36 癒しの勇者

 街道の上を馬車は進む。

「南レムドリアに列車が走ってるなら、この都市連合にも列車があっても良さそうだけどな」

 セイは呟くが、ケイオスが簡単にその問題点を挙げる。

「それぞれ独立した国家だからな。戦争も度々起こっているし、利害の問題もある。列車に限らず、交通網を整備するのは難しいだろう」

 さすがに故郷の近くだけあって、ケイオスは多少の事情に通じていた。



 そもそも都市国家間は、街道さえ今のような立派なものではなかったらしい。

 商人や旅人が移動するための田舎道。それがずっと主要だったのだ。

 それが変わるのは、この地域がレムドリアによって統一されてからだ。

 商業や工業の発展を考えると、立派な道が必要になる。

 地球で言うならインフラを整備したため、今のような立派な街道が作られたというわけだ。

「それでも、だいぶ傷んでるよな…」

 街道には、整備が必要そうな部分がたくさんあった。

 修繕するにも、どこの都市が行うか、それが決められないのだろう。

「独立してかえって、都市連合の力は落ちてるんじゃないかな?」

「そこまでは知らんが……セイの言うことは分かる。強固な同盟を結べば、都市国家連合は強い国家となるんだろうが……」

 少し考えて、ケイオスは疑問を口にした。

「強い国家になってどうするのだ? どこかと戦争でもするのか?」

「南レムドリアから侵略があった場合、軍勢をまとめることが簡単になるでしょ?」

「その時は臨時に同盟でも組むのではないか? ……いずれにしても、街道が荒れているのは、今はどうしようもないな」

 セイは色々考えるのだが、前提となる知識が足りない。全ては旅がのんびりしすぎているのが悪いのだ。



 幾つかの都市を経由して、南方に進む。

 地図の点は全く移動していない。精密な地図と照らし合わせると、最南端の都市国家、ミレネスにいると推測される。

「動いていないってことは、上手いこと仕事を見つけたのかな?」

 マコが疑問点を挙げる。それにはセイも同意する。

「えと、最初に転移した場所がここで、今いるのがミレネスだとすると……少しだけ東に移動して、そこで本拠地を構えたって感じかな」

「勇者がする仕事……冒険者じゃなく、街で出来る仕事か。色々他の技能を持ってた人もいたけど、細かいこと覚えてないからなあ」

 うんうんとマコはうなっているが、現代日本人である勇者に、はたして戦闘力以外の有用点があるのだろうか?

 まあ、それはもう少し近づいてから考えたらいい。そうセイは考えた。







 甘かった。

「勇者であり聖女ってことで、大評判なんだってさ」

 南へと進む街道で、何故か怪我人が多く見えるようになったその日。

 途中の街で宿に泊まると、ククリが情報を仕入れてきてくれた。

「あ~、それは『万能治癒』だね」

 マコにも合点がいった。それは、やはり勇者の壊れた性能の祝福だ。

 万能治癒。それはただ、どんな半死人でも治癒させるというような甘い能力ではない。

 毒や呪い、病であっても、ただ手をかざしただけで治癒してしまうという、パーティーに一人いればバランスブレイカーになる祝福だ。

 しかもこの祝福、全く制限がない。一日に何度とか、体力や魔力を使うとか、そういった制約がないのだ。

 不可能なのは、老衰で死ぬ者の回復と、人を若返らせるということ。生まれつきの器官の欠損の修復は、場合によるらしい。

 老衰にしても、一時的に肉体の機能を回復させる場合があった。

 精神を病んだ者さえ、程度によっては治癒するということで、まさしく万能治癒なのである。



「戦闘力はどうだったのかな、その子」

「普通かな。身を守る程度には訓練してたけど、とにかく彼女に何かあったら大変だったし、国の偉い人とかも治癒して回ってたからね」

 自分自身さえ治癒できるということで、継戦能力は高いということ。だがそもそも、そんな力を持った人間なら、優秀な護衛に囲まれて、堅固な要塞に守られていてもおかしくはない。

「だいたい半日かけて貧富の区別なく治癒しているって言うから、評判は無茶苦茶いいよ。神の奇跡って感じで」

 ククリは精細な情報を仕入れてきてくれたのだが、それを聞くたびにセイとマコは頭を抱える。

「劣化神竜」

 珍しくラヴィが声を発した。

「劣化?」

「それぐらいなら、神竜なら誰でも出来る。若返りも不老不死も可能。だから劣化」

 神竜、どこまで凄いのか。

「これ、帰還させたら周りの人間の圧力がひどいよ」

 マコが不安げに言う。セイも同じ事を考えていた。

 だが、肝心の本人はどう考えているのだろう。

「久しぶりに、印籠の出番かな」

 セイは呟くと、貴族の証であるプレートを取り出した。







「あ~、周囲がひどいだろうな、それは」

 リアに連絡を取り、現状を説明する。

 すると彼女は深々と溜め息をついた。

「私もな、神竜だからして、蘇生だの若返りだの不老不死だのは出来るんだよ。結構簡単にな」

 過去の己を反省するように、リアはそう言った。

「だが、キリがない」

 リアの場合は一国の元首だからして、そうそう民草の中に入っていくことはなかった。

 しかし実際に統治していた頃は、有用な家臣は出来るだけ健康に長生きさせて使っていた。

 それも、己の娘が死ぬまでのことだった。

「神竜は基本的に人間には手を出さない。ただ、己の迷宮を突破してきた者だけに、例外の祝福を与える」

 絶対的な原則だ。世界の危機にでもならない限り、この原則は破られない。

「蘇生もな、実はカーラも出来るんだよ。魔力を使うから無限じゃないが、割と簡単にな。でも今は使わないようにしている」

 死者の蘇生が出来るとなれば、それを求める者は無限に出てくるだろう。

 病気の治癒さえそうだ。この世界には不治の病でも治す魔法があって、四肢や器官の欠損さえ復元する魔法もある。

 その聖女の代わりはいるのだ。問題は、それがほぼ無限に可能であるということ。魔力なしで手をかざすだけで治るなら、一日に何千人の治癒が可能であるか。



「なんなら、その勇者は私が殺してもいい」



 リアの発言に、セイは耳を疑った。

 勇者には不干渉。それが神竜の基本姿勢であるはずだ。だがなぜ聖女に限ってそうなのか。

「その勇者には、不確定要素がないからな。万一にも神竜を傷つけることは出来そうにない」

「いや、ちょっと待ってくださいよ。彼女は悪いこと何もしてませんよ? むしろいいことばかりしてるんですよ?」

「だが、存在するだけで世界の脅威だ。除かないなら、世界自体を崩壊させる」

 セイは頭が痛くなってきた。価値観のスケールが違う。

「まあ、基本は説得から入ることだな。二つのパターンが考えられる」

「二つのパターンですか?」

「ああ、治しても治してもキリがない状況でストレスを感じているか、それとも治すことに変な使命感を燃やしているか、その二つだ」

 なるほど。聞く限りでは、貧富を問わず治療しているというからには、後者の可能性が高い。

「世界の危機を説明すれば、素直に帰還してくれますかね?」

「ストレスを感じているなら問題ないし、使命感があるなら帰還しなければいけない意味も分かるだろう」



 念のためにマコに確認してみたが、よく分からないということだった。

「あんまり親しいクラスメイトじゃなかったしね。ネオシスにいる頃も、色々連れ回されてたし」

 呼び出したのが国であるから、重病な貴族や王族を治癒して回っていたのだろう。

 完全に便利な魔法具扱いである。本人の意思はどうなのか、確かめる必要がある。

「貴族特権、使うしかないか……」







 ミレネスを訪れる病人や怪我人の列を横目に、馬車が貴族専用の門に入っていく。

「オーガス帝国の公爵様ですか。なぜ我が国に……」

 オーガスは遠い。ユーラシア大陸で言えば、アジアの東西両端ぐらいの距離がある。

「噂の聖女様に用があるのだ。通ってもいいか?」

「はい、どうぞ」

 慣れない言葉遣いをしたセイだったが、おかげで無事に入ることは出来た。

 高級宿に馬車をつけると、とりあえず聖女の居場所を訊いてみる。宿の人間でも知っていることだった。

「元首の別館に住んでいるということか……」

 午前中は神殿の一角を借り治療をし、午後は貴族や大商人の治療にと、時間を分けているそうだ。



 ククリが酒場に行って聞いてきたことは、もっと詳しいことだった。

 聖女は元々、冒険者ギルドの一角を借りて、格安の治療を行っていたらしい。

 しかし彼女の治癒は万能治癒である。普通なら引退レベルの冒険者の怪我も、簡単に治してしまう。

 呪いの傷を受け、片目が見えない有名な冒険者を治癒したのが、決定的な機会となった。

 元首は彼女を招き、生活の全てをサポートする代わりに、貴族や大商人の病や怪我を治す。

 その代わり彼女が要求したのが、半日を貧困者や平民の治癒を無料でするということだった。



「聖女だね……」

 ククリが言うと、マコは首を傾げた。

「桂木さん、そんな人だったのかな……」

「ケータの例もあるしさ。人間なんて、環境次第で変わるものだと思うよ」

 それを言われると弱いので、マコは沈黙する。

「さて、まずはどう接触するかだね」



 貴族の特権を利用して、というのは難しかった。いくら貴族でも、全く知己を得ない場合は、要求が通らないことが多い。

 賄賂を使ってみたが、これも上手くいかなかった。聖女の価値は、もはや金銭でどうにかなるレベルではないのだろう。

「接触することさえ無理とか……ここは潜入するしかないかな」

「いや~、やめといた方がいいと思うよ。潜入も難しいし、下手に捕まったら言い訳のしようがないし」

 セイの言葉に、ククリが否定的意見を述べる。その通りなので即座に採用。

「普通に神殿で接触するしかないかあ。向こうがちゃんと反応してくれるといいんだけど」

 マコの顔を、相手がちゃんと覚えているか。そんなことが問題になる。



「……あのさ、ひょっとして、ラヴィ、転移できないかな?」

 藁にも縋る思いで、セイはラヴィに問いかける。

 神竜である。転移が使えてもおかしくはない。

「……出来るけど、気付かれる」

 ラヴィの答えは端的で、更なる説明が必要となった。

 元首の館はさすがに警備が厳しく、結界があるので普通なら転移出来ない。

 だがラヴィであれば、その結界を破り転移することが出来る。だが、結界を破ってしまったことは相手に知られるということだ。

 意味がない。

「仕方ないね。神殿でどうにか声をかけてみようか」

 マコの意見に、セイも頷くしかなかった。

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