の上から飛び降りてきたエルフが一人。
「おお……エルフだ……」
マコは感動しているが、セイは少し冷静な目でそれを見ていた。
美しい少女だ。金色の糸のような髪に、翠色の瞳。体つきは細いが、動きの一つ一つに、筋肉の躍動を感じる。
服装は植物の繊維を編んだものだろうか。緑色に染められていて、足元のブーツは皮製だろう。
名前はライラミア。年齢は170歳。精霊術の他に、魔法の技能も持っている。そして弓術や剣術なども持っている、なかなか武闘派のエルフのようだ。
「付いて来い。大長のところへ案内する」
そう言ってライラミアは先頭に立ち、セイとマコ、ラヴィを案内しだした。
道中が無言になるかと思ったが、このエルフはむしろ、人間に強い関心を持っているようだった。
自己紹介した後、人間の里はどうなのかと、色々と聞いてくる。質問には出来るだけ答えようとしたが、セイもマコも元々この世界の住人ではない。ラヴィの無口っぷりは相変わらずだ。
ククリがいたらものすごい会話の応酬になったのだろうな、とセイは思った。
「着いたぞ」
ライラ、と既に愛称で呼んでもいいと言われるほど会話が弾んだ後、一時間も経過してないのに、一行はそのエルフの里に到着していた。
「あ、あれ? なんか早くない?」
マコに確認の視線を向けられるが、セイも驚嘆していた。
マップをずっと確認していなかったから分からなかったが、明らかに距離が短い。
「森の中ではエルフの足は早い」
説明にもならない説明をしながら、ライラは進んでいく。
「途中で空間が短縮されていた」
ラヴィは平然と言うが、どういう仕組みなのだろうか。魔力の動きも感知しなかった。
このエルフの里は、思っていたより広大である。
木製の家が規則正しく並び、周囲にそれ以上に広大な畑がある。人口は1万を超えている。
「エルフって弓のイメージが強いけど、食事はどうしてるの?」
「どうとは?」
「あたしの中ではエルフって、あんまり肉を食べないイメージなんだけど」
「お前の中のエルフ像はおかしいぞ。弓は獲物を狩るのに必要だし、肉だけで食べていけるほど、エルフの人数は少なくない」
実際に畑では、がっしりとしていながらどこか細いという、表現の難しいエルフたちが働いている。
「エルフって贅肉が付きにくいのかな?」
いわゆる細マッチョと言うべきだろうか。
「人間と比べるとそうみたいだな。私が見た人間は、どれも太かった」
太い。マコのことを言ったわけでもないのだろうが、少しショックを受ける彼女であった。
「ところであれは何だろう……」
森を抜けたときから気付いてはいたのだが、改めて近づいてみるとその巨大さに驚く。
「世界樹のことか?」
ああ、やっぱり世界樹なのか、とセイは妙に納得していた。
他の大樹と比べてもはるかに巨大な樹である。それは横にも縦にも。
なんと言っても縦方向は、雲にまで届いているのだ。それを支える太さがどのようなものか、考えるのも難しい。自重で倒れるのが当たり前の気がするが。
(いや、あれって本当に樹なのか? 空を飛んでいる時はみえなかったぞ?)
鑑定してみたら樹齢は10億年を超えている。ちょっと桁が違いすぎる。名称は世界樹。そのまんまだ。
「大きくて太いね……」
マコが意図してかどうか微妙な表現をすると、ライラはうむと頷いた。
「我らエルフが生まれるより、さらに昔から存在するからな。それは長い時を経ているだろう」
「……エルフってどうして生まれたの?」
「精霊が肉体を持ったものだ。人間はそういうことも知らないんだな」
エルフについての知識は、カーラでさえあまり持っていなかった。
せいぜいが、人間がこの世界に移住する以前からいる種族ということで、なぜか人間との間で交配が可能ということ。
現在は大規模に生息する地域はわずかに2箇所で、大森林とオーガス国内の森の二つだけである。
6000年前の大戦で、邪神や魔神がその中からダークエルフの種族を作り出したが、その種族もやはり森に棲むことを好むらしい。
ダークエルフは当初はエルフの敵である場合が多かったが、今では特に敵対もしていない。むしろエルフよりも、森の外に出ることは多いそうだ。
それでもたまに森の外で一生を終えるエルフもいて、ハーフエルフは人間社会で生活することが多い。
ちなみにドワーフと仲が悪かったりもしないが、生活環境が違いすぎるので、同じ街に居住することは滅多にない。
よってドワーフの里に住んでいたリアやカーラとも、あまり交流はなかったわけだ。
世界樹の裾にある、一際大きな建物に、ライラは入っていく。
ノックの習慣もないのか、声をかけることもない。
セイとマコは一応お邪魔しますと小声で言ったが、その必要はなかったろう。
「こっちだ」
ライラに案内された部屋に、明らかに異質のエルフがいた。
例外的に筋肉質の巨体に、不老のはずのエルフにはありえない顔の皺。
「大長のクオルフォスだ」
ライラに紹介を任せるそのエルフは、真っ白な髪をしていた。
「う……」
セイは顔色を失った。咄嗟に鑑定してしまったが、その年齢は1万歳を超えている。
おまけにレベルがとんでもない。カーラよりさらに上の352という数字である。
そして種族は、エルフではなくハイエルフとなっていた。
「まあ座りなさい」
椅子を勧められたので、セイとマコは座る。ラヴィはなぜか少し躊躇したようだが、それでも座った。
ライラも当然のように座っているが、話を進める意図はないようだ。
「話は聞いている。彼女も落ち着きを取り戻したようだし、早々に帰らせてやりなさい」
クオルフォスの仕草で、ライラは外に出て行く。文脈をたどるなら、勇者を迎えに行ったのだろうが。
「さて、何か訊きたいことはあるかね?」
「あの、あなたはハイエルフなんですよね? 他のエルフとは違うんですか?」
とりあえず気になったことをセイは質問した。
「エルフはエルフ同士から生まれるが、ハイエルフは世界樹から生まれる。そしてエルフの大長となる。それぐらいだな。あとは、寿命が長く、戦闘力にも長け……まあスペックが高いということだ」
ごく自然と共通語を話したが、その言葉には何か違和感がある。見かけに反して、言動が若々しい。
「本来なら私はもう樹に還るはずなのだが、次代のハイエルフが勇者と共に他の世界へ行ってしまってね。こうしてまだ、長を務めている。だが次のハイエルフも生まれたし、おそらく1000年以内には樹に還るだろう」
「樹に還る……死ぬようなものですか?」
「まあ、似たようなものだ。魂が世界樹に還り、漂白され、またハイエルフとして生まれる。その繰り返しだな」
それは、不老不死に近いのではないだろうか。
「そちらの神竜になら、私の言葉も理解しやすいのではないか?」
クオルフォスが視線を向けると、なぜかラヴィはセイの服の裾を握ってくる。
「怖いかね? 神竜ならそれは普通、一生感じるものではない。だが、神竜の力の及ばない部分も、少しは世界に残されているということだ」
「……ひょっとして、神竜と戦えるぐらい強いんですか?」
「いや、年経た神竜には叶うはずもない。だが、その神竜はまだ幼い。本来なら、邪神どもなど敵としないはずなのだが、さすがに若すぎる」
「ええと、ひょっとして、ラヴィのレベルとか見えてます?」
その問いに、クオルフォスはゆっくりと頷いた。
「たったの120だ。いくら神竜がレベル以上の存在と言っても、私には勝てないだろう」
「ええと……興味本位で訊くんですけど、師匠のレベルとかご存知ですか?」
「神竜レイアナだね。彼女はおおよそ350前後のはずだ。もっとも、人間の姿ではともかく、竜の姿になれば私に勝ち目はない」
リアはセイをかなりしごいていたが、それでも全く全力でなかったということか。
それはそうだろう。天にも届く神々との戦いさえ、本気になれば勝てるというのだから。
そこからまた、違う話題に転換しようとしたのだが、それは部屋にやってきた人物によって中断された。
エルフの衣装を着ているが、間違いない日本人の顔。
「清水さん!」
「椿さん!」
がっしと抱き合う二人だが、マコはすぐその異常に気付いた。
「あれ? 清水さん、元に戻ってる?」
そう、不死身の勇者は、精神を病んでいたはずだ。
だが今、目の前にいる少女に、その気配はない。
「ひどく心を痛めていたのでね。私が治療した。幸い手遅れではなかったのでね」
万能治癒でさえ癒えなかった、心の傷。それをクオルフォスは治したというのか。
なるほど神竜でも恐れるはずだ。
不死身の勇者は帰還を承諾した。
「悪いけど、もう二度とあんな目には遭いたくないわ。椿さんは帰らないの?」
同じような説明をマコがして、勇者は頷いた。
「ここの生活は良かったけどね。日本が恋しいよ」
郷愁にかられた少女は、その場で帰還した。
「清水さんを治してくれて、ありがとうございました」
「礼を言われるほどのことでもないと思うが、感謝の言葉は受け取っておこう」
穏やかに微笑むクオルフォスだったが、かすかにその表情が変わった。
「神竜よ、そなたは幼い」
声をかけられたラヴィは、びくりと震えた。
「今のままでも成長すれば世界を守る存在となるだろうが、時間がかかりすぎる。そこで」
クオルフォスの言葉には、茶目っ気が混じっていた。
「レベルを上げてみる気はないか?」
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