35 覚醒の勇者

 皆の集めてきてくれた情報を分析した。

 ジュンと呼ばれるその少年は、割と最近、ふらっとこの街を訪れた。

 冒険者ギルドに登録し、魔法が使えるというので、初心者のパーティーから声がかかったそうな。

 そのパーティーと一緒に、主に魔境での討伐を行っていたのだが、すぐにその戦闘力は有名になったらしい。

 初心者が相手にするようなものではない魔物を、連続して狩ってくる。

 パーティーは有名になったが、ジュンはそこでベテランのパーティーに引き抜かれたらしい。

 突出した冒険者が、パーティーを変えることは珍しいことではない。実際、それを非難するような声は上がっていない。



 そしてベテランパーティーの中でも、ジュンの戦闘力は異常だった。

 戦えば戦うほど強くなる。それは覚醒のレベルアップによるものなのだが、ジュンの成長は異常だった。

 ベテランのトップグループのパーティーから声がかかり、ジュンはまた引き抜かれた。

 そこでもジュンの力は圧倒的で、災害種と呼ばれるほどの魔物を一人で倒したのだ。



 戦闘力はともかく、他の面ではどうなのか。それも聞いてみた。

 評判は悪くない。金遣いは荒いというほどではなく、それでいて吝嗇でもない。

 街中で乱暴を働くということもなく、むしろ乱暴者を叩きのめしたという話が多い。

 そして実は勇者だという噂も、既に広がっていた。

 偽装隠蔽を使っていないなら、鑑定を使える者がいればすぐに知れるので、自然と評判になったのだ。

 今ではアクアの街の勇者ということで、名声が太守にまで伝わっているとか。



「権力者に取り込まれる前に、なんとかしないとな」

 セイは呟き、さて接触の手段を考える。

 だがそれほどいい考えは思いつかない。いつも通り、マコと一緒に接触することにした。







 食堂で仲間らしき男たちと談笑しながら、ジュンは昼食を摂っていた。

「そういえば、あたしたち昼食まだだね」

「少し我慢してくれ。じゃあ行くぞ」

 食堂の扉を開け、近づいていく。こちらは女が二人だ。特に警戒されることもないだろう。

 そしてジュンとその仲間らしき3人の前に、マコが立つ。

「やあやあ瀬戸順二君、久しぶりだね」

 朗らかなマコの声に、反応するジュン。仲間二人はマコを見つめるが、特に警戒はしていない。

「椿さんか。無事だったんだね」

「死にかけもしたけどね。早速だけど、ちょっと話せないかな?」

「ああ……いいけど……」



 仲間に一声かけて、ジュンはこちらのテーブルに移ってきた。

 こうして見ると、普通の少年だ。事前のマコの情報でも、あまり目立った印象はなかったという。

 しかしこうしてこの世界に適応しているのを見ると、案外メンタルが強かったのかもしれない。

「あれ? この人は? なんだか日本人っぽいけど」

「日本人だよ。小島聖。地球の神様に頼まれて、君たちを迎えに来たんだ」

「へ? 帰れるの?」

 ジュンはきょとんとした顔で、軽く驚いた。



 地球の神様とネアースの女神様の話を、簡単にしてみせた。

「つまり……俺がいると世界がやばいってこと?」

「単純に言うとそう」

「マジか……。やっとこちらの世界にも慣れてきたのに……。その情報って、間違いないの?」

「地球の神様と、ネアースの女神様の両方が言ってるから、まず間違いないね。という訳で、帰ってほしいんだけど」

「え~、帰りたくないなあ。俺一人ぐらい残ってもいいんじゃない?」

 どうやら簡単には説得出来ないらしい。



 まず日本とこの世界の文明レベルの差について、思うところはないのか訊いてみた。

「う~ん、確かに不便だけど、慣れたしなあ。地球に帰っても……マンガの続きとかは気になるけど、普通の一生を送るのは見えてる気がするしなあ」

「でもこの世界にいると、魔物との戦いも命がけだよ? それにこの地方だと、戦争に動員されるかもしれない」

 マコが身を乗り出すと、ジュンは首をひねりながらも考え込む。

「戦争は勘弁してほしいけど、他はどうにかなりそうだしなあ。ちょっとどうにかならないかなあ」

「世界の危機だから、どうにもならないと思う。最悪の場合、神竜が君を殺しに来るかもしれない」

「神竜? 何それ?」

 まだあまり知識もないのだろう。一から説明する。



「はあ、ようするにもの凄い強い神様ってことだね。でも俺には勝てないと思うよ」

 神様にでも勝てる。そう言い切る自信は、己の祝福なのだろう。

「いや、神竜の力はそんなものじゃなくてね。いくらなんでも、大陸一つ破壊する相手には勝てないでしょ?」

「そう言われてもなあ。実際に戦ってみないと分からないし」

 駄目だ。完全に調子に乗っている。

 即死眼にでも遭ったら速攻殺される。他にも即死級の攻撃手段を持つ魔物は多いのだ。

「戦争に動員されたらどうするの? 覚醒の力だと、息切れするでしょ?」

 マコも援護してくれるが、それには飄々とした返事を返してくる。

「じゃあレムドリアにでも行こうかな。生活レベルもここより高そうだし」

 分かってない。完全に分かってない。

「だから、世界がやばいんだってば」

「そんなすぐ? 逆に騙されてない?」

 これはメンタルが強いわけではない。ただ単に、生きるのが雑なのだ。

 ここでセイは説得を諦めた。



「つまり君は、自分の実力なら大抵のことはどうにかなるから、帰りたくないということなんだろ?」

 怒りが混じらない程度に、低い声でセイは言った。

「まあそうかな。実際俺より強いやつなんて、この街にはいないし」

「じゃあ俺が君に勝ったら、素直に帰還してくれるか?」

 この問いに、ジュンは意表を突かれたようだった。

「俺が? 君に? 負ける? いや、それはないと思うよ」

「勝負を受けるかどうか、それだけ聞かせてほしい」

「それで気が済むならいいけど、どこでやる? ギルドの訓練場かな?」

「街の外がいいな。魔法を全力で使っても平気なぐらい」

「ああ、分かった。じゃあ行こうか」

 ジュンはとてつもなく軽い調子でそう言った。







「ルールを決めておこう」

 セイは言った。決着の手段を決めておかないと、逆に自分には不利になる。

「そうだな。普通に寸止めでいいんじゃないか?」

「俺の祝福には刃を弾くものもあってね。それだと俺が不利すぎるんだよ」

「へえ……。じゃあギブアップと、10秒立てなかったら。そんな感じでいいかな?」

「そんなところかな」



 10メートルの距離を置いて、二人は立つ。

 眺めているのはセイの仲間5人と、ジュンのパーティーメンバー5人。

「それじゃあ、始め!」

 マコの合図と共に、セイは飛び出した。

 刀を振るう。ジュンの得物は長剣だ。彼我の武器の差はそれほどではない。

 セイの攻撃に、瞬時にジュンは劣勢に追い込まれた。しょせん技能レベル3の剣術である。ベースレベルがいくら高くても問題にはならない。



「やるな!」

 その声と共に、ジュンは加速した。これが覚醒だろう。

 攻撃が、重くて速い。それに対して、セイも魔法を使う。

『加速・身体強化』

 反応速度と肉体能力を上げる魔法だが、さすがに覚醒の能力10倍には及ばない。いくら剣技に差があっても、勝てる確率は低いのではないか。

 だが、セイは気付いた。

 覚醒は能力値を上げてくれるが、反応速度は上がっていない。

 いくら敏捷になっても、感覚がそれを活かしきれないのだ。



「この!」

 肉体能力だけで、対人戦闘は決しない。

 相手の先を読む。そしてその場に武器を置く。相手は回避せざるをえない。

 魔物相手ならともかく、単なる力技は通用しない。それにこいつの攻撃は、リアに比べれば軽くて遅い。たとえ10倍になってもだ。

 受け流す。受け流し続ける。相手の息が荒くなっていく。

 集中を絶やしてはいけない。ただ、時間だけを稼げばいい。しかしそれは相手も承知のことだろう。

 ひたすらな攻撃。全てはかわしきれず、受け流しきれず、多少の傷を負う。

 だがそれは表面を引っかく程度。すぐさま自然に治癒していく。

「お前、いったいなんなんだ!」

 そんなことを言われても困るのである。



 残り一分。ジュンの攻撃が、こちらの急所を狙うようになってきた。

 だがそれは致死感知でかわせる。それ以外の攻撃は当たってもいい。

 振り抜いた剣で腕の骨を折られても、すぐに治癒する。

「くそ!」

 短い詠唱と共に、ジュンは魔法を使う。

 一般的な火球の魔法だ。セイの魔法障壁で防がれる。

 炎で歪んだ視界からジュンの剣が斬りつけてくるが、それは致死感知でかわす。



 10分が過ぎた。







 接近したセイは、素手でジュンの腹を打ち、上がった顎をまた打った。

 倒れこんだジュンの背を踏み、喉元に刀を突きつける。

「ギブアップ?」

「くそ、こんな……」

「今まで君が生きてこれたのは、単に運が良かっただけだ。本当に強い魔物なら、君程度の力では通用しない」

「10倍になっても駄目なのかよ……」

「俺が本当に本気だったら、開始直後に居合いで君を斬って終わりだった。それに、もし魔物の毒でもやられたら、君に対抗手段はないだろう?」

 奥の手である、短距離転移さえ使うことはなかった。

 セイが足をどけると、ゆっくりとジュンは座り込んだ。



「この世界、やばすぎるよ。祝福なんて全然役に立たないじゃねえか」

 呻くように呟くジュンに、パーティーメンバーが駆け寄っていく。

 声をかけられるジュンだが、この完全な敗北にはショックが大きいのだろう。しばらくはただうな垂れていた。



「さて、約束だ」

「分かったよ……。帰ればいいんだろ」

 祝福を最大限に使って、それでも及ばない存在に、完全に心を折られていた。

「日本に帰って、幸せに暮らせばいい。他の皆もすぐに帰す」

 ジュンは最後に、仲間たちを見やった。

「ごめん、お別れだ」

 立ち上がる。そして仲間たちに頭を下げる。

「ありがとう。俺一人じゃ、間違いなく死んでた」

 斥候に野営。ジュンの力だけではどうにもならない部分があったのだろう。それを踏まえての言葉に違いない。

「それじゃあ、帰ると念じてくれ」

 ジュンの額に帰還石を当てる。すぐに反応し、ジュンの姿はそこから消えた。



「おい、ジュンはどこに行ったんだ!」

 彼の仲間のうち、リーダー格らしき男が声をかける。それに対し、セイは端的に答えた。

「故郷だよ。魔物もいない、戦争もない、平和な国だ」

 セイは背を向けて、仲間の元に戻った。







「どうなるかと思ったけど、どうにかなったな」

 セイは息を吐き、馬車の揺れに身を任せる。

「えらいえらい」

 マコが頭を撫でてくると、なぜかラヴィも同じようにしてくる。

 両方から撫でられるセイを見てケイオスが笑うが、怒るのは我慢する。



「さて、次は南だな」

 都市連合の南部にある勇者の点。そしてそれよりさらに南には、もう一つ点がある。

 そこは大湿原とよばれる地帯。

 ケイオスの故郷である。

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