33 戦争の中へ
翌日も早朝に起きたセイは、ケイオスやガンツと共に、宿の裏庭で汗を流していた。
基本マコはあまり早起きではない。特にこういった宿では、遅くまで起きてこない。
まあ折角安眠出来る環境であるなら、たまにはいいだろう。セイはそんなことを考えていた。
視線を感じると、ラヴィがいた。
「おはよう」
「うん……」
挨拶の返事は適当なものだったが、まあお姫様育ちならこんなものだろう。むしろもっとわがままで、贅沢でもおかしくない。
「そういえばラヴィは何か武器使える? あ、鎧とかも必要なのかな?」
「……武器は長くて頑丈なのがいいと思うよ。鎧はいらない」
この子は女の子に見えるが、神竜である。ならばどれだけの肉体性能があるのか、試しておいたほうがいいのかもしれない。
「長くて頑丈なの……斧槍かな」
試しにフォルダから取り出して渡してみると、軽々と振ってみせる。だが、体がその重量を支えきれない。筋力とは関係ない、自分の体重の問題だ。
「じゃあ槍かな」
マコ用の予備の槍を手渡す。こちらも軽々と振って見せ、さらに扱いも慣れたものだ。
しかし、刃物の取り扱いに慣れていないのか、刃が立ってない。槍を棒としてしか扱ってないのだ。
「う~ん、打撃武器の方がいいのかな……」
試しに戦鎚を渡してみれば、これも軽々と振り回す。ただ、どうしても重心が先にある得物は体が泳いでしまう。
「一応それを渡しておこうか。念のため、短剣もいるかな?」
「それなら素手の方がいい」
確かに撲殺出来そうだ。
ちなみに、セイとマコの防具は、皮製のものである。
軽くて、下手な金属鎧よりも何倍も丈夫で、サイズを微調整する魔法もかかっていて、自動修復機能まである。
ただ、重くはない。普通はそれが長所なのだが、自重を増やして得物を振り回そうとするなら、重さが必要となる。
なんだか防具の概念に喧嘩を売っているような話だが、ラヴィにとって防具とはそういうものになる。
今のラヴィは、セイと同じような騎士服を着ている。正直長い髪との違和感があるのだが、本人はそれなりに気に入っているらしい。
食堂に行くと、マコが既に座っていた。
珍しく沈んだ顔で、溜め息などもついている。
「どうしたの?」
自然と隣に座って尋ねると、耳元で答えが返ってきた。
「アレ、始まっちゃって……」
アレですか。そうですか。
セイと違ってマコにはあの日があるのだ。体調が悪くなっても仕方がない。
ちなみにマコの使用する物は、旅に出る前に、リアが何処からか大量に購入してきてくれた、この世界では一番の品質のものだ。
リア自身は使ったことがないのだが、以前に日本からやってきた勇者の女の子には、大変好評だったらしい。
考えてみれば、生理用品も説得の材料になるかもしれない。いや、本気で。
「魔法でどうにかならないのかな、これも……」
沈んだ顔で呟くマコだが、食欲だけはあるらしい。
「セイは軽くていいよね……」
高級な宿なので味はいいのだが量が足らない。マコは何度もお代わりすることになった。
「さて、じゃあ行きますか」
う~んと伸びをして、どうにか気分転換をするマコ。
「まあ、今回は戦闘にならない可能性が高いから、気楽に行こうよ。でも慎重に」
ちょっと矛盾したことを言いながら、一行は都市を出る。
するとそこには、何もなかった。
いや、あるべきものがなかった。昨日まではあった天幕が、一つもなくなっている。
慌てて都市の入り口に戻って聞いてみると、早朝に軍勢は発ったらしい。なんというバッドタイミング。
「お前たちも冒険者なのか?」
「いえ、この地方では登録してないのでただの旅人です」
徴兵されてはたまらないので、セイは衛兵とのやり取りを早々に打ち切って、馬車に戻る。
事情を説明されると、皆もあちゃ~という顔になった。ラヴィを除いて。
「どうすんのさ」
「とりあえず出発してくれ。まだマップで追える距離にいる」
こんなことなら昨日のうちに接触するべきだったと思うが、それこそ後の祭りである。
リアと相談をしなければ、説得の方向性もつかめなかっただろう。
つまり……あと一日早ければ、間に合ったのだ。
(くそっ)
あと一日。これが致命的な遅れにならないだろうか。
セイは珍しく、焦りを覚えていた。
行軍中の軍にはすぐ追いついた。
なんといっても軍の主力は歩兵だ。それに比べてこちらは馬車。速度の差は歴然である。
しかし地平の向こうに軍の姿を発見して、少し近づいてみるとセイはまた舌打ちをした。
軍の主力は歩兵。それは間違いない。
だが正規軍らしき兵の武装は銃だ。それも見るからに高性能そうな。
術理魔法の千里眼を使ってみると、さらに驚くべき物がある。
戦車の存在だ。
それも馬に牽かせて運用する戦車ではなく、地球でも見かける正真正銘の戦車だ。
そして……上空では兵を乗せたワイバーンが飛んでいる。
これが軍隊か。
セイは混乱する頭を深呼吸一つでクリアにして、状況を整理した。
「行軍中の軍隊に、接触しないといけないやつがいる。どうすればいいと思う?」
「無理だろう。昨日までならどうにかなったかもしれないが、行軍中の軍隊に発見されたら、敵と思われかねない」
ケイオスの判断に、間違いはないだろう。
「傭兵団でもか?」
「傭兵が軍に組み込まれているなら無理だ。独立して行動しているなら分からんが、それでも難しいことは確かだろう」
さらに、とケイオスは続けた。
「私やガンツ、特にククリは敵と間違われかねない。斥候としてハーフリングや獣人が使われることは多い」
それに、とセイは思った。
自分以外の者が軍に攻撃されたら、確実に死ぬ。盾や鎧で防御できるほど、銃や戦車の威力は低くない。アニメで見て、その程度の知識はあるのだ。
いや、ラヴィなら平気だろうか? なにしろ神竜だし。だがだからといってラヴィを連れて行って、何の役に立つのだ。
軍との距離を充分に取った上で、その日は暮れた。
「ということで、どうしたらいいでしょう」
「一番いいのは戦争が終わるまで待って、生き残ったやつにだけ声をかけることだ」
それはもしこの戦争で勇者が死んでも、仕方がなかったと諦めることでもある。
だがそれは嫌だ。ケータも言っていた。彼らは被害者なのだ。
召喚という名の拉致によって連れて来られた、哀れな拉致被害者。なんとか救いたい。
「夜を待ってお前が一人で潜入し接触するという手もあるが……おそらく無理だろうな」
軍に編入されたということは、三人は別々にされている可能性が高い。
そしてその三人が、他の兵と一緒にいる可能性も高い。
マップを使って確かめてみる。確かにリアの言うとおり、三人だったのが一人と二人に別れている。
周囲に他の人間もいる。昨日までとは全く別の環境だ。
「もしも一人で潜入するなら、人間を殺す覚悟がいるぞ。お前は不死身だが、拘束するのが無理というわけじゃない。必ず逃げ出して、自分の身の自由を確保する必要がある」
リアの意見は間違っていない。だが納得出来るわけでもないのだ。
「それとも、お前一人で戦争を止めてみるか?」
どこか冷たい口調で、リアはそう言った。
「ゲリラ戦法で夜中に魔法を使いまくれば、さぞ多くの兵が殺せるだろうな。どちらの軍を攻撃するにせよ、圧倒的に不利になったら、軍を退かざるえないだろう。そこまで極端なことをしなくても、兵站を潰せば退却するかもな」
そんなこと、出来るのだろうか。第一、どちらの味方をするのだ?
「師匠なら、そうするんですか? 師匠なら何か良い案があるんですか?」
「私なら、さっきも言ったとおりだ。戦争が終わってから接触する」
「師匠の力なら止められるんじゃないんですか?」
「それは神に、人間に干渉しろという意味だな。私がオーガスの政治や軍事に口を挟むのは、あれが私の子孫だからにすぎない。それ以外はなるだけ干渉しないのがルールだ。それでも私とイリーナは、人種全体を大切に思っている方なのだがな」
「邪神たちはどうなんですか? あれはどんどん侵略を続けているんでしょう?」
その言葉に、リアは少し沈黙した。
そして聞こえたのは、あまりにも人間性のない言葉だった。
「あれは、間引きになる。増えすぎた人間のな。もちろん最後には新たに創造された種族ごと消し去るが、出来ればそれも人種にやらせたい」
「間引きって!」
神にでもなったつもりか、と続けそうになった。だが、リアは神なのだ。
「神が人間に干渉することを、基本的に我らは禁じている。だから神は出来るだけ見つけたら滅ぼしている。今回邪神たちが復活したのも、元々は邪神に唆された人間が封印を解いたからだ」
人間が邪神を復活させた。それは初めて聞く事実だ。
「そして人間にとって善き存在であるはずの神も害悪だ。勇者召喚などという魔法は、あいつらしか知らないはずだからな」
神竜は中立。世界の危機にだけその力を行使する。よって神は滅ぼしていかないといけない。
それが善であれ、悪であれ、世界に害悪をもたらすのなら。
「師匠は……人間なんですか? 神竜なんですか?」
「私は……神竜の力を宿してしまった、不幸な人間だよ。もっとも当時は、それに気付かなかった愚か者だが」
リアが自分を卑下するのを、セイは初めて聞いた。
「私は神竜の中では例外的に、人を愛している。いずれは宇宙に飛び出して、他の居住可能な惑星を見つけて、出来るだけ長く種として存在してほしいと思っている」
だが、それは本来の神竜の立ち位置ではない。
「私とオーマとイリーナは、若いこともあって人間を面白いとか、好きだとか思っている。良くも悪くもな。だがラナとテルーは違うぞ。あいつらは純粋な神竜だ。世界を守るためなら、人間も亜人も魔族も、全て滅ぼすだろう。それだけの力もある」
「無茶苦茶だ……」
「地球の神様も無茶苦茶だったろ? ノアの箱舟の話とか、詳しくはないがいろいろ無駄に試練を与えているじゃないか。お前が実際に会った神が何をしているのかは知らんがな」
話が逸れたな、とリアが言った。
「お前がどういう手段を採るかは、お前の意思で行っていい。だが結果的にネアースと地球のことを考えるなら、まず自分の身の安全を考えて、それから勇者の身の安全を考えろ。……残念だが、ここは優しい世界じゃないんだ。もっとも、それは地球も同じだが」
他に何か聞きたいことはあるか? とリアは促した。
その声は、おそらく優しいものだったのだろう。だがセイには届かなかった。
通信が切れた後、丘一つ越えた野営地に、セイは戻った。
「どうだった?」
マコが期待を込めて問う。だがセイの表情が焚き火に見えてはっきり分かると、彼女もおおよそを察したのだろう。
「どうにもならない。しばらくは遠くから眺めてるしかない」
そう言って食事を始めるセイを、仲間たちは黙って見ている。
手が伸びて、セイの頭を撫でる。
「悲しいの?」
無表情のまま、ラヴィはセイの頭をなで続ける。
「いや、自分の無力さが腹立たしいのさ」
「そう」
頭を撫でられるというのは、なんだか気恥ずかしいものだ。だがそれを心地よいと感じるほど、今のセイは疲れていた。
その日は眠る直前まで、ラヴィはセイの頭を撫で続けた。
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