34 戦場の勇者たち
七日間の行軍の後、ナケアとネポロの軍勢は、お互いを認識した。
そこから陣営が築かれ、お互いの陣の偵察を行い合う。この斥候の働きは、より獣人の魔族を擁するネポロの方が、有利なようであった。
後に知られたことだが、双方の軍勢は10万を超えてほぼ互角。武装もほぼ互角であった。もっともそうでなければ、そもそも戦争にならなかったかもしれない。
三日間の睨み合いの末、両軍は激突した。
なだらかな丘が続く、さほど戦術の妙を競う地形ではない。よって両者はどちらも、横に広がった陣を布いた。
突撃して中央を突破するか、それとも包囲殲滅するか、さほど選択肢はない。
魔法があるので、双方塹壕戦という手段はあまり採らない。正面から火力で戦う。
そして遠距離からの攻撃がどんどん接近していき、やがて銃剣や剣を使った、泥臭い古い戦況になった。
それをセイたちは、遠くから見つめていた。
兵器の射程を考えると、そう接近するわけにもいかない。だが戦況も出来るだけ詳しく知りたい。
土の魔法で分厚い壁を作ると、セイはマップを展開する。この距離でも、両軍の戦闘の音は聞こえてくる。
戦況は幸いに……と言っていいのか分からないが、ナケア軍の有利に進んだ。
ナケア軍の左翼が、相手を押し込んでいる。セイのマップに浮かぶ、命の点が消えていく。
「どっちが優勢だ?」
ケイオスの問いに、セイは冷たい声で答えた。
「ナケア軍。左翼が少しずつ、相手を押している。……勇者も一人、前線に近いところにいる。多分魔法を連発して、相手を削ってるんだ」
近代兵器の小銃よりも強力な魔法は、たくさん存在する。そしてそれが一つでも使えるなら、無限魔力の祝福を持った勇者は、凄まじい戦力となるだろう。
防御面でもそうだ。下手な銃弾など防ぐ魔法が使えれば、どんどんとそれを使えばいい。
「レベルアップ酔いは……ないか。相手は魔物じゃないもんな」
レベルアップ酔いは、主に魔物を大量に倒したときに生ずる。相手が魔族なら、それほどの経験値にはならないはずだ。
それにもしレベルアップ酔いを知っていれば、防御に魔法を使うだろう。相手の攻撃は通じず、こちらの攻撃は通す。これだけでも有利すぎる。
「魔族も同じ人種だって、分かってるのかな……」
思わずセイは呟いたが、それには気付かない方が幸せだろう。
魔物ならまだ殺せる。しかし相手が知能を有し、会話も可能な種族なら。
セイはドワーフの里や迷宮都市で見かけたゴブリンの姿を思い出す。
緑色のしわくちゃな顔をした、大きな目に愛嬌のある種族だ。レムドリアでも見た。それは邪悪な存在ではなかった。
もっとも邪悪であろうがなかろうが、神竜の目から見たら同じなのだろうが。
朝から始まった会戦は、昼過ぎには決着がついた。
ナケア軍の勝利である。もっとも圧勝というわけではない。左翼が押し込んで、その結果勝ったという感じだ。
敗走するネポロの軍勢を追撃する部隊がある。だが勇者は留まったままだ。
前線に立っていた勇者は疲労したのだろう。後方の勇者は、おそらく救護要員なのか。そういえば治癒魔法の技能を持っていた。
そしてセイはこの時になってようやく動いた。
追撃をかける軍の後方、働いた者たちが休息する場へ赴いたのだ。
重傷者や軽症者、止めを待つ者など、様々な傷を負った者が、敵味方構わず存在した。
戦場は地獄だ。
勇者たちは動き回って、それらの手当てをしている。
真っ当な働きだ。人を……魔族を殺すより、よほど納得出来る行動だ。
自分でも知らない間に、セイは傷を負った者たちを治療していた。
人間も魔族も。ゴブリンは捕虜だが、戦争が終わったら引渡しが行われるだろう。
無心に治療を行っている間に、マコとラヴィが同じように治療をしているのに気付いた。
特にラヴィの魔法は強力だった。死の一歩手前という重傷者さえ、全く問題なく治癒する。しかも魔力切れが起きない。
後にこのラヴィの活躍は大きな噂になるのだが、正規軍でも傭兵でも冒険者でもその存在が確認されなかったので、噂以上にはならなかった。
ゴブリンの軍の方にラヴィを向けたら、おそらく一人で全ての治療を終えただろう。セイの都合で、こちらにいるだけなのだ。
結果的に人間の国家の味方をしてしまったが、それでいいのだろうか。
「よし、これで追撃ができるぞ!」
治療した者たちからそんな声が聞こえたので、それは阻止することにした。
簡単なことだ。兵糧を焼けばいい。
どれだけ精強な軍隊でも、食料がなければ行軍は止まる。事前に気付いていれば、先回りしてナケアとネポロの両方の兵糧を焼いたのだが。
リアも気付いていなかったのか。それとも気付いていて、危険だと判断したのだろうか。それは分からない。
夜間に起こった出火で、ナケア軍の大量の食料が焼かれた。これで後詰の軍は動けないし、先行している部隊も後退するだろう。
そして深夜、一つの天幕に勇者3人だけがいるのを確認して、セイとマコは侵入した。
勝ち戦の後であるからか、陣営内の気配は弛緩していた。
それでも放火があったので、起きている人間は多い。もっともその大半は、兵糧の火を消すのに従事しているようだが。
勇者3人も、目を覚ましているようだ。だが動きはない。
絶好の機会である。セイとマコは、天幕に入っていく。
「大丈夫? 助けに来たよ」
マコが声をかける。最初は天幕の奥で警戒していた3人だが、マコは武器も持たずに入っていく。
「あたしだよ、椿真子。皆は大丈夫?」
薄汚れた装備に身を包んだ、3人の少年少女。
マコのことをはっきりと認識した3人は、明らかに安堵した。
「帰れるのか……」
少年が呆けたように言って、少女二人は抱き合って喜んだ。
セイの説得は、簡単に3人の中に染み込んでいった。
「なんでもう少し早く……」
少年が呻いたが、それはセイも思っていたことだ。
あと一日早ければ。少年は大量殺戮者にならずに済んだのだ。
「マコっちはまだいるの?」
少女の一人が問うと、マコは頷いた。
「勇者が一人はいないと、他の皆を探すのが大変になるんだよ」
地図の特性上、マコの存在の重要性は増した。
「それにあたし、かなりレベルアップしたから、そう簡単には死なないよ」
死なない。だが、それが安心できることだとは限らない。
無限に食われ続けて精神を病んだ少女を、勇者たちは知っているのだ。
「じゃあ、早速やってくれ」
少年がまず進み出た。何かこの世界で遣り残したことはないかと訊くと、頭を振った。
「ない。つーか頭に見つかると大変だから、早いとこやってくれ」
おそらくこの傭兵団の首領のことだろう。傭兵団の一員としては、見つかる前にさっさと去りたいだろう。
帰還石を使って、少年は帰還した。
少女二人も、同じように帰還した。
最後の少女が不安げにマコを見つめていて、それに対してマコは笑顔で手を振った。
「終わったね……」
「ひとまずはな」
天幕から出た二人は、そのまま陣営を出て行く。
徒歩で丘を幾つか越えて、二人は馬車と合流した。
「さて、次の目的地だけど……」
地図の点の一つが、当然の目的地である。だがこの点は、拠点を定めながらも、ちょろちょろと細かく動き回っているのだ。
「冒険者、だろうねえ」
マコの呟きに、セイも同意する。
冒険者として成功しているなら、今度こそ戦闘になるかもしれない。
それでも今回痛感したことだが、勇者は基本、帰りたがっているのだ。
いくらちやほやされようが、文明のレベルが違うということは、大きいのだ。
「戦争に巻き込まれることもあるから、それを考えれば帰りたいと思うことも当然だけど……」
セイは考え込む。逆に戦争に巻き込まれることを何も感じないほど、この世界に適応してしまっているなら、敵となる可能性が高い。
一行は街道を東へ向かう。途中にネポロの街があるが、ここはスルーする。ゴブリンが多く、そして人間の国家と対立しているなら、セイたちも余計な面倒に巻き込まれると思ったからだ
その途上には、戦火で焼かれたと思われる集落が幾つもあった。
ナケアの軍の略奪に遭ったものだろう。人間はゴブリン相手なら、さほどの罪悪感もなく殺せるのかもしれない。
馬車は東へ向かう。地図の点に近づくほど、気候が変化してくるのが分かる。
「海が近いな」
ケイオスの呟く通り、この先に存在する大きな都市は、一つしかない。
港湾都市アクア。東は海に面し、北は魔境に面する、やはり軍事力の高い国である。
その都市に勇者が一人いる。間違いない。
持っている祝福は『覚醒』という。
「一日に一回、1分だけ能力値が全部倍になる祝福だったよ」
マコが過去形で言うのには理由がある。
この祝福には、レベルがある。現在のレベルは10。そしてその内容はかなり極悪に近い。
一日に十回まで、10分間、全ての能力値が10倍になる。
100分間以上能力値が10倍になるなど、正面から戦ったら間違いなく勝てない。
ただ一度使ったら、同じ時間だけクールタイムが存在する。そこを突けばなんとかなるか。
素のレベルはそれほど高くないので、まず祝福を使いまくってレベルを上げたということだろう。自分の能力をよく把握している。
「う~ん、今度こそ戦闘になりそうだなあ……」
セイは溜め息をつかざるを得なかった。
アクアに入るには、当然検問があった。
「他の地方の冒険者か……」
ネケアでもそうだったのだが、違う地方の冒険者ギルドの証明証は、あまり歓迎されていない。
「人探しでここまで来たんです。冒険者として活動する気はありません」
「そういうことか。まあ、通って良し」
無事に入った馬車は、まず高級宿に居を置く。コンディションを整えるためにも、いい宿に泊まることは必要だ。
ククリとケイオスたちには情報収集をしてもらう。その間、セイはリアとの恒例の作戦タイムである。
「まあ、最初は説得するべきだろうが、どうもこの世界に順応している気がするな」
ちょこちょこ地図の上で動いていたということは、冒険者として依頼をこなしていたということだろう。
覚醒は凄まじい能力だ。多少のレベル差なぞものともせず、相手を圧倒できる。
セイの能力値と相手の能力値を比べた場合、覚醒を使われれば勝ち目はない。
通常の状態なら、逆に圧勝できるのだが。
「他に、特殊な技能は手に入れてなかったか? 魔法や剣術とかを除いて」
「いや、他には何もなかったです」
「なら、戦闘しても勝てるだろう」
出来れば回避したいが、戦闘になったと仮定する。
まず序盤はセイが有利だろう。剣術技能も魔法技能も、相手を圧倒している。
そしたら当然、相手は覚醒を使ってくるだろう。状況は逆転だ。多少の技能差も、能力値の差でゴリ押ししてくるだろう。
セイはそれから10分間耐えなければいけない。10分耐えて相手の祝福が切れたら再逆転だ。
各種治癒・回復の能力を持つセイは、息切れした相手を捕獲すればいい。そして強制してでも、勇者を帰還させる。
「痛い目に遭うような気がします」
「不死身を上手く活用しろ。頼んだぞ」
通信を切ったセイは、ベッドの上に寝転んだ。
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